第3話 “テレポート恐怖症” (4)

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 転送室での作業は、殆ど終わりかけていた。各作業員とも機械弄りから離れて、報告と確認に移っている。
 エンジニアのチーフであるヴァージルも、責任者として報告を受ける。一通り聞き終わった後、小難しい顔を浮かべて手に抱えている光学パッドと睨めっこしていた。

「フェイズ転換機、問題なし……予備回路は正常。やっぱり技術的問題じゃなさそうだな」

 彼の口からため息が漏れる。
 傍らに腰を下ろしていたユキメノコも、ふんふんとパッドを覗き込む。そして、「難しいな」と頷いた。

「双子素粒子が交信しあってるのは分かったけどよー、じゃあ交信している間に干渉はできねーの?」
「そこまではなんとも、俺は量子物理学者じゃなくてエンジニアだからなぁ」
「じゃあー……図書室に行って調べてくるっきゃないか」

 また文字と格闘する日々が続くのかと思うと、ユキメノコは憂鬱げに項垂れた。
 なにせ量子物理学と一言に言っても、その範囲は膨大である。いちいちページを開いている間に、自分よりも遥かに量子物理学の知識を持つ者が解決の道を導くかもしれない。そこに自分が居ないことが、少し、寂しい気がした。
 そんな彼女の様子を案じて、チーフも表情に影を落とす。しかし次の瞬間、彼の脳裏に電球の如く、閃きが浮かんだ。

「良い方法がある」

 そう言って彼は立ち上がり、レノードが連絡用に使っていたドア横の操作パネルに触れる。
 ぽかんと口を開けたままのユキメノコの視線に、彼は得意げな笑みを返しつつ、唇を舐めた。

「ミラージュ、こっちに来てくれ」
『了解した』

 偉そうな女性の口調が通信越しに聞こえてくる。そしてすぐ後に、転送室の一角に光の粒子が降り注ぎ、1匹のデンリュウが構築された。
 突然目の前に現れた黄色くスマートな存在に、ユキメノコは呆気に取られた。もちろん彼女が何者かは知っているのだが。

「こいつ……アレか、ミラージュ・ポケモン?」
「ただのミラージュ・ポケモンじゃない」

 チーフは笑顔でデンリュウの頭に手を乗せる。が、刹那の後にデンリュウの手にペシっと払われた。

「紹介しよう。彼女はミラージュ、その名の通りミラージュ・システムの司令塔ユニットだよ。最も賢い、そして誰よりもポケモンに近い、ミラージュ・ポケモンだ」
「私に何か用か」

 紹介を受けたデンリュウ、改めミラージュは、氷ポケモンさえ凍り付いてしまいそうな冷たい視線を、同じくらい冷たく淡白な台詞と共に、ユキメノコに投げつけた。
 そんな彼女を、ユキメノコはひたすら怪訝そうに眺め、その周りをゆっくりと歩きながら観察する。

「……私もミラージュ・ポケモンに会った事あるけどよー、こいつなんか偉そうだな」
「こいつはミラージュ・システム初の自律型なんだ。俺がプログラミングを助けてやった」

 な? と語りかけるチーフを、ミラージュは無視した。

「用が無ければ私は戻る」
「まあ待てって。お前、量子物理学の知識もあっただろ? このユキメノコに、助言をくれないか」

 チーフのお願いの後、奇妙な沈黙が流れた。
 ミラージュもジロジロとユキメノコを観察する。さして興味があるような目には見えないが、暫くして頷いた。

「……よろしい。何が知りたい」

 本当にこんな奴で大丈夫かよ、と疑問はある上に、何だか虫の好かないような奴だ。ユキメノコの受けた第一印象は、おそらく最悪だった。
 しかしミラージュ・ポケモンといえば、膨大なデータベースから必要な情報にアクセスできる存在だ。普通、ミラージュ・ポケモンの許容する容量を考えると、アクセスできる情報には限りがあるのだが。
 猜疑心を拭えないが、試してみるか、とユキメノコは口を開いた。

