70話:①~ケースR(リバイバル)~

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『表裏の虚実』を読む前に、作者のミスで投稿し忘れておりました『小休止』に目を通していただきますようお願いいたします。以前からちょこちょこ出ているもと“紅蓮”のケイガは『小休止』での初登場になります。

 巨大な映像がホールに投影される。そこに映っているのは、協会を訪れた時のシェーリとエイナたちとのやり取りだった。
 シェーリが背を向け、部屋を出たと同時に映像はぶつんと消える。一瞬部屋を闇が覆ったが、すぐに明かりがついた。

 ホールの中にいるのは、二十人前後の人間だった。全体的に高齢で、まとう雰囲気は人を使うもののそれである。

 彼らこそ、シェーリが面会を望んだ協会のトップ集団、理事会であった。

 中の一人がひげをなでつけつつ口火を切った。

「ふうむ……。今時珍しいのう。道具でも優遇でもなく、知を望むとは。――チーム・フィリアル、といったかな?」
「はい。登録から三月ほどしかたっていないチームで、所属するエージェントも“果ての森の王”を除き一年未満の新人たちですが、その実力は歴然たるものがあります」

 エイナがかしこまって答える。その隣にいた黄色が強い茶髪の青年が、どこか面白がるように続けた。

「白雅が返り討ちにされ、同盟剣黒が挑んだファウンスへのマグマ団事件。そして先立ってのアクア団の大襲撃。そのどちらにおいても両団に対峙して被害の拡大防止に一役買った。十色(じゅっしき)のうち“紅蓮”と“双碧”を有し、頭角を現しつつあるチームだ。
 それに加え、メンバー七名のうち過半数に通り名が与えられている。割合だけで見るなら約五十七パーセント、これは全チーム中でも四位だな。五人以上のチームなら二位。かのゼーナに次ぐ」

 どよめきが起こった。

「なんと! 新参チームがディラを抜いたというのか!」
「馬鹿な、そんな話は聞いていないぞ!?」
「メンバーのうち四人は別チームからの移籍です。そのうちの二名が十色。ですから、フィリアルに上位の通り名持ちが集まっていることはあまり知られていません」

 エイナが冷静に言うが、驚愕は冷めやらない。泡を食った声があちこちで叫ばれる。

 ゼーナはチーム八人全員が通り名を持ち、これは規格外ともいえるが、今までそれに追随していたのは四強が一、ディラの三十三パーセントだ。数字だけ見ると少ないように見えるが、現在登録されている通り名持ちは398名、それに対しエージェントの総数は一万に近く、通り名持ちが四パーセントに満たない状況で、この数値は驚異的である。
 また、ディラがチーム界最大のチームであり、その構成員が四百名を超えることを考えると、実に通り名持ちの三分の一がディラに所属していることになる。ここまで説明すれば、新参であるフィリアルがその数値をこえてしまったことが大きな意味を持つことがわかるだろう。

 そして、十色。

 エージェントの先駆け、十人の「調停者」たちにちなんだ十の色を表す通り名は、協会規約において最上位の通り名と位置付けられている。
 その十色が――二人。

 いまだざわつきの収まらぬホールに、青年が楽しそうに、さらに爆弾を投下した。

「ついでにいうと、フィリアルは四強やそれに匹敵するチームにえらく気に入られているようだ。後見をしているノワールは言わずもがな、彼らへの誹謗中傷に非公式ではあるが、白雅が動いたことも確認されている。北斗はフィリアルに全面協力を約束した。さらにディラのリーダー“夢幻の森の王白夜”は、その名をフィリアルの代表“月光のディアナ”に許したそうだ。……ハイフォンに至っては」

 非常に楽しげな笑みを口元に漂わせ、青年は思わせぶりに間をおいた。視線が集中する中で、エイナがこっそりその脇腹をつつく。
 おかしくてしょうがないのをこらえ、見た目だけまじめくさって青年は告げた。

「未確認だが――ハイフォンリーダー、“舞風”のセイルが、ディアナに名を許したらしい、と情報がある」
「“舞風”が――!?」

 先刻のものよりはるかに上回るどよめきが起こった。

 エイナでさえ驚きに思わず青年の方を向き、素で尋ねた。

「それは本当なのですか、ラファイル?」
「未確認だけどな」

 青年は用心深さを強調するが、にやつきをたたえたその眼が言葉を裏切っている。
 つまり、その場を押さえた証言こそないものの、ほぼ百パーセント事実、ということだ。

 “舞風”のセイルは、協会にとっては得体のしれないエージェントであった。

 十五年ほど前に起こったエージェント情報流出事件。協会の失態でエージェントやその家族に多くの犠牲者を出すことになってしまったこの事件の後、それまでの協会規約が改訂され、エージェントに登録する際の個人情報の提出が強制ではなくなった。
 しかし、登録時にそれらの情報を空欄にしたところで、どのみちそれはアソックによって調べられる。よって、申請しようがしまいが、協会は変わらずにすべてのエージェントの個人情報を押さえている――というのが建前なのだが、実はごく少数、自分たちの情報を上手に隠す「ゴースト」と呼ばれるエージェントたちがいる。

