第4話 休息

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 砂漠と空はどこまでもどこまでも…果てしなく続いていた。周囲には動くものひとつ見えない。レオが生まれる少し前に起きた急激な気候変動によって、このオーレ地方にかつて多く住んでいたという野生のポケモン達は、今ではまったく姿を見なくなった。レオ自身、自らの目で野生のポケモンに巡り合ったことは数えるほどしかない。ここ数年に至っては一度もないと言ってもよいほどだった。
「うー。暇だよー。」
 サイドシートのブラッキーがぼやく。数刻前には興奮気味に立てていた耳も今ではペタリと垂れ下がってしまっている。ひたすら殺風景な場所をかれこれ五時間は走り続けたのだから無理もない。アジトを出る時にはまだ東の方にあった太陽も、今ではほぼ真上からレオ達を照らしていた。時刻はちょうど二時半頃、といったところだった。
「ねぇ、まだ町に着かないのー?」
「もうちょっとの辛抱だ。」
「そのセリフ、もう十三回目よね…。」
 レオの言葉だけの気休めに対してエーフィがため息交じりに応じる。二股の尾をゆっくり振りながら単調な砂漠の景色をぼんやり見つめている。
「八十四本目。…サボテンもさすがに飽きてきたわ。」


 レオが現在目指しているのはフェナスシティというところだった。ヘルゴンザから失敬した地図によると、砂漠の中に存在するも関わらず、水の都と呼ばれている、オアシスのような場所らしい。治安もよいようで、スナッチ団の狩場エリアからはかなり離れたところにある。出来るだけ組織とは距離をおきたい今の自分たちにはうってつけの町だった。


「本当にあとちょっとなのー?」
 二匹には悪いがここからその町までは少なくともあと数十キロは走らなければならない。恐らく今からノンストップで飛ばしても着くのは夕方頃になるだろう。夜になると砂漠は冷えるしエンジン能率も悪くなるから、町に着くまであまり休みはとりたくない、というのがレオの思いだった。
「ブラッキー、わがまま言わないの。できるだけあいつらのテリトリーからは離れていた方がいいでしょう?」
「もう十分離れたよー。それにさっきから景色全然変わんないじゃん。エーフィだっていい加減サボテン数えるの飽きたでしょ?」
「それは…まぁそうだけど…。」
 口ごもりながら困ったようにこちらを見つめるエーフィ。やはりエーフィも退屈していることには違いないようだった。
「そうだな…。あとサボテン十本数えたら一度休憩にするか。」
 とりあえず今日の野宿は確定だな、とレオは心の中で思いながらそう提案する。まぁ寝袋やら必要なものは一式持って来ているし、何もない砂漠で野宿するのもまた一興だろう。
「ほんとに十本だね?約束だよ!」
 ブラッキーが身を乗り出す。
「あぁ。ちゃんと数えとけよ。」
「ラジャー!エーフィは右側ね!」
「まったく…分かったわよ。ごめんねレオ。」
「まぁ俺も走りっぱなしは疲れるからな。お前だってそろそろ腹も減ってきただろ?」
「私は別に―」
 そう言いかけたエーフィのお腹がキュルルという可愛らしい音を立てた。
「……えっと、その…ごめんなさい。」
「無理しなくていい。あと五本にするか。」
 そう言うとレオはアクセルを踏み、愛車をせき立たせた。




「あと一本、あと一本。」
 少々スパートをかけたおかげで目的地まではあと一時間ほどもあれば到着するだろうというところまでやってきた。ただスピードをあげたせいでエンジンの消耗が激しい。二匹には絶対に言えないが、正直そろそろバイクを押して歩くことも考慮に入れなければならないかもしれない。
「見て!あそこ!」
 エーフィが前方を示した。
「建物があるわ!」
「ほんとだ!サボテンもある!あそこで休もう!」
 ブラッキーも嬉しそうに前を示した。
「給油タンクもありそうだ。助かったな。」
 レオは二匹には聞こえないように小声で呟きながら、砂漠にたたずむその建物へと急いだ。



 近付いてみると、それは汽車の大型車両のようなものを改造したような造りをしており、どうやらレオのような旅人を対象としたスタンドらしかった。
「ふう。やっとバイクから降りられたわ。」
「早くご飯食べよう!お腹ペコペコだよ。」
「ちゃんと砂払ってから入れよ。」
「「はーい。」」



 店内はラウンジのような小洒落た雰囲気の漂う造りで、奥のテーブル席には数人の客がくつろいでいる。巨大なテレビが設置されたカウンターでは、体格の良いマスターが食器を棚に並べていた。
「よう、いらっしゃい。ゆっくりしていきな。」
 ニカッと笑うマスターに軽く会釈をし、レオはカウンターに座った。
「ここら辺じゃ見ない顔だな。遠くから来たのか?」
「まぁそれなりにな。」
「そうかい。ご注文は?」
「ポケモンフード二匹分。あるか?」
 マスターは少し驚いたような顔を見せた。
「うちは今は人間のお客さん専門なんだが…ちょっと待っててくれよ。」
 そう言ってマスターは店の奥に引っ込んだ。



