【第200話】広がる心の綻び / チハヤ(果たし合い、vsペチュニア)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

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・3on3のシングルバトル。両者交換不可。
・特殊介入(メガシンカ、Zワザ、ダイマックス、テラスタル)は3回まで。
・境界解崩は2回まで。
・先に手持ちポケモンが3匹戦闘不能になった方の負け。

□対戦相手:ペチュニア
✕キラフロル(Used:Z«Rock»)
◎オオニューラ(Used:X)
・???

□学生:チハヤ
✕シキジカ(Used:X)
◎クエスパトラ
・???

天候:-
フィールド:サイコフィールド



※備考……現在ペチュニアによって、カテゴリーEの境界解崩『忘レシ者ノ茶話会』が展開されている。チハヤの記憶が時間経過で徐々に消失していき、その消失後の記憶は事実として現実世界に反映される。
 特性「びんじょう」による加速を纏いながら、オオニューラを着実に追い詰めていくクエスパトラ。
幾度となく放たれる『ルミナコリジョン』によるキック攻撃を、『アクロバット』による加速で回避し続けるが……その速度は、次第にクエスパトラ側が追いつきつつある。
このまま行けば、時間の問題で……クエスパトラ側がワンショットキルを決める事になる。

 状況は確実に……チハヤの側に傾きつつあった。
「(確かオオニューラの特性は『かるわざ』……クエスパトラの特性『びんじょう』があれば、更に加速して相手に追いつける筈ッ……そこで『ルミナコリジョン』を撃てば……この勝負、貰ったッ!!)」
と、勝利を確信するチハヤ。

「よしっ…………そこだ、行けッ!!!」
「ふりゅるるるるるるーーーーーーッ!!」
タイミングを見計らったチハヤは、そこで攻撃の指示を出す。
確実に攻撃は届く間合い……
差し出した爪先が、オオニューラの脇腹にヒット。
そして数秒後、爆発したサイコパワーが体内からオオニューラを襲い、4倍弱点の大ダメージが炸裂する………




 …………はずだった。
「…………あ、あれ?」
が、いつまで経ってもオオニューラの身体にダメージが入ることはない。
「ふりゅ……!?」
確かに手応えはあった筈なのに……と、困惑するクエスパトラ。
一体何が起こったというのか……



「クエスパトラは確かに攻撃を当てた。が、オオニューラには効いている様子がまるでない。これは……」
「あぁ。恐らく、《忘レシ者ノ茶話会オーバードーズ・ティーパーティー》の効果だ。奴の脳内から……『クエスパトラは「ルミナコリジョン」を使える』という情報が欠落した……!!」
客席の長雨レインとイロハは、気づいていた。
そう……今の攻撃は、そもそも発動すらしていない・・・・・・・・・
何故なら、クエスパトラは……『ルミナコリジョン』などという技を覚えてはいない・・・・・・・のだから。
少なくとも……今、この空間の中ではそれが『事実』となっているのである。

「チハヤは先程の攻撃で『クエスパトラが「ルミナコリジョン」を使える』という情報を得てしまった。そして自分に好機が訪れ、その勝ち筋を具体的に思考した瞬間……まんまと記憶を奪い取られたんだろうな。」
「あの野郎……自分が有利になった瞬間、油断しやがったな……!!」
イロハの言う通り、これはチハヤの油断。



 だがしかし……致し方無いことでもある。
というより……この結果自体、ペチュニアの策略によって仕組まれたものだからだ。
「ふふふ……クエスパトラちゃんの特性が『びんじょう』であることなんて当然知っているわ。それで、オオニューラちゃんが追いつかれることもね。この状況は……私が敢えて狙っていたモノ。」
「ッ……!?」
そんな事を述べながら、ペチュニアは……目を泳がせて困惑している様子のチハヤを遠く眺めてほくそ笑む。
「さっきから私の境界解崩ボーダーブレイクを警戒していたチハヤ君は、心の壁を築いていた。そして、その心の壁を取り除くものは、逆境ピンチではなく好機チャンス。暗闇の先に現れた光に、目を奪われない人間なんていないわ。」
「く……クソッ、嵌められたのか………!!」
彼女は、完全に把握していたのだ。
このバトルの戦況だけでなく……チハヤという人物の深層心理、思考の運びまで……何もかもを。
自らの隙を敢えて晒すことによって……最も重大な情報が欠落するよう、仕向けていたのである。

 しかも、自身の思考を口に出して述べるこの行為すら……ペチュニアにとっては作戦の一部だ。
彼が追い詰められている事実をありありと突きつけながら、更なる動揺と思考を促し……《忘レシ者ノ茶話会オーバードーズ・ティーパーティー》による記憶侵食を加速させていく。
これぞカウンセラーの本領発揮……チハヤの精神を蝕んでいく、『堕毒の魔女エローディング・ウィッチ』の二つ名に相応しいトレーナーの力量だったのだ。


