第3話 さきどり

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 一匹のダークライをめぐり、それぞれのポケモンとトレーナーの思惑が交差する。

 臆病ムンナとみねうちキノガッサを連れ、幻のポケモンを捕獲しようと意気ごむトレーナー。

 暗黒ポケモンダークライを成敗しようとする、空回りの正義感を振りかざす者。

 ドーブルはダークホールをスケッチする機会をうかがい、
メタモンは、ダークライの脚を出したり引っこめたりするところを見たいと思っている。

(ダークライ自身はこの状況をどう思ってるのかな)

 メタモンはちらりと黒い影に視線を走らせた。

「……キコ、ウ」

「え、気候がどうしたって? それとも機甲? 奇行かな?」

 ダークライは少し黙った。

「オ、マエノ、ノゾミヲ、キコウ」

 メタモンはダークライにある話を持ちかけていた。
その交渉を受け入れるとダークライは言っているようだ。
つまり、二人のトレーナーから助けてくれと。

『……なあ、メタモン。もうその提案に、あたしたち側のメリットは薄くなってる』

 ドーブルが冷ややかに言った。

『あたしたちはコイツの技だの、動作を一目見られれば良いわけだ。
 むしろ、キノガッサのトレーナーに協力し、その見返りとして
 ゲットされたダークライを観察させてもらう方が、リスクが少ない』

 近くにいたメタモンには、ダークライが息を止めたのがわかった。
無表情をたもっているが、空色の瞳には動揺が表れている。
人間のトレーナーたちが気づいた様子はなかったが。

「バトルの邪魔だ! 危ないから、そのポケモンから離れるんだ」

「ノー! ダークライを倒すのはヒーローたるこの俺だ。さ、そこのパープル帽子。早くそこをどいてくれ」

『メタモン。あたしは人間の言葉をしゃべれない。
 キノガッサのトレーナーに、さっきの話を持ちかけるんだ!』

「ッ! ニンゲ、ン、デテイケッ!」

 メタモンが軽快に両手をぱんと打った。

「はい! みんな見事に意見がバラバラだね。
 そ、こ、で! ここはポケモンとトレーナーらしく、ポケモンバトルで決着をつけようか!」

 明るい司会者のノリで、この場の主導権を握る。
にこやかな笑顔の裏で、二人のトレーナーがベルトに装着しているモンスターボールの個数を数える。
二人とも6個のボールを持っている。

「では、バトルに参加するメンバーを確認するよ!
 ダークライを倒したいトレーナーさん。
 ダークライを捕まえたいトレーナーさん。
 で、この野生のダークライ。
 おっと! これじゃ2対1のポケモンバトルになっちゃうね」

 メタモンはダークライの隣にぴょいっと移動した。

「公平にするため、ダークライの補佐として僕が入る。
 これでダブルバトルができるね」

『ちょっとちょっと、メタモンってば! あの人間たち、かなり強そうなトレーナーだよ。
 僕、頑張るけど、勝てる自信はちょっとないかも……。
 向こうの手持ちは6匹。合わせて12匹もいるんだよ。
 僕とドーブルとダークライの3匹で倒すなんて、無理だよぉ……』

