決して、忘れないで

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作者:リルト
読了時間目安:11分
 人はポケモンをモンスターボールで捕らえ、仲間にして連れて行く。それは誰もが、当然のこととしてとらえているだろう。
 けれども考えてみたことはないだろうか?

 人に付いていく、彼らの決意を。







 この星にすむ不思議な生き物、ポケモン。仲間となり、友ともなるこのよき隣人は、時にやっかいな事態を引き起こし、私たちの手を焼かせることもある。

 そのような問題に対処するために、チームを組んで問題を解決へと導くポケモン何でも屋。ポケモン協会が統括する、エージェントと呼ばれる者たちが、この世界にはいる。



 *   *   *



 その小柄なドククラゲは、無数の足を必死で動かし、海底の岩をどけようとしていた。
 近くのメノクラゲやドククラゲたちも、同じように力を尽くしている。しかし巨大な岩石の山はなかなか崩れず、時間だけが過ぎていく。

 急がなくては。
 早く、早く、何とかしなくては……!

 その時、仲間が数匹、上昇していくのが見えた。
 海面を仰ぐと、人の乗り物があった。







「地殻変動があったところまで、あとどのくらい?」
「場所だけならもう通り過ぎましたよ。一番被害が出ているのはこのあたりではないかということです」
「そっか。じゃあ、そろそろ調査開始かな」

 ドククラゲの上を通った船は、チーム・白雅所有の大型調査船、アーニングだった。数あるチームの中でも学術調査において右に出るものはない、優秀な学者たちが集うチームである。
 彼らを率いるのは短く切った金混じりの茶髪と、深い海の瞳を持った女性エージェント、“娥王(がおう)”ロスト。ポケモン協会から最近海底で起きた地殻変動について調べるよう依頼を受けた彼女は、副官ハロルドを初め十人を動員し、今ここにいた。

「ロスト、メノクラゲとドククラゲの大群です。ちょうど真下の海底に。……かなり地形が変形しているな……」

 後半を口の中だけで呟くハロルド。ロストはひょいと近くのソナーを覗き込んだ。

「うわあ、ほんとね、いっぱいいる。何やっているのかわか」

 ずどん!

「きゃあっ!?」
「くっ……。操舵室! 何事です!?」

 突然の大揺れに、なんとかモニターに頭をぶつけることを回避したロストは、ハロルドの質問に近くの受話器をもぎ取った。

『こちらデッキ! ドククラゲが三匹、甲板に……!』

 皆まで聞かず、彼女は受話器を放り出す。

「デッキに行くわ! マリルリ、来なさい!」







「トレーナー以外は中に入れっ、急げー!」
「なんでドククラゲが上がってくるんだ!?」
「知るか! うかつに攻撃するな、ロストさんが来るまで待て!」

 うぞうぞと動く二百四十本もの触手が、甲板の上を這う。
 じりじりと後退していた人間たちに、じりじりと近づいてくるドククラゲたち。その前に、駆けつけたロストが立ちふさがった。手を広げ、腹の底から声を出す。

「止まりなさいっ!!」

 鋭い静止に、三匹はぴたりと止まった。ロストはそれを見てひとまずほっとする。何も戦いに来たのではないらしい。

「海にお帰り。私たちはあなた達のすみかを荒らしにきたのではないわ」

 ドククラゲたちは動かないまま、じっとロストの目を見つめる。その中にすがるような色を見つけ、彼女は二、三度瞬いた。

「……何か、困っているの?」

 ロストがそう尋ねると、突然ドククラゲたちは身を翻した。どぼん、どぼんと水音が上がる中で小柄な一匹が手すりのところで振り返り、もの言いたげに触手を動かす。

 その時、甲板に放送が響いた。

『ロスト。このあたりの海底の地形は元のデータとまったく一致しません。かなりの地殻変動があったようです。それで――』
「だからなんなの? 結論を早く言ってちょうだい!」

 通信機で甲板に放送を流したハロルドは一瞬口をつぐんだ。頭を回転させ、上司がほしがっている「結論」をまとめて、また口を開く。

『……メノクラゲやドククラゲたちは海底の岩をどかそうとしている。ひょっとしたら仲間が巻き込まれたのかもしれない』
「なんですって!? ――それを早く言いなさいってば!!」

 弾かれたように顔を上げた彼女の周囲で、エージェントたちがざわめく。一瞬も迷わずロストは宣言した。

「機関停止、協会依頼一時中断! 水ポケモンのトレーナーは準備ができ次第直ちに水中へ。メノクラゲ、ドククラゲたちの救助、開始します!」







 自分に続いて水に飛び込んだマリルリが空気の風船を作った。それで呼吸を確保して、ロストは目をこらす。四十はいるだろうか、大小様々なクラゲたちが、海底でうごめいている。

「マリルリ、怪力!」

 マリルリに命じると、自身も岩を動かすのに力を貸す。そうしている内に仲間が次々と駆けつけ、岩はほとんどが取り除かれ、四匹ものメノクラゲが助けられた。
 仲間たちと再会に躍っている彼らを見て、ロストはほっと息をつき、ついで喉に手をやった。そろそろ苦しい。

(一度上に……)

 上昇しかけたロストは、かすかな音の波に気付き、身を固くした。周囲のエージェントたちも不審そうに動きを止める。

 ふっと一瞬全ての音が途切れ。







 ――ドンッ――!







