28話 Heartless

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

  ♪

「あ……取材、ではなさそうですね」
「あー、やっぱ大変なんですね。あ、自己紹介がまだだった。あたしはフクスローのツバサ。ハヤテの姉だよ」
「あー、確かにお姉ちゃんいるって言ってたな……就職して1匹立ちしたとか。あ、あたしはニャビーの」
「ヒナちゃん、でしょ。ハヤテから聞いてるよ、音楽好きのニャビーだって」
「そうです。あの……どうして?」
「どうしても何も、かわいい弟が事件に巻き込まれたとなれば心配になるよ」
「まあ、それもそうか……。ここのこと、知ってたんですか?」
「ううん、調べた」
「なるほど……」
「ということで、ハヤテと話したいんだけど、お邪魔してもいいかな」
「えっと……」
「今ハヤテ外出中?」
「そういうわけじゃ……」
「だとしたら、もしかして、ハヤテとトラブった?」
「え、なんでわかるんですか?」
「取材を警戒してるからには、不用意に知らないポケモンを入れたくない。ならハヤテに訊くのが筋だけど、それで戸惑いを浮かべるってことは今ハヤテと話せない事情があるってことでしょ」
「さ、さすがハヤテのお姉ちゃん……」
「ハヤテ程じゃないけどね。それで、どうトラブったの?」
「ハヤテ、酷いんです。友達なくすかもって怖がってる相手に、そのままだと友達でいられないかもって!」
「あちゃー……やっちゃったか。あたしからも謝る、ごめん。こうなったら多分、隠し事は効かないな。わかった、あたしから話すよ、ハヤテの正体について」

  ◇

「俺には、心がないんだ」
「……なるほど?」
 ツユはそれだけの相槌で続きを促す。大きな耳はひくりと動くけれど、動揺や困惑は、なさそうだ。話しても大丈夫だろうと判断して、言葉を続ける。
「感覚はある。だが、その感覚を受容した先に、何も感じないんだ。暑い寒いはわかる。だけど不快じゃない。食べ物のうまみは感じる。だけどおいしいとは思わない」
「じゃあ、例えば音楽を聞いても」
「メロディの存在や歌詞の存在に気付いたとしても、感動したり、逆にうるさいと不快になったりもしない」
「あれ、じゃあ小説は? 面白い小説の話とかしてくれたけど」
「別に俺が面白いと思ったわけじゃない。何が面白いかは姉ちゃんの受け売りの部分もあるし、俺が要素を分解して面白いを分析し、それを元にこれは面白いだろうと判断したこともある」
「面倒じゃない? なんでそんなこと」
「心というものを勉強するためだな。昔心がないことが原因で、ちょうどヒナにやったみたいに言ってはいけないことを言ってしまったことがあってな。反動でいじめられた。別に不快ではないんだが、いちいち痛覚に訴えかけてくるので体は限界だったらしくてな、しばらく学校を休んだ。その時に姉ちゃんが、無料で心を勉強できる場所があるって言って図書館を案内してくれてな。それで俺は擬態ができるようになった。が、まあこうも親密になれば、ぼろが出ることもあるよなというわけだ」
「なるほどねー。聞いた感じ、ヒナが音楽のないリンさん相手に今まで通り絡みに行くか、にノーと答えたって感じみたいだし、それってまあ、ヒナの音楽好きっぷりから考えたらそうなるのもわかるかもねって感じ」
「だよな」
「実際別に仲良くするのをやめるとは言ってないみたいだし、間違ったことは言ってない」
「うん。でも、実際には間違いだったみたいなんだ。何が悪かったのか教えてくれないか?」
「ヒナ自身は別に、そう思われても仕方ないと思えると思う。問題は、リンさんなんだよ」
「え?」
「リンさんの孤独を追い立てるようなことを言ったことに、怒ってる」
「他の誰かのために?」
「ヒナは、そういうポケモンなんだよ」

  ♪

 頭がクラクラする。ハヤテに、心がない?
「まあ、言ってしまえばあいつはサイコパス。それを外付けの心で補強した、善性のサイコパスって感じ」
「なるほど……」
「まあ、そんな奴だけどさ、善性なんだよ。姉のあたしからも謝るから、これからもハヤテと仲良くしてくれると嬉しい」
「あー……あたしはいいんだけど、でも問題はリン、その、友達が」
「アシマリのリンくんのこともハヤテから聞いてるよ。アイドルってことまでは知らなかったけど、今回の事件と繋げて考えたら一発でわかった」
「あはは……」
「それでまあ、ここまで話した上で、あたしはハヤテと話したいことがあるんだ。お母さんのこととか、いろいろさ」
「わかりました。まあ、呼んできます」
「よろしく」