 しばらく待っていると、マスターは大きな袋を持って戻ってきた。
「いやー、待たせたな。こいつを出すのは久しぶりだ。ちょっくら埃かぶってるが、問題ないぞ。」
 そう言いながら袋の封を切り、小皿に二匹分のポケモンフードをなみなみと盛り付ける。
「レ、レオ。これずいぶん前のみたいだけど大丈夫かしら?」
 エーフィの心配そうな『声』を聞いて、レオはおもむろにポケモンフードの一つを手に取った。少し力をこめると粒はポロポロと崩れた。新鮮な証拠だ。
「大丈夫だ。しかもかなり上等なやつみたいだぞ。」
「そ、それなら…。いただきます。」
「いっただっきまーす!」
 レオの顔を一度見てから二匹は床に置かれたポケモンフードを食べ始めた。
「兄ちゃん。お前の分は?」
「俺は水でいい。」
 金は一応多めに持ってきたが、不測の事態を考えるとあまり無駄に使いたくはなかった。
「うわー!すっごい美味しいよこれ!」
「こんなに美味しい食べ物初めて…!」
 受け取った水を飲みながら、心底嬉しそうに腹を満たす二匹をぼんやりと見つめるレオを、マスターはしばらくの間まじまじと見つめていたが、やがておかしそうに笑い出した。
「お前すごくいい男だなぁ。こんなにポケモン思いの若いやつを見るのは久しぶりだ。」
 そう言ってマスターは再びガハハと豪快に笑った。
「かたや砂漠の向こうにはスナッチ団とか言って人のポケモンを無理やり奪っちまうっていう、まったくろくでもねぇ悪党どももいるってのになぁ。お前知ってるか?」
「初耳だ。」
 レオは二匹の方を見つめたままぶっきらぼうに答えた。
「まったく酷いやつらだ。こんなにポケモン思いのいいトレーナーからだって、あいつらなら何の容赦もなくポケモンを奪っちまうんだろうよ。まっとうな人間のやることじゃねぇ。」
「……。」
 レオは今度は何も言わず、無表情なまま並々と水の入ったグラスに目線を映した。ガラスの曲面にはいかにも胡乱げな自分の顔が映っていた。



「ほれ、食いな。」
 いつの間にかマスターがレオの前に大きなハンバーグプレートを出していた。
「これは?」
「俺からのサービス、うちの看板メニューだ。お前の心意気に喜ばせてもらったからお代はいらねぇよ。」
「…いいのか?」
 『こんなろくでもない悪党に』という言葉が思わず口をついて出そうになったが、すんでのところでこらえる。
「…ありがとう。」
「いいってことよ。冷めないうちに食いな。」
 ハンバーグは驚くほど熱く、しかし驚くほどジューシーで、看板メニューというのも頷けた。あまりマスターに今の顔を見られたくなかったレオは、黙々とハンバーグを食べた。



 しばらく一人と二匹は食事に舌鼓を打っていたが
「臨時ニュースです。」
 テレビの画面が突然ニュースに切り替わると、全員がピクリと反応した。
「先ほど入ってきた情報によると、今朝エクロ峡谷で爆発炎上していた不審な建物はスナッチ団のアジトだったということが判明いたしました。」
「レオ!」
 ブラッキーがテレビに映る煙をあげた廃墟を見ながら小さく『声』をあげる。レオはわずかにうなずいて再び鋭い目つきでテレビを見た。
「スナッチ団とはポケモン窃盗団の一味で、かねてより指名手配中でありました。爆発により発見されたアジトにはすでにスナッチ団の姿はなく、廃墟のみが残されていた、ということです。爆発の原因については現在調査中であり、いずれ判明するものと思われます。以上、緊急ニュースでした。」
「こいつはまたいいタイミングだな。やつらのアジトがぶっ壊れるたぁ縁起のいい話じゃねぇか。」
「あぁ。そうだな。」
 わざと連続して派手な爆発を起こすことでアジトを発見されやすくしたり、やつらの身元の知れるデータはわざと残しておいたりといった工夫が功を奏したようだ。まさかこれほどまでに迅速にことが運ぶとは思わなかった。嬉しい誤算である。
「やったね、レオ。」
「団員を一網打尽とはいかなかったみたいだけど、これで一安心ね。」
 二匹もこの朗報に喜んでいるようだった。
 レオは水の入ったグラスを持ち上げ、小さく呟いた。
「スナッチ団壊滅に…乾杯。」

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