『この戦い、勝てる可能性はあるよ。ダブルバトルならね』

 相手のトレーナーに気づかれぬよう、ポケモンの言葉で小声でしゃべる。

『ダブルバトルなら勝てる……? ああ、コイツのダークホールに期待してるのか?
 だけどコイツ、ロクに戦おうとしない。あてにして良いんだか……』

『あのさ、ドーブル。このダークライは多分……。
 ううん、まあ、とにかくダークホール頼りの作戦じゃないよ』

 戦いに不慣れなのか、余裕のない表情で硬直しているダークライに声をかける。

『大丈夫』

 子供っぽい人間の声とは違う、静かで真面目なささやき。
ポケモン同士の秘密の会話をごまかすように、人間の言葉で大きな声で宣言する。

「さあ! いまだかつてない、もっとも奇妙でヘンテコなダブルバトルの始まりだ!
 頼んだよ、ドーブル、ウルガモス! よろしくね、ダークライ」





「ゴー! エルフーン!」
「……本気でやるぞ、キノガッサ」

「ううー、あっちでも、こっちでもエルフーン……。変化技が大好きな僕への逆風を感じるよ」

 メタモンが初手に選んだのはドーブルだった。

「相手がダークライとドーブルなら、やることは決まってるぜ!
 エルフーン、いたずら心でダークライに挑発!」

「ッ!?」

 出そうとしていた変化技を封じられ、ダークライが動揺する。

『落ち着いて』

「今のうちに一気に潰す。キノガッサ、精神を集中させろ」

「ヘイ! 気合パンチ? 出すのに時間がかかる技じゃ、ドーブルに先手を取れられちまうぜ?」

「ドーブル、みがわり」

 キノガッサの精神統一が完了する。
研ぎ澄まされた一撃が放たれる。

 気合パンチ。
怒涛の破壊力を誇る格闘タイプの技で、
あまりに強力なため技を繰り出すには、かなりの集中力が必要とされる。
発動条件はそのターン、ダメージを受けないこと。

 キノガッサの攻撃は、もっとも無防備な者に躊躇なく叩きこまれた。

「!? エルフーン!?」

 キノガッサは味方であるはずのエルフーンに、気合パンチを撃ちこんだのだ。

「どっ、どういうつもりだ!?」

「お前の目的はダークライを倒すこと。俺の目的はダークライを捕まえること。
 お前にダークライを倒されたら、捕まえられなくなってしまうからな。
 形の上ではダブルバトルだが、実質は四人の戦い……。
 いや、紫帽子はダークライの補佐だから、三つ巴のポケモンバトルになるわけだ」

 キノガッサのトレーナーは、倒れたエルフーンを一瞥して答えた。

「コイツは理解してないようだったからな。
 その隙に強力な攻撃をしかければ、1ターン分こっちがリードすることになる。
 目的が喰いちがっているんだ。いずれバトルで決着をつけることになっただろうからな。
 ダブルバトルで奇襲する方が、シングルでやり合うより得になる」

 ダブルバトルの形を取りながら、二人のトレーナーに潰し合わせる。
キノガッサのトレーナーはメタモンが立てた作戦を見抜き、それを利用した。

(利用してくれて本望だよ。トレーナー二人が牽制し合えば、
 それだけこっちが自由に立ち回れる。勝てる可能性が出てくる。
 僕が二人それぞれにシングルバトルを挑んでも、この可能性はなかった)





 次のターン。思いもよらない相手にエルフーンを倒され、
怒りに燃えるトレーナーは主力であるウォーグルを繰り出した。

 ウォーグルのブレイブバード。本来ならば彼はヒーロー気取りで
この技を使って華麗にダークライを倒したかったのだろうが、
いまや怒りの矛先は邪悪な暗黒ポケモンから、卑劣なトレーナーへと変更されている。

 飛行タイプが大弱点のキノガッサは、
強烈な攻撃に耐えられず戦闘不能になってしまう。

「キノガッサがダウンしたか。でも、そっちの反動も大きかったんじゃないか?」

 ブレイブバードもまた、強い技だけあって扱いづらい欠点がある。
与えたダメージの一部を技を使ったポケモンも受けてしまうのだ。

(対人戦に向かない、捕獲特化キノガッサを切り捨てたか……)

 シングルバトルなら、キノコの胞子と気合パンチで活躍できたかもしれないが、
三つ巴のダブルバトルでは一体を眠らせても、他の二体の攻撃がある。

 挑発をされたダークライは、あやしい風を放っている。
が、ノーマルタイプのウォーグルには効果がないようだ。

 メタモンは自分の相棒に指示を出す。

「ウォーグルにガードシェア」

 相手と自分の防御と特防を足して均等にする、ちょっと変わった技だ。
この技は、能力が低ければ低いポケモンほど得をする。
自分の守りを堅め、相手の守りを崩す。それを同時にやってのける。





 倒れたキノガッサの代りに、ゼブライカが登場する。
飛行タイプのウォーグルにとって、苦手な電気タイプだ。
おまけに、今のウォーグルはガードシェアで守りが薄くなっている。

「交代だ!」
「追い打ち」
「!!」

 交代際の追い打ちは、通常の二倍の威力となって、
モンスターボールに退避しようとしたウォーグルの背を打ちすえた。
ブレイブバードを使った反動と、ガードシェアで防御力が低下していたせいで、
これが瀕死のダメージとなった。

