第10話 「はじめのいっぽ」 (2)

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2012.08.30. 投稿


◇3


「今日で一週間っすか……」

 三ノ滝の洞窟、泉のほとり。一週間前にキャンプを張ったのと変わらない場所で、タイチが呟く。

 あたりは当然ながら相変わらず薄暗く、留まる者たちの気持ちをじわりじわりと落ち込ませている。ドーム状の天井に走った僅かな亀裂から漏れる光だけが、今が昼間であることを教えてくれていた。
 薄暗いか真っ暗かのどちらかしかないこの洞窟内にあっては大差ないが、だからといって昼夜を問わず寝起きのリズムを乱してしまえば、それこそ精神の疲労を加速させる。あの微かな光が教えてくれる時の流れが、かろうじて一週間この場に留まることを可能にしてくれているといってもいい。
 しかしそれにも、限界はある。

「さすがに、気が滅入ってきたっすね……。って、ここ数日ずっと言ってる気がするっすけど」

 タイチも誰に対して口を開いているというわけでもないだろうが、聞いているユウトもユウトでそれに返事を返そうとはしない。黙って鍋をかき混ぜ、昼食の用意をしているだけだ。その顔にはやはり、覇気がなくなってきている。

 この一週間、初日にはハクと出会い、二日目にはハクが少しずつバトルにも前向きな姿勢を示し始めた。しかしその後は、目覚ましい変化、成果は見られていない。泉の主たるハクリューが姿を現す気配はまるでないし、ましてやハクが進化し姿を変える兆しなんて尚更だ。
 もちろん、一週間なにもしなかったわけではない。この泉のほとりを拠点に洞窟内を探索もしたし、ツバキたちはゴクトージムで教わったことをもとに工夫を重ねながら訓練を続けている。
 けれど。

「このままなんにもならないようじゃ、いい加減ここに居続けるのも無理があるっすよ。もうみんな限界が近い。特にその子たちなんて、そろそろホントにまずいんじゃないっすか」

 タイチが言っているのは、シロとクロのことだ。みんなが疲弊してきている中で、この二匹のそれは特に顕著だった。普段明るい時間に活動するシロばかりか、暗い夜を好むクロまでもが明らかに不調で、今もユウトの作る食事の匂いが漂っているというのに目を覚ます様子がない。
 エーフィとブラッキーは、太陽や月と密接な関係を持つと考えられているポケモンだ。そんなシロとクロが、外の光が満足に届かない場所に長時間とどまっているのが原因ではないかとユウトは考えているのだが、だとすればここにいる以上どうしてやることもできはしない。こうしている今も、シロは仮にも昼間だというのにツバキにはついて行かず、クロの傍でぼんやりと虚ろな目をしてうずくまっている。

「そういえば、ツバキさんはどこへ行ってるっすか。クゥとハクも一緒に姿が見えないっすけど」

 タイチの問いに、ユウトは疲れた顔のまま鍋をかき混ぜる手を止め、洞窟の奥の方を指す。

「ツバキなら、今日はあっちの奥に行ってみるって出かけて行きましたよ。そこのポケモンたちを相手に訓練をするんだって言って」

 この泉のほとりからは何本かに道が分かれていて、それぞれの先でさらに枝分かれしている道もある。ユウトが指しているのは、そのうちのひとつ、入り口と正反対の方向へ続いている道だった。

「ええ? あっちは危ないからひとりで行っちゃダメだって言ったのに……! 気性の荒いガバイトたちが根城にしてるところがあるから、近づいちゃいけないって」
「え、それって、もうひとつ向こうの道じゃありませんでしたっけ」
「いえ、あそこっすよ。こりゃ、ちょっとまずいかも。様子を見に行った方がいいんじゃ……」

 タイチの言葉に、ユウトの顔色が変わる。しかしちょうどそのとき、カツンカツンという固い靴の音が洞窟内に響いた。入り口の方からだと思ってふたりがそちらを見ると同時に、ドーム状の洞窟内に野太い男の声が響く。

「こりゃあ! タイチ! やっぱりここにおったか、この大馬鹿者め!」
「げっ、お、叔父さん!?」

 そこにいたのは、短く刈りこんだ髪と精悍な顔つき、鍛えられた体格をもつ大柄な男だった。服装は黒いシャツに機能重視なズボンというやはり飾り気のないもので、タイチのものと似ている。