「だ……だがまだクエスパトラの体力は残っている……次の一撃を決めれば………」
そうしてクエスパトラの方へと目をやるチハヤ。
その目に映っていたのは……
「ふ……りゅ………」
「く、クエスパトラ……!?」
傷だらけでボロボロになった、無惨な姿であった。
このバトルの中で、彼女が受けたのは『フェイタルクロー』数発のみ。
しかもそれを受けた後は、これほど酷い手傷は負っていなかった。
『もうどく』によって外傷が悪化することも、普通はありえない。
では、一体いつの間に……彼女はこれほどの外傷を負っていたのだろう。

 チハヤはここで……その答えを思い出す。
「ッ………そういえばさっきキラフロルが…………はっ、あれか!?『Zステルスロック』……!!」
「そう。答えは『ステルスロック』。この技はフィールドのあちこちに、透明な岩の破片を撒き散らすわ。そしてその岩の破片は……貴方のポケモンが激しく動けば動くだけ、その身体を傷つけてダメージを与える。貴方がポケモンを高速で駆け回らせる戦術をよく取るのは知っていたから……ちゃんと対策させてもらったのよ~♪」
「そういうことかよッ…………!!」
オオニューラが逃げの手一方になっていたのも……こうして時間を稼ぎつつ、クエスパトラを走り回らせるためだ。
そうすれば、彼女の身体は……外は『ステルスロック』から、内は『もうどく』から侵されていく。
キラフロルの残していた2つの罠がクエスパトラを蝕んでいる間……オオニューラは基本的に、その機動力を活かして逃げていれば良い。
チハヤの記憶が大きく欠落し始める……その好機を待ちながら。
しかもただの『ステルスロック』ではなく、わざわざ強力な『Zステルスロック』を発動しているあたり……余程チハヤをこの戦術に嵌める自信があったのだろう。

「ふふふ……クエスパトラちゃんはもうじき『もうどく』で倒れるわ。それに見たところ、特性の効果も出ていない。オオニューラちゃん、あとは全力で逃げちゃって頂戴~♪」
「にゅにゅ!!」
オオニューラは『アクロバット』を駆使しつつ、絶対にクエスパトラの攻撃が届かない領域まで退避する。
恐らく覚えているエスパー技は『ルミナコリジョン』のひとつだけ。
もうこれ以上、オオニューラが危険にさらされる可能性も低いのだが……それでもペチュニアは、徹底して安全な策に出る。
「クソッ……汚ねぇぞ!」
「あら?でもこれ……貴方がいつも使っている戦術よ?相手から逃げ回って時間を稼ぐのは、立派な戦術じゃなくて?」
「ッ……!!」
「それに……貴方の知っているこの戦い方なら、突破口も分かると思うわよ~?」
「……そ、そうか!!」
ペチュニアの助言で、閃くチハヤ。
やたらと逃げ回る相手を確実に仕留める方法。
それは……

「(答えは『Zワザ』…………コイツなら、タイプ相性で無効化されない限りは、絶対に逃げられる事はねぇッ!!)」
そう、特殊介入を使うことだ。
特に今チハヤが気づいたように、『Zワザ』であれば…………確実に相手にダメージを与えることができる。
このまま何もせずに倒れてしまうのを待つくらいであれば……クエスパトラに最後の悪あがきとして、高火力のZワザを撃ち逃げさせるのは非常に合理的な作戦である。
運が良ければオオニューラも道連れ……最悪の場合でも、致命傷を残してから散ることができる。

「っしゃ……もう少し持ちこたえてくれ、クエスパトラッ!!
「ふりゅるるる!!」
チハヤはクエスパトラに合図を送り……解崩器ブレイカーの『Z』のボタンを押す。

「これが俺達の…………ゼンリョクのZワザッ!!喰らえ……『ファイナルダイブクラッシュ』ッ!!」
高らかに技名を叫ぶチハヤ。

 ………が、しかし。
何も起こらない。
「あ……あれ!?」
クエスパトラの体内から、溢れんばかりのゼンリョクの力が湧き上がってくる……事もない。
一体何故か……



 その理由は、チハヤ以外は全員……容易に気づけるほど明らかなものであった。
「あのバカッ……Zワザを使う前には、『ゼンリョクポーズ』を決めなきゃいけないのは常識だろうが!!」
そう、イロハの言う通り。
チハヤは技名を宣言したは良いものの……ポーズを一切取っていなかったのだ。
ゼンリョクポーズを取るのは、ポケモンと心を一体にするために、必須の儀式……これ無くして、Zワザの発動は絶対に叶わない。

 が……そんな事は当然、チハヤだって既知の筈である。
実際、彼は今までの戦いで……何度もZワザを駆使してきた。
そんな彼が今更、ゼンリョクポーズを忘れるなど……普通であればスジは通らない。
そう……普通であれば。

