7-1 上陸

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

知識が見る者の世界を変える。
ムウマージが得意げにそう言っていたけど、大げさな表現だと思ったの。
だって世界は昨日も今日も大して変わらない、明日がきても同じこと。事件が起これば別だけど、そんなの早々起こらない。

けれど、その考えは甘かった。
キュウコンがあたしに話したことは、あたしの見る世界をひっくり返した。

何も知らない方が、幸せだった。

 船に裏切者が乗っている。
 サーナイトも似たようなことを言っていた。
 そもそもサーナイトって何者? どうしてあたしにしか見えないの?
 船倉でキルリアを殺し、ゲンガーの口を封じたのは誰? あのとき甲板にいなかったポケモン? でも、調査団のメンバーは全員揃っていたはず。
 黄金島に眠る秘密って何? どうしてキュウコンはそれを知っていたの? 団長はこの事に気づいてる?
 海賊が船を襲った理由と何か関係が?
 分からないことが多すぎるよ。でもひとつだけ確かなのは、誰にも背中を見せちゃダメってこと。
 キルリアを殺した誰かが、平然と仲間を装ってここにいる。アブソル、バシャーモ、ジュナイパー団長。他にも船旅に加わったゴルダック船長たち。
 いったい誰? 誰が裏切者なの……?

「ねえってば」
 急に甲板でアブソルに呼び止められ、ツタージャは思わず飛び跳ねた。
「脅かさないでよ!」
「正面から挨拶しただけなんだけど」ジッとアブソルは疑わしげに見つめて。「ひょっとして、あたしに何か隠してる? 例えばそう、自分にしか見えないものが話しかけてくるとか」
「ばっ……」ツタージャは大口を開けて固まった。「……ばかなこと言わないでよ、そんな訳ないし! 何でもないよ、本当に! ほらほら、もうすぐ黄金島でしょ? どんなところか想像してただけだよ、あー恥ずかしっ!」
 そう返すツタージャの視線はキョロキョロ泳ぎ回っていた。
 見るからにに怪しい。アブソルはひときわ鋭く目を細めるが、それ以上の追及はしなかった。ゆっくりと脅すようにツタージャの周りを歩いて、すれ違っては離れていく。やがて物陰で遮られるまで、彼女の視線は刺さり続けていた。
 ホッと胸を撫で下ろす。のも束の間、物陰から顔を覗かせるアブソルの目がギラついていた。
「あんたを見てるから。ずっと見てるから。もし嘘を吐いてたら……許さない」
「……気にしすぎだって」
 少しずつ引っ込んでいくアブソルを、ツタージャは引きつった笑みで見送った。
 怖い。裏切者かどうかに関係なく、そう思った。

「島が見えたぞぉー!」

 マストの天辺から雄叫びが聞こえてきた。
 ツタージャの不安をよそに、船は着実に目的地へと近づいていた。
 昼下がりの甲板。空は快晴、風は穏やか。小さな波が寄せては返し、水平線にうっすら見える島への航路を阻むものは何もない。
 船員やジュナイパー団長が前のめりになって、島を指差し興奮の声をあげる中、ツタージャは手近なタルによじ登って、ぼんやりとその景色を眺めていた。
「……楽しくない?」
 透きとおる鈴のような女の声が傍で言った。
 サーナイトだ。もはや幽霊にも慣れたもので、驚く気にもならなかった。
「分からないよ……あれだけ待ち望んでた冒険だったのに、キルリアと船乗りさんが殺された。危険を覚悟してたけど、だからって……」
「楽しむのは不謹慎?」
 ツタージャはこくりと頷いた。
「……そう」
「それに、誰かがあたしの命を狙ってるんでしょ? こうなったら団長に話して、今からでも引き返した方が良いんじゃないかな」
 そうすれば、きっと何も起こらない。黄金島の探索はポケモン探検隊や冒険団に任せればいい。あたしには無理だったんだ。こんな大きな疑いを抱いたまま、平然と調査を楽しめる訳がない。

 しばらくサーナイトの返事を待ったが、一向に次の言葉が繋がらない。
 ふと彼女を見れば、気持ちよさげに潮風を浴びて、ワクワクした目で島を見つめていた。
「……励ましたり慰めたりしないの?」
 痺れを切らして、ツタージャは尋ねた。
「いいえ。あなたはもう答えを胸に持っている、ただ気持ちに蓋をしているだけ。あなたはこの危険な状況も、心のどこかで楽しんでいるのでしょう?」
「そんな訳」
 すました顔で答えながらも、少しだけ胸がソワソワしていた。
「……2年前、バシャーモたちと一緒に氷触体を倒したとき、あたしは何もできなかった。ていうか、届かなかったんだ。あたしは調査団見習いも良いとこで、とてもバシャーモたちと同じステージには立てない。けど知っちゃったんだ。最強クラスのポケモンだけが立てる世界って言うのかな……その景色、感覚、想像したことを何でも実現できる、全能感。自由に全力を発揮する瞬間、バシャーモたちは最高に輝いてた」
 知ってしまった、頂点の景色。
 昇りたい。この足で。全力で苦難に立ち向かい、謎を解いてみたい。
 ツタージャは既に、好奇心に魅入られていた。

 サーナイトは黙って聞きながら見惚れて微笑んだ。
 語るツタージャの顔は、いつの間にか、夢見る子供らしくキラキラと輝いていた。
「そう、それでいいのです。あなたはどんな時でも、前を向き続けていた。歩き続けていた」
 囁きながら、サーナイトの姿が薄れていく。