「リュウコちゃんにガブマルのことを聞いてなあ、すっかり塞ぎ込んどるもんとは思っとったが、それにしてもあんまり姿が見えないんで探しに来てみれば! 余所者まで滝に連れ込んで、いったい何をしとる!」

 このわずかに訛りの入った口調には、ユウトも覚えがあった。不意の一撃でほとんど気を失っていたのでぼんやりとしか記憶にないが、落ちかけた意識の中でかすかに聞こえていた声。一週間前シロとクロを狙う黒服に追われてミタキ山に迷い込んだ時、襲ってきた連中の、おそらくはリーダーだった男だろう。

 一週間も経って、この三ノ滝に勝手に入り込んでいることがバレてやしないかという疑念はあった。けれど実際に見つかってしまった以上、ここに留まることはもうできないだろう。タイチはともかくツバキとユウトは部外者であり、本来この地に立ち入ることは許されない立場なのだから。
 今ここから連れ出されてしまえば、もうそれでお終いだ。ガブマルは滝に帰され、ハクとも別れて二度と会うことはないだろう。タイチとガブマルが積み上げてきたものが、ハクとの出会いと育まれた想いが、全て水泡に帰す。
 だが、そんなことよりも。

「ツバキ……!」

 今ここでこうしている間にも、彼女たちの身には危険が迫っているかもしれないのに。
 ユウトは今、ここから動くこともできない。



◆4


「うーん、やっぱり暗いね。ネネにも来てもらえばよかったかな」

 ツバキの呟く声が、足音に混じって洞窟内で反響する。
 懐中電灯で照らしながら歩いてはいるものの、この辺りには日差しの差し込む裂け目も少ないようで、心もとない。
 足音はツバキとクゥのふたり分だ。ミニリュウであるハクは陸上では上手に移動できないため、ツバキの肩に巻きつくようにしておぶさっている。
 この三ノ滝の洞窟内は道に沿って水路も巡っているようだが、今歩いている道にはあいにくそれがない。タイチが言うにはミニリュウやハクリューには空中を浮遊して泳ぐように移動できるものがいるらしいが、残念ながらハクにはまだそれはできないようだ。

 道はそこそこの広さがあり、あちこち小さな横穴も見られる。今目当てにしているのは、そういった穴倉を住処にするポケモンを相手にした実戦訓練。

 野性ポケモンを相手にしたトレーニングはポケモントレーナーとしては珍しい行為ではないが、ツバキはこれまで経験がなかった。テリトリーに踏み行って襲われた際に応戦するということはあっても、自分から野性ポケモンに闘いを吹っ掛けたことはない。ゴクトージムでの訓練の時も模擬選相手はもっぱらアズミかユウトのどちらかであったし、この三ノ滝にこもってからもやはりタイチかユウトに相手をしてもらっていた。
 けれどタイチいわく、ここにはハクやガブマルのようにジムで訓練を受けて帰されたポケモンが多く棲んでいて、そういったポケモンを相手にするのもバトルの練習になると勧められたのだ。

 ただし。
 タイチが勧めたのと違う道に入ってきてしまっていることには、当然ツバキは気づいていない。

 と、前方にギラリと光る何かを見つけて、ツバキは立ち止まった。金色に光る一対の目玉。鋭い視線。暗がりに慣れてきた目が、その全身のシルエットをとらえる。
 ほらあなポケモン、ガバイト。いかにも好戦的にゆがめられた口元が、ツバキたちに対する戦意をはっきりと示している。しかも。
 クゥが黙ってツバキの腕をたたき、後ろを見るように促す。ツバキが振り向くと、後方の横穴二か所から、ぎょろりと光る目を持つシルエットがもうふたつ、ぬっと顔を出すところだった。前方に立ちはだかるものと合わせて、三方を三体のガバイトに取り囲まれる形になる。
 逃げ場はない、というわけか。

 グルルルルル……。

 前方のガバイトが、獰猛な唸り声を上げ、姿勢を低くする。

 ガバイト達の目的は、ごく単純なものだった。
 彼らはいずれも、かつてミタキジムで訓練を受け、しかしジムに残ることができず帰されたものたち。しかしそこで教わってきた戦いの術は、彼らにその力をふるう楽しさを刷り込んだ。
 すなわち。ここに入り込んできたニンゲンとそのポケモンたちは。
 もっと闘いたい、力をふるいたいというくすぶった彼らの願いの。
 格好のはけ口。

 ガアアアアッ!