「んー……転送で、双子の素粒子がデータを交信している最中に干渉する事ってできるか?」
「不可能だ。2つの素粒子は同一の波動関数に基づいている、片方の変化は必ずもう片方の素粒子に伝達される。例外は無い」
「だけど起こった、そうだろ?」
「それ以外の原因を探るべきでは?」

 速くて助かるけど、やり辛いなー。
 そんな風に困ったような顔をするユキメノコに、ドアの向こうから助け舟がやってきた。ちょうどレノードが入って来たのだ。

「ところがそういう訳にもいかないんですよ」

 ユキメノコは、少々癪ではあったが思わず安堵のため息をついて、レノードに歩み寄る。

「ミオはどうだった?」
「元気そうでしたよ、暫く安静が必要ですがね」

 レノードの笑みからして、それは本当のようだった。もっとも、彼は「ま、心配してねーけど」とそっぽを向くユキメノコへの、からかいの意味を込めた笑みだったのだが。

「今の話の意図を説明しろ」
「あぁ、ミラージュ。出ていたんですねぇ、珍しい」

 多少の驚きも交えながら、レノードは抱えていた電子パッドを広げて見せる。平面の二次元的な表示から、三次元の立体映像のホログラムが浮かび上がった。

「ミオの火傷痕から、ポケモンのDNAが検出されたんです。ブーバーのね」
「ありえない事だ」

 と、ミラージュ。
 レノードも「確かに」と頷いた。

「普通ならね。でもミラージュ、よく考えてみてください。ブーバーの残留遺伝子とミオの転送事故、この一見して何の関連性のない2つの事実を結ぶヒントが、過去に起こっていた筈です」

 過去に起こった事を、レノードは誰よりも早く思い出していた。それが彼の優秀なエージェントたる所以でもある。
 彼の出した問答に最初に気がついたのは、ミラージュよりも早い、チーフだった。

「……神隠しか」
「へ?」

 気付かなかった、と悔しげな、しかし同時に納得もしている複雑な表情でチーフは呟いた。
 その呟きに、ユキメノコは頭の上に疑問符を浮かべるが、続いてミラージュも答えに辿り着いた。

「理解した。テレポート消失事件か」

 どうやら理解できていないのは自分だけのようだと気付くと、ユキメノコは急に孤独感に襲われた。

「何なんだよ、その神隠しだの、消失事件だの」

 説明を求められたレノードが説明するべく口を開きかけた時、その目の前をミラージュが横切り、ドア横の操作パネルを押した。

「ミラージュよりケインズ長官、至急会議室に出頭しろ」
『分かった、すぐに向かう』

 聞き慣れた老体の返事。ユキメノコに苛立ちが募った。

「お前達もだ。一緒に来い」

 そんな彼女に構わず、ミラージュはレノードとチーフを順に見やってそう告げた後、早々に転送室を後にした。これがユキメノコの気を逆撫でしている事など、彼女にとってはどうでも良い事だった。
 レノードは今しがた明確に開いたミラージュとユキメノコの溝を察してはいたが、ユキメノコに「来ても良いですよ」とフォローを入れつつ、逃げるようにミラージュに続いた。勘が良いのが腹が立つ。

「……何様だよ、あいつ」
「ミラージュには自律した意識があるんだが、感情は無いんだよ」

 ユキメノコの隣りに立って、チーフは慣れた様子でそう言った。
 ミラージュを作った手助けをしたのがチーフだとしたら、何だか彼への好感度も下がった気がした。ユキメノコは怪訝そうに、彼を見やる。

「だからってああなるのか? 敬語のプログラムを付け忘れたんじゃねーの」
「中にはある筈なんだがなぁ……ミラージュ自身が使う気にならないと、あいつは敬語にならないんだ。まあ仕事に支障が出る訳でもなし、慣れれば案外、悪くないぞ?」
「どこがぁ?」
「イカつい感じでカッコいい」

 にやにやと笑みを浮かべ、足早に転送室を去っていくチーフの背中を見つめて、ユキメノコは苦々しい顔を浮かべ、小刻みに首を横に振った。

「……嘘だろ」

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