「○ァック! 卑怯だぞ! よってたかって俺ばっかり!」

(本当の勝負は、どちらかのトレーナーが倒れてからだね。
 捕獲派はうかつにダークライを攻撃してこない。でも、油断できない相手だ。
 倒す派はちょっと抜けてるけど、ライバルのトレーナーがリタイアすれば、
 高火力の技でダークライを容赦なく攻撃してくるだろうし……)

 メタモンはダークライの様子をうかがった。
ゼブライカに向かってあやしい風で攻撃している。
だが、ダークライの力が最も強まるという新月の夜だというのに、
あまり効いているようには見えない。

「……」

 ほんの少しだけ、ダークライが後ろにさがった。

『ダークライ?』

「カテナイ……」

『さっきから情けない奴だな。
 アンタの身を守るバトルだってのに、てんでやる気がないじゃないか』

「……」

『おい、メタモン。あたしは何すれば良い?
 役に立たないコイツの分までカタをつけてやるよ』

「ゼブライカにパワーシェアだ」

 今度はドーブルの攻撃力が上がり、逆にゼブライカは能力が下がる。

『……メスのドーブルにだって価値があること、見せてやるよ』





「こうなったら……、オノノクス! 全てを粉砕しろ!」

 ウォーグルの次はオノノクスだった。

 ゼブライカはポケモンの中でもかなりのスピードを持っている。
通常のオノノクスよりも、素早く動けるはずだった。

「ハサミギロチン!」

 そのゼブライカより早く、オノノクスの鋭い牙が振るわれる。
大振りな攻撃でまともに当たることは少ないが、
ここまでさんざんな目にあっているトレーナーに運が加勢したらしい。
ゼブライカはハサミギロチンを喰らってしまった。

「こだわりのスカーフ!」

 これが、ポケモンに強い力を与える代りに、同じ技しか使えなくなってしまう道具である。
こだわりのスカーフは、ポケモンを素早く動けるようにする効果がある。

「命中率の低い一撃必殺技を連発する気だね? 運任せの戦法だなあ」

 そういうバトルも嫌いじゃないけどね、と心の中でつけ加えた。
本来メタモンはあまり勝敗を気にしない。強さよりも、刺激や驚きを求めるタイプだ。
負けられない事情がある時以外は。今は負けることができない戦いだった。

 最初に受けた挑発の効果が解けたのだろう。
ダークライがあやしい風とは違う技を出そうとしている。

 オノノクスの体が不自然にこわばった。

「金縛りだね」

 ダークライがこくりとうなづく。
相手が直前に出していた技をしばらく使えなくする技だ。
この場合はハサミギロチンが封じられ、こだわりのスカーフで同じ技しか使えなくなっているので
オノノクスは次のターンでは交代するしかない。
その場に残っても、悪あがきになるだけだ。

「うひゃー、うひょー、凄いよー! 今の金縛りは極悪だね!」

「……ゴクアク……」

「あ、あの……、褒めたんだからね!」

 金縛りが決まったところで、メタモンがドーブルに指示を出す。

「さあ! ここでドカンと一発、流星群!」

『あいよっ』

 空から流星が降りそそぐ。ドラゴンタイプの強力な技だ。
そして、ドラゴンタイプは同じドラゴンタイプが弱点である。

「使った後に能力が下がるからパワーシェアと相性が良いし、
 無効化タイプなし、半減されることも少ないから覚えてもらってたんだけど、
 まさか大事な勝負で、相手の弱点をつけるとは思わなかったよ」

「くっ……、運を味方につけるなんて卑怯だぞ!
 これじゃ俺は4対1の戦いじゃないか!」




 相手の主力メンバーは瀕死に追いこまれ、その後の戦いは楽に進んだ。
残っていたのは、波乗りや空を飛ぶを覚えた移動要員や、シンクロムンナなど
バトル向きに育成されていないポケモンだった。