 唸り声を上げながら、前方のガバイトが跳びかかってきた。真っ赤な口を開け、嬉しそうに牙を光らせて。
 とっさにクゥが前に出て、その右腕を盾にして牙を受け止める。ガギイン! という硬い音が響く。そしてクゥは空いている左腕を構え、ガバイトの腹をめがけ振り抜く。拳を受けたガバイトは、しかし僅かに怯んだのみで、噛みついたクゥの腕を放すことはない。体格の差のため、拳の入りが浅かったのか。

 ガバイトはいっそう獰猛に目を光らせると、クゥの腕にかみついたまま首をふり上げ、クゥの体をふわりと持ち上げる。そうして浮き上がったクゥの体を、今度は勢いよく地面に向けて振り下ろす。
 どぐっ、と地面のえぐれる音とともに叩きつけられ、小さくうめき声を上げるクゥ。しかし、攻撃はそれで終わらない。その後二回、三回と、ガバイトは同じ攻撃を繰り返し、やがて自分のアゴの方に疲れがきたのか、放り投げるようにしてようやくクゥの腕を解放する。

「クゥ! 大丈夫!?」

 ツバキが駆け寄り、クゥはツバキが手を貸す前に、苦しげに自力で立ち上がる。クゥの鋼の体は単純な打撃には強くできているはずだが、腕を掴まれた上での防御を許さない連続攻撃だ。ダメージは決して小さくない。

 強い。
 失格の烙印を押されたとはいえ、これがドラゴンポケモンの、シラナミ最強のジムで訓練を受けたポケモンの実力なのか。

 いきなりクゥが大きなダメージを受け、その上敵は三体。ガバイト達はまだまだ暴れ足りないという様子で、じりじりと包囲の輪を縮めてきている。それでも後ろの二匹がすぐに手を出してこないのは、どうやら前方の一匹がリーダー格だからということのようだ。けれどそんな彼らの我慢もいつまでもつかわかったものではない。このままでは、袋叩きだ。

 それでも。クゥは立ち上がり、三匹のガバイト達を順に睨みつける。
 相手はただ力のはけ口を求めているだけ。降参など受け入れるはずもなく、このままでは彼らの気の済むまでズタボロにされる。
 しかしもとより、降参するつもりなどない。こっちだって、闘うために来たのだ。
 クゥは腰を落とし、前方のガバイトを正面に見据え、拳を構える。

 ツバキは、そんなクゥの後姿とガバイトたちを順に見ながら、考える。
 戦力と状況をみて正直にいえば、逃げた方がいい。けれどおそらく、包囲する三体のガバイトから無事に逃げられる見込みは限りなく薄い。ならば。
 ツバキは、クゥの後姿を見て、覚悟を決める。こっちだって、自分を入れれば三にんだ。

「クゥ、ハク、いくよ」

 クゥが、当然だ、というように拳を握る。しかし。

「ハク?」

 ツバキは、自分の肩から顔をのぞかせるハクの様子がおかしいことに気がつく。
 ハクは、震えていた。
 確かにハクはバトルを恐れていたが、それでもここ数日の模擬戦ではだいぶ戦えるようになってきていたのに。その瞳は、正面のガバイトを見たまま、恐怖におののいている。まるで、過去のトラウマを思い起こされたかのように。
 こんな状態では、ハクは闘えない。それでは、どうやって三体ものガバイトを同時に相手取ればいいのか。しかし、状況は待ってなどくれない。

 ガアアアアッ!

 しびれを切らしたように後方のガバイトのうち一体が唸り声を上げ。
 戦闘が、はじまった。



◇5


「ふたりとも。次の仕事よ」

 黒の縁なしサングラス。整えられた顎ヒゲ。金輪のピアス。つるりと輝くスキンヘッド。
 大男は、きれいに中身を平らげられた大きなパフェグラスを前にして、真面目な顔を作る。
 その男の正面に座るふたりの女性のうち背の高い方が、そんな男に呆れたような視線を向ける。

「わざわざ喫茶店なんかでする話かと思ってみれば、それが目的かよ。っんとに、ツラに似合わねえモンが好きだよな」
「あらあ、頭を使う話をするのよお? 甘いものは必要じゃないの。そ、れ、に、秘密の作戦会議をこういう場所でするのって、定番でしょお?」
「目の前でハゲた大男が特盛りのパフェがっついてなきゃあな」

