第12話 レンジャー試験は出会いの予感

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「お前ら! よく集まったな!!!」
 レンジャー試験の第1試験が終了してから1週間。フルーツアカデミーの校庭に、第1試験を突破したレンジャー志望の者たちが集まっていた。
 もちろん、ミナト、ヒナタ、コカゲの3人も校庭に集合している。それから、カルボウ、ウパー、ワッカネズミも一緒だ。よく見れば周囲にはミナトたちが第1試験で見かけた者たちも数多くいる。その全員が、校庭に設置された高台に注目していた。

 より厳密にいえば、その高台の上にいる1人の人物に。

「おい。アレ、『三大嶺人さんだいりょうり』のケバブさんじゃねえか?!」
「ウソ、三大嶺人ってあの次期エース候補の?! 初めて見た!」
「うおー! ケバブさ~ん! 手ぇ振ってくれ~!」
 高台の上に現れた大柄な1人の男。縦は言わずもがな、横にも大柄なその大男にレンジャー試験の受験生はくぎ付けだ。

 三大嶺人。パルデア地方で活躍する数多のレンジャーの中でも、特に功績を残している3人を指してそう呼ばれている。それぞれがその分野において最高峰の人間であり、まさに一騎当千。
 そして、エースの居ないパルデア地方で虎視眈々とエースをねらう人物たちでもある。

「第2試験はこの俺! ケバブが担当するぜ!」
 高台の上の男はそう叫ぶと、グワッ! と高台から飛び降りる。ズドンッ!!! と大きな音を響かせて、ケバブの巨体が校庭のど真ん中に着地した。
「さあお前ら! 第2試験はいたってシンプルッ!!! この場にいる奴らでポケモンバトル! そして制限時間内に3回勝った奴が合格だ! どうだ、簡単だろ?」
 にやり、大きな口を捻じ曲げてケバブが笑う。戦闘狂。そんな言葉がよく似合う顔をしていた。

「ケバブ。……ケバブ・トルク。ファイトレンジャーの中でも、人と戦う事を生業としているバトルレンジャーをやっている人物だね。パルデア地方の次期エース候補の1人だよ」
 大男の豪快な登場も、コカゲが冷静に2人に解説を挟む。聞きなれない言葉を耳にしたミナトがコカゲに尋ねた。
「次期エース?」
「エースはその地方で最も優秀なレンジャーに送られる称号のことよ。前に居たパルデアのエースは今行方不明らしいわ。その席を狙っていろんな人が争ってる、ってわけね」
「へえ~」
「あら、あまり興味なさそうね」
 場内がケバブへのコールで沸く中で、空気を吸わずに3人は雑談をつづける。
「三大嶺人と、それからこの人。アイザック・レオンっていう人が今のエース候補みたいだね」
「あら、ずいぶん優男ね。お母さまが好きそうだわ」

 そんな話をしていると、校庭に置かれたスピーカーから、騒々しい音が鳴り響く。その声は、ケバブの声。瞬間、校庭にいるすべての人間に緊張が走るのを、ヒナタもコカゲも、もちろんミナトも感じ取った。
「制限時間は今から12時間後、夜10時! 今受験者に配っている3枚のカードは、受験者番号だ! それをすべて取られるよりも早く、自分以外の受験者カードを3枚集めろ!」
 至極簡単。いたってシンプル。まさに脳筋。故に、全員の理解が追いつくのも早い。
「エリアはこのパルデア地方全土! 何をするのも自由だ!」

 そう、これはただのバトルではない。受験番号のカードを賭けたバトル・ロワイヤル! ポケモンバトルをどこで行うか。自分にとって1ミリでも有利な環境に持っていくことが出来るか。先手必勝、スピードがものを言うバトルジャンキーの編み出した試験なのだ。

 瞬間、受験者全員の手がスタイラーに回る。ポケモンとアイ・コンタクト。ピりつく空気はまさにスパイス。

「第2試験!!! 始めっ!!!」

 今、戦いの火ぶたが切って落とされた―――!!!


