第15話 ナオト

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 右から順に、サワムラー、少年、はるこ、僕。そして後ろからはカビゴン。この並びで歩く僕達は、傍から見たらどう見えるだろう。二人のチビとそれを見守る保護者としか見られないんじゃないかと思う。
 カビゴンをいとも容易く手懐けた少年に興味を持ったはるこは、すぐにこの少年と打ち解けてしまった。仲がよさそうに、無邪気に一緒に騒いでいる。歳も近そうだし、気が合うのだろう。
「なあ、それで、この後ろのカビゴンはどうするんだ?」
 談笑する二人の間を割って入るように僕は口を挟んだ。この入組んだ11番道路も、もう少しで抜けてしまう。そうしたらそこはもうクチバシティだ。このままカビゴンが落ち着いている分には平気だが、万が一ということもある。
「ん? ああ、平気だよ。こいつはもう俺の友達だからな。変なことはしない」
「ともだちともだち!」
 ともだち、という言葉を嬉しそうに反芻するはるこ。自信あり気な少年の顔に気圧され、僕は納得するしかなかった。
「なあ、それより何でお前はそんなにメタモンを体につけてるんだ?」
「え? これ?」
 少年の突然の質問。護衛! 警戒! なんてことを堂々と言うわけにもいかないだろう。さあどうするはるこ。こういうとき、どうやってうまいことかわす?
「あくせさりー!」
 声高らかにはるこは言った。自信あり気で、誇りをもって、胸を張っていた。そういや、僕にもアクセサリーって言っていた気がする……。
「アクセサリー? それが?」
 そうなのか? と、少年は僕に確認とばかりの表情を向ける。迷わず僕は頷いた。これに関してははるこが絶対に譲らない。
「ふうん。面白いアクセサリーだな」
「面白くないよ! かわいいよ!」
「いや違うか。面白いんじゃなくて怖いのか」
 ごもっとも。町中でメタモンを体中にはりつけている女の子が歩いていたら驚くのが普通だ。それが夜だったりしたら怖すぎる。
「俺はお前の方が面白いと思う」
「それには同意するよ」
「二人ともいじわるいじわる!」
 ぴょんぴょん跳ねて文句を言うはるこの頭をポンポンと叩いてなだめていると、僕達はクチバシティへ到着した。
 潮風漂う、爽やかな町だ。シオンタウンとはまったく違った雰囲気。船着き場の近くだけど人はまばらだった。サントアンヌ号やアクア号でも停泊すれば人であふれかえるのだろう。僕は一度だけこの町に来たことがあるが、観光客を迎える玄関にしては特に何もないなという印象だった。町の北東に何か商業施設のようなものを建てる予定があると聞いているが、それもまだ経つ様子はない。
「とりあえず、今日はもうポケモンセンターで休もう。君はどうする?」
「俺も一度ポケモンセンターに寄るぞ」
「一緒にいこう!」
 溢れんばかりの嬉しさを跳ねて表現したはるこは一人とことこと走っていく。
「あいつ、面白いけど変なやつだな」
「そうなんだよ。でも、良い奴だよ」
「そうなのか?」
 少年は急に驚いた顔をする。あまりの驚いている様子に僕の方が驚いてしまう。何か変なこと言っただろうか。
「あいつ、良い奴なのか」
 そう言って少年は腕を組んで、何かを考え込むかのように黙ってしまう。
「良い奴だと、何かまずいのか?」
「うーん。わからないぞ。どうだろう。いやでもあの人が嘘をつくはずはないぞ」
 僕の声などもう届かなくなってしまっている。何なんだこの少年は。
 話す先がいなくなってしまったので、僕は後ろを振り向く。そこにはにんまり顔で少年の後ろを歩くカビゴンがいる。少年の隣にはサワムラーが歩いているが、話しかけたら蹴飛ばされそうなくらい尖った雰囲気を出している。ううむ、やりづらい。
「まあいいや、考えるのは後だな」
 うん、と頷いた少年は、そのままとことこと走ってはるこの方へよっていく。彼もまた、はるこの追手なのかと一瞬そんなことを考えたが、それにしてはあまりに幼い。姿を隠すこともしなければ、ふいをつくこともない。それどころか変に考えこんだりと怪しい様子を見せる。またはるこに取り入ってから裏切るつもりか?