 この気持ちを忘れないで。
 たとえこの先に何が待ち受けていても、どうか夢を抱いて歩き続けて。
 それこそが、唯一の……。


 *


 黄金島。
 長らく嵐に阻まれてきた孤島が、今は穏やかな気候に囲まれている。
 おかげで砂浜の海岸に錨を下ろすことができたが、黄金の輝きはどこにもない。それどころか、長年吹き荒れてきた嵐の痕跡すら見当たらない。
 まるでリゾート地のような澄んだ海。ツタージャは白い砂浜に降り立って、鬱蒼と生い茂るジャングルを見上げた。
「……嵐の島って言う割には、なんかキレイだね」
「良い目の付けどころだ!」続いてジュナイパー団長が船から降りてきた。「おそらく内側には嵐が吹いてなかったのだろう。やはり誰かが、何らかの意図で、この島を守っていたということだな!」
 白い砂煙が舞い上がった。

 近くには他の大型船もいくつか停まっていた。巨大なマストに描かれた模様には見覚えがあった。救助隊に探検隊、冒険団や、他にも各大陸の名だたるチームがずらりと並ぶ。
 調査団に先んじて到着していたのだろう、既に拠点となる仮設テントが砂浜の一画に密集している。
 まずは挨拶にジュナイパー団長たち調査団が向かうと、拠点のリーダーらしいオオタチが愛想よく迎えてくれた。
「ああ、水の大陸の方々ではないですか! 黄金島へようこそ! とはいえ、わたくし共もつい昨日着いたばかりですけどね」
「いやはや先を越されてしまうとは!」ジュナイパー団長は豪快に笑い飛ばしながら。「申し遅れました、私はポケモン調査団の団長ジュナイパーです!」
「これはご丁寧に。わたくしは霧の大陸、『わくわく冒険協会』から派遣された、支援部隊のオオタチ隊長です。黄金島の踏破に挑む皆さまの後方支援をさせていただきます」
 聞けば、休憩用のテントや負傷に備えた医療体制はもちろん、物資の調達や食糧供給も引き受けている、とのこと。
「さすが冒険協会ですな、痒いところに手が届く! ひょっとして『アレ』もお持ちでは?」
「ふっふっふ、ご明察のとおり……!」

「アレって?」
 少し離れたところで、ツタージャは呟き尋ねた。
「おそらく『マグナゲート』のことだ」バシャーモが答えた。「霧の大陸で開発された装置だ。仕組はよく分からないが、離れた場所へ移動できるらしい」
「呆れる、その程度しか知らないのか」キュウコンはあからさまに煽って言った。「マグナゲートは不思議のダンジョンを生成し、踏破困難な地形をも通過する移動装置だ。門外不出の技術とは聞いていたが……」
「へぇ、ダンジョンを作るんだ……」
 いかにも平静を装うツタージャの、尻尾が賑やかに揺れていた。

 オオタチは説明を続ける。
「既に他大陸のチームはジャングルに入り、黄金島の探検を始めています」
「まさか、もう黄金の輝きの原因を突き止めたところは……!」ジュナイパー団長は焦って尋ねたが。
「ご安心ください、まだ発見の報告は何も入っていません。分かっているのは、深いジャングルがどこまでも広がっているということだけです」
「島のポケモンは? 住民は誰かいないのか?」
「生活の痕跡は見つかっていません。発見したら是非共有いただけると助かります!」
 ジュナイパー団長は顎をさすって考え込んだ。
 情報の共有か。現状、どこのチームも優位に立てていない以上、先に掴んだ情報はなるべく渡したくないのだが……。
「失礼だが、そもそも協力体制を築けているのか? 砂の大陸の『冒険団』は徹底した覇権主義で有名だ、有益な関係が築けるとは思えない」
「そこは条件次第です。あちらの情報をもらう代わりに、こちらも情報を渡す。一対一の情報トレードを、公平に適用することを提案したところ、冒険団も含めて皆さまにご納得いただけました」
 つまり他のチームへ渡す情報は選べる、ということか。ルールに口を出せなかったのは後発の痛手だが、まあやむを得んな。
「了解した、その枠組みにポケモン調査団もぜひ参加しよう!」
 オオタチは良い返事をもらえてニッコリと笑った。

 調査団に必要なバッグを提げて、青いスカーフを首に巻き、キラリと輝く調査団バッジを胸に付ける。
「善は急げ、という言葉がある」ジュナイパー団長は調査団一同に向き直って語り出した。「既に調査団は周回遅れ、他のチームに遅れを取った。しかし我らは調査団、諸君の知識と経験が最大の武器となろう! 些細な異変も見逃すな、謎の手掛かりを探し出せ! 天をも黄金に染めた光の正体を、ぜひとも我々の手で見つけようじゃないか!」
 気合十分、ツタージャはニヤけた顔を引き締める。
「そこで我々はチームに分かれて調査する。効率的に島を巡り、調査団バッジで適宜連絡を取り合おう。第1班は私とキュウコン、そしてツタージャ。島の西側から調査を始める。バシャーモとアブソルは反対側を担当だ」
「嫌」アブソルが堂々と言い切った。「なんであたしがツタージャと一緒じゃない訳? あたしはその子とチーム組みたいんだけど」
「悪いがこれは団長としての決定だ、アブソル。広域で手掛かりを探すには、探査の能力を分散する必要がある。ツタージャは優れた観察眼と注意力が、君には極めて精度の高い察知能力がある。これを組ませては非効率的だ」
「じゃあ戦闘になったらそっちに駆けつけても?」
「ああ、そうなったら助けに来るといい」
 それで足を打つか、仕方ない。アブソルは不満げに頷いた。

「それでは諸君、健闘を祈る! 黄金島の探索を存分に楽しみたまえ!」
「おお!」
 ジュナイパー団長の号令に応え、ツタージャは意気揚々とジャングルへの一歩を踏み出した。

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