「さて。どうしようかな」
 ワッカネズミを自身の目の前に待機させて、コカゲはひとり呟いた。それもそのはず。始まると同時に自分の視界が急激に変化したのだから。
「アハハッ! そのカオ、おっもしろ~い! もしかしてぇ、突然すぎてなぁんにも分かってないの~?」
 ずいぶんと鼻につく物言いをかましながら、1人の少女がコカゲの前に現れる。髪はブロンド、くるりと巻いたカールでツインテールを形成し、肩とへそ、足を大胆にも露出した格好。
「メスガキだ」
「ガキって言うなぁ! ……こほん! そーゆーけーけんの無さそ~なおにーさんとぉ、ミミがデートしてあげるっ!」
 その一言と同時に、ミミ、と名乗った少女は精一杯の力でボールを投げる。彼女の目の前で割れたボールから出てきたのはケーシィだ。
「なるほどね。……ワッカネズミ、よろしく頼むよ」
 第2試験開始から20秒。バトルフィールドは大きな土岩がいくつもそびえたつ荒野。砂埃吹きすさぶ中、バトルが始まった。

「ミミの勝利へのエスコート、お願いねっ! ケーシィ、ちょうはつ!」
「へえ、意外といい戦術してるじゃないか。ダブルアタック」
 流れるようなバトルスタートにも動じず、淡々とワッカネズミに指示を出すコカゲ。だが、相手の少女も第1試験をクリアした人物だ。そう簡単に攻撃は当たらない。
「ケーシィ、テレポート! あ~んど、サイコキネシス!」
 瞬間、テレポートでワッカネズミの後ろに回ったケーシィが、ワッカネズミに強烈な一撃を見舞う。ワッカネズミの軽い体は、いとも簡単に吹き飛ばされた。

「あっはは~! なぁんだ、ずいぶんよゆーそうな感じだったからけーかいしたのに、これじゃつまんな~い!」
 相手を小ばかにするような笑みを浮かべながら、ケーシィに負けず劣らずの挑発を披露するメスガキことミミ。だが、そんな言葉を意にも介さず、コカゲは淡々と指示を出す。
「ワッカネズミ、もう一度ダブルアタック」
「む~だ! ケーシィ、テレポート!」
 コカゲが指示を出せば、それに続いてミミも即座に指示を出す。先ほどまでそこにいたはずのケーシィはいなくなり、ワッカネズミの攻撃は当たらない。

 が

「それでいい」
「?!」
 ダブルアタック。1度目の攻撃が外れたそのあとを、2度目が追撃……しない。本来ならぴったりとくっついて離れないはずのワッカネズミの2体が、2メートルほど離れているのだ。
「真後ろに出るなら、それの更に後ろにいればいいだけ。だろう?」
 満を持しての追撃。当たる。その確信がある。

「あっはは~! むぅだっ! むだむだ! ケーシィ、サイコキネシス!」
 だが、追撃は空を切る。そして、2匹目の後ろから無情にも現れるケーシィの姿。驚くワッカネズミの顔を見ながら、ケーシィの一撃が再びその小さな体に放たれた。
「……」
「ケーシィはぁ、おりこうさんなの! おにーさんのその場しのぎなんて、全部見破っちゃうよ!」
 
 その声を聞きながら、コカゲはじっとワッカネズミを見つめる。それを観念ととらえたか、ミミはその長髪の声音をより一層濃いものにした。
「ざーこ! ざこ、ざぁーこ! 必死に考えた戦い見破られちゃってかわいそ~! ほら、こんな年下の女の子に負けちゃう情けな~いおにーさんがかわいそーだから、とどめは刺さないでおいてあげるっ! ほら、おにーさんのカード、ミミにちょーだい?」
「……」
 ミミの挑発が効いているのかいないのか。コカゲは顔を地面に向けたまま動かない。両者が黙ったまま、時間だけが過ぎていく。しびれを切らしたミミがコカゲに詰め寄ろうとした、その時だった。

「キスをしたことはあるかい?」
「……はえ?」
 突拍子もない一言。それはコカゲの口から出たものだ。おもわずミミも聞き返した。
「キスをしたことはあるかい?」
「あっ、あるにきまってるじゃん! ミミは~、おにーさんとは違って、経験ほーふ、な・の・で!」
「そうか。アレはいいよな。恋人との愛を確かめ合う、最も簡単で単純な、それでいて分かり合える行為だ」
「なっなな何言ってるの突然!」
「目を閉じる……唇が触れ合うときのかすかな吐息。柔らかい、誰にも当てない場所を押し付けあう特別感。心くすぐられるような水音に、舌を相手の口内にくぐらせた時のあのとてつもない高揚感……!」
「ちょ、ちょっと! ヘンタイ! ハレンチ! スケベ! そ、そんなことしたら赤ちゃん……! んん~~~~!!!」
 コカゲの突然の発言に、顔を真っ赤にして両手で覆うミミ。足をもじもじとくねらせ、今にも顔から火を噴きそうになっているが、コカゲの声は止まらない。
「互いの唇が離れても、そこをさらに追い求めれば、その先は必然的に……」
「ばかっ! ばかばかばか!」
 とんでもないことを言おうとしたコカゲを、ミミが叫び声で制した。誰もいない荒野。ただ1人、少女だけが辱められている。

