おいでませエンタン島

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公式キャラであるフェレナさんをお借りいたしました。
もちごめさん、ありがとうございます。

 ここはサート地方、エンタン島。
 火山や砂漠がある、暖かくも過酷な島だ。リゾート地としての側面もあるが、場所によっては強力な炎ポケモンも出現する。
 汽笛が鳴る。定期の連絡船がやってきたのだ。ぞろぞろと降りてくるリゾート客――それらに混じり、観光ガイドを食い入るように見つめている少女がいた。
 大きなキャスケット帽の影から、編み上げた金髪が少し見える。大きな紫色の瞳が観光ガイドの特集ページをひたすらになぞっていた。


『サート地方食い倒れツアーガイド!
 まず紹介するのはエンタン島!ホウオウ伝説で有名な島だ!』


「ホウオウ饅頭、ホウオウクッキー、ホウオウせんべい、ホウオウラスク……」

 ホウオウが聞いたらげっそりしそうなラインナップである。だが彼女の狙いは異なっている。そんな単純なご当地商品ではなく、エンタン島限定の美味なる甘味を求めていた。


『エンタン島に来たら必ず食べたい超人気メニュー!
 燃えろ!フランベ・クーヘン!』


「薄焼きのパリッとした石窯焼き生地に、たっぷりのモーモークリーム……シナモンをきかせたヒメリの実とモーモーアイスを乗せて……火山で採れたコークスを使用……遠赤外線効果でしっかりとした味わいに……えへ、えへへへへへへ」

 少女は不気味な笑みを浮かべ、じゅるりと涎を拭った。
 ガタガタと少女の腰のモンスターボールが騒いだ。ポンッと勝手に飛び出したのはふかふかした、丸っこい体つきの――ゴンべ。てしてしと少女の元まで行くと、その手にある観光ガイドを叩いた。

「ゴン、ゴン!」
「へぁ? 〝火山ラーメン〟が食べたいの? ふんふん、〝エンタン島の火山を模した巨大ラーメン。たっぷりのからーいクラボの実ペースト、極太面を濃いスープと啜ればこれぞ漢の味!〟ほほう、これもなかなか。ムーも喜びそうだね」
「ゴン」

 ページを飾る火山ラーメンは、通常の2人前ほどありそうだ。少女の腰にある2つ目のモンスターボールがガタガタ騒ぐ。中のムウマも食べたいと主張していた。
 しかし。
 3つ目のボールから、鋭い視線を少女は感じた。

「はっ!」

 ぼぅん、勝手にポケモンが飛び出す。真っ黒な毛並みに、睨むような眼差し――レントラー。
 その首から下げられているのは、お財布であった。

「……」
「グォン」

 器用にレントラーが財布を開けた。口を下に向けて振る。
 ちゃりんちゃりんと、2枚ほど小銭が出てきた。

「お金が……ない!」

 ぴしゃーん、と少女は驚愕に目を見開いた。

「何故だ!」

 叫ぶ。その一瞬後、レントラーの飛び蹴りがさく裂する。

「グォン!」
「げふッ!?」

 誰のせいだ誰の。レントラーの目がそう語っていた。
 この少女、名前はウル。
 全国津々浦々、名物食い倒れ巡りついでにジム巡りをしている少女である。サート地方における目的はただ一点。名物巡り。
 常に食い倒れ。故に、常に金欠。
 欠食児童×1人と2匹、そして家計管理レントラー。ポケモンにお金の管理されている、立派な駄目トレーナーであった。





 腹が減ってはバトルは出来ぬ。
 どこかの有名なポケ武将の言葉である。
 ぐぅぅ。

「お腹空いたぁ……」
「ゴン」

 ウルとゴンベは同時にため息をつき、腹を鳴らした。ゴンベはともかく、ウルは無駄に舌が肥えていた。ポケモンセンターの料理では、満足が出来ないのだ。
 ウルの悪癖の一つである。舌が満足しない限り、胃袋も決して満足しない。
 ふっと、お腹を空かせたウルの鼻を、何やら芳しい香りがかすめた。