 そう言って金髪はため息をつく。それから金髪は、隣りに座る背の低い方の女性、というよりは少女に視線を向ける。最も金髪は、彼女の正確な年齢など知らないが。

「おまえはおまえで、このクソ暑いのにホットココアって。膝の上にロコンなんかのせてるくせに、暑くねえのかよ」
「えっと、その……、甘いものが、好き、なので……」
「そういうこと聞いてんじゃねえだろ」

 どうにか聞き取れるような小さい声で答えた少女は、金髪の睨みにきゅっと縮こまる。黒い髪で表情は隠れてしまっているが、この気弱な少女がどんな顔をしてるかくらい、金髪にはもう想像するまでもない。金髪は再びうんざりしたようなため息をつき、ウェイトレスにパフェのお代わりを頼んでいる大男に向き直る。

「そんで、次の仕事ってのはなんだよ。あの二匹を追うんじゃねえのか」
「まあ、それもやらなきゃいけないんだけど。別の仕事も入っちゃったのよお。まったく、なんであたしにはこう、面倒な仕事ばっかり回してくるのかしらねえ」
「なんだよ、面倒な仕事って」
「カネギ商会」

 大男の言葉に、金髪の女性は眉をひそめる。

「ハンターどもを相手にしろってか。けど、アジトの場所もわからねえ組織だろ」
「そうよお。だからなにか、スマートな方法を考えなくっちゃいけないわねえ。まあどうするにしても」

 と、大男は一度言葉を切って、真剣な顔になる。

「ちょっと荒れるでしょうね、このマルーノシティは」

 金髪は顔をしかめる。隣りの黒髪の少女は、俯いたまま何も言わない。
 シラナミ地方一の都会、マルーノシティ。自分たちが一悶着起こしたくらいで、この街はびくともしない。そんなことはわかっている。けれど。

 ウェイトレスに「ありがと」と言ってクリームが山盛りのパフェを受け取る大男を横目で見ながら、金髪の女性は、うんざりとため息をついた。



◆6


 塞がっているはずの、背中の傷。
 それが、ジクジクと痛んだ。

 目の前でクゥが相手にしているガバイトには、はっきりと見覚えがあった。
 かつて、ミタキジムでの模擬戦で対峙し。自分が失格の烙印を押される、決定的な要因となったバトルの相手。

 恨みはない。すべては、自分が弱かったせいだ。
 悔しさはない。自分が弱いことなど、もうわかりきっている。
 けれど。それでもこの傷は、塞がっていない。
 向かってくる爪が、牙が、自分に向けられた強大な戦意が。
 刻み込まれた傷からあふれ出して、ちっぽけな自分を飲みこんでいく。

 闘わなきゃ。
 ハクは、必死に自分に言い聞かせる。頭ではわかっている。けれど、どうしても。その思考は、縮み上がった心までは届かない。

 クゥが、ガバイトに向かって拳を突き出す。その体はもう、全身傷だらけだ。蓄積されたダメージは、いつ限界を迎えてもおかしくない。その拳にも、目に見えて勢いがなくなってきている。
 ツバキも、闘っている。手に持った懐中電灯を必死に振り回して。武器としてはあまりに頼りない。はじめのうちこそ相手の眼に光を当てて目くらましにするなど、上手く活用していたように見えた。けれどもはやそんな余裕はなくなって、ただただ跳びかかってくるガバイトに向けて腕を振り回して、どうにかこうにか凌いでいるだけだ。

 ツバキの腕は、脚は、顔さえも切り傷だらけで、あちこちから血がにじんでいる。それでも人間であるツバキがガバイト相手に決定的な傷を負っていないのは、ただ遊ばれているからだ。
 三体を相手に、クゥもツバキをかばいながら闘うのは不可能だった。

 それなのに。
 自分だけが逃げ出して、隅っこで震えている。

 ガバイトたちは今のところ、懸命に抵抗しようとするクゥとツバキにしか興味がないようだ。そのことにハクは安堵を感じ、それでもいつその矛先が自分にも向かってきやしないかとびくびくしている。そんな自分を、ハクは心の底から嫌悪する。吐き気がする。こんな、臆病者の自分に。
 なのに。
 いくら動けと命令しても、ハクの体は震えるばかりで動かない。

 どうして?
 どうしてこんなにも、自分は臆病なんだ?


