第38話 過去と現在

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 カードキーをスライドさせると、エレベーターの扉が開いた。その中の先客たちと目が合い、レッドは思わず声を上げる。

「イエロー! カスムにキリまで!」
「レッドさん! 無事だったんですね!」

 真っ先に駆け寄ったのはイエローだった。続いて、カスムがひらりと手を上げた。

「お久しぶりです、レッドさん」
「あぁ。二人はどうしてここに?」

 レッドの問いに、キリはレッドの手にしているカードキーに視線を向けた。

「それ、屋上へのカードキーですか?」
「多分な。……ユズルか?」

 キリは険しい顔で頷いた。

「そうか。――キリ」

 レッドはキリにカードキーを渡した。キリが受け取ったのを確認し、レッドはエレベーターのボタンを押した。エレベーターが上昇する。数秒と立たず、屋上へと到着した。
 エレベーターの窓から見えるのは、広いフィールドと曇天。そして、黒髪の少女の後ろ姿だった。

「ッユズル!」

 扉が開くと共に、真っ先にキリが飛び出した。続き駆け寄ろうとしたカスムが、異様な気配に立ち止まる。
 どこかで嗅いだ覚えのある、鉄錆に似た臭い。
 気づいているのかいないのか、駆け寄ったキリがユズルへ声をかけた。

「おい馬鹿! 心配し――」

 キリの言葉は続かなかった。
 手のひらが真っ赤に染まっていた。
 その手をぼんやりと見つめていた少女が、顔を上げた。

「……」

 キリを見つめ、

「……」

 すいと視線をずらし、その向こうのカスムを見る。

「……」

 続き、イエロー、

「……」

 そして最後に、レッドで目を止めた。
 正確にはその腰のモンスターボールに。

「……来たわね」

 少女は立ち上がった。唖然としているキリに目もくれず、悠々とその横を過ぎ去ろうとする。ハッとしたキリが、即座に立ち上がり少女の肩を掴んだ。

「おい」
「何」
「ユズルは何処だ。3秒以内に答えろ」

 少女は煩わしそうに振り向き、キリの視線を真っ向から受けた。キリの表情は真顔に近かったが、目が底冷えするほどに冷たい。

「此処。心配しなくても、疲れたから眠ってるだけよ」

 とんとんと胸を指し、少女は答えた。

「眠ってる?」
「そう。ちゃんと生きてるわ」
「そうか」

 キリの目の光が僅かに和らいだ。しかしまだ警戒は解かず、剣呑な目で少女に問いかける。

「それでお前は誰だ?」
「メグル」
「ではメグル。5秒以内にその体から立ち退け」

 その言葉に、少女――メグルはにっこり笑って答えた。


「嫌」


 直後、二人は同時にモンスターボールに手をかけた。

「フィアアアオウ!」「シゥシアアア!」

 放たれる火炎放射とサイケ光線が衝突した。焔が舞い踊り、感電するような音が空気を捩じらせる。至近距離での攻防だったが、両者とも眉ひとつ動かさない。
 が、キリの首筋には冷や汗が流れていた。

「反応速度は合格点。けど、容赦が足りないわ」

 スッとメグルが右手を上げた。金色の体毛のポケモン・キュウコンから放たれる火炎放射が力を強めた。

「ぐっ……!」
「シゥゥ……シアアアアア!」

 じりじりとした熱風と炎に、キリとフーディンは押し返すだけで精いっぱいだった。揺れ動く炎がキリの髪と服を舐める。網膜すら焼くような焔に、キリは腕で顔を庇っていた。

「それ以上に貴方は実力不足」

 メグルが指を鳴らす。キュウコンから放たれる火炎放射が、一気に力を増してキリとフーディンに襲い掛かった。

「退きなさい」
「シゥアアアアアアアアアア!!」

 轟、と音がした。キリの目の前に、炎に押し負けるフーディンと赤い壁が映る。巨大な化け物が口腔を開くように、赤が――

「ハイドロポンプ!!」

 突如として、横合いから激しい水流が飛んできた。火炎放射をふっとばし、フーディンとキリを炎から分断する。急速に冷えていく場に、キリは息を吐いた。
 指先が、かすかに震えていた。
 ふい、と、メグルはハイドロポンプの放たれた方向へと視線を移した。ハイドロポンプを放ったのは巨大な2足歩行のポケモンであった。ずっしりとした重量級の体つきに、身体は甲羅で覆われている。突き出したロケット砲から、ハイドロポンプの滴がポタポタと零れ落ちる。じゃこんとロケット砲を背中に仕舞い込み、レッドの隣に立った。