「ふぉ?」

 香ばしく、何かが焼ける匂い――ウルとゴンベはがばっと起き上がった。くんくんくんと、鼻を動かし、島の一点へ1人と1匹は高速で顔を向ける。

「あっちだ!行くよゴン!」
「ゴーン!!」

 土煙を巻き上げ、1人と1匹が走り出した。





 ところ変わり、エンタン島のある広場。
 数十人の子供たちに囲まれ、少女が鼻歌混じりに調理をしていた。

「ほらッもう少しだ! 香ばしい匂いがしてきただろ!」

 子供たちから歓声が上がる。
 中心にいる少女――歳は10代後半くらいだろうか。赤のメッシュの入った髪、今は調理中だからか、を一つに纏めて結い上げている。ピンクのノースリーブジャケットとスカートの上から可愛いエプロンを着ており、その手にはミトンをつけていた。
 真剣な眼差しで見つめているのは、手作りの石窯だ。煉瓦を積んだ2段構造になっており、上には熱々のフランベ・クーヘン、下には石炭が詰まっており、ブビィとブースターが2匹で火力調節を行っていた。

「ブースター!もういいよ、火力弱めて! ブビィ! 徐々に弱く!」
「ビビィ!」
「ウォン!」

 火が弱まるにつれ、じゅうじゅうと香ばしい匂いも強くなる。その周囲で子供たちがわくわくとお皿を持って待機していた。

「お腹空いたー!」「クーヘン!クーヘン!」「オレ、ハムとチーズ乗った奴ー!」「ヒメリちょーだいヒメリ!」「フェレナねーちゃん早くー!」
「ほーら焼き上がったァ! 順番守れよ! 最初は一人1枚ずつだ!」
『はーい!』

 少女――フェレナは汗を拭い、子供たちのお皿に1枚ずつ焼き立てフランベ・クーヘンを乗せていく。これはカイト、これはゴロウ、これはレナ……一人一人の嗜好に合わせてクーヘンを乗せていく手つきは、もはや慣れたものだ。
 その中に、にゅっと見慣れない手が皿を突き出してきた。

「ん?」

 フェレナは目をパチパチさせる。皿から視線を上げ、持ち主へと向けた。
 きらきらした眼差しでクーヘンを要求する、キャスケット帽の少女がいた。

「誰?」
「クーヘン!」
「ゴン!」

 フェレナの問いかけが聞こえているのかいないのか、ウルと一匹は待てのポーズ、皿をフェレナに向けたまま答えた。

「うーん。……まぁ良いか! はいよッ! 火傷しないように食べな!」
「わぁーい!!」
「ゴンー!!」

 フェレナは深く考えることを止め、クーヘンをその皿に乗せてやった。元々子供好きな彼女である。お腹を空かせた子供にクーヘンを与えない理由は、特になかった。

「よし、全員に行きわたったか? 取り損ねた子はいないか? みんな手は洗ったか? ――うん、大丈夫だな。それじゃ、みんな手を合わせろ! いただきます!」
『いただきまーす!!』
「お代わり!」
「ゴン!」
「早ッ!?」

 一瞬の早業だった。





「へぇ、サート地方名物巡り」
「ふぇふへふふふへむ!(そうそう。美味しいもの!)」
「食ってから喋りな」
「んむ……そうだね!」

 フェレナに注意され、ウルはごくんとクーヘンを飲込んだ。彼女の皿にはクーヘンが積み上がり、山のようになっている。その横では山のようなおにぎりをゴンベがもしゃもしゃ平らげていた。

「でもこんなところでエンタン名物、フランベ・クーヘンを食べられるなんてボク、とってもラッキーだったよ!金欠で食べられないから、もう少し後になると思ってたんだ!美味しいクーヘンをありがとう!」
「どういたしまして。アタシ、料理が趣味だからさ。美味しいって言ってもらえると嬉しいね」
「うん、とっても美味しい!フェレナは料理上手だね!」
「当たり前だろ、おめぇ」

 フェレナとウルの会話に割り込む声があった。先ほどフェレナの周りでクーヘンを待っていた子供たちである。数人は向こうの方で「152枚……153枚……まだ食うだと!?」「くそッ!流石に100枚で打ち止めだと思ったのに!」「大穴来るか!200枚!」「170枚来い!配当はモモンの実5個だ!」とひそひそ話しているが、それは置いておくとしよう。