 あたしはリビングに入り、そしてツユとハヤテが話しているのを見た。
「あ、ヒナ……」
 ツユがこっちを見て、えっと、と戸惑っている。
「ハヤテ、ごめん、言い過ぎた」
「こちらこそ」
「あたしはいい。後で、リンに謝って。それで、伝言。ツバサさんってフクスローが来たよ」
「姉ちゃんが来たのか」
「驚かないんだね」
「あー、まあ」
 言葉を濁すハヤテに、あたしは言う。
「お姉さんから全部聞いた」
「あ、聞いたんだ……よかった」
 ツユがふうと息を吐く。
「あ、ってことは今まで話してたの?」
「ああ。タイミングを見計らうのは苦手だから、ツユに頼むつもりだった」
「残念、ちょうどお姉さんが教えてくれた。で、ツバサさんがハヤテのこと呼んでるよ」
「わかった」
「後確認取れたらうちに上げてもらって構わないよ」
「了解」
 ハヤテがツバサさんを迎えに行って、あたしとツユはどちらからともなく、
「心がない、か」
 と呟く。あたしはツバサさんの分のお茶を用意した。
「ということで、お邪魔しまーす」
 ツバサさんが部屋に入ってきて、それからツユが
「あ、私はクスネのツユです」
「フクスローのツバサです。よろしく。それで……ツユちゃんはハヤテのこと知ってるんだっけ」
「今伝えた」
「オッケー。まあ、心がないだけで、悪い奴じゃないからさ。これからも仲良くしてくれたら姉としても嬉しい。まあ、無理強いはしないけどさ。取材が完全に止むまではハヤテにはここにいてもらうわけだし」
「別に心がないことを受け入れられないなら無視してもらっても構わない」
「いや、まあうーん、ちょっと心の整理が追いついてないけど」
「希望を言わせてもらうと、わからないことで誰かを傷つけるのは望ましくないから、また俺が間違えたらその時は遠慮なく伝えて欲しい」
「わかった。うーん、その希望ってのは?」
「だって誰かを傷つけるのは悪いことだろ?」
「まあ、そうだけど。それってあなたの希望なの?」
「してはいけないことだろ?」
「あ、後付けでそれが駄目だって学んだから傷つけるのが駄目だってわかるんだよ」
 ツバサさんのフォローに、あたしは、
「あー……なるほどね」
 と頷く。ツバサさんはおほんと咳払いして話題を切り替えた。
「それでまあ、ハヤテがここにいる間、あたし、家に戻ってお母さんの面倒見てるよ」
「え? 給料は大丈夫なのか?」
 ハヤテの問いに、ツバサはふふふ、と前置きし、
「その心配はないのであーる! なんと、取材対応まで含めて仕事って認識にしてもらえるんだってさ。これ以上は守秘義務に関わるから秘密ね」
「なるほど、そんなことあるのか。まあ、あんな主張してる団体がこんな事件に関わってるってなると本当に国際問題になりかねないもんな」
「うっ……いや、これ以上は何も言わないからね?」
「え? ツバサさんどこで働いてるの?」
「外務省。ニンゲンとの諸々を調整する機関だ」
「まあ、本当に大したことない下っ端だけどね。元々ニンゲン語とか得意だったし、興味はあって。しかも、公務員って安定してるしさ」
「俺と働けない母さんを養うためには最適ってわけだ。とはいえ、姉ちゃんにばかり負担をかけていては限界が来るだろうから、俺もここでバイトして金を稼いでいる。食費も浮いて、いつも助かってる」
「あたしも自分の趣味だって追及したいしねー」
「趣味ってなんですか?」
 あたしの質問に、ツバサさんは
「読書だよー。だからハヤテに教えられたんだ」
「なるほどー。音楽とかは?」
「あんまり聞かないなー、ごめんね」
「いや、全然いいんですよ。音楽は自由ですからね!」
「そうだ。しばらくこの辺にいるわけだからさ、また今度ヒナちゃんのギター聞かせてよ!」
「大歓迎です! ぜひぜひ!」
「ありがとー!」
 ツバサさんはニコリと笑う。あ、と思い出して、あたしはテーブルに置いていたお茶を渡した。
「どうもどうも、お気遣いまで」
 そう言うと、ツバサさんはお茶をごくりと飲んだ。
「ぷはー。落ち着く味だ。さて、とはいえあたしもそろそろ帰らないとだな。お母さんの様子も気になるし」
「だな。すまない、姉ちゃん」
「いいってことよ。それに別に申し訳ないとも思ってないでしょ」
「思ってはいないが、考えてはいるぞ」
「アハハ、それもそっか。高度に訓練された知性は、心と区別が付かないって言うしね」
「どういうことですか?」
 ツユの問いかけに、ツバサさんは
「ロボットに心があるのかって話。最近あるでしょ、ニンゲンの技術で作られた喋る機械が、心を持って我々生き物たちに逆襲する話とか」
「あー、確かに」
「こういうときはこう考えると成功する確率が高い。そうやってプログラムを組んで、失敗したら修正する。そういうことを繰り返して得られたものが持っているのは、心なのかプログラムなのか。あたしたちが思うにハヤテの『心』って、そういうものだと思うんだよね」
「昔打ち明けた時に、姉ちゃんと一緒に考えたんだ」
「そ。だからまあ、ここからはお願いベースだけど、これからもハヤテと仲良くしてくれたら、姉としても嬉しい。……ってこれ、さっきも言ったか」
「聞きましたね。玄関で話したのも含めると3回目かも」
「アハハ……ごめんね。つい何回も言い過ぎちゃうんだ」
「大丈夫です、わかりました。あたしは大丈夫で、後はリンとも……リン! そうだ、会見あるじゃん!」
「え?」
「リンに関しての会見!」
「それ言ってよかったの?」
 ツユの問いに、ツバサさんは
「リンくんがアイドルだってことは察しがついてたし」
「さすがハヤテのお姉ちゃん……」
「ヒナちゃんとおんなじ反応だね。まあ、それじゃその会見だけ見てあたしは帰ろうかな」
「わかりました」
 言いながら、あたしはテレビをつける。