「ルールはこちらの時代に合わせるわ」

 メグルが長い髪をかき上げた。キュウコンを戻すと、今度こそキリの傍を過ぎる。キリは動けなかった。無言でフーディンをボールに戻した。

「フィールドはこの屋上すべて。観客はエレベーターの中で観戦してて頂戴」

 ちらりとメグルがカスムとイエローを横目で見た。もごもごと、何か言いたそうなイエローにレッドが「戻って」と告げる。カスムはメグルを見て、次にその向こうのキリを見た。小走りにキリの元へと走る。

「ユズルは?」
「それは貴方次第」

 レッドの問いかけにメグルは薄く微笑む。自身の首に真っ赤な指を当て、横へと。一本の赤いラインが首に引かれる。
 レッドがカメックスへと顔を向けた。カメックスが頷く。

「分かった」

 レッドが了承する。キリを連れてカスムが戻ってきた。

「キリ」

 レッドが声をかけると、俯いていたキリが顔を上げた。きゅっと唇を噛みしめて、眉を寄せている。メグルを見て、もう一度レッドへ。
 レッドへ向かって頭を下げた。

「……お願い、します」

 絞り出すような声だった。

「うん」

 レッドがはっきりと応えた。キリはエレベーターへと向かっていく。バトルの邪魔をしてはいけない。カスムもレッドとすれ違いざま、ぺこりと頭を下げてエレベーターへと向かった。
 レッドがカメックスを戻し、所定の位置につく。メグルも反対側についた。冷たい風が吹く。曇天に暗澹とした雲が動き、寒さにレッドは腕をさすった。声を張り上げ、名乗る。

「オレはマサラタウンのレッド!」
「あたしは、」

 レッドの言葉にメグルは迷った。
 出身地は忘れた。少し考えて、メグルは答える。

「メグル。――千年前の、亡霊」










 強く風が吹く。放たれたモンスターボールから出る煙を攫い、ポケモンの姿を露わにする。

「ウォン!!」
「ゴオオオオオオオ!!」

 飛び出した2体が衝突し、組み合った。メグルが繰り出したのは全身攻殻鎧のようなポケモン・サイドン。レッドが出したのはまん丸い大きな体のずっしりしたポケモン・カビゴンだ。

「ウォ……!」

 身長はサイドンの方が低いが、力は上だ。押し負けて僅かに後ずさるカビゴンに、サイドンはニヤリと笑った。鼻先の角が回転を始める。

「角ドリル!!」

 至近距離で放たれる角ドリルがカビゴンに襲い掛かった。柔らかい皮膚を貫くかと思われたが、ガツンと硬質な手ごたえにサイドンは目を丸くした。

「頭突き!」
「ウォン!!」

 僅かにしゃがんだ姿勢からカビゴンはサイドンの顎に向けて頭部を突きあげた。カビゴンの頭とサイドンの硬い顎が衝突する。通常であれば押し負ける硬さだが――カビゴンの頭部は〝硬くなる〟で硬質化していた。岩と岩が衝突するような鈍い音が弾けた。下顎から脳髄へと突き抜ける衝撃に、サイドンが後方によろめく。

