第3話 “テレポート恐怖症” (2)

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 ポケモンGメン報告、音声記録、アルバート=ケインズ記録。

 転送の事故で負傷したミオを、現在プロメテウスの医療主任、Dr.シリカ=リヴィエが治療中。第一報告によると、命に別状は無いとの事。
 エンジニア・チーフのヴァージル=ドナートを本件の調査責任者に任命、技術的な観点から原因究明を進める。

 国内を含め、各国の転送装置の設置施設に対し、警告を促した。
 転送は便利なテクノロジーだが、暫くは自分の足で歩くしかないだろう。



 転送室は、一見して簡素な部屋だった。
 床は1枚の白く巨大なワープパネルで占められ、壁も無機質な金属が並ぶばかりで、外を見渡せる窓は無い。一日中天井から人工の光が降り注ぎ、出入りする人を適度な光で出迎える。

 ミオが担架に乗せられて医務室へ運ばれてからすぐに、何匹かの電気系・鋼系のポケモンを連れた4、5名のエンジニアが押し寄せ、床のパネルを丁寧に引っ剝がした。
 おかげで、一旦医務室までついて行ったユキメノコが、ミオの安否を見届けた後に此処へ戻ってくる頃には、部屋はすっかりごちゃごちゃした床下の機械をさらけ出していた。

「うひゃー、すっげーな……ワープパネルの下ってそうなってんのか」

 開きっぱなしの自動ドアをくぐり、そのごてごてしさに感心しながらユキメノコはかろうじて残っている足場に足を踏み入れる。
 彼女に真っ先に気付いたのは、出入り口の付近に座り込み、機械の穴の中に足を降ろす、灰色の作業着を着た、金髪が黒みがかったような短いオールバックヘアの男だった。見てくれからして、20代の後半辺りだろう。

「誰、……あぁお前か」
「あれえ、会ったことあったっけ?」

 最初に驚きながらも、男は気さくに頷いて返す。

「誰でも知ってるよ。テレパシーも無しに喋るポケモンなんて、珍しいからな」
「プララっ」

 唐突に続く、甲高い鳴き声。
 周りのポケモンと言えば、メタングやエレブー等、作業慣れしたごついポケモンばかりだ。とてもじゃないが、今の鳴き声は彼らにしては可愛過ぎる。
 視線を降ろすと、男が腰を下ろしている機械の穴からひょっこり顔を出し、こちらを見上げているチッポケなポケモンがいるではないか。

「……こいつが原因かよ!」

 慌てて指差されたプラスルは、大慌てで「違う、違うよ!」と言いたげに騒がしく鳴く。
 そんな様子を見て、男は笑ってプラスルの頭に手を乗せた。

「大丈夫だ、こいつもエンジニアだから」
「そいつがー……?」

 疑り深い目を向ける最中を遮り、1人の男性作業員が割って入る。

「チーフ、配線盤の点検が終わりました。第1から第5、異常なしです」
「本当に全部か?」
「はい」
「……分かった。次のセクションに移ってくれ」
「了解」

 そそくさと男性作業員が離れていく。
 ユキメノコは「ははあ」と頷いた。

「……そうか、あんたがチーフって奴か」
「まだ名乗ってなかったな。プロメテウスのエンジニアチーム、そのチーフを努めてるヴァージルだけど、まあチーフで良いよ。こいつは相棒のリッキー」

 紹介を受けたプラスルがチーフに這い上り、肩から笑顔のサンライズ。

「プーラ!」
「よろしくー、で……」

 そっけなく挨拶を終えて、ユキメノコはキョロキョロと辺りを見回す。

「結局原因は分からず終いってとこか」

 チーフも渋い顔を浮かべた。

「転送機に異常は無かった、てことは、原因は点検ミスか、他にあるって事だ。俺達が何回もチェックしてる以上、後者だろうな……そういえば、レノードはどうした? 確か、組んでるんだろ?」
「ミオがまだ治療中でなー、レノードはこの件を調査しながら医務室の前で待ってるぜ」
「……しながら?」
「器用な奴だぜ、まったくよー」

 そうか、と頷き、チーフは続ける。

「あいつは仕事にかけちゃあ一流だからな、すぐにこの原因を突き止めてくれるだろ」
「私も手伝いたいんだけどよー、残念ながら転送って奴の仕組みがまだよく分かってなかったりするんだぜ」

 さりげなく隣りに腰を下ろすユキメノコに、チーフは怪訝な視線を傾ける。

「教えてくれってか?」
「頼めるー?」

 どこか腹立つ甘え声。
 チーフは苦々しく受け止めながら、肩のプラスルの頬を指で撫でる。

「リッキー、インバーターを見てきてくれ」
「プラ!」

 敬礼ポーズを取り、プラスルは軽快に肩から飛び降りた。
 指示された作業場に向かう彼女(プラスル♀)を見やりつつ、確かに身なりこそ小さいがエンジニアらしいな、とユキメノコは思った。

「まずはそうだな、『転送』って技術が、ポケモンのテレポートを再現したものって事は分かるか?」
「その『テレポート』さえあんまり分かってねーけど、まあ」

 そうかと呟き、チーフは、さてどこから話したものかと考える。

「テレポートは昔、色んな説があったんだ。位置交換説とか、高速移動説とか……でも論争と実験を積み重ねた末、ようやく結論が出た」

 チーフは持っていた光学パッドの上を指でなぞり、絵を描いていく。

「例えば、ケーシィが1匹いたとするだろ。A地点に居るケーシィが、B地点にテレポートしようと考える。するとケーシィは、おそらく無意識に、大量の素粒子を発生させる。この素粒子は双子な素粒子の集まりで、ケーシィはその片割れの集まりを目的地Bに飛ばすんだ」

 ユキメノコは、ヘタクソなケーシィの絵と、離れたB地点とを交互に見ながら、ふむふむと頷く。

「そして素粒子が目的地Bに届いたら、手元に残った素粒子に自分という存在の情報をインプットする。そうすると、目的地Bの素粒子が変化して、インプットした情報通りに再構築する。こうしてケーシィは、一歩も動かずにAからBへテレポートするって訳だ」
「待て、待て、何で片っぽの素粒子に自分をインプットしたら、離れたもう片っぽの素粒子が変化するんだ?」
「双子の素粒子の間には、テレパシーのような繋がりがあるんだ。片方の素粒子が変化すると、もう片方も同じように変化するからな」

 腕組みしながら、ユキメノコは考える。理解を進めるというよりも、理解に苦しみながら。

「……ますます分からねーぜ。だとしたらミオはいつ怪我したって事になるんだよ。テレポート、つまり転送の仕組みがそうなら、ミオは転送する前から怪我してなきゃおかしいだろ? 転送中には怪我のしようがねーんだから」
「あるいは転送されて、此処で再構成された時に怪我したか……今のところ、考えにくいけどな」

 なるほど、と、ユキメノコは一応の相槌を打つ。
 未だ解決できない疑問を前に、ユキメノコの集中力と意欲はかつてなく高まっていた。一仕事終えたと、一息ついているチーフに構わず、ユキメノコはその真剣な、奥に情熱を秘めた視線を投げかけ、そして。

「もっと話して良いか?」

 さすがにそろそろ本業に戻りたかったチーフは、困った様子で頬を掻き、しかし解決の糸口になるかもと自分を納得させた。早い話、妥協である。

「こっからは作業しながらでも良ければな」
「じゃあ、まずはこの……」

 ユキメノコは相手の都合などお構いなく、まくしたてるように語り始めた。

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