第34話 ヤマブキ事件・そのろく

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 キリとカスム、二人の少年が降りた後、イエローを乗せたエレベーターは更に上階を目指していた。と言っても、二人が降りた場所よりも一つ上の階でエレベーターは止まる。身構えるイエローの前で、扉が開いた。
 さっきとは打って変わって、シンプルそのものの部屋だ。そこにあるのはバトルフィールドのみ。暗い室内の奥、誰かが立っている。目を凝らしてみるが、暗すぎてはっきりしない。止まったエレベーターはこれ以上動く様子もない。まるでイエローが降りるのを待っているかのようだ。やや迷ったが、意を決してイエローはエレベーターを降りる。背後で静かに扉が閉まった。
 突然に、ライトがイエローを照らしだした。

「うっ!」

 イエローが思わず目を閉じる。奥から笑い声が聞こえた。ライトがもう一人を照らし出す。

「よぉ、よく来たな坊主」

 痛んだ茶髪のオールバック、目つきの悪い青年が面白そうにイエローを見ている。イエローはキッと青年を睨みつけた。

「あの二人に何をするつもりですか!」
「アン? あの二人? デカパイとツンツンか?」
「え?」
「あぁ悪ィ。ブルーとグリーンとかいう名前だったな。あの二人なら大した問題はねーよ」

 青年は手をひらひらさせて答えた。どうするもこうするも、青年の知る限りレッド以外どうこうする予定はさほどない。だがイエローが言った二人とは、別の人間の事だった。

「違います。カスム君とキリ君です」
「……いや誰だよ」

 困惑したように青年は頭を掻く。懐から板状の機械、通信機械を取り出した。

「ちょっと待ってろ……あーあー、俺だ。あ? 馬鹿、オレオレ詐欺じゃねーよ。ぶっ飛ばされてーのか。……あぁ、そうだ。ハン? あーハイハイ」

 青年は通話を終えた。機械をパチンと閉じ、大きく息を吐く。

「下の階で双子とバトルしてるってよ。たんなる足止めだから気にすんな」

 イエローはホッとして胸を撫で下ろした。何かひどい目に合っているという訳ではないようだ。

「じゃあ、レッドさんは何処に?」
「この更に二階ほど上だな。専用カードを使えば行ける。さっき動いたのは多分、誰かが意図的に動かしたんだろ」

 青年は機械をしまった方とは反対側のポケットから、カードを取り出して見せた。イエローの目はカードに釘付けになった。

「それっ貸してください! お願いします!」

 イエローが懇願する。青年は一瞬キョトンとしたが、ニヤッとした顔になる。カードをポケットにしまった。

「NOだ」
「くっ……!」

 青年は腰のモンスターボールを手に取ると、イエローに向かって真っすぐに突き出した。

「意志は力、力は正義。男なら、欲しいもんはコレで奪え!」

 なんとも厄介な相手に会ってしまったものだ。イエローは歯噛みする。まっすぐにイエローを見据える青年に迷いはない。話し合いで解決はできそうになかった。

「俺はMr.ノーガード。坊主、名前は?」

 イエローは、腰のモンスターボールを手に取る。釣竿をぎゅっと握った。

「イエロー……ボクの名前は、イエロー・デ・トキワグローブだ!」










「火炎放射ァッ!」

 紅蓮の炎が左サイドを襲う。しかしひょいひょい動き回る小さな的に、そうそう当たるものではない。反射した炎を、カスムは紙一重で避ける。からかうようの左サイドの少女が笑った。

「あははははは おにいさん あせってるね。そんなんじゃ いくらやっても あたらないよ。おまぬけさん」
「火炎放射!」

 カスムが左サイドを睨みつけ、叫んだ。左サイドは軽々避けて姿を隠す。ゆらゆらした赤が鏡面を反射して消える。耳障りな笑い声が響き渡った。

「ハァッ……ハァッ……」

 火炎放射の連発で、カスムと左サイドのいる一帯は気温が上がっている。もはやカスムには、どこをどう行けばエレベーターに戻れるのかも分からなかった。疲弊した様子で、流れる汗を拭う。焦りは募るばかりだ。手が震えていた。ぎゅっと胸元を握りしめる。ブースターも疲れてはいたが、心配げにカスムを見上げていた。
 カスムが顔を上げると、監視カメラが視界に入った。胸に重いものが落ちたような気がした。


『――――化け物!』


「くそッ!」

 聞こえるはずのない声に、カスムは頭を振った。今はそんなことを考えている場合ではない。

「ねぇ さっきから なにを きにしてるのかな?」

 カスムはハッとした。嫌な汗が頬を伝う。

「かんしカメラばっかりみてるね おにいさん」

 左サイドの声は、何か面白いことを見つけた子供のようだ。クスクスという声に息が詰まりそうになる。焦るな、焦ってはいけない。声の聞こえる方を探るんだと、カスムは自分に言い聞かせた。

