第8話 “追放された守護者” (7)

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 プロメテウス、中央司令室。
 下位の通信司令室が一般任務にあたるオペレーター達の働く場所とすれば、ここは特別任務用である。選りすぐりのプロメテウスのオペレーター達から更に任務の適性に応じて厳選した、まさに最高のチームがケインズを筆頭に指揮系統を構築するのだ。

 円形の部屋に通信用コンソールが並ぶその部屋で、各席に座ってキーボードを叩くオペレーター達に混じって、ミラージュも人間女性の姿で作業に加わっていた。ケインズは中央に浮かぶ球状に情報を表示するホログラム、その随所に目を通しては、それと睨めっこを繰り広げる。
 そこへ事態を急変させる一報が入った。

「チーフ・ヴァージルから通信です」
「繋げ」

 オペレーターの1人からの報告を受けて、ケインズは頷いて促した。

「ケインズだ、どうした」
『そこにミラージュは居ますか?』

 用件よりも先に質問が飛んだ。
 ケインズは自分の後方でコンソールの席についているミラージュに振り返りながら。

「あぁ居る」
『先ほどレノードから連絡が入りました。ミオからテレパシーでメッセージを受信したと』
「内容は?」
『リザードンと友達になったから、このままミオがトゲキッスを止めに行く、だそうです』

 ケインズとミラージュの視線がここで合った。彼女はキーボードを気持ち悪いほどに滑らかに高速で打つ手をピタリと止めて、ケインズにしかめっ面を向ける。

「不可能だ。王国の亜空間は今、国民達の不安と恐怖を受けている。その煽りを受けてトゲピー達の生気が失われている現状では、トゲキッスの確率操作には抗えない」
『だから俺たちのサポートが要るのさ。こっちで防衛ネットワークを無力化できれば、国民達の不安は取り除かれ、亜空間が正常に戻る筈です。トゲピー達に活気が戻り、団結すれば、トゲキッスに対抗できる』

 ふーむ、とケインズは一考しながら唸った。
 そしてすぐに「駄目だ」と首を横に振る。

「城内の防衛ネットワークにアクセスするには、潜入しているレノード達が操作しないと無理だ。それに敵が設定した暗号コードを聞き出さなければならない、時間がかかり過ぎる」

 しかし返ってきたチーフの返事は、問題解決の閃きを得たときの得意げな顔が浮かんでくるような口調だった。

『ひとつ裏技があります』
「裏技?」

 突飛な言い回しに、ケインズは思わず怪訝そうに空中を見上げてしまう。
 チーフは更に続けて。

『今、陸軍の兵士達に軍事シミュレーション用の機材をミラージュ王国周辺に設置してもらっています。これで町中にシミュレーション用のバーチャル空間を作り、ミラージュ達にその中で動いてもらうんです』
「だがバーチャル空間は、ミラージュ・システムを実体化させるものじゃないぞ。それだけ広大な空間なら、巨大な投影装置が必要になる」

 ミラージュ・システムなら撃たれても斬られても死ぬことなどは無い。何故なら彼らは実体を持つとはいえ、あくまで幻影なのだから。
 確かに戦地に送るならミラージュ・システムが最も安全になるが、投入にはもっと準備が必要になる。今はそんな時間も手段もありはしないのだ。ケインズはここまで自分の考えを再び辿って、やはり無理だと苦々しい顔を浮かべる。
 しかし、チーフの意図は別にあった。

『必要ありません。防衛ネットワークをシミュレーションモードに切り替えて、俺たちのバーチャル空間に接続すれば、相手はもう現実の存在でなく、ミラージュ・システムの標的しか認識できなくなります。現実には存在しない敵を追わせるんです』