「なんて、考え過ぎだよな」
 サエさんのことがあったから、気にし過ぎているのかもしれない。あんな少年がサエさんみたいなことをしていたら、それこそメタモンをくっつけて歩くはることは比べものにならない程怖い。そんなの嫌すぎる。
 あのポケモンの扱いを見ても、少年はとても純粋な子だと思う。はること仲良くしてくれれば、今はそれでいいか。
「おおい、待てよ」
 二人してじゃれあっているところへ、僕も駆け寄る。二人の仲の良さそうな様子に、嬉しくなってくる。はるこが笑えば、それで嬉しい。また巻き込んじゃいけない、なんてことをきっと考えているだろうけど、少しくらいはいいじゃないか。誰かと一緒に楽しく過ごす。そんな瞬間があったって。なあ、そうだろ、はるこ。少しは力を抜けよ。


◆      ◆


 シオンタウンからクチバシティまではそれなりの距離がある。海岸沿いの一本道は遮るものが何もないから早く進めるが、何分予想もしなかった事態が続々と続いて、さらには走らなきゃいけない目に合って、なんだかどっと疲れた。朝出て、夕方には着こうと思っていたのに、クチバシティのポケモンセンターに入る頃にはもう日が暮れてしまっている。
 あのカビゴンはといえば、少年に諭され、11番道路の方角へゆっくり戻っていった。
「そういえば、君はクチバの人なのか?」
「違うぞ。俺も旅をしてるんだ」
「へえ、バッヂ集めとかやってるの?」
「内緒だぞ」
 内緒かよ。まったく変な少年だ。喋り方といい、この傷だらけの体といい、どんな野生児だ。
「お待たせいたしました」
 ジョーイさんが、受付で並んでいた僕にそう告げる。ポケモンセンターの宿が駄目だと他に泊まるしかないのだが、やっぱりポケモンセンターは一番居心地が良い。
「あの、三人部屋、ありますか?」
「はい。空いていますよ」
 必要な書類への記載。鍵の受け渡しと、簡単な注意事項。いつも通りの受け答え。ジョーイさんの事務的な言葉と表情は、どうしても苦手だ。作り笑いができず、苦笑いを浮かべてしまう。思わずジョーイさんから顔を逸らすと、おふとんおふとん! と騒ぐはるこの隣で、少年が僕の方をじっと見ていた。
「どうしたの。行くよ」
「俺も一緒で、いいのか?」
 なんだ、そんなことを気にしていたのか。
「いいよ。はるこもその方が喜ぶし」
「……そうか。嬉しいぞ」
 僕の言葉ににっこりとほほ笑んだ少年の顔が、ジョーイさんと同じものなのかそれとも純粋に笑っているのか、僕には一瞬判断がつかなかった。
「なあはるこ。一緒の部屋でいいだろ?」
「おっけー!」
 変わらず跳ね続けるはるこを見る少年の顔を見たら、純粋に笑っているんだと思いたくなる。
「じゃあ、行くよ」
 サエさんのように、人に嘯くあの表情を、この少年がしているなんて思いたくない。僕もまだ、そんな風に思う。楽しく旅を続ける少年であってほしいと願う。
「そういえば、名前はなんて言うの?」
「俺は、ナオトって言うんだ」
「ナオト! ナオトだって! アキ!」
「聞こえてるわ」
 堂々と自分の名前を口に出す少年の顔が、やたらと自信に満ち溢れていた。まるで、バトルの話をするときのはるこのように。
「改めてよろしくな、ナオト」
「よろしく頼むぞ」
「よろしくよろしく!」
 今日はこのまま終われそうだ。何やらまたおかしな状況になっている気がするけど、一日無事に過ごせたことは良い事だ。明日もまだ、平和な一日が送れると嬉しい。そうあってほしいと、僕は思う。


