43話:②~風の引力~

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 ドカッ、バキッ、ガッシャーン、バキバキッ!!

 突然の破壊音に、ハイドのカウンター席に座っていたリーンは飛び上がった。間髪いれずにドカーンと衝撃音がして、建物が揺れる。一体何事だ!?
 場慣れしたリーンも肝をつぶした轟音だ。酒場は騒然とする。いすを蹴って立ち上がったとき、一喝が轟いた。

「騒ぐんじゃないよっ!!」

 思わず硬直した。

 普段は気のいい老女主人、しかし女手一つでゼーナをはじめとするチーム界を渡り歩き、この酒場を切り盛りしてきたニーアだ。老いたとはいえ若いころの武勇伝は今もなお語り継がれている。
 それを肯定するように、一瞬で場が静まりかえった。腰に手を当てたニーアはふんと鼻を鳴らす。

「エージェントどもがこんなことで浮き足立つんじゃない、みっともない! ……ああ、リーン、あんたはいいんだよ。二階だ。見ておいで」
「あ、……うん」

 自分でも間抜けだと思う返事をして、リーンはぱたぱたと駆けていった。

 ニーアはまた、何事もなかったかのように皿を拭き始める。その様子に引きずられるように、酒場にぎこちないながらも喧噪(けんそう)が戻ってきた。







 二階にたどり着いたとき、血相を変えたオーランと突き当たった。廊下の奥、ドアがはずれて半分ぶら下がっているような部屋が目にはいる。あそこは、――確か、資料室として使っていた……。

「ユーリーは協会支部か!?」

 何があったのだと、半ば呆然と立っていると、オーランが語気荒く尋ねた。勢いに押されるようにうなずく。

「そ、――う。何があったの?」

 オーランは言葉にするのももどかしいという様子で問題の部屋を指さした。覗き込んで、二重の意味でぎょっとする。

「ト、ト……!?」

 ガラスは割れ、積み上げていた本や紙はあたりに散らばり、破れ、壁はもとよりベランダまでも一部崩れているというすさまじい状態の部屋。その中に力なく横たわっていたのは、平均より一回りも大きいピジョットだった。

 間違いない、オーランがシェーリに譲ったピジョット、トトだ。どうしてここに!?

「応急処置頼む!」
「わ……分かった!」

 返事をする声がうわずる。受けたショックに自失しかけていたリーンは、慌てて器具を用意するために身を翻した。その胸に言いようのない不安が広がっていく。

 トトだけが大怪我をして帰ってきた。それならば、シェーリやウィルゼは、一体どうしているのだろう……?



  *   *   *



 アスクルはキンセツシティのポケモン協会支部前で首をひねっていた。
 彼は確か、先日きた協会依頼の終了報告に来たはずだ。しかし帰りの今、なぜか新しい依頼を一つ負っている。
 協会には協会のエージェントがいるのに、なぜノワールにこんなにも依頼が来る? 釈然としない気持ちで頭を振る。しかもこれは、絶対自分たちに来るべき依頼ではないのに――。

「よ、不景気な面してるな。協会に無理難題でもふっかけられたのか?」
「あ、シヴァ」

 考え込んでいたアスクルに声をかけたのは、ディラのシヴァだった。彼への伝言もあったアスクルはほっとする。ナイスタイミング。

「いや、これ絶対ノワール向きじゃないって依頼されて。難題じゃ、ないと思うんだけど、“夢幻の森の王”にも話行くってさ」
「うん? どんな依頼だ?」

 話す前に回りに声が聞こえないことを確認する。ノワールとディラ、どちらも活動拠点をこのキンセツシティに持っているとはいえ、最上級と協会規約に明記された十色(じゅっしき)の一 “銀”と、その能力ひとつで同等の称号をもぎ取った“夢幻の森の王白夜”だ。注目はされているが、逆に近寄りがたいらしく、野次馬は遠巻きだった。

「あのな、……異常気象の原因調査と、ポケモン集団行動異常の現状調査および原因究明」
「……何? それが俺とお前に――つまり、ディラとノワールにきたのか?」

 思わず確認した内容は黙然と首肯されてしまった。シヴァは髪をかきまわす。歪めた口元から低い声が滑り出した。

「何考えている、協会は」

 彼が呻くのも道理だった。

 現在の四強はその専門できれいに住み分けがされている。大きく分けると戦闘関連のノワールとディラ、調査担当のハイフォンと白雅。
 さらに細かくわけると、戦闘でも比較的期間の短い依頼を受け付けるのが、人数は少ないが腕の立つノワールで、長期的な依頼、主にセクション護衛に絡んだ依頼を受けるのがチーム界最大の規模を誇るディラ。そして調査は調査でも内偵、監視や監査などをさばくのは変装がお家芸というハイフォン、対してその構成メンバーの半数以上が学者でもある白雅はここで問題になっている学術調査関係、つまり高度な知識を要求するもろもろを受け付ける。

 彼ら自身、普段からこの住み分けを意識して訓練等を行っている。もちろん専門外の依頼をされたときにはすぐに専門の元へ回す。そのための協定だ。ハイフォンが機能を止めたとき、混乱が起こったのはこのせいだった。

 それなのに、間違いなく学術調査に分類される依頼を、よりにもよってノワールとディラ。
 何を考えていると言い返したくなるのも納得だ。

 同じようなことをもう言って、答えをもらったアスクルは、口を開いた。

「もう、白雅が行って、失敗したんだって」
「へえ? あの完璧主義者“娥王(がおう)”ロストが? ……珍しいこともあるもんだ」
「そもそも」

 彼らは「異常気象」の調査を依頼されておもむいたのだ。「ポケモンの集団行動異常」は彼らが襲われて初めて発覚した。ということで、あらかじめ用意していなかったのも道理で。