 その手があったか!
 思わずケインズは仰天し、真ん丸の目を見開いた。

 通常、シミュレーションモードではドローンもタレットも実際には砲撃せず、バーチャル上の標的を砲撃したことにして命中精度や動作のテストを行う。いわば防衛設備をゲーム機に変えてしまうのである。
 しかしただシミュレーションモードにしただけでは、標的が無ければゲームは終わる。即席で作ったターゲットでも同じだろう。ゲームを終わらせないために必要なのは、無敵の標的だ。
 その役目に、ミラージュ・システムほど最適なものは無い。あとは細かい対策を突き詰めるだけで済む。

「モード変更システムにアクセスできるのか?」
『ドローンかタレット1機に接近する必要がありますが、モード変更は他よりもセキュリティが薄い。オーバーライドすればできます』

 おそらくチーフの腕をもってすれば問題無いだろう。ケインズは考え込んだ。陸軍の協力があるとはいえ、果たして接近はできるか。
 後方のミラージュに再び振り返れば、彼女はリスクを明確に答えてくれた。

「成功率は67%だ。ミオがトゲキッスの気を引かなければ、0.2%だが」

 そう、これも確率の問題に近い。
 トゲキッスもさすがに意識の外の確率までは動かせない。ミオとの戦いになれば、戦いの確率操作に意識を割かなければならない。
 やるなら今だ。ケインズは決断した。

「作戦を承認する」
「ミラージュ・システム、ユニット0003から2011までを送信スタンバイ。こちらの準備は完了した」

 ケインズが承認を与えた、そのコンマ何秒の間も開かないうちにミラージュも続いた。
 神妙そうな視線を彼女に投げれば、ミラージュは自らの先読みは当然と言わんばかりに堂々としていた。

『相変わらず仕事が速いな』

 目には映らないが、チーフもその光景が浮かんだのであろう。
 苦笑いの時のような声にも、ミラージュは「礼は要らない」と告げ、淡々と返した。





 王国を一望できる城のバルコニーに、一陣の風が吹く。すっかり高熱が引いてしまったリザードンを連れて、ミオは王の間からバルコニーへと出た。
 髪弄りに飽きたのか、マリスはルーンのもとを離れて今度はバルコニーの花壇の土を弄っていた。1人でティーパーティー用のテーブルの席から王国を見つめるルーンの後ろ姿は、どこか物寂しげに見えた。

「行くのね」

 背中越しに呼びかけられて、ミオは立ち止まった。
 メラメラというリザードンの尻尾が燃える音と風が吹く音だけが聞こえる。とても静かだ。

「うん」

 頷いて返すと、ルーンは「そう」と呟いて、その視線をようやくミオに向ける。

「ということは、私と一緒に来る気はないのね」
「ごめん、なさい」

 今はあまりこの相手を刺激したくなかった。
 気を変えさせたくない。今なら通してくれると向こうも言ったのだ。
 しかし、怖い。ミオは手に汗を握り、視線を下げてできるだけルーンの顔を見ないよう努めた。

「良いのよ。ゆっくりと待つことに決めたから」

 相手のそんな心の動揺を察してか、ルーンは穏やかに笑みを添える。
 おそらくそれは、作り笑いなどではない。今日会ったばかりだが、そこには親しみさえ覚える。ルーンの笑顔に嘘は無いのだ。
 ミオはふと考えを巡らせる。ひょっとするとルーンを怖いと思っているのは、もしもルーンが危険な相手じゃないと分かれば自分が……。
 途端に、慌てて思考をかき消した。考えちゃダメだ。目の前だけ見ればいいんだ。

 ルーンはにんまりと笑った。

「でもこうして貴方に味方できるのは、今回だけ。私個人からの特別サービス。次からは私もポケランティス帝国として臨むから、貴方も覚悟しておいて」

 そして彼女は、ビュウと吹いた突風の中でこう言った。

「私たちは−−」

 たった一言の台詞。だがそれを聞かされた途端にミオは目を見開いて、さっきまでの考えを全否定した。
 もしもルーンが危険な相手だったら。違う。危険なんだ、絶対に。

「さあ、行きなさいミオ。貴方の選んだ道よ」

 ルーンは先ほどと変わらず穏やかな笑みを浮かべている。もしかすると迷っている自分を見抜かれてしまったのだろうか。いや、そうである事をミオはむしろ望んでいた。
 それは思わず背筋にゾクリと来るような事だった。