「メガトンパンチ!」
「ウォン!!」

 露わになった腹にカビゴンのメガトンパンチがめり込んだ。直立から強制的にくの字へと、サイドンは苦鳴を上げる。

「ゴオオオオオオオオオ!!」
「コーヒー!」

 メグルが鋭く叫んだ。倒れそうになったサイドンが踏みとどまる。

「そのまま決めろ!捨て身タックル!」
「コーヒー!怖い顔!」

 ギラリとサイドンの目が鈍く光る。強烈な殺意と敵意に、カビゴンの速度が落ちる。その隙にサイドンが体勢を立て直した。

「コーヒー!」
「ゴォ!!」

 サイドンがぐるんと丸くなった。そして、速度を増して回転を始める。ガリガリと嫌な音を立ててフィールドを削った。

「転がる!」

 軌道を描きながらカビゴンへと迫る。フィールドに痕を残しながら、凄まじい速度と威力を伴った攻殻戦車が攻撃に向かってくる。

「ウォン!」

 慌ててカビゴンがサイドンを避けた。ギュルギュルと回転はまだ上がる。

「ゴン、後ろだ!」

 ハッと気づいたレッドがカビゴンへ警告した。サイドンが即座に方向を切り変え、カビゴンの後背へと突撃してきた。

「ウォオオオオオオン!!」

 振り向きかけたカビゴンにサイドンがぶつかった。高速回転する攻殻戦車にカビゴンが吹っ飛んだ。攻め手を休める気がないサイドンが、更に方向を変えてカビゴンへ迫る。

「ゴン!」
「ウォ!!」

 吹っ飛んだカビゴンは、その柔らかい腹でバウンドした。転がるように体勢を整える。迫るサイドンをキッと睨んだ。

「受け止めろ!」
「弾きなさい!」

 レッドとメグルの声が重なり、カビゴンとサイドンが激突する。がっしりとカビゴンがサイドンを受け止めるが、サイドンは回転を止めない。受け止めるカビゴンの体から脂汗が噴出した。

「コーヒー!回転上げなさい!」

 メグルの指示にサイドンの回転が更に上がった。サイドンを受け止めるカビゴンが苦しそうに息を漏らす。レッドはぐっと拳を握ると、カビゴンへ叫んだ。

「負けるなゴン! 押し返せ!!」
「ウォン!!」

 カビゴンが全身の力を振り絞る。受け止める腕の筋肉が盛り上がった。踏みしめた足元のフィールドが足の形に陥没し、サイドンを押し返し始める。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
「――!? ゴオオオオオオオオオオオオオオ!」 

 雄叫びと共に、カビゴンはサイドンを押し潰した。耐え切れずサイドンの体が回転を止める。くらくらしているサイドンの頭を掴むと、カビゴンは振りかぶりフィールドへ思い切りたたきつけた。

「ウオオオオオオオオオオオオン!!」
「ギャオガッ!?」

 頭部がフィールドへとめり込み、サイドンは動かなくなった。

「戻りなさい、コーヒー。……お疲れ様」

 メグルはサイドンを戻し、次のボールを放った。

「出なさい、ブレンド!」
「キュァァアアアアアン!!」

 金色の体毛のポケモンが現れた。9本の尾が妖しく伸びる。尾の先に炎が揺らめいた。

「鬼火!」

 キュウコンが妖艶に微笑んだ瞬間、9つの青白い炎が一際大きく燃え盛った。9本の炎がカビゴンとフィールドを襲う。反応する隙もなく、盛る炎がカビゴンを包み込んだ。

「ウォオオオオン!」
「ゴン!フィールドに――」

 転がって火を消せ。そう告げようとして、レッドは目を見開いた。放たれた炎がフィールド一帯を包んでいる。意思を持つ生き物のように、不気味な炎がレッドとカビゴンを待ち受けていた。冷たい風が吹く。火による熱さと冷たさの入り混じった奇妙な風が、レッドの頬を撫でた。

「火炎放射!」
「――!」

 ぼぅんと、鬼火とは比べ物にならない炎がカビゴンの全身を包んだ。フィールドのどこへ逃げても炎が追ってくる。カビゴンは悲鳴を上げた。

「ウォオオオン!」
「戻れゴン!」

 カビゴンをレッドは慌ててボールへ戻した。戦えるポケモンは、あと3匹。その内2匹で少し迷い、レッドはボールを手に取った。

「ギャラちゃん!」
「ギャアアアアアアアアアアア!!」

 青く長い巨体をくねらせ、炎の中へとギャラドスが躍り出た。現れ出た水タイプポケモンにメグルは警戒を強める。

「ハイドロポンプ!」
「エナジーボール!」

 キュウコンの尾に緑色の光が集まる。同時に、ギャラドスの前にも大気中の水が集まり始めた。

「キュアアアアアアアアアア!!」
「ギャアアアアアアアアア!!」

 放たれたエナジーボールがハイドロポンプと衝突――しなかった。ギャラドスがハイドロポンプを放ったのはキュウコンにではない。フィールドに発射されたハイドロポンプは大きく飛沫を上げ、フィールドを鎮火した。拡散する水流がキュウコンへと向かう。

「キュッ!?」

 思わぬ方向からの攻撃に、キュウコンは鳴いた。

「ギャッ!!」

 一方ギャラドスも、エナジーボールに叫喚を上げた。だがハイドロポンプの反動で直撃軌道を避けたのか、キュウコンと同じくダメージはそれほど大きくない。

「……レッド」

 ぼそ、とメグルが呟いた。口角を上げ、己の手をぎゅっと握る。

「強い。これまでの、誰よりも」

 風が言葉を攫った。メグルはゾクゾクとした戦闘の高揚感に、目を輝かせる。

「ブレンド!」

 次なる指示を告げるべく、メグルは口を開いた。




 To be contnued..........?




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