「で、ちょっと強さが尋常じゃないから戦闘専門の俺達にまわってきたわけで」

 わけなのだが、やはり釈然としない。

「アソックはどうしたんだ……ああ、そういえば手がないとか言っていたっけ……」
「え、そうなのか?」
「アクア・マグマ両団の活動が活発化している上に、カントー・ジョウト地方でも変なのが出てきたらしい。モグラたたきに忙殺中と聞いた」
「モグラども、悪知恵だけは回っからなー……」

 ふっと遠い目をするアスクル。

 協会付きのエージェントを、通称アソックという。戦闘を専門にする者だけで百名前後いるはずだが、それでも手が回らなくなってきているのか。

「ファウンスのポケモンたちは気性、荒くないはずなんだけどなあ。あそこの森は人の手も入っていないし……」
「待て、アスクル。今どこといった?」

 硬質な声に愚痴を中断する。明らかに表情が変わっている。
 怪訝そうなアスクルの視線を受けて、シヴァは心持ち早口に尋ねた。

「依頼の場所だ。どこなんだ」

 こだわるシヴァにますます眉根を寄せたアスクルだが、そう言えば確かに言っていなかった。

「ファウンス。あの、緑豊かな森だけど」

 シヴァはゆっくり一回瞬きをし、この短い言葉を吟味(ぎんみ)して、ため息をつき、それから何を思ったのか、肩を揺らして笑い始めた。
 腕組みをして待つアスクルの前、深慮の色が瞳に浮かぶ。

「そうか、なるほど……。だからノワールと“夢幻の森の王”なのか。なるほどね」
「わけ、わかんねーぞシヴァ」

 半眼になったアスクルのポケギアが、そのタイミングで鳴った。
 なんつー間の悪さ。一体誰だと液晶を見ると、見慣れた仲間の番号が表示されていた。目線で断りマイクを付ける。

「どうしたんだ、オーラン? まだ協会前……。え!? トトが!?」

 笑いを収め、所在なげにポケットに手を突っ込んでいたシヴァが、ふとアスクルを見た。彼はそれにさえ気付かず口調を荒げる。

「じゃあ、ウィルゼとお姫は……! いや、すぐにもどっ……あああ、緊急の依頼請けちまった!」

 つい先ほどの話に思い至り、がじがじと灰銀の髪をかき回す。

 「お姫」の一言に、シヴァの瞳がす、と細くなった。

「あ、ユーリーが? ああ……ああ……。いや、シヴァ。どうせ門外漢なんだから、押しつけても……え? え、え、……え?」

 最後の「え?」で調子が変わった。完全にエージェントとしてスイッチが入ったアスクル。
 本気の彼は四強でも屈指のエージェントである。オーランのような閃き、ユーリーのような論理は彼にはないが、それを何も見逃さない注意力で補い、手がけた依頼件数は不動の一位を守っている。

「……そうか、時間的にも合う。とすると、まさか今回のは……。でもあり得るのか? ……知ってる、月は魔性だ。でも……それだけの、力が……。…………ああ、分かった」

 マイクをはずしたアスクルと、シヴァの視線がばっちりあった。
 アスクルは、いまさらながらに自分が言葉をだだ漏れにしていたことに気付き、気まずそうに視線を泳がせる。シヴァはかまわず踏み込んだ。

「シェーリに何かあったんだな」
「……シヴァ、シヴィール。訊くな。これは、……ディラの関わる事じゃない」
「じゃあ俺が訊く。シェーリに何かあったのか」

 強気なシヴァが切り込む。アスクルはほとほと困り果てた。シヴァはしつこい。それはもう、ハブネークがしっぽを巻いて逃げ出すほどだ。
 下手に隠すより吐いた方が楽なんじゃないかと思ったが、これは調停者の問題とも結びつく事件だ。力については極力秘しておきたかった。アスクルはすでに何度か、痛い目を見ている。

 答えないアスクルに焦れた。シヴァは百九十センチという長身を生かしてアスクルを威圧的に見下ろす。

「あのな、アスクル。俺はシェーリに名を許し、シェーリは返した。これは危険だなんだで左右されていい事じゃない」

 彼らにとって、「名前」というものは本当に重要視される。「名を許す」という行為は相手を信用に足るものとして認め、「名を返す」という行為はそれを裏切らないという意味がある。ちなみに「名を名乗る」は相手の実力などを認めたという意味になるのだが、シヴァはこの意味であの時シェーリに名を明かしたのではない。彼は、許したのだ。自分の名を呼ぶことを。
 それはエージェントにとって誓約と同義。

 そして、何より。

「俺はあいつを気に入った。だから許したんだ。お前たちならいざ知らず、横からかっさらわれてたまるものか」

 ああ、とアスクルは頭を抱えた。理論武装だ。反撃できない。
 これだから頭が回るやつってのは。こっちの気遣いを全部無にしてくれる。

 負けたアスクルは、何を言うのも負け惜しみになってしまいそうなので、憎まれ口を叩いた。

「お前に気に入られるなんてお姫も気の毒に……」

 憎まれ口だが、多分に本音が混じっていた。



  *   *   *



 抗うことを許さない強烈な求心力。
 見抜ける力を持った強者こそを引きつけ、留め置き、そして最終的に味方に変えてしまう。だが本人にはまるで自覚のないそれは、まるで台風の目。

 相手だけをさんざ引っかき回して気まぐれに去っていく、たちの悪い風。





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 助けられたその環境の中で見た、昔の夢。息が出来ないほどの恐怖を示したその中身とは? 調停者愛人の出現、そしてその知られざる正体に迫る「ファウンスの愛人」盛り上がり、「奪われた絆」どうぞ!

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