「リザードン!」
「ガォオオ!」

 不安をかき消すように、ミオは勇んでその名を呼んだ。リザードンも猛る声で空に向かって吠え、少女の前に出る。
 乗りやすいように身を屈めてくれた。そんな当たり前のような小さな親切にミオはにっこりと笑って感謝しながら、颯爽とその背中に飛び乗ると、先ほどまでの不安や思考が綺麗さっぱり吹き飛んだ。

 凄い。
 ポケモンに乗るって、ただ、凄い。

 リザードンの背中に腰を乗せ、手を置いて、かすかに脈打つ鼓動が伝わってくる。まるで日当たりの良い場所に干している布団に手を乗せるような暖かい感触。そして飛び立つために広げた翼は雄々しく、ミオの視界の両端を覆った。
 ひとたび羽ばたけば、未知の衝撃がミオを襲った。確かに自分でも超能力を使えば浮く事ぐらい造作もない。しかしリザードンの飛行は、浮遊とはまったくの別次元だ。
 こんな飛行があったなんて!
 少女は興奮を胸に、竜に乗って空へと駆け上がっていった。

 ルーンは太陽に向かって飛び立ったリザードンの影を眩しそうに細目で見上げながら、飛翔の瞬間に嬉しそうな満面の笑みを浮かべていたミオを思い返し、更に目を細めた。
 僅かだが、その瞬間を味わった彼女を羨ましいと思った。

 暫く感傷に浸っていたい気分ではあった。
 しかし状況はそれを許してくれそうにはないようだ。

「……ミオならたった今飛び立った、見てたでしょ?」

 王の間から感じる気配や視線に、ルーンは振り向きもせずに応えた。
 しかし気配は何ら動きを見せる様子が無い。まるで何か待っているようだ。
 ルーンは「やれやれ」といった様子で重い腰を上げた。

「あぁ、そう。用があるのはミオじゃなくて私か」

 打って変わって、彼女の表情から感情が消えた。ミラージュのそれは無機物のような表情だが、ルーンは鋭利な氷といった表現が正しいだろう。伝説のポケモンが放つのにも似たプレッシャーが、王の間から臨戦態勢で構えるレノード達を襲う。

「ポケモンGメンの権限により貴方を拘束します。いろいろと聞きたい事もありますしね」

 と、レノードは平然と立っていた。サマヨールの後ろ、とはいえサマヨール自身もプレッシャーに屈している様子でもない。

「大人しくお縄につきやがれよー」

 一方、サマヨールの傍らで構えるユキメノコも同様だった。
 しかしこちらは、どちらかといえばプレッシャーに鈍感というか、図太い性格に近いかもしれない。

「ッ……タジャ!」

 そして、ツタージャ。他の2匹と肩を並べて構えているが、一瞬だけ出遅れた。経験の浅さか、それとも幼いが故か。
 一人一人を見遣って軽く分析した後、ルーンは改めてツタージャを見つめた。「花壇の土弄りよりも面白そうな事が起こってるじゃない」と言ってルーンの傍に戻ってきたマリスも、あ、と口を開いてツタージャを見遣った。

「そっちにツタージャがいるって事は、あーあ……ルーンの仲違い作戦は失敗ね」

 茶化すように言っても、ルーンは何も返さなかった。
 マリスはルーンのことをよく分かっていた。自分がここに立っていて、ルーンが「下がって」とも言わないということは、戦いに加われと言っているのと同義だ。

「私の手が必要?」

 そう訊ねると、ルーンは薄笑いを浮かべて。

「好奇心の強いスパイ達に、敵がどういうものか教えてあげるっていう……ただの遊びよ」

 刹那。
 もっとも速く動いた、ツタージャの尾とマリスの腕が激しい火花を散らして衝突した。

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