クラウスを先頭に、サイクロン達は森の奥にある小さな広場にやってくる。まわりを高い木々に囲まれているこの場所なら、他のポケモン達に見つかる心配も低いだろうというクラウスの発案によるものだった。
「バウム、念のため近くに私達以外のポケモンがいないかどうか確認してきてくれないか」
「わかりましたっ」
クラウスに頼まれたバウムが、小さく返事を返して森の中へと引き返す。その横で、サイクロンは抱えていたリュナをそばの切り株に座らせていた。
「さてと……リーセル達から話は聞いているが、君が人間のサイクロンだね。仲間を助けてくれて感謝するよ」
「気が付いたら体が動いてただけだ。気にしないでくれ」
クラウスの言葉に、少し照れくさそうに頭をかきながらサイクロンが返事を返す。そのそばではリーセルとクレアが首をかしげていた。
「ね、ねぇサイクロン……さっきのラプラス、どこに行ったの?」
「なんか赤と白の玉から赤い光が伸びたと思ったら消えちゃったし……」
「え? あ、あぁそっか……こっちにはモンスターボールなんてないよね……」
「どうせ皆に紹介しとかないといけないからな……ちょっと離れててくれるか?」
おそるおそるサイクロンに聞いた二匹を見て、苦笑いしながらフィリアがつぶやく。サイクロンはクラウス達に少し離れるように言うと、腰にとりつけたモンスターボールを手に取った。クラウス達が少し距離をとったのを確認すると、サイクロンが手に持ったボールを上空へと投げ上げる。
「みんな、出てきてくれ!!」
サイクロンの声と共に空中へと投げられたボールが次々に割れて、中からポケモン達が姿をあらわしていく。黄色いスリムな二足歩行の体には細い首に三本の黒いしまが入っており、キツネのように尖った顔にはラグビーボールのような黄色と黒のしま模様が入った耳のような器官と額に赤く丸い器官を持ち、ひれのような両腕と先端に赤い球体が付いた黄色と黒のしま模様の尻尾を持ったライトポケモンのデンリュウが大きく両腕を上げて体を伸ばした。
「ん~っ、マスターお呼びですか?」
「うわっ! いっぱい出てきた!?」
「え、なに!? どんな力なの!?」
目の前にあらわれたポケモン達に、リーセルとクレアは目を丸くして驚いている。その後ろで、クラウスとリュナは驚いた表情を見せながらも様子をうかがうようにあらわれたポケモン達を見つめていた。
「なんだぁ? モンスターボールなんて別に珍しいもんでもないだろ?」
薄い黄緑の体に対して小さめな三本指の腕とウサギのような後ろ脚を持ち、背中には赤い縁取りがされたひし形の翼を一対に緑と黄緑のしま模様が入った長い尻尾の先には翼と同じ形をしたひれのような器官が扇状に三枚生えていて、頭に角のような二本の緑色をした器官と目を覆うように赤いカバーのような器官をつけた精霊ポケモンのフライゴンが、やや上空からリーセル達の様子を見て腕を組みながらぼやいている。
「野生では見たことないポケモンもいるんじゃないの? ねぇライラ?」
「あ、えぇっと……」
猫のようなしなやかな紫色の体毛に覆われた体には黄色い斑点のような模様が付いており、腹部と脚の先には黄色の体毛を持ち、先端が鎌のような形状になった長い尾と、目の周りには耳の方へ流れるようなピンク色のふちどりを持つ冷酷ポケモンのレパルダスが、フライゴンのぼやきを聞いて横にいるライラに話を振る。ライラは返答に困って目が泳いでいた。
「……何かあったの?」
「こ、これからちゃんと説明するから……」
大型の草食恐竜を彷彿とさせる長い首と長い尾と体を支えるしっかりとした脚を持ち、鮮やかな青に染まった体には首の前面から腹部までを水色の皮膚が覆い、額に当たる部分と首から尾の付け根から少し先の側面にひし形の宝石のような水色の結晶が輝き、つぶらな青い瞳とオーロラを思わせる大きなひれが頭から首の付け根まで二枚揺らめいているツンドラポケモンのアマルルガがフィリアにたずねる。フィリアは苦笑いしながら返事を返した。