 水中を揺るがした「音」が生き物を襲った。海底の動きが水を通してダイレクトに体を圧する。思わず呼気を吐き出し、人間たちはたまらず、海上へと逃げ出した。







「ぷはっ……ごほっ、ごほっ」
「なん、なんだ今のは?」

 波が荒れる海上に顔を突き出した人間たちの前に船から浮き輪が落とされる。
 確認するまでもない。揺り返しが起こったのだ。

 やっと咳がおさまったエージェントが、はっとしたように周囲を見回した。

「ロストさん……。ロストさんはどこだ!?」







 ずずっと音をたて、必死に踏ん張る足が滑る。顔をゆがませ、自分の二倍はあろうかという大岩を、ロストはその細い背で支えていた。

「だ、……大丈夫。もうちょっと……我慢、してね? ……絶対、助けるか、ら……!」

 ロストはすぐそばにいるメノクラゲに、無理矢理笑いかけた。

 そのメノクラゲは転がってきた岩に足を挟まれ、身動きがとれなくなってしまっている。今ここでこんな大岩が倒れてきたら、とても助からない。

 助けたい。その思いだけでロストは岩を支えていた。

 マリルリも横で力を振り絞ってがんばっている。どうか早く、と仲間を請う。自分が海上にいないと気づけば誰かが――少なくともハロルドは確実に確認にやってくる。それまでは……。

 だけど腕はとっくに痺れている。頭もがんがんしてきた。酸素が足りないのか、力を出しすぎているのか……。
 それでもがんばらなくちゃ、と思った。もう耐えられないよ、とも思う。その時、ふっと負担が軽くなった。

「――……?」

 汗だくになった顔を上げて、ロストは岩に幾重にも巻き付いた触手を見た。

 全身の力を込めて岩がころがるのを止めているのは、小柄なドククラゲだ。見覚えがある――そう、アーニングの甲板に上がってきたドククラゲだった。
 ドククラゲの目が必死にロストを見る。彼女ははっとして足に力を込め直し、マリルリに叫んだ。

「メノクラゲを……!」

 声がかすれる。タイムリミットは近かった。けれどもマリルリも疲弊していて、うまくメノクラゲの足の岩をどかせない。ロストが焦ったとき、上からすいと、ゴルダックが降りてきて力を貸してくれた。メノクラゲがするりと抜け出す。
 はっと、もう一度顔を上げると、仲間たちが水の中へと戻ってきているところだった。ゴルダックもいっしょになって、ようやく背中の岩を反対側に押し戻すことが出来た。ほっとしたとき、ふっと意識が薄れた。

(あ、まずいかも……)

 ちらりと思ったが、近づく頼もしい仲間たちに、ロストは安心して体の力を抜いた。







 目が覚めたとたん人の声があふれ、ロストは目をこすり、跳び起きて言った。

「いっ……たーい! 何、これ、どうして!?」
「海水で濡れているんです、目をこすったらそうなりますよ」

 呆れたような声と水がかけられる。手と顔を洗って拭いたロストは、おずおずと触手を伸ばす小さなメノクラゲに気付いた。

「君は、あの……。よかった。無事だったのね」
「ロスト、あちらを」

 示された方を見ると、あの小柄なドククラゲも慎ましく甲板の端にいた。

「親子のようです。ロストに感謝しているらしく、部屋に運ぶのを妨害されました」

 ロストはハロルドが言った内容に照れくささを感じる前に、そのおかしさにきょとんとした。感謝しているのに邪魔をした?

「自分たちの前からいなくなるのがいやだったようです」

 その自在に伸びる足で、ドアを封鎖されてしまったのだという。

 いっそ倒してしまおうかと思いましたと、八割本気の声で言われて、ロストは頬を引きつらせた。彼ならやる。

「もう大丈夫よ。さ、お母さんのところに戻りなさい」

 冷たい体を撫でて言うが、メノクラゲはなぜか動こうとしない。仕方なく彼女はメノクラゲを抱き上げて親の足元に連れて行くが、ふっと後ろを見るとなぜか赤青の頭が付いてきている。

「こらぁー、君はあっちでしょー?」

 ともう一度母ドククラゲの方に押し出そうとするのだが、子メノクラゲはひしっとロストの足にしがみついた。放すまい、と必死な様子である。
 その様子を黙って見ていたハロルドは首をかしげた。

「ひょっとして、あなたといっしょに行きたいのでは?」

 メノクラゲはこくこくとうなずいた。瞬きをしたロストはドククラゲを見た。

「あなたはいいの?」

 しばらく彼女を見たまま動かなかったドククラゲは、やがて手を伸ばし、我が子の頭を撫でると、ためらいなく海に帰っていった。
 それを神妙な顔で見送ったロストは、メノクラゲを見下ろしてにこりと笑う。

「じゃ、いこっか」

 小さなメノクラゲは、諸手を挙げてそれに応えた。







 ドククラゲは、遠ざかる船影をじっと見つめていた。
 やがて船影が水平線に消えるまで、ずっと。自分の子供の影すら見えなくなるまで、ずっと。

 彼女が何を思っていたのかは私たちにはわからない。それはひょっとしたら我が子と離れるさびしさだったのかもしれない。我が子の無事を願う切なさだったのかもしれない。

 それがわかる人はいない。けれど。







 出会いの数だけ、別れもある。人とポケモンが出会い、共に旅に出るとき、ポケモンには必ず別れるものがある。

 家族と。
 友達と。
 仲間と。

 彼らは、人よりずっと強い決意で旅に出るのだ。

 だからといって捕まえるのが悪いわけではない。ただ、決して、忘れないで。

 あなたの隣にいるポケモンは、あなたを選び。

 そしてもうあなたしかいないという、そのことを。

はい。以上、「決して、忘れないで」でした。
これは短編企画お題「マイナーポケモン」で出品した作品です。私の代表作――みたいな位置づけの「片翼のレジェンド」という作品の番外編。ですが、初見の人も十分わかるようにしているつもりです。
読了報告をぽちっとしていただいて、感想をくださるとうれしいです♪ それでは、また。

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