「あっはっはっはっは!」
 突如、言葉を遮られたコカゲが笑いだす。きょとん、とミミが首をかしげるのを見て、コカゲが叫んだ。
「まっ! この程度で恥ずかしがっちゃうようなお子様には、このボクとデートなんて100年早いけどね!」
「むぅー!!! ざこのくせに馬鹿にしたな! ケーシィ、サイコキネシス!」
「見えてるなら対処は簡単だ。避けてくれ」
 コカゲからの煽りに憤慨したミミが、これまでで1番の声を張り上げてケーシィに指示を飛ばす。それを見込んでいたのか即座にコカゲも反応した。
「もうフラフラなんだから、さっさとやられちゃえ! ケーシィ、テレポート!」
 イライラが頂点に達したミミが怒号にも似た声を上げる。それに従ってケーシィの姿が見えなくなる。3度目のテレポート。しかし、コカゲもワッカネズミも冷静だった。
「ワッカネズミ、手助け。ただし、手助けするのは自分にだ」
「なっ?!」
 コカゲの声を導に、ワッカネズミの1体がもう1体に拍手を送る。それを受けたもう1体は準備万端。さあ、決着の時だ。

「ケーシィ! サイコキネシス!」
「ダブルアタック」

 炸裂する両者の一撃。荒野に舞う砂埃を吹き飛ばしそこに立っていたのは……ワッカネズミだった。
「な、なんで……ケーシィはかんぺきだったのに……! どうして!」
 ミミのこだまがむなしく荒野に消えていく。激闘を制したワッカネズミを介抱しながら、コカゲがミミのもとへ立った。
「あの時、最後の攻防は君のケーシィが完璧すぎたんだ」
「かんぺき……すぎ?」
 きょとん、と首を傾げるミミに、コクリと頷いてコカゲが言葉を続ける。
「テレポート先は君のケーシィが選択しているんだろう? だからこそ君は少ない指示だけでケーシィと連携がとれていたんだ」
「た、たしかに、そう。だけど、それならケーシィが勝つはずじゃん!」
「そこだよ。ケーシィのテレポート先は完璧だ。完璧過ぎて、場所がバレバレだった。あの時のワッカネズミは後ろに岩があったんだ。サイコキネシスを避けた時に僕がそこに行くように指示してね」
 ワッカネズミの背後はそびえ立つ岩。必然的に、視界外からの攻撃をしたいケーシィはワッカネズミの頭上に出現する事になる。
「ケーシィの出てくる場所が、最初からわかってた……ってこと?」
「そういう事だね。挑発すれば君は絶対に乗ってくると思ったよ。君のケーシィのちょうはつを消しててだすけを打つためにも、あそこで君にサイコキネシスを指示させたのは成功だったね」
 ネタバラシ。納得したようなしていないような。俯いて黙っていたミミだったが、突如、ガバッと顔を上げた。
「あ、あの、ごめんなさい……! おにーさんの事、ざこって言っちゃった……」

「あはははっ!」
「なっ、なんで笑うの! ばーかばーか!」
 突然笑い出したコカゲに驚く顔を見せるミミ。憎たらしい罵倒も、今のコカゲには可愛らしいとしかおもえない。
「あぁ、いやごめん。そんな顔も出来るんだなぁと思ってさ」
「ふぇ?」
「前言撤回するよ。ガキなんかじゃない。認めて、謝る。それが出来る君は立派なレディだ。もしまた会う時があったら、お茶でも一緒に嗜みたいね」
 爽やかな笑みで、ミミに向かって手を差し出すコカゲ。それをどう捉えたのか、まるでマグマッグの噴火のように、ミミはボッ! と顔を赤らめた。

「ふ、ふちゅちゅかものでしゅが、よりょしくおにゃがしましゅ…………」
「……なんて?」



 コカゲ・ミドリヤ 1勝
 ミミ・ノイン 1敗
 試験脱落者 0名

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