「紹介するよ。ラプラスのライラにデンリュウのミリシャ、フライゴンのラゴンに、レパルダスのルーシー、アマルルガのアルマ、それとこいつがリーフィアのフィリアだ。」
「よ、よろしく……」
サイクロンが、手持ちポケモンを紹介していく。リーセルが少しおどおどしながら、ライラ達に挨拶をした。
「人間の世界には私達の知らない未知の道具があるんだな……ポケモンを入れておける道具とは……」
「でも、ポケモンをそんな小さなボールの中に入れておくなんて……」
感心しているクラウスの横で、リュナは少し困惑した表情を浮かべている。
「まぁ、そういう事も含めて俺と話すためにここに連れてきたんだろ?」
「そういうことだ。人間の世界ではあの道具を使わないと何か不都合があるんだろう」
「でも……」
クラウス達が会話を交わしていると、周囲の偵察を終えたバウムが戻ってきた。
「親方様、戻りまし……あれ、なんかさっきより増えてませんか? さっき消えたラプラスもいるし……」
戻ってきたバウムは、ライラ達の姿を見て困惑している。そんな空気を払うように、クラウスが大きく咳払いをした。
「ゴホンッ……そろそろ話を始めたいんだが……」
――――――――――
しばらくして話も大体終わり、サイクロン達は一息入れていた。
「サイクロンの世界ってなんかすごいんだねぇ」
「リーセル達から見たらそう映るんだろうけど、俺にとっては普通だよ」
時折笑顔を見せながら和やかに会話を交わすサイクロンとリーセルを見ながら、クレアは小さくため息をつく。
「もう、お気楽なんだから……ほんとにサイクロンが伝承にある人間だったらこれからが大変だって言うのに……」
「緊張してガチガチになってるよりはましだと思うよ?」
「そりゃあ、そうかもしれないけど……」
すぐ横で入り込めない空気を感じていたフィリアが苦笑いしながらクレアに話しかける。クレアは困惑した表情のまま返事を返した。
「……これからどうなるのかなぁ、私達……」
「さぁ? なるようになるんじゃねぇの?」
「そんな適当な……」
少し離れた場所では、これからの事についてライラ達が話しあっている。そんな中、クラウスがサイクロンに近づいて話しかけた。
「サイクロン、ちょっといいかな」
「え、あぁ」
サイクロンが立ちあがってクラウスと向かい合う。
「今のところ、君が伝承にある選ばれし人間である可能性は十分にある。それは、この世界に危機が迫っているということに他ならない……私達ポケモンの力だけでは解決できない危機がな」
「……って言われてもなぁ……俺自身どうすればいいのかまだよくわかってないし……」
頭をかきながらクラウスの言葉に難しい表情を浮かべてサイクロンが返す。
「これから何が起こるか分からないが……サイクロンが本当に選ばれし人間だったら、必ず君の力が必要になるときが来るだろう。その時は……」
「あぁ、俺にできる事があるなら喜んで協力するよ」
「ありがとう、サイクロン」
サイクロンはそう言うと、クラウスと握手を交わす。クラウスは、持っていたバッグから小さな箱を取り出した。
「そうだ、これを渡しておこう。何かの役に立つはずだ」
「ちょ、親方! それ探検隊バッジじゃないですか、いいんですか!?」
サイクロンにクラウスが手渡した箱を見て、バウムが驚いたように声をあげた。
「サイクロンには力を貸してもらう事があるだろう。それにリーセルがあれだけなついているのを見ると、彼が私達に害を与える存在だとは思えなくてな」
「で、でもそんなに安易に渡してしまっていいんですか?」
リュナの問いかけに、クラウスは少し腕を組んだあとで口を開く。
