突き当たりまで10メートル程度だった廊下は左右に拡張され、廊下に見えていた四つの扉は、もう見えない程にまで遠ざかっていってしまった。
「まさか、この屋敷にこんな仕掛けがあったなんて」
軽い冗談で言ったつもりだったが、天上誠は少々不愉快そうに眉をひそめる。
「そんな訳ないじゃ無いですか」
「まあ…そうですよねー、あはは」
2階に登る時に使った階段があった筈の場所は壁になり、俺たちはこの長い廊下に閉じ込められてしまったようだ。
一体何が起きたのかは不明だが、さっきぴちゅ丸の電撃を浴びて気絶したヘルガーたちが、相変わらず足元で伸びているので、廊下だけが何らかの干渉を受けていると言うことだけは理解出来た。
「さて、とりあえず…」
俺と天上誠は背中を合わせ、互いの廊下の先を見据えた。
俺側には3匹、天上誠は4匹。
廊下の奥から敵のポケモンたちが、こちらに向かって突き進んで来ていた。
「真白さん、まだやれそうですか?」
「それはこっちの台詞ですよ」
俺側の3匹の相手は、ヒコザル、マンキー、イトマル。気のせいかもしれないが、どれも屋敷周辺の森に生息しているポケモンだ。
こいつらはさっきのヘルガーとは違い、動作にまるで練度がない。何も考えずこちらに突っ込んでくる様子は、まさに野生のポケモンそのもの。
屋敷の外から襲ってきた奴らを含め、こいつらは数合わせで大量に捕獲されたポケモンたちなのだろう。
粗悪なモンスターボールで乱獲され、不要になれば野に捨てられる。期間にもよるが、一度人間に捕まったポケモンは、簡単に野生の生活には戻れない。
悪事を働く連中がよく使う手段だ。
こんなこと、許されるはずが無い。
しかし、裏を返せばこの程度の相手、ぴちゅ丸の敵では無いという事だ。
「ぴちゅ丸、先にイトマルを倒すんだ」
「らいっ!」
ヒコザルの引っ掻き、マンキーの体当たりをひらりと交わし、先ずは最後尾のイトマルに【アイアンテール】を叩き込む。こいつに糸を張られると少々厄介だ。
背後を取られた2匹は慌てて振り返ろうとするが、それよりも早く、ぴちゅ丸の硬い尻尾が打ち込まれ、2匹は気を失ってしまった。
敵との接触から僅か7秒。瞬殺である。
「やったな!ぴちゅ丸」
ぴちゅ丸は小さな腕でガッツポーズをして見せると、したり顔で俺を見つめた。
「はいはい、お前は本当にすごい奴だよ」
ぽんぽんと、軽く頭を撫でてやった。
「らい」
いちいち褒められたがりな奴ではあるが、戦闘に関しては本当に頼もしい。
反対方向の天上誠もちょうど戦闘を終えたようで、ブラッキー、リーフィアをこちらに駆け寄ってきた。
「ぴちゅ丸君凄いですね!また3匹相手を瞬殺ですか」
「ええ、この程度の相手なら、たぶん何匹来ようが楽勝ですよ」
しかも今回はぴちゅ丸に電撃を使わせずに済んだ。
あとどれだけ戦闘する分からないこの状況では、なるべく電気を温存させておいた方がいいだろう。
左右に続く廊下を眺め、天上誠が口を開く。
「どうやら敵を倒しても、廊下は元に戻らないみたいですね」
ヘルガーたちを含め、俺たちの周囲には計10匹のポケモンたちが、気を失って倒れていた。敵は居なくなったが、俺たちは相変わらずこの長く拡張された廊下に閉じ込められたままである。
さっきリーフィアのはっぱカッターが跳ね返されたのも、聞こえてきた”男の声”の正体も不明の
ままだ。
この長い廊下のどこかに、まだ奴が潜んでいる可能性が高い。
『ラウンド2』
「え?」
廊下のどこからか、またあの男の声が聞こえてくる。
どこだ、奴は一体どこから話しかけてきているんだ?
「真白さん、こっち見てください!」
慌てて振り返ると、天上誠の指差す方向、廊下の奥から次々とポケモンたちが姿を現していく。
1匹、2匹、3匹…嫌な予感がして振り返ると、反対方向からも同じようにポケモンが出現し始めていた。
天上誠側に5匹、俺側には9匹。
俺たちは合計14匹の敵に取り囲まれてしまった。
なんか明らかに俺たちの方が数が多くないか。
「勘弁してくれよ…」
現れたポケモンたちは、今、明らかに瞬間移動したかのように突然この場所に姿を現した。こんなに大量の数のモンスターボールを扱うのは現実的じゃあない。
恐らくこいつらは、屋敷の入口へ襲ってきたポケモンたちの一部で、俺たちを足止めする為に外から【テレポート】させてきたのだろう。
ここにポケモンを送り込んでくる元凶をどうにかしない限り、この戦いは半永久的に続くことになる。
「らいっ!」
迫り来る9匹へ目掛けて、ぴちゅ丸が勢いよく突っ込んでいく。
「おい待て、勝手に行動するな!」
仮に敵がどこからでも自在に【テレポート】出来るのなら、俺たちは絶対に固まって行動しなければいけない。
今は互いに背中を守り合うことによって、お互いが前方の敵にだけ集中出来ているが、離れる事により空いた空間に敵をテレポートさせられると、挟み撃ちにされてしまう。
「らいらいらいっ!」
そんな俺の気も知らず、ぴちゅ丸は俺たちとの距離をガンガン離していき、勝手に戦闘を始めてしまった。
「すいません天上さん、ぴちゅ丸について来てもらってもいいですか」
申し訳ないと頭を下げると、天上誠は笑顔で微笑んでいた。
「ええ、構いませんよ。それに、母の部屋はそっちの方向ですし」