語られざる決着

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「んがああぁぁぁ!!」

 雷が迸る。
 “時間”の空間は真っ暗だが、浮かんでいるダイヤモンドの欠片が星のように輝き、重力もない。まるで宇宙にいるような感覚だ。
 ディアルガの空間と呼ばれるこの場所は、時の力を持たなければ向かう時間の方向を決められない。ラルトスは闇のディアルガの力を借りて、ピカチュウは与えられた力を以て、壮大な追いかけっこを繰り広げていた。
「当たるか!」
 相手も自分も動いているとなると、遠距離攻撃は不利になる。ラルトスの念力が少し加わるだけで、雷は逸れた。
 焦ったピカチュウは何度も放電を繰り返したが、ことごとく外れてしまった。
「無駄なんだよ全部! このままボクはお前の始まりに戻る。今まで無駄な探検ご苦労さん、全部無かった事にしてやるよ!」
 ラルトスは嘲った。
 流れが加速し、ラルトスの姿が少しずつ遠のいていく。
「できるもんなら、やってみろォ!」
 怒りと比例して雷の威力が上がっていく。より太く、より眩しく、轟いた。
 その輝きが増せば増すほど、確実にラルトスを追い詰めていた。念力で逸らすのが困難になっていく。
 最後の1発はラルトスの頬を掠めた。
「チィッ!」
 焦った隙を突いて、ピカチュウも加速し距離を縮めていく。ラルトスの顔がよく見えてきた。
「へへっ、もっぺん笑ってみろ」

 ラルトスは念力しか使えない。
 幼少期はとても弱いポケモンだった。常になだれ込む心の声に押し潰され、常に自己を守る戦いを心の中で繰り広げていた。その為、現実の肉体は無気力に陥ってしまう。
 心と体のバランスを失い、死にも等しい日々を送っていた。
 一方で、彼は淘汰されるだけのポケモンではなかった。相手の心の全てを読み尽くし、常に相手が最も嫌がる手を打つ事ができたのだ。

 戦いは激しさを増していく。
 ピカチュウの尾が鋼のように固くなり、身を前転させてラルトスに振り下ろす。負けじとラルトスも念力を繰り出すが、勢いづいた尻尾は止められない。鈍い音を立てて直撃した。
 それだけに留まらず、落下していくラルトス目掛けてピカチュウは放電した。暗闇に現れた太陽のような放電現象が、凄まじい勢いで膨張していく。遥か下の方で体勢を立て直したラルトスに、それは容赦なく襲いかかった。
「どうだッ……!?」
 得意げな表情を浮かべるピカチュウの笑みが、驚愕に変わった。
 ラルトスは放電現象に包まれ、感電しながらも、念力を使ってピカチュウをダイヤモンド目掛けて吹っ飛ばした。ピカチュウは巨大なその塊に叩きつけられ、身を貫く衝撃に歯を食いしばる。
 やられたらやり返す、というのはピカチュウの信条でもあった。むしろこの状況下で戦いに愉しさを覚え、巨大ダイヤモンドを蹴って跳びながら、笑みすら零していた。
 まさしく電光石火。
 ピカチュウはダイヤからダイヤへ、蹴っては高速飛行で移動する。跳び移る度に速度を増し、段々とラルトスの視線を引き離して行った。
「行くぜ必殺!」
 そうして完全にラルトスの動体視力が追いつかなくなったところで、ピカチュウは異常に激しい電気を纏い、最後のダイヤモンドから跳んだ。
 彼のボルテッカーは、確実にラルトスを捉えたと思われた。
「甘ぇよ!」
 紙一重。ピカチュウのボルテッカーはラルトスを掠っただけで、遥か先でようやく失速した。
 無重力下では、突進系の攻撃はほんの少し力を加えるだけで容易に逸らす事ができるのだ。ラルトスは念力でピカチュウを僅かにズラしていた。
 ラルトスはニヤリと笑み、ピカチュウに振り返った。

 ピカチュウは既に、次の攻撃体勢に入っていた。

 ラルトスは全ての力を振り絞り、手の先に念を込める。
 念力とは、捻じ曲げる力でもある。雷の先端を別の方角へ捻じ曲げ、逸らすのだ。
 雷が巨大になればなる程それが難しくなる。ピカチュウはそれをこの戦闘から悟っていた。
 ならば避けられないほどの巨大な、雷を。
「終わりだ!」

 しまった……弾切れだ。

 ピカチュウにとっての敗北は、ラルトスが目的の時間に到着する事だ。制限時間があると、彼はかえって焦り、忘れてしまった。
 電気の使える上限を。
 その強力な放電は、気付かぬうちにピカチュウの体内の電気を枯渇させてしまったのだ。
 形勢逆転。ラルトスの笑みが、より一層強まる。
「あーれれぇ、どーしたのかなあ?」
 ヤバい、ラルトスの念力は既に発動段階だ。
 ピカチュウの体が固定されていれば、すなわち地面に足が着いていれば、まだ力を込める事で念力を受け流す事ができる。
 浮いていれば身体の支えを失い、念力の思うがままだ。体がデタラメな方向へ歪み、おぞましい苦痛がピカチュウを襲った。
「ッアアァァァ!!」
「ハハハハハハ!!」
 絶叫と高笑いが入り混じる。黄色い小さな身体がミシミシと音を立て、それでも念力は止まらない。
「もうヌルい事はしないからねー、このまま捻り殺してやる……!」
 ラルトスは一層の殺意を込め、念力を強めた。