「じゃあ、サイクロンのポケモンがギルドに弟子入りする形をとればいい。これならサイクロンの力を借りやすいし、監視もできるだろう?」
「は、はぁ……」
困惑しながらもしぶしぶ納得したようなリュナを見ると、クラウスがサイクロンの方に向き直る。
「それで構わないかな、サイクロン。ギルドやフォレストタウンに住むポケモン達には私から事情を説明する。君がこの世界にあらわれた以上はちゃんと現状を知らせておくべきだと思うからね」
「あぁ、俺はそれで構わないよ」
クラウスの提案をサイクロンが承諾する横で、リーセルの表情が明るくなる。
「じゃあサイクロンと一緒にいられるんだ! やったぁ!!」
「お気楽でいいなぁ……ある意味うらやましいわ」
無邪気にはしゃぐリーセルの様子を見て、クレアが再びため息をついた。
「……それじゃあ私は一足先にフォレストタウンへ戻って皆へ説明をするとしよう。リーセルとクレア、リュナはもう少しここでサイクロン達と待機していてくれ」
「分かりました」
「……皆パニック起こさなきゃいいんですけど……」
バウムが不安そうな表情を浮かべながら、クラウスと一緒にその場を後にする。後に残されたサイクロン達は、しばらく二匹を見送った後でお互いに向き直った。
「受け入れてもらえるでしょうか……私達……」
「まぁ、すんなりとはいかないだろうな……伝承の事もあるし……」
フィリアがぽつりとつぶやいた言葉に、サイクロンが腕組みしながら答える。その横で、ミリシャが心配そうにリュナに歩み寄った。
「……足、大丈夫?」
「あ、うん……サイクロンが手当てしてくれたから……まだちょっと痛むけど……」
ミリシャに心配させないように、リュナは笑顔で返事を返す。
「同族同士、気が合うのかなぁ……」
「同族? ……あぁ、モココってデンリュウの進化前だったなそういや。そうなんじゃねぇの?」
「ミリシャは強いなぁ……僕なんかまだ今の現状を受け止められないでいるのに……」
ライラがリュナとミリシャの様子を見ながらつぶやいた言葉に、ラゴンが腕を組みながら口を開く。アルマは、リュナの心配をするミリシャを見て少しうらやましげに息を吐いた。
「ねぇ、もっと人間の世界の事教えてよっ」
「リーセルはホント人間に興味があるのねぇ……オネェさんが教えてあげよっか?」
「ちょっと! リーセルに変なこと吹き込む気じゃないでしょうね!?」
もっといろんな事を教えてもらおうと目を輝かせているリーセルに、ルーシーが不敵な笑みを浮かべながら歩み寄る。それを見たクレアが慌てて両者の間に割って入った。
「……マスター、どうかしたんですか?」
「え? あぁいや……こうして言葉が分かるようになってみると、皆こういう性格だったんだなぁと思ってな……」
複雑な表情を浮かべながらポケモン達の様子を見ているサイクロンを見て、フィリアが顔を覗き込みながら声をかける。その声に気が付いたサイクロンは、苦笑いしながら答えた。
――――――――――
クラウスとバウムがフォレストタウンに戻って少し経った後、フォレストタウンの広場はざわついていた。クラウスが話した事は、その場にいたポケモン達に大きな衝撃を与えるには十分すぎる内容である。
「に、人間がこの世界に……? しかも私達と会話ができるなんて……」
「本当にいるんだなぁ……人間って……空想上の生き物だと思ってたよ」
「あの伝承は単なるおとぎ話じゃなかったのかよ……」
「も、もしその人間が伝承にある選ばれし人間ってやつだとしたら……もうすぐ災いが……?」
広場に集まったポケモン達は、皆一様に不安な表情を浮かべている。人間に興味を示すもの、伝承にある災いがくることを恐れるもの、話をすぐには飲み込めずにいるもの……様々な反応を見せながら、ポケモン達はお互いに言葉をかけ合っていた。
