3話.『指示出し』と『ポケモントレーナー』

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 部活の片付けの手順はだいたい決まっているので、時間はかかるものの別に迷うことはなく、ストレスフリーではある。感情を無にして淡々と進められる。
 1年生も入部して3ヶ月経つため、さすがに慣れたようだ。みんなキョロキョロすることなく、黙々と片付けに取り掛かっている。バトルの腕とかよりも、こういうのの方が成長が分かりやすい。バトルの腕は本当に他人には評価しにくい。実際に指示を受けているポケモンにしか、分からないのだと思う。

 片付けが終わったあとは、軽くミーティングを行うというのが、うちの学校の朝練の流れである。
 ミーティングといっても、別に四角いテーブルを囲って厳格な話し合いをするわけではなく、部長と顧問が1〜2分程度話して終わり。そんな時間もかけられない。だから、厳密にはミーティングじゃないけれど、他に適当な言い方を誰も思いつかないから、ほとんどの部活でミーティングと呼ばれている。
 校舎の昇降口から2〜3メートル離れた場所で、いつもミーティングは行われる。この場所で行うのは効率が良くて素晴らしい。途中でチャイムが鳴ってしまっても、ダッシュすれば朝読書にかろうじて間に合う。この場所を占領することに成功したポケモンバトル部の過去の先輩達には、圧倒的に感謝している。

「リザード、お疲れ様。じゃあ、またね」
 ボールから放たれる赤い光線が、右手を上げて返事をするリザードを包み込み、そのままボールの中へ引き寄せる。
 校舎の中では、ポケモンを出すことが許されていない。そりゃあそう。リザードとかなら良いが、誰かがホエルオーとか出した日には、校舎が破壊されてしまう。あのポケモンは良いがこのポケモンは駄目、という選別を行うと保護者とか色々な団体とかが怒るので、全ポケモンが出入り禁止になっている。
 他の人たちも「またね〜」と言いながらパートナーをボールに戻していく。そこかしこで、赤い光線が音を出しながら放たれるから、少しの間だけ賑やかな感じになった。

 ミーティングが始まり、まず顧問の先生が全員に向かって話す。もうすぐ大会があることについて主に語っていた。そう言えば、もうそんな季節である。旅をしていた頃より、なんだか時の流れが相当早く感じる。
 単にあの頃より、おじさんに近づいてしまったからなのか、それとも、不安や焦りが過剰に押し寄せてくるわけではない、割と平穏な日々を送っているからなのか。
 そんな、無関係なことを考え出す失礼極まりない生徒をよそに、先生は熱意を持ってしっかり部員を励まし、特に中学1年生はこれから伸びていく時期だから、というのを最後に補足して締めた。

 うちの部活はなぜか、顧問の先生が締めたあとに、部長が話すという流れになっている。よその部活はだいたい逆らしい。    
 その分、普通より部長の重圧が大きくなっている。そのためか部長は、時折"かかりすぎる"ときがある。先生よりも中身が充実した感動話を語らないといけないと考えているのか、1ヶ月に1〜2回ぐらい力を入れて喋るときがある。そして、どうやら今日がその日みたいだった。
「えっと、そうですね。みなさんは、ポケモンバトルの天才というわけではないと思います」
「みなさんは」と言ったタイミングで後ろから、笑い声が1つ漏れた。この声は、十中八九あいつだろう。

「私も、トレーナーの才能は、一切ありませんでした! 小学生のときに、トレーナーとして旅をしていたけど、全然駄目でした。だから、トレーナーになる道を諦めて、指示出しとして、今、ここにいます!」
 今度は後ろから「何言うてんねん」という声が聞こえた。なぜ関西弁を急に使ったのかは分からない。あいつはツッコむときはとりあえず、関西弁にしておけば良いと思っている。

「しかしでも、才能がないなりに頑張ろう、という気持ちでやっています! みなさんにも、同じ気持ちを持って欲しいと思っています。トレーナーとして成功するのは才能がないと、無理でしょう。でも、ポケモンバトル部の部員として結果を出すことは、才能がなくても、努力すれば可能です! 努力すれば必ず上にいけます。だから、頑張っていきましょう!」

 部長が音量を上げてそう締めたとき、ポケモンバトル部の部員は一斉に「はい!」と元気に返事した。そのタイミングで、ちょうど、チャイムが鳴った。顧問の先生が「挨拶はいいから急いで」と言った。みんな一斉に、校舎に走り出した。やはりこういうときミーティングの場所が校舎から近いと、助かる。

 この部長の発言がのちに、妹である秋江と兄である自分(陽斗)を縛り苦しめる、棘縄の1つになるのであった。


 朝読書の時間が終わり、ホームルームも終わり、1時間目がもう数分で開始しようとしていたとき、真後ろの席の人に肩をポンポンと叩かれた。
 後ろに座っているのは悠真という人類で、さきほどのポケモンバトル部のミーティングで部長が喋っていたときにニヤニヤしていた犯人である。ちなみに、彼が入部したのは2ヶ月前のことだ。それ以前は文芸部に所属していた。文芸部が人数少なすぎて廃部になり、仕方なくポケモンバトル部に来たらしい。
「何? 教科書でも忘れたの? 隣の人に見せてもらいな。俺の位置から見せるのは無理だよ」
「いや、素朴な疑問なんだけどさあ」
 こう前置きしたあと、悠真はこのように言った。

「なんでポケモンバトル部の人ってみんな、自分のことを『指示出し』って自称してるの?」
「はい?」
 全く考えたことがない質問をされたので、思わず「はい?」と割と大きな声で言ってしまい、少し恥ずかしかった。
「さあ、ぜんぜん分かんない。先輩たちが『指示出し』って言ってたから、自分も真似して言ってるだけ。別に深く考えて、『指示出し』って言葉を使ってるわけじゃない。たぶん、みんなそうなんじゃない?」
「なんか、ダサくない?『指示出し』って」
「ダサくはなくない? 別に格好良くもないけど」
『指示出し』という呼称を使っているのは、うちの学校だけではない。練習試合とかで、他校の生徒が『あっちの学校の指示出しは〜』と言っているのを、見たことがある。あとはXやFacebookなどのSNSでも、使っている人がいた気がする。
『指示出し』は全国共通の呼び名かもしれない。どこから広まったのかは謎だけれど。

「普通に『ポケモントレーナー』で良くない? それか『トレーナー』で」
「『トレーナー』は違うだろ」
「ポケモンをトレーニングする人なんだから『トレーナー』じゃん」
「そうなんだけど、『トレーナー』っていうと一般的には"旅をしてバッジを集める人"を指すからね」
「そうなの?」
「そうだよ」
『トレーナー』は、プロとしてその道でお金を稼いでいる人というイメージであり、部活でバトルに励んでいるだけなら、名乗るべきじゃない。それが、普通の感覚だと思う。自分も昔は『トレーナー』だったけれど、今は『指示出し』だ。

「というかなんで急に、そんなこと気になったんだ?」
「なんか、文芸部をパクってんのかと思って」
「はい?」
 自分は本日2度目の「はい?」を言い放った。
「文芸部の人って、自分らのことを『小説家』とは呼ばず、『物書き』って呼ぶ風潮があるんだよ」
「へーそうなんだ」
「別に良いんだけどさあ。でも、やっぱり『指示出し』はダサいよ。今からでも、他の呼び方に変えるべきだ」
「たとえば?」
「『指示厨』とか」
「なんでだよ。ゲーム配信のコメントじゃないんだから」

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