「なにか、しられたくないもの でも うつったのかなぁ?」

 カスムの目が見開かれる。心臓の鼓動が、脳内に響いた。

 ――怯えた顔、嫌悪の顔、ふり払われた手。昨日まで笑っていた友達の、罵倒の言葉。


『あんな子と友達だったなんて……怖かったぁ』


『二度と来るな、化け物!!』


『死ねよ、お前。何でお前みたいなのがいるんだろうね』


「消えろォォォォォォォォォォォッ!!」

 咆哮した。自分の存在を主張するように、カスムは全身で叫んでいた。歪んだ顔と、瞳に映る憎悪。それに応えてブースターが一際大きく炎を吐き出した。うねる炎は渦となり、声の方向へと向かう。その先に姿はない。反射鏡だけだ。反射した炎の渦がカスムに迫る。その向こうに、カスム自身の姿が映り込む。



 ――そこに映っていたのは、泣きそうな顔をしたただの少年だった。



「伏せろ!」

 鋭い声に、カスムは思わず身を伏せた。その真上を激しい水流が通過していく。炎の渦と衝突し、大量の水蒸気を作った。気温が一気に下がる。伏せたカスムの腕を、誰かが掴んだ。そのまま人影は走り出す。カスムは戸惑ったが、自分を掴んでいる手にぎょっとした。
「放せッ!」
 カスムは反射的にその手を振り払う。その直後、相手の拳がカスムの鳩尾を抉った。

「ぐっ!? げほっ……え゛ほげほっ!!」

 カスムは膝をついて咳き込んだ。相手はカスムの腕をとって無理やり立たせると、また走り出す。水蒸気に阻まれる視界の中では、相手の姿がよく見えない。やがて霧を抜けた。

「キ、リ?」

 水蒸気を抜け、見えた金髪の頭。キリはカスムを無表情に一瞥すると、ぐっと引っ張った。破壊された鏡の中に二人で身を潜める。鏡の向こう側は、入り組んだ通路になっていた。

「ハァ……ハァ……ハー……」

 カスムは通路の壁にもたれ、ずるずると座り込んだ。キリは周囲を警戒し、立ったまま軽く壁に身を預けた。

「カスム」

 キリがカスムを呼んだ。そこでカスムは、キリの雰囲気が違うことに首を傾げる。ツナギの着方が違うし、髪形も違う。いつも不機嫌そうな顔をしているのに、その時は真顔に近い表情だった。
 淡々と、キリはカスムに告げた。

「お前はここにいろ。後は僕が始末をつける」
「……は、」

 カスムはその時、何を言われたのか理解できなかった。

「何を、何を言うとるんや。これはタッグバトルやで。二人相手に一人で」
「問題ない。足手まといはすっこんでろ」
「……なんやて?」

 キリの言葉に、カスムは眉を上げた。ふらつきつつも立ち上がり、キリを睨みつける。

「今のお前の精神状態は、まともに戦えるものじゃない。ここで待ってろ」
「アホ言うな。俺は大丈夫や」

 キリはカスムを見つめた。揺らぎの無い目で見られ、カスムは居心地悪く感じた。心のどこかで、キリの言っていることを正しいと思っている自分がいる。

「……」

 キリは無言で踵を返した。カスムが唇を噛みしめる。

「……早めに戻れよ、カスム」

 呟きのようなキリの言葉に、カスムは顔を上げた。そこにはもう、キリの姿はなかった。










「くすくす かえってきたね おねえさん」
「あぁ、ごめんね おにいさんだっけ? かわいいかおの おにいさん」

 キリが鏡の通路をシャワーズと走っていると、どこからか声がした。キリは不敵に笑って見せた。

「フン。さっきは泣きながら逃げていた癖に、随分と強気だな。役に立たない妹を持って、姉もさぞかし迷惑だろう」
「そ、そんなことないもん! みてなさいよ、なかせて あげるんだから!!」
「おにいさんだって この かがみの くうかんで まともに たたかうことは できないよ」
「かがみの うらの つうろは めいろに なってるから、つかまえることすら できないよ」

 双子の言っていることは事実だった。右サイドはキリを警戒して、鏡の裏の通路から出てこなくなっていた。裏の通路にはキリも入ってみたが、複雑に入り組んでいる上に双子にしか通れないほど細い通路も多い。あちらはあちらで、戦いには不向きなフィールドだった。
 だがキリは、表情を変えなかった。不敵に笑ったままだ。

「ふん、なくといいよ! はっぱカ……きゃあああああああああああ!!」
「おねえちゃん!」

 すぐ近くの通路から悲鳴が上がる。声がした方向とは反対だ。キリは最初に声がしていた方向を一瞥し、悲鳴の上がった方に向かう。フィールドのそこかしこに隠しスピーカーが仕込まれていたことも確認済みだ。

「ふッ!」

 悲鳴のした鏡を回し蹴りで叩き割る。再び悲鳴が上がり、中からモジャンボが飛び出して襲いかかってきた。

「シャワーズ!」

 上体を低くしてモジャンボの絡みつくを回避する。シャワーズがオーロラビームを放った。オーロラビームはモジャンボに直撃し、沈黙させる。鏡の裏の通路を覗くと、ウツドンが気絶している。双子の足音が聞こえた。