 僕は夜が好きだ。眠りにつくとき、何も考えず目を閉じるときの感覚が心地よい。全てのものから解放され、水の上に浮かんでいるような感覚になる。ふわふわと、ぷかぷかと、浮かびながら次第に落ちていく意識。沈んでいくのに、苦しくない。僕はまた今日もその感覚に浸る。また明日、目が覚めたとき全てを思い出すのだろう。一瞬だけそれを憂鬱に感じる。しかし落ち行く意識は止まらない。おやすみなさい。
 そんな僕の眠りを妨げたのはナオトだった。
 僕が浮かぶ水辺に、声をという波荒立ててきた。加えて、ゆさゆさと体を揺られる。
「……どうしたのよ」
 僕達が借りたのは通路を挟み二段ベッドが二つ置いてある狭い部屋だった。はるこが片方のベッドの上段に、ナオトがその下段。僕が反対側の下段に寝ていた。
「ちょっと話がある」
 柵を挟んで、ナオトが隣にいる。まだ起きていたらしい。
「明日じゃ駄目か?」
「謝るぞ。今じゃなきゃ、駄目なんだ」
 何だろう、と眠気眼ながらも僕はその話に興味を持った。
「わかった。じゃあポケモンセンターの外で待っていてくれ。少ししたら僕も行く」
「待ってるぞ」
 ナオトは立ち上がり、そのまま静かに部屋を出ていった。話って、一体なんの話だ。僕はベッドからゆっくり這い出る。立ち上がり、ベッドに寄りかかりながら向かいの上段に眠るはるこを見た。そういう類の話なのかと、どうしても考えてしまう。嫌だなあと思いながらも、避けられないことなのだからしょうがないとも思う。
 ちらと外を写す窓の方を見る。もうとっぷりと夜が更けている。ゆっくりゆっくり意識を沈ませていたから、寝るのも随分遅くなってしまったようだった。
「さ、いくか」
 どういう話であっても、僕が動揺するわけにはいかない。自分の身は自分で守れるはるこの心の支えになるのが僕の役目なのだ。自分で言って自分で笑えるけれど、今はそういうつもりで。

 ポケモンセンターのドアの脇には花壇がある。その前にナオトは立っていた。直立不動で、何者にも動じないとでも言うように。
「待ってたぞ」
「で、話って何なんだ?」
 僕はこんなはること同じような背丈しかない少年の話に、緊張している。平然を繕いながら、身構える。
「単刀直入に言うぞ。お前は誰だ?」
「は?」
「は、じゃないぞ。お前は一体誰だ?」
「誰って、僕は、僕だけど。ただの、トレーナーさ」
「本当か? 俺はお前がただのトレーナーだとは思えないぞ。なんであの女と一緒にいるんだ?」
 あの女? はるこのことか?
 嫌だと思っていることがことごとく起こる。いくらなんでも早すぎやしないだろうか。サエさんのことがあってから、まだ一日だぞ。
「俺はあの女を捕まえに来たんだ。お前達がシオンっていうところから南へ行くってことを聞いていたから、あの建物で待ってたんだぞ」
 僕達の行く先を知っている、か。
 自分の見る目が無さ過ぎて情けなくなってくる。何が純粋そうな少年だ。真っ黒じゃないか。
「ナオトは僕を怪しんでいるんだろう? 何で僕と話そうとする?」
「俺がこうして来る前にも誰か一人無能がお前達を追ったはずなんだ。どんなやつかは知らないけど、お前がそうなのか? うまいこと仲良くなって、隙を見て捕まえるぞってことなのか?」
 ナオトの目はとても真剣だ。何も言い淀むところがない。全てを知って来ている。
「悪いけど、はずれだよ。僕ははるこの味方さ」
「そうか」
「ナオトはこんなところでそんなことを話してどうする気だ? こんなところでやり合うつもりか?」
「手っ取り早くぶっとばしてやろうかと思ったけど、少し気が変わったんだ」
「何故」
「あの女が凄く悪いやつかどうかわからなくなったからだ。俺は凄く悪いやつだと聞いてきたのに、なんだあれ。ただのアホだぞ」
「アホとは失礼だな。はるこはあれでいつも通りだ」