「……ゴホンッ、皆思う事はそれぞれあるだろうがひとまず落ち着いてくれ」
クラウスの大きな咳払いに、広場のざわつきは一旦落ちつく。
「いずれにしても、その人間がこれから起こる何かに関係がある可能性は高い。私は、その人間を監視する意味でも協力関係を結ぶべきだと思う。彼もその点については了承してくれている」
「けどよぉ……ホントに信用できんのかよ、その人間ってのは……」
クラウスの続けた言葉に、広場にいたポケモンの一匹が不安そうに声を上げる。
「しばらくは私のギルドで身柄を預かるつもりだ。何かあれば、私が責任を持とう」
「ちょ、親方!? そんなこと言っていいんですか!?」
クラウスの返答に、横にいたバウムが驚いた様子でクラウスを見上げる。クラウスの言葉に、また広場がざわつきだした。
「……クラウスさんがそこまで言うなら信じてみてもいいんじゃないかねぇ……」
「あの伝承どおりなら、その人間には助けてもらうことになるんだろ? 多分だけど……」
「不安は残るけど……クラウスさんが見張っててくれるんなら……」
その後、しばらく広場のざわつきは続いていた。
――――――――――
「親方様、おそいねぇ……」
「人間が現れたのよ? そんなすんなり皆を説得できたら苦労しないわよ」
切り株に腰かけて足を宙で揺らしながらつぶやくリーセルに、横で座り込んでいるクレアがややあきれ気味にさとす。
「もし……受け入れてもらえなかったらどうするんですか? 私達……」
「う~ん……」
不安そうなフィリアの問いかけに、サイクロンは返答に困って腕を組んだ。そこへ、バウムが小走りで戻ってくる。
「あ、バウム戻ってきた。おーいっ」
バウムの姿にいち早く気が付いたリュナが手を振って呼びかける。その声にサイクロン達もバウムのやってくる方向へと視線を向けた。
「どうだったの? 街の様子は……」
「まぁ、なんとか親方が説得してくれたぞ。ひとまずサイクロンがフォレストタウンに入ってもパニックになることはないはずだ」
「そっか、よかったぁ」
街の様子をたずねるリュナに、呼吸を整えてバウムが答える。それを聞いたクレアは、胸をなでおろしていた。
「……んで、俺がサイクロン達を連れてくるってことになったんだが……これから一緒にフォレストタウンまで来てくれるか?」
「あぁ、分かったよ」
バウムに返事を返しながら、サイクロンはすぐそばの木に立てかけていたリュックを手に取る。
「リュナちゃんは私が抱えてあげるね、その足じゃ歩くの無理だろうし」
「ありがとう、ミリシャさんっ」
ミリシャに抱えあげられながら、リュナが笑顔で返事を返す。
「ポケモンだけの街かぁ……どんな所なんだろう」
「ちょっと楽しみよねぇ」
ライラとルーシーはこれから向かうフォレストタウンに興味しんしんと行った様子だ。
「ギルドに弟子入りってことはだ、俺らもその探検隊とやらをやるってことか?」
「多分……やだなぁ、おたずねものを捕まえろなんて言われるの……」
「しゃんとしろよなっ。お前だって実力はあるんだからよ」
「う、うん……」
ラゴンの言葉に返事を返しつつ、アルマはまだ今の状況を完全に受け入れられずにいるようだ。そんなアルマの背を軽く叩きながらラゴンが元気づける。
「フィリアのお仲間って、結構たくましいわよね……アルマさんはそうでもないみたいだけど」
「あはは……アルマさんはおくびょうなとこがあるから……」
並んで歩くクレアの言葉に、フィリアは苦笑いしながら答える。
「サイクロン、これから何が起こるのか分からないけど……一緒に頑張ろうねっ」
「正直、まだ俺がここでやるべき事が何なのかは分からないが、やるだけの事はやってみるさ」
サイクロンの肩に飛び乗ったリーセルが、笑顔で話しかける。それに、サイクロンもほほ笑みながら返事を返した。