「フェレナは俺たちの中で何でも一番なんだぜ。料理だけじゃない。体術もバトルもすげーんだ!」

 へへんっと少年を含め、寄ってきた子供たちは鼻高々にフェレナ自慢を始めた。フェレナは料理上手、体術がすごい、みんなの人気者、火山の巡回をしている――

 この町の〝ジムリーダー〟なのだと。

「――」

 ぴく、とウルのクーヘンを食べる手が止まった。数秒ほど考える様に動きを止めていたが、やがて口角を上げる。

「こらッお前ら持ち上げ過ぎだ! 止めんか!」
「わー! フェレナが照れたー!!」
「誰が照れたかー!!」

 ぎゃあぎゃあ子供たちを追いかけるフェレナに、ウルはフォークを置いた。

「こらクソガキ――って、ウル?」
「フェレナ、このエンタン島のジムリーダーだったんだね」
「あぁそうさ。アタシはこの町、エンタン島ジムリーダーだ」

 フェレナはニィっと笑って答える。その表情は自信と誇りに満ち溢れていた。ウルはそれを見て、笑みを深くした。がたんと席を立ち、腰のモンスターボールを手に取った。

「出てこい!ムー!レン!」

 ぼうん、ぼうん、と2つのモンスターボールが放たれ、2匹のポケモンが現れる。一匹は艶やかな笑みを浮かべ、上品に挨拶をした。もう一匹は静かに、しかし強くフェレナを見据えていた。

「ボクはコガネシティのウル。ジムリーダーフェレナ、貴女に挑戦したいと思います」

 ウルはくいっとキャスケット帽の位置を直し、フェレナに正式にバトルを申し込む。彼女の前には、ムウマ、レントラー、そしてまだおにぎりを食べているゴンベが立っている。ウルは片手をフェレナへ向け、にっこりと告げた。

「受けてくださいますか?」

 フェレナはウルの雰囲気の変化に、一瞬驚いたようだった。だが楽しそうに笑うと、モンスターボールを手に取り応える。

「あぁ、喜んでッ!」





「しよーポケモンは3体! 3体みんなが戦えなくなったらしあいしゅーりょーだよ!」

 エンタン島ジムリーダー、フェレナの持ちポケモンは6体。その中から3体を挑戦者は選び、戦う事となる。ウルが相手に選んだのは、ヒヒダルマ・ウインディ・ドンメルだった。

「こらこら、あんたらは危ないから帰りな」
「やーん」

 審判を務めようとしたちびっこ達をフェレナは追い返した。

「フェレナ敗けんなよー!」「怪我しないでね!」「ウルおねーちゃんファイトー!」「フェレナ!ぶっ潰せー!」「早く戻ってきてねー!」「ぜったいぜったい!どっちが勝ったか聞かせてよ!」「敗けた方はクーヘン奢りな!」
「分かった分かった!あんた達も、変なとこ寄らずに真っ直ぐ戻るんだよ!」

 フェレナとのジム戦は、屋外で行われる。エンタン島火山付近――ふもとの荒れ地だ。視界を遮るものが一切なく、ごつごつした岩が多い、灰色の荒野だ。特徴としては空間的でなく、平面的である事。足場自体は安定しているが、そこらに転がっている岩が多くてやや邪魔な点だろうか。

「使用ポケモンは3体!先に全てのポケモンが試合続行不可能となったら終了だ!」

 2人は距離をとって対峙する。フェレナが告げ、お互いにボールを一つずつ手に取った。

「試合――開始!」

 2つのモンスターボールが宙を舞い、お互いのポケモンが飛び出した。

「バフォバ!!」
「ゴン!!」

 しかし。

「……」
「……」

 2匹とも、待ちの姿勢のまま動かない。お互いにそれほど速度のあるポケモンでない為、様子を探り合っていた。
 先に動いたのは、フェレナの方だった。

「ドンメル!〝気合だめ〟!」
「バフォー!!」

 ドンメルの背中から煙が吹き上がる。ぐっと全身に力が篭り、気合十分にゴンベを睨みつけた。距離をはかり、タイミングを見計らう。ざり、とドンメルが地を踏みしめた。ぐらぐらと全身を回るマグマが一層速度を上げる。
 ――来る。
 ゴンベが構えた。

「〝捨て身タックル〟!!」

 地を強く蹴る音がした。汽車が走り出すように、瞬間的に速度を上げたドンメルがゴンベに突撃する。ドン、と重い一撃をゴンベは両腕で受け止めた。力こぶが盛り上がり、前のめりにゴンベがドンメルを掴んだ。フェレナが叫ぶ。

「押し切りなドンメルッ!そのままオーバーヒートだッ!!」
「バフォオオオオオオオオ!!」

 フェレナに応え、ドンメルが一際強く煙を吐きだした――否、煙ではない。煙を伴う焔が全身から噴出した。受け止めるゴンベの身体を巻き込み、ドンメルは炎の鎧を身に纏う。体を巡るマグマが強く奔った。受け止めるゴンベの毛をチリチリと焔が舐める。