 ――きみはあたしを助けてくれた。弱くなんかないよ。ホントはすっごく強いんだよ。


 やめてくれ。たのむから。そんなこと言わないで。
 こんな時まで、いや、こんな時だからこそ頭から離れない彼女の言葉が、ハクをギリギリと締め上げる。こんなにも弱いのに。こんなにも臆病なのに。
 どうして。どうして。どうして――

「ハク、危ない!」

 ツバキの声が聞こえ、ハクははっと顔を上げる。三匹のうち一匹、おそらくはあのガバイトの子分であるガバイトが、こちらに向かって飛びかかって来ていた。俯いていたせいで、反応できなかった。
 もう遅い。爪が、牙が、真っ赤に開かれた口が、獰猛な光を放つ目が、迫る。
 不思議と、それらがゆっくりと動いて見えた気がした。そして、それを見ながら、心に、全身に広がってゆく気持ち。自分への、諦め。ああ、こんなものか。でも、なんだかもう、どうでもいいや――

 ドゴッ!
 鈍い音がした。不思議と、痛みは襲ってこなかった。おかしいな。それとも、もう痛みも感じないほど、自分は鈍りきってしまったのだろうか。
 ハクは、恐る恐る目を開ける。そして直後、目を見開いた。

「ハ、クッ……!」

 ガバイトが、目の前で倒れている。いや、正確には転んでいるのか。腕も腹も地面について、無様なことに舌まで出して。
 なぜ?
 理由はすぐに知れた。目の前で転んでいるガバイトの片足を、ツバキが倒れ込みながら握っている。
 ツバキが、こっちを見ている。地面に顔を半分つけたまま。土と砂埃に汚れた姿で。その目は、必死にハクの無事を確かめようとしている。

 どうして?

 ガバイトが、憎々しげに起き上がり、ツバキの手を振りほどく。そして今度こそ、爪を光らせヒレを躍らせ、腕を振り上げる。どうやら、自分を転ばせたツバキよりも、まずは見物を決め込む卑怯なハクを狙うことにしたらしい。
 それでいい、とハクは思った。
 それなのに。

 ぼぐっ!
 今度は上の方で鈍い音がして、見ると、ガバイトの横っ面にクゥの拳がめり込んでいるところだった。
 予期せぬ方向からの攻撃に、ガバイトは耐えられずに倒れる。どうも顎に入ったらしく、目を回して動けなくなっているようだ。

 どうして。

 ハクが呆然とする間にも、ツバキとクゥはハクを背中にかばうように並んで立って、残り二匹のガバイトたちと睨み合う。

 どうして。
 どうして、助けに来るんだ?

 必死に闘うふたりを、ただ隅っこで見ていただけの。
 なにもせずに、ただ震えていただけの、弱くて臆病で、卑怯な自分を。
 どうしてそんなにも迷いなく、助けに来たりするんだ。

「ハク、ごめんね」

 正面を見たまま、ツバキが言う。

「あたし、勝手なこと言って、無理させてたよね。ハクの気持ち、勝手にわかった気になって、たぶんホントは無視してた」

 その背中は。ニンゲンとしては小さい、ハクと同じまだ子どもであるはずの、ツバキの背中は。

「ハクがさ、ホントはバトル、したくないわけじゃないっていうのはわかったから。ホントは強くなりたいって思ってるのは、わかっちゃったから」

 どこかまだ頼りなく、だけどなぜだかとても、強く、大きく見えて。

「だから、それをいいことにあたし、勝手にどんどんやりすぎてた。ハクが過去に何があったか、ちゃんと聞いて知ってたのにね」

 身長だけなら、大して変わらないはずのハクの背中は。

「いきなりそんなやられたって、ハクの気持ちがついてこないって、なんでそこまで考えなかったんだろうね。やっぱ、まだまだダメだな、あたし」

 ひょろっこくて、ちっぽけで、消えない傷ばかりいつまでも気にして。

「ごめん、ハク。もっと考えろって、いっつもユウトに言われてるのにね。でもね、ハク。あたし、あきらめないから」

 あのガバイトと、目が合った。背中の傷が、ジクンとうずく。

「ハクは、ハクのペースで強くなろうよ。あたしも、いっしょに強くなるから」

 いつまで、こんなところで怯えているんだ? 怯えて、震えて、だから本気になれなくて。それで、いつかは強くなれるのか?

「だからね、あきらめないでほしいんだ。ぜったい、ぜったい、ハクは強いんだから。どこの誰がなんて言おうが、あたしはちゃんと知ってるんだから」

 なりたい。強く。
 こんなふうに、誰かを守って、二本の足で堂々と立ってる、そんな背中に。

 もっと、強く。大きく。今までとは、違う自分へ。



 そのとき。
 ハクの心臓が。全身が。
 大きく、大きく脈打った。



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