 社長というフーディンのディンさんの主張をざっとかいつまむと、
「二度とこのようなことを起こさなないため、所属歌手とマネージャーたちとは、定期的に話をする機会を設けます」
「マリンは、今回の件のショックもあり、協議の結果引退という形を取らせていただきます。彼女からもメッセージは受け取っています」
「今まで応援してくださったファンの皆様の前から、こんな形でいなくなってしまうこと、本当に申し訳ありません。それでも、今まで皆様がくださった声援は、今でもわたしの力になっています。わたしは、今は元気ではありませんが、休養を取って早く元気になれるように努めます。皆様も、もし辛いことがあったときに、わたしの歌を思い出して元気を出していただければ、アイドルとして、こんなに幸せなことはありません。今までたくさん応援してくれて、本当にありがとうございました」
「今回の件の非は、事件を起こしたアンナと気付かないまま見過ごしてしまった私たちにあります。ですので、ただでさえ苦しんでいるマリンやその友達に取材に押し掛けることはないようにお願いします」
「私が引退して責任を取る、そういうことも考えました。ですが、今ここで責任を取って現場から逃げることが誠実なのかと言われると、おそらくそうではない。むしろ、不安な気持ちにさせてしまった所属歌手やファンの皆さんのために、今私がすべきことは、全力で幸せをお届けすること、そしてそのための環境づくりです。一刻も早く、不安を幸せで塗り替えていくため、私たちも誠心誠意取り組んでまいります」

「立派だ……」
 あたしは思わず呟いた。
「……マリンちゃん、最後までファンの方を見てくれて、すっごく嬉しい」
 ツユも涙ぐんでいる。
「えっと」
「余計なコメントはしないで欲しいな」
 ツユがハヤテに鋭く言う。
「了解」
「まあ、余計なコメントしそうではあるよね」
「ああ、自分でもそう思う。俺は黙ってることにするよ」
「……わかってはいたことだけど、これで引退かあ」
 あたしはぽつんと呟く。その場にしっとりとした雰囲気が流れた。
「ま、あたしはこの雰囲気にはいられないし、そろそろ帰るね。ハヤテ、仲良くやるんだよ」
「わかってる。いつも俺と母さんのためにありがとう」
「ハヤテも頑張ってくれるから、あたしも頑張れるんだよ。ということで、お互い色々大変だけど、これからも頑張ろうね」
「ああ」
「ヒナちゃん、またここにお邪魔していいかな」
「あたしは歓迎です! あ、見送りますね」
「お、じゃあ、お言葉に甘えようかな」
 あたしたちはツバサさんを玄関まで見送った。
「それじゃ、またね。今度はここのガルーラさんとユキオくんにも挨拶したいな」
「ぜひぜひ。それじゃあ、今日はありがとうございました」
 ツバサさんはニコリと翼をあげて、そして振り返って進んでいった。扉を閉めて、それからみんなでリビングに戻る。
「さーて、まあハヤテのことがわかったのはよくて、後はリンが無事かどうかなんだよな……」
 ママからも、リンからもまだ連絡は来ない。
「まあ、そわそわしててもどうしようもないし、うーん……」
「メッセージだけ送ったら?」
「だね、そうするか」

 少し考えて、
 ──とりあえずハヤテとは仲直りできた、と思う。さっきはごめんね、そっちも落ち着いたら、いろいろと話したい
 と連絡を入れた。

 そして、イルカマンの放送時間が終わってしばらくしてから、リンから連絡が来た。

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