 その中でもセイルは抜きんでていた。
 本名不明、生年月日不明、出身地も家の名も家族の有無もエージェントになる前どこに居住していたのかもすべて不明。その来歴はきれいなまでに空白だった。ただわかっているのは、「セイル」という、本人が申告した名前一つだけ。もっともこれさえ、本当の名前であるのかどうか疑わしい。

 最近になってようやく、あの“炯眼”のエズラの孫らしい、という情報が入ってきたのだが、当のエズラに子供がいるという公式記録はない。アソック諜報・広報両部門の頭痛の種――それが“舞風”のセイルだった。

 そのセイルが、名を許した。
 今までただの一人にさえその名を名乗ったことのないセイルが、である。
 とんでもない事態だった。彼らはがぜんフィリアルに興味を持った。

 しかし身を乗り出しかけた理事会の機先を制したのは、またしても青年だった。
 彼は誰かが発言する直前の絶妙なタイミングで書簡を取り出した。

「ところで、これは先代“紅蓮”ケイガから送られてきたものだ」

 理事会はとたん、うんざりしたように椅子に戻った。

「またユーリー・エーヴェンハイツ・コルクレイトのことか? その件なら考慮はすると言ってあるはずだぞ」

 ユーリーに“細氷君(さいひょうくん)”という通り名を与えようとする協会と、それをある理由から止めようとしているケイガとは、いままでもこのようなメッセージのやり取りがされている。
 今回もそれだろうと思っての言葉だったが、青年はにっこりと、意地悪く、笑って否定した。

「いいや。内容は確かに通り名のことだが――ユーリーではなく、フィリアルのエージェント、ウィルゼ・ローアンに“奇術師”の通り名を――という、推薦文だ」

 一拍おいて、視線の集中砲火を浴びたエイナがばっとその書簡をひったくり、すぐさま映写機を使って内容を投影した。
 ケイガのものである堂々とした文字で、確かに青年が言ったのと同じ内容が記されている。青年がフィリアルについて詳しく説明したのはこのためか、と理事会は呆然としながらも納得した。二度手間をきれいに省いたわけである。

 人間、驚きすぎるともはやその感覚がなくなってしまうものだ。理事会の老人たちは顔を見合わせ、重々しくうなずいた。

「もはやこれは……」
「さよう。ここで決めていい事柄ではない」
「うーむ。まさか三度までもこのような事態になるとはな……」
「ゼーナはやはり鬼門じゃな。現役のものはまだしも、引退してのちも厄介ごとばかり起こす。――ラファイル、エイナ」
「はい」

 最初に発言したひげをたくわえた老人が、ひょいと手を振った。

「キサラヅ・ケイガの要請に対し、協会規約特別項“歯車”を適用する。そなたらで対処せよ」
「わかりました」

 具体的なことは何一つ聞かず、エイナはただ頭を下げた。協会規約特別項とくれば、彼女のやることは決まっている。
 理事会は驚きが突き抜けてしまった反動か、呆れたようにしゃべり始めた。

「めったに起きぬろうから特別項、としたというのに。これでは特別もへったくれもありゃせんのう」
「“黒”が認めたものが、よもやそれほどの力を秘めているとはな……。やはりエージェント界最強とうたわれるだけはあるか」
「実力の伴っていない最強だけどな」
「いや、いや、その実力は正当に評価されねばなるまいよ。先だってのアクア団強襲を退けたことからも、彼らの実力は明々白々。他チームにも強い影響力を持ち、ちゃくちゃくと実績も積んでおるしの。……ゼーナに及ばぬとはいえ、エージェント界きっての使い手であるということは間違いあるまい」

「そのことなのだが!」

 不意に青年が声を張り上げた。
 理事会は、今度はなんだとばかりに彼を見る。いささか腰が引けている者もいる中で、青年はゆっくり、メモリーディスクを取り出した。
 表情も口調も一変させ、明瞭に報告する。

「これは今回、その書簡と別ルートで戦闘・研究・諜報・開発各部門に送り付けられたものです。内容はいずれも同じ。――どうぞ」

 そのメモリーに収められていた情報が映像となって投影される。

 それを見ていた理事会の顔はすぐに真剣となり、やがて徐々に血の気が引いていった。

 この十五年、ケイガが集めた情報、それによって弾きだされた推測と結論がそこには記されていた。







“海水面の上昇に伴う頻繁な洪水と津波の観測”

“湖の街アーラではラプラスの群れの消滅を確認”

“傾向からみて、アクア団によるものと推測される”







“気温の上昇による生態系の破壊”

“気象異常によるポケモンたちの争いの激化”

“傾向からみて、マグマ団によるものと思われる”







“ルネシティ近辺では、特に著しいエネルギー値の乱れ、および気象異常が認められる”







「……馬鹿な……」

 自覚もなく、誰かがつぶやく。
 最後に映し出されたのは、だれも予測さえしていなかった事態。







“結論

 今は二つの傾向がお互い干渉しあいながら徐々に上昇している状況だが

 このままの状態が続くものとして試算すると







 伝説のポケモン、グラードン、およびカイオーガの復活は、およそ93パーセントの確率で避けられないものである”



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