 みがわり人形を盾にしたドーブルと、高レベルのウルガモスで着実に撃破していく。

 最後にキノガッサを連れていたトレーナーの戦える手持ちが、
低レベルのムンナだけになった時点で、降参が宣言された。

「低レベルだと侮って、ドーブルを放置しすぎたのが敗因だったかな。
 バトル終盤は高レベルのウルガモスが飛び出してくるし……」

「むう! なぜ俺が活躍できないんだ! ……仕方がない、負けは負けだ。
 しかし覚えておけよ、ヒーローは悪のトレーナーには屈しないのだ!」

 星条旗帽子のトレーナーは去って行った。

「君はずいぶんダークライに肩入れしていたけど、どうしてだ?
 俺みたいに、ダークライを捕まえる気もないのに」

「肩入れしたつもりはないよ。ただ、取引を交わしただけさ」

「ダークライと取引……? そこのドーブルにダークホールでも教えるのか?」

「僕としては、脚が出たり入ったりする面白珍百景が見たいだけなんだけどね」

 メタモンの返答に、熟練トレーナーは少し黙った。

「……そうか。それじゃ負けた者はとっとと引き上げるとするか。
 ああ、それと、ダークライは脚だけじゃなく、頭も引っこめられると聞いたことがある」





 二人のトレーナーが去り、静けさを取り戻した島で、メタモンの声が響き渡る。

「もう一回! もう一回だけだから!」

『やめなってば。ダークライが疲れてるよ』

『そんなものを見て、何が楽しいんだか……。
 それより、ダークホールを見せてくれないか?』

「ええと……。そのことなんだけど、ドーブル。それは無理なんだ」

『無理? どういうことだ?』

 遊んでいたメタモンに、ドーブルが詰め寄る。
まるで悪徳借金取りのようだ、とウルガモスは思った。

『コイツはほとんど何もしなくて、あたしへの報酬はなしってわけかい?』

「覚えてないんだよ、ダークホールを」

 ドーブルは一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに納得したようだ。

『ああ、確か覚えるレベルが66だったか。
 野生のレベル50じゃ、まだ覚えていなくて当然か』

「えっと、レベル50でもなくてね」

 ダークライをちらりと見てから、口にする。

「多分この子は、レベル10以下だと思うよ」

『どういうことだ?』

「僕は幻のポケモンには詳しくないから、憶測でしかないんだけど、
 このダークライ、この世に産まれたばかりなんじゃないかな。
 だから使える技もあやしい風と金縛りだけなんだよね?」

 技をあやしい風と金縛りしか使っていないこと。
素早い種族のダークライが、他のポケモンたちの後手に回っていたこと。
これで推理される結論は、まだレベルが低い。それしかない。
レベル11になれば新しい技を覚えるので、ダークライのレベルは10以下と考えられる。

 ドーブルがダークライにつかつかと近づいた。
ダークライは敵意半分、怯え半分の目で、ドーブルの動きを注視する。。

『ドーブル! ケンカしちゃダメだよ!』

 ウルガモスの声は無駄だった。

『アンタのこと、強いくせに、本気で戦っていないのかと勘違いしていた。
 ……色々言って、悪かったな』

 それだけ言って、ドーブルはぷいと背を向けて離れていく。

「ア……、ワザ……オボエ、タラ……、ドーブルノ、トコ、イク……」

『ああ。先取りで予約しておくよ』

『ところで、ダークライはこの後どうするの?
 星屑島のウワサは広まっちゃってるし、今日はトレーナーを撃退できても、
 きっと次から次に人間たちがやってくると思うんだけど……』

 ウルガモスの問いに、ダークライはすぐには答えられなかった。

「ワカラ、ナイ。ココ、ノ、ソト……。デタコト、ナイ」

「安全な住処が見つかるまで、僕と一緒にくる?
 あちこち世界を回るつもりだから、君の気に入る場所が見つかるかもしれない」

 メタモンがモンスターボールを出すと、ダークライは不服げな顔をした。

「嫌なら強制はしないよ。君が選ぶんだ」

「チガウ」

 ダークライはメタモンのカバンを指さした。

「ミセロ」

「どうぞ」

 空のボールを収納した部分を何やらあさっている。

「コッチ!」

「ああ、はい。そのボールが良いのね……。OK、値段の差なんて気にしないよ……」

 駆け出しトレーナーにとっては貴重品なダークボールを
嬉々とした様子で握りしめているダークライに、メタモンは苦笑を浮かべた。





第三話 さきどり おしまい

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