「本当なのか? その人がどんな人なのかなんて俺は見ただけじゃわからないから、話してみて、ちょっとだけど確かめた。それでも俺には、あの女が悪いやつだなんて一瞬たりとも思えなかった。これは何でだ? じいちゃんが嘘をついたのか?」
 ナオトが何を言っているのかはいまいちわからない。しかし、この少年は何か迷っているようだ。サエさんとはまた別の形で、はるこを見て戸惑っているのかもしれない。
「詳しいことはわからないけど、はるこは良い奴だよ。面白いし、可愛い奴だ。見たままだよ」
 僕の言葉にナオトは初めて難しい顔を見せる。不似合にも腕を組んで、首をこてんと転ばせた。
「俺をここに来させた人のことを、俺は信じてる。だからあの女が悪い奴だと思ってる。でもお前は違うと言う。俺もあの女と話して悪い奴だとは思えなかった。じいちゃんが嘘をついているのか。それともお前が嘘をついているのか。俺にはわからない」
 ……僕の見る目も、もしかしたら少しはあるのかもしれない。やっぱり少年は少年だ。これなら、もうひと押しでいけるか。
「いきなり戦おうなんてつもりはないわけだな」
「そうだぞ」
「じゃあ、明日一日、はるこを見ていろ。一緒に行動して、遊んで、飯でも食べろ。いいか。お前をここに来させた奴じゃなくて、お前が見たものを信じろ。はるこに手を出すかどうかは、それから考えろ。手を出すようなら、僕が相手だ」
「じいちゃんを裏切れって言っているのか? ぶっとばすぞ。調子に乗るなよ。俺は今日、じいちゃんの言う事に従って、あいつを捕まえておしまいのはずだったんだ。ただ、あまりにあいつがアホみたいだから、ちょっと迷っただけだぞ。お前が指図するな」
「裏切れなんて言っていない。一日見てろと言っただけだ」
「まあいいぞ。俺も今いきなり戦う気はないからな。言うことは聞いてやる。明日は手出ししない。見ているだけだ。それでいいか?」
「いいよ。その代わり、俺もお前のことをはるこには言わない」
「それでいいぞ」
「ああ」
 こんな口約束なんてほとんど意味をなさないだろう。明日突然ナオトが襲ってくるかもしれないし、僕もこのことをはるこに伝えてしまうかもしれない。それはあり得る話だ。
 ただ、僕はこの目の前にいる少年が言ったことをなんとなく信じることが出来る。手を出さないと言ったら、本当に手を出さないのだと思う。きっと明日一日は、はるこを見続けているだろう。ナオトを見ていると、昔の僕を見ているような気がするのだ。
 そして僕も、はるこにこの事は言わない。出会った人がまた追手だなんて、傷つくだけだろう。はるこに知られることなく、ここは僕が収める。
「なあ、あんたは本当にただのトレーナーなのか?」
「なんだよ、随分しつこいな」
「……嘘つきは嫌われるんだぞ」
「余計なお世話だよ」
 嘘をついているのは君じゃないか。
 ナオトはその言葉を最後にして、「じゃあ戻るぞ」と一人勝手に部屋へ戻ってしまう。今はるこの元へ行かせるのがどれだけ危険か、なんてことを一瞬考えたが、いつだってはるこを狙うチャンスはあったのだ。今更どうこうしようなんてことはないだろう。
 それに、襲われてもはるこは自分で対処できる。
「またか。また、こうなるのか」
 たった二回目で、僕はもううんざりしかけていた。なんだかんだ言っても、僕もサエさんのことはショックだった。あの人のことは僕も好きだったのだ。はるこを可愛がる姿は本物だったと思うし、最後まで迷い続けたあの人を、嫌いにはなれなかった。
「早く、終わらせよう」
 この夜が明けるまで、せめて眠っているときは、僕は全てを忘れたかった。

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