「ウツドンになにしたの!」

 悲鳴のような声が、向こうのスピーカーから聞こえてきた。

「ゲンガーを通路に放っただけだ。命が惜しければ表に出るんだな」

 真っ暗な通路の中、床にニヤニヤした顔だけが浮かんでいた。ゲンガーは影から影へ移動することができる。鏡の裏側の通路は基本的に薄暗いため、全ての影は繋がっている。ゲンガーは制限なく、好き勝手に行動できたことだろう。

「くっ……!」

 通路の向こうから、足音が聞こえる。キリはそちらに向かって走った。裏の通路が使えなくなった以上、もはや惑わされることはあるまい。角を曲がると、小さな背中が右に曲がるのが見えた。それを追いかけてキリも角を曲がる。その瞬間、風切り音が耳についた。

「ッつぅ!」

 キリの頬をかすめて、高速で何かが通過していった。一直線に入った切り傷から血が流れる。ざわりと全身が総毛だつ。身を翻そうとしたが、一拍遅かった。再び飛来してきた物体が、キリの背中を直撃する。

「がぁッ!?」

 ミシミシと骨が悲鳴を上げ、キリは鏡面に叩きつけられた。鏡面にひびが入る。割れなかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。ずる、とキリはその場に崩れ落ちた。その間も何かが風を切る音がしている。とにかく、ここにいるのはまずい。キリはくらくらする意識の中、必死にそう考えた。

「ギャンッ」

 シャワーズが短い悲鳴を上げた。キリが振り返ると、シャワーズが吹っ飛んでいるところだった。シャワーズにぶつかったせいで、風切音の正体がはっきりする。スターミーの高速スピンだ。スターミーはすぐに大勢を立て直すと、ひゅんひゅん回転を開始する。

「戻れ、シャワーズ!」

 シャワーズはもう戦えない。それ以上に、これ以上的を増やすわけにもいかなかった。スターミーは攻撃を跳ね返す鏡の中、鋭い音で玉突きのように動き回っていた。もはや肉眼で捉えきるのは難しい。キリはじりじりと、スターミーから離れようとしていた。

「……!?」

 後退していく中で、不可視の壁に触れた。肩ごしに振り返る。壁を作るバリヤードと、その横でニタリと笑う右サイド。

「おわりだよ。いっしょう とじこめられちゃえ!」

 キリはその言葉に慄然した。出口のない通路。反射するスターミー。
中に囚われたのは――自分。
 いや、絶望する訳にはいかない。キリは集中した。とにかく、必ず方策はあるはずだ。なくても作る。天井を見ると、キラキラ光に何かが反射している。こちらも不可視の壁か。キリは嘆息した。それによく考えれば、いくら鏡が攻撃を反射するからと言っても限度がある。逃げつつここら辺一帯の通路をバリヤードが封鎖したのだろう。
 ゲンガーはここからだと指示を出すのが難しい。元々「裏通路の中のものを攻撃しろ」としか言っていない。腰元のボールを確認する。キリはボールを手に取ると、フーディンを出した。

「サイコキネ……ッ!?」

 耳障りな金属音が鳴り響いた。全身が総毛立ち、頭を掻きむしりたくなるような音。黒板を爪でひっかいた時の音に似ていた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 キリは絶叫した。金属音にかき消されて、風切音が聞こえない。視界の端でフーディンにスターミーが直撃するのが見えた。

「フーディ……ッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 聞こえない。わからない。頭の中をかき乱す不愉快な金属音に、キリは苦しめられた。まともな思考もできない中、スターミーが再び宙を走り出す。スターミーの高速スピンがキリに迫った。

「十万ボルト!」

 聞き覚えのある声と共に、誰かがキリを引き倒す。激しい雷撃が通路一帯に広がる。引き倒した人物を見て、キリは不機嫌そうに眉を寄せた。

「遅い」
「んな殺生な……」

 カスムが苦笑する。二人して立ち上がると、カスムはブースターとライチュウを、キリはフーディンを戻して通路を駆けた。
 走る通路の端に、ぷすぷすと煙を上げながら気絶しているバリヤードとレアコイルの姿があった。

「右サイドは何処に?」
「おそらくこっちの通路や!」

 先ほどのことがあったので、軽く警戒しつつ次々角を曲がっていく。最後の角を曲がった先、息を切らした右サイドの姿と、少しよろめいている左サイドの姿があった。袋小路になっているせいか他の通路よりも暗く、表情が分かりにくい。双子は何を考えているのか、突然こちらに向かって走ってきた。
 予想外の行動にカスムの反応が遅れた。二人はそれぞれカスムとキリに飛びつくと、昏い瞳で嗤う。

「わたしたちに、まけは ゆるされない」
「ぜったいに」

 その言葉と共に、モンスターボールからマルマインが二体飛び出す。その体に紫電が走るのを見て、キリは目を見開いた。

「しまッ……」

 大きな爆発音が、ビル内部に響き渡った。







To be continued……?




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