 だが、此処は普通の空間ではない。
「…………ッ、ま、まさか!?」
「ようやく君も気付いたようだな、イロハ。そう……チハヤは忘れてしまったんだろう。Zワザを出すまでの手順プロセスを。」
長雨レインの言うこれこそ、まさに答えだ。
またしても……《忘レシ者ノ茶話会オーバードーズ・ティーパーティー》が、チハヤの記憶を蝕んでいたのだ。
Zワザを出すために必要な所作を忘却したことで………その先にある『結果』。
即ち、Zワザの発動が出来なくなってしまっていたのだ。

「ッ、そういうことかよ……!!ペチュニアの奴がわざわざアドバイスを差し向けたのも……」
「恐らく、チハヤにZワザの存在を強く意識させるためだろう。そうすれば、奴の記憶の中からZワザの情報は欠落し……オオニューラに大ダメージを与える手段を失う。」
まさしく、ペチュニアの思い通り……事は運んでいたのだ。
本来であれば、そんな彼女の言葉に耳を貸すことは致命的なミス。
……なのだが、そうして『話を聞き入れないようにする』という動作をする余裕は……チハヤには残っていなかったのだ。
クエスパトラが予想外の所で追い詰められたのをきっかけに、彼の精神は乱れ始め……
そしてその乱れは指数関数的に彼の心を蝕み、最終的には……『ペチュニアの話に耳を傾けてはいけない』という自らの念すら欠落・忘却するに至ってしまったのだ。



 ほんの少しの綻びは一気に広がっていき……チハヤの記憶は瞬く間に、殆どその原型をとどめなくなっていた。
ポケモンのタイプ相性に関する知識も……特殊介入の詳細も……技の具体的な名前も……
そして……

「(あ、やべっ……このままじゃ✕エス✕✕ラがやられる……え……えっと………何だっけ、コイツの名前………?)」
遂には、自らのポケモンの名前すらも忘れ始めていた。
情報が抹消されかけているクエスパトラの輪郭が、ぼやけて曖昧になり始める。
「ふ……りゅ…………」
『もうどく』に悶えながらも、健気にトレーナーの指示を待ち続けるクエスパトラ。
しかしそんな彼女の存在は……トレーナーであるチハヤに認知されているかどうかすら怪しくなっていた。


 …………間もなく、クエスパトラには体力の限界が訪れた。
度重なるスリップダメージに傷ついた彼女は、その場で力なく膝を折った。
戦闘不能……これでチハヤのポケモンは残り1匹である。

「あ………あぁ……………!!」
オオニューラに殆どダメージを与えることすら出来ず、2匹目のポケモンを失ってしまったチハヤ。
更に、悪い話はそれだけではない。
既にチハヤの記憶はボロボロの状態だ。
「(クソ………このままじゃ負ける………負け……………ちゃいけない理由って、あった……っけ………………?)」
自分のポケモンの存在すら忘れ、果てにはここで戦っている理由すらも忘却しかけている始末。
とてもじゃないが……戦いを続行できるような状態にはなかった。



「(ふふ……最早チハヤ君は廃人同然。シグレちゃんよりも純真で染まりやすい彼は……こうして弱るのも一瞬。ちょっと呆気なかったわね。)」
何をすれば良いのか分からず、呆然と立ち尽くすだけのチハヤ。
既にインターバルタイムに入っている彼は……いち早く、最後のポケモンを呼び出さなくてはいけない。
しかし……
そんな事をするだけの思考力が、今の彼には残っていなかった。
ただただ棒立ちで立ち尽くし……タイムオーバーを迎えるのを待つばかり。















 ………と、思われたその時。















 チハヤの腰元から、一縷の光が走る。


















 その光は一瞬のうちにオオニューラの元へと届き、そして……
「ふにゅっ!!?」
謎の力を加えて、オオニューラへとダメージを与える。


「「「「「「「!!?」」」」」」」
ここでようやく……遅れて観客たち、そしてペチュニアらも気づいたようだ。
その謎の光の存在に……
そして、その光が誰の仕業か、という事に。
「ば、バカな……アレは……」






























「ラブトロス……だと!?」
「!!?」
そこにいたのは、ラブトロス(化身フォルム)。
イッシュ地方に生息するとされる、春の訪れを告げる伝説のポケモンだ。
そんな伝説のポケモンを、ただの一生徒が従えている事に……観客たちは驚愕しているようだ。

 が、チハヤをよく見知っている人が驚いたのはそこではない。
何を隠そう、このラブトロスの正体は……
「あれは………テイル先生!?」
「な、何だと!?」

 そう、テイル。
ポケモンの姿となって……彼女はこのバトルフィールドへと降り立っていたのだ。
激昂した様子の気迫と、眼差しを纏いながら……!!

「ふふふ……そこに居たのね、テイルちゃん♪」
『ペチュニアッ…………私が貴方を倒すッ!!今、この手で………!!』

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