8話:ゴーストタイプの悪戯好き率は異常

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目が眩んだかのように、視界が捻じ曲がる。それは眩暈では無く、チヅルの目の前がゴースで埋め尽くされている故の、錯覚にも似た思考であった。強風でいとも簡単に吹き飛ばされると言われるガスじょうポケモン達は、その場から動いておらずとも常に揺らぎながらこちらを嘲笑っている。

『おいおい、どうすんだよこの状況……』
「選択肢は3つ程ある」
『3つ?』

まず1つ、とチヅルは人差し指を天井に向けてハクウと目を合わせる。

「夜が明けるまで逃げ回るなりなんなりしてやり過ごす」
『……今何時だよ』
「まだ日付も変わってないな」
『じゃあ却下』

即答。しかしながらへこたれる様子も見せず、続いて中指を立てる。

「2つ。増援を待ちその後強行突破」
『増援の当ては?』
「下の坊主とか」
『さっき俺達が倒したばっかじゃねーか却下』

その時、周囲のゴース達が笑い出した。あちらにとっては網にかかった獲物の無駄な抵抗にしか映らないのだろうが、小さな身をよじらせるようにして爆笑する様を見せつけられる方は腹が立つだけだと、チヅルは苛立ちを隠す気も失せる。

『……お、おいチヅル?』

ハクウが戸惑いつつ声をかける。今度はしゃがんで目線を合わせ、最後の薬指をゆっくり立てた。

「3つ。増援を待たず強行突破」
『お前多勢に無勢って言葉知ってるか、却下』
「多勢に無勢。相手が多人数なのに対して少人数なので、勝ち目が無い事」
『誰が得するんだよそのボケ』

笑い声が大きくなり、一斉に鼓膜に襲い掛かる。こちとらお前らに笑いを提供しに来てやった訳じゃねえ、とチヅルは内心怒鳴ったが、口に出したところで意味など無い。暖簾に腕押しぬかに釘、という言葉が脳内で盆踊りを繰り広げている。

「別に全滅させる必要など無い、戦意を失わせるか逃げる算段をつけるだけでいいんだからそう難しくないぞ。まあそれでも数は多い方がいいから増援も考慮に入れたが」
『……言っとくけど、お前が参戦するとか言うのは論外だからな』
「何故バレたし」
『やっぱその気でいたのか!?追い払うだけでいいなら俺だけでも出来るだろーが!』

ハクウが怒鳴ると、頼もしいなあ、とチヅルは笑って返した。周りからは笑いに混じって話し合うような声もする。新しい悪戯でも考えているのか知らないが、完全に舐められている事だけは確かだ。
やるぞ、とチヅル。やるか、とハクウ。目だけで互いの意思を確認し、相手の不意を突く形で一歩踏み出す。

その瞬間揃って足が固まり、漫画でも中々お目にかかれないシンクロっぷりでつんのめった。

咄嗟に手をついて軋む床とのキスは回避したが、周囲の爆笑は回避不可能であった。隣ではお世辞にも手が長いとは言えないハクウが、鼻先を打った痛みと羞恥で床に突っ伏したまま屍と化している。ゴースによる包囲網の内何匹かは、笑い過ぎで滅多に見られない大口開けた姿を晒していた。
その奥で、吊り上がった目に怪しげな光を宿らせてこちらを見る、1匹のゴース。
あいつか。あいつだな。自分達の醜態がくろいまなざしによるものだと判明した瞬間、再び視線で会話を済ませて。

「『……上等だボケェェェェェェェェェェェ!!』」

今日はよくハモる日だ。怒りで腸が沸騰しそうになりながらも、どこかで呑気にそう思う。

「ハクウ、みずでっぽう!」

誰を狙うか、などと問う必要も言う必要も無い。真っ直ぐに打ち出された水流が、ゴース達を覆うガスを流し去り、本体である核の部分を壁に叩きつける。

『……狙いつける必要ねーな、コレ』
「辺り一面的だからなー」

身動きが取れない為、首を軸にして適当にみずでっぽうを打ち出す。ゴースとて牙を剥き敵と化した悪戯の獲物に加減も遠慮も無用と攻めてくるが、円を描くように繰り出されるみずでっぽうで吹き飛ばされ、近寄る事もままならない。多勢に無勢はどうしたと言わんばかりの無双っぷりである。ちなみに、ハクウはチヅルのいる方向にも容赦なく水を飛ばすが、大縄跳びの要領でひょいひょいと飛んで躱している。あと一歩で人間をやめる所まで来ている彼女のチート性能があってこそ出来る事なので、良い子も悪い子も真似をする時は骨折を覚悟するように。

「……しっかし数が多いな……おーいハクウ、大丈夫か?」
『いや、お前こそ大丈夫なのかそれ。よく口利く余裕あるなオイ』

みずでっぽうを躱しながら問うチヅルに、すかさずハクウがツッコミを入れた瞬間。

『……っ!?ん、んあ……』
「ハクウ!?……さいみんじゅつ、かよ……!」

こてんと倒れこみ眠るハクウを抱きかかえ、チヅルは大分数の減ったゴースの群れを睨んだ。如何せん相手はガスじょうポケモンである、自分が殴ろうが蹴り飛ばそうが果たして効くかどうか。そう思うと、最初から参戦していても意味なかったかな、と余裕を取り戻し嘲笑の復活したゴースからハクウへちらりと視線を移し考える。
何かねむり状態を治す道具持ってたかなと、チヅルはボストンバッグをまさぐった。しかし、きのみやねむけざましなど、状態異常を治す道具は入っていない。舌打ちしながらバッグの中を見渡しても、入っているのはきずぐすりやモンスターボールばかり。

「……ちょっと待て」

この手が、あったか。
むしろ今の今まで失念していた自分の愚かさをなじりながらも、周囲のゴースにも負けない程口角を上げたチヅルに対する疑問と動揺から包囲網が揺らぐ。
その中の1匹、先程くろいまなざしで大恥をかかせてくれたゴースに狙いを定め。野球選手の垂涎の的になるであろう剛腕で、バッグから出したモンスターボールを投げた。
放っておけば摩擦で燃え尽きるのではないかと思わせる勢いで襲い掛かる赤と白、それを分かつ黒。為す術も無くボールが発した光に包まれたゴースを見て、周りのゴース達は当然激昂したが、チヅルがボールを構えると途端に怯んだ。
床に落ちたボールは、しばらく暴れていたが、体力が減っていたからか不意を突かれたからか、やがて大人しくなり。かち、と音を立て、静かに止まった。

「……やった……!」

チヅルが目を輝かせた時、目を覚ましたらしいハクウがチヅルの腕の中で小さく唸る。それが追い打ちとなり、ゴースは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。ほっと一息ついてからボールを拾い上げ、スイッチを押す。ハクウの元から青い顔が、不健康な青白い色になったのが見えた。

『……おい、どうしたこいつ』
「どうしたって、ゲット」

一応危険は無いと判断したらしく、ハクウの顔色が戻る。

「名前は……夜だし、ヨルでどうだ!」
『……安直』

たった今ヨルになったゴースが、思わず率直な感想を漏らす。続いてハクウによる援護射撃。

『俺の名前といい、お前のネーミングセンスは謎だよな』
「よーしハクウ、今すぐ右向いて歯を食いしばれ」
『何で俺だけ!?』
『……ご愁傷様』
『ヨルてめえ見捨てんじゃねえよ!』

疲れも忘れぎゃあぎゃあと騒ぐ一行に、降り注ぐ月光がおぼろげに照らす。
彼女らの旅の、一日目が終わろうとしていた。

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