「怯むなゴン!〝ばかぢから〟だ!」
「ゴン!!」

 ゴンベの筋肉が膨らむ。炎に巻かれた状況下で、その熱さをものともしない。毛の下の『厚いしぼう』が炎攻撃を半減させているのだ。

「ゴゴゴ……ゴォォォォォンン!!」
「バフォッ!?」

 ゴンベが渾身の力を込め、ドンメルを持ち上げると地面へ叩きつける。押し負けたドンメルに、フェレナが叫ぶ。

「退け!〝転がる〟!」
「逃がすな!〝のしかかり〟!」

 2人の指示はほぼ同時だった。フェレナの声にドンメルが即座に反応し、体を丸める。遅れてゴンベがドンメルにのしかかるが、タイミングが遅かった。ゴンベがギリギリで掴んだのはドンメルの首だ。ドンメルはゴンベを巻き込み、2匹いっぺんに転がり始めた。

「バフォフォフォフォフォフォフォ!?」
「ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン!」

 転がるというより、もつれ合う、と言った方が正しい体勢で2匹が荒野を転がっていく。思わずウルは「あちゃぁ」と顔を片手で覆い、フェレナは豪快に笑った。

「バフォン!」「ゴン!」

 どこまでも転がっていくかと思われたが――大きめの岩にぶつかり、2匹は目を回して止まった。ふらふらと立ち上がろうとする二匹に、両トレーナーとも表情を引き締め指示を叫ぶ。

「〝とっしん〟!」
「〝からげんき〟!」

 再びドンメルとゴンベが真正面からぶつかりあった。突進してきたドンメルをゴンベが抱きしめる様に受け止め、押しつぶそうとする。ゴンベの足がずりずりと地面を擦り後退した。だが、ゴンベ自身は前へと体を倒し、ドンメルと互角に押し合っていた。

「バフォオオオオオオ!!」
「ゴン!ゴンゴンゴンゴン――ゴォォォオオオオオオオオオオン!!」

 ゴンベが叫び、両者の動きが止まった。勝敗を決したのは――

「ッドンメル!」
「バフォ……」

 ドンメルが、目を回して倒れた。

「ゴ……ゴン」
「ゴン!」

 ゴンベが、ぐらりと倒れる。ウルはゴンベに駆け寄った。

「ゴン、お疲れ様。ちょっと休もう!」
「ドンメル……頑張ったな。ゆっくり休んでくれ」

 2人はそれぞれのポケモンを戻す。一回戦を制したのは、どちらでもない。ダブルノックアウトであった。
 ウルとフェレナが、お互いに顔を見合す。そして、ニヤリと笑った。

「やるなッ!」
「ふふふ!」

 2人が、2匹目に手をかける。
 まだバトルは――これからだ。




「そう言えばウル。次は何処の島に行くつもりだ?」
「んー決めてないなぁ」

 ずぞぞぞ、とウルは麺を啜り答えた。
 夕暮れも近いが、店内は込み合っていた。2人は壁に近いカウンター席に仲良く並び、〝火山ラーメン〟を啜っていた。

「どうしようかねぇ、レン」
「ウォン」

 レントラーに話を振るが、好きにしろ、と鳴いた。
 カウンター席と、2人の後ろのテーブル2つが埋まっている。フェレナのポケモンと、ウルのポケモンがわいわいとポケモンフーズ(ムウマは本人たっての希望で火山ラーメンを食べているが)を食べていた。全員ぼろぼろだが、元気よく食べている。カウンター席の2人も走り回ったせいで服が土塗れ、火山灰塗れだった。

「まーでも、美味しいものがあるなら何でもいいや。ぐるっとサート地方を一回りしようと思うよ」
「イイねェ。それでまたエンタン島においでよ。クーヘン焼いてやるさ」
「じゃあボクは他の島の名物持ってくよ」
「そりゃ楽しみだ。んでこのジムバッヂは――それまでお預けだな」

 フェレナがジムバッヂを弾いた。ウルは「うぅ~」と唸り、ジムバッヂをじっと見つめるとフェレナに返す。

「むぅ。一回りして戻ってきたボクは、もっと強いよ」
「あんまり食べすぎて、体型も一回り大きくならないようになー」
「そしたらフェレナに〝転がる〟だ!」
「あっはっは!!」

 ウルが両手を上げて言い、フェレナは笑った。2人で熱いラーメンを啜る。
 バトルの後は、どんな敵でも美味しいご飯。

 ウルのサート地方食い倒れは、まだまだこれからのようである。

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