 チャンスだ!
 苦痛が意識を支配する中、ピカチュウは意外にも冷静だった。
 ラルトスは全ての感情と思考を読み取ってくる。しかし苦痛で思考が乱れている今、ラルトスはその思考を正しく読み取れるだろうか。例えるならば、砂嵐で乱れたテレビ画面を見るようなものではないだろうか。
 逆転の一手を考え、使うのは今しかない!
「ふぬぉぉ!」
 ピカチュウは歯を食いしばり、懇親の力を振り絞った。念力に支配された身体を、ミシミシと音を立てながら動かし、近くのダイヤモンドに足を付けた。
「!? 何を……」
 思った通り、ラルトスは読めていない。
 喰らいやがれ――心の中で叫び、ピカチュウはダイヤモンドを蹴って跳んだ。進路はラルトス、捨て身の電光石火を繰り出した。
「ボルテッカーの時に学べよなー!」
 電光石火の勢いで念力を弾き返された今、一度ついた勢いを止める事はできない。しかし逸らす事はできる。
 ラルトスは念力を使い、ピカチュウの軌道を僅かに逸らした。

 途端、ラルトスは悟った。苦痛から開放されたピカチュウの思考を読み、その狙いを知った。
 ピカチュウの身体は紙一重で避けられる。しかしその身体から伸びている、尻尾の射程圏内に自分が入っているではないか――。
「くっ、来るなぁぁぁ!!」
 ラルトスの視界に鋼の尾が迫り、一瞬の衝撃が彼の意識を奪った。
 体内の電気を使い切り、ただひたすらに疲れた。ピカチュウは漂流しながら、薄れゆく意識の中でポツリと呟いた。

「時よ、戻れ……」




――最終話“To be Continued”――


「ピカチュウ!」

 オイオイ。なんて顔してやがる。
 しゃがれた声で俺を呼ぶなよ。

「ピカチュウ、ピカチュウ、ピカチュウ、ピカチュウ……!」

 何度も何度も呼びやがって。
 返事できないの分かってるくせに。
 返事をしたいのを分かってるくせに。
 嫌がらせかよ、ロコン。

「オオォォォ……!」

 霞む意識の中、俺は咆哮を耳にした。



 ディアルガが使う、時間の強制ループ。ディアルガに攻撃しようとすれば、強制的に攻撃する前に戻される。
 アレを破れない限り俺達に勝目なんてねえよ……。
「だからって諦めるのか?」
 誰が!
 でもどうしたって無理なんだよ。
「テメーが立ち上がらなかったら、誰が世界を、ギルドの皆を、ロコンを守るんだ?」
 ……精神論でループを破れるかよ。
「俺は破ったぜ?」

「お前にもできる筈さ」

「なあ、ピカチュウ」



「さ、せ、る、かぁぁぁ!!」
 軋む身体を無理やり起こす。電光石火でロコンの身体を弾き飛ばし、共に破壊光線を避けた。
 やたら嬉しそうな視線が背中に刺さる。
「もうダメかと思ったよ!」
 それを軽く聞き流す。
 ディアルガが破壊光線の反動で止まっている、今がチャンスなんだ。

「ロコン、俺に火球を撃て!」

「へ?」
 突拍子もない注文に戸惑っていたロコンだが、すぐに口から炎が漏れた。ありがとうな、信頼してくれて。
 彼女の口からスイカ程の大きさの火球が放たれる。それはまっすぐに俺に向かうが、俺が避ければどうなるか。その先にいるディアルガまで一直線さ。
 身動きできないディアルガに火球が命中し、爆発する様子を見て俺は確信した。
「やっぱりな、思った通りだ!」
「ループしてない……ねえピカチュウ、どういう事!?」と、ロコンが訊ねる。
「ディアルガは自分への攻撃という結果を強引にリセットさせてやがる。だから単純な話さ、自分の意図でディアルガを攻撃しなければ良いんだ。そして一度でも『ディアルガを攻撃した』結果を導いたら、奴のかけたループは解ける!」
 案の定、煙が晴れると傷を負ったディアルガがいた。もはやループは解かれている。
「こっから逆転するぜ、ロコン!」
「うん!」
 負ける気しねえよ、コイツとなら。闇のディアルガは、俺達が絶対に倒す!
 本格的にタイムトラベル系の小説を書くのは初めてでした。
 途中、流れの解説をどの程度入れるかという課題にぶつかりました。とはいえクドクド解説を垂れ流すのも読みにくいですね。そのバランスを試行錯誤した結果が今回の小説です。
 加えて、公式のキャラクター(主人公とかは殆どオリジナルですが)を操作する事にも挑戦してみました。ポケモンに限らず、普段から公式キャラクターで二次創作している方々は本当に凄いです。キャラクターへの愛情が成せる業ですね。
 ポケモンダンジョンは大好きな作品のひとつなので、書いていて楽しかったです。ここまでご拝読してくださった方々へ、本当にありがとうございました。

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