俺は、漫画家だ。しがない漫画家。売れたことなんて一度もない、しょぼくれた漫画家。
そんな俺は、最近毎日夢を見る。名も知らない、とある一人の女の子の夢を。
「毎回聞くが……君は、誰だ?」
「私の名前ですか? ヒ・ミ・ツ・です!」
いつもこうだ。名前は決して教えてくれない。やや古風な身なりをし、態度や振る舞いは天真爛漫といった感じを受けるも、どこか芯は通ってそうな、そんな可愛らしい女の子だった。
その子は信じられないことに、見るからに凶暴そうなポケモンに襲われていたり、気付かれない位置からモンスターボールを投げてポケモンを捕獲したり、時には見たこともないポケモンを引き連れていたりとしていた。どれもこれも、今の時代からは考えられないことばかりだ。
これは……本当にただの夢なのか? だとしたら、あまりにも──
「じゃ、今度は私が聞きますね! あなたって、どういうお仕事をして生計を立てているの?」
「……漫画家だよ」
「まんがか? まんがかとは、何ですか?」
(そこからか)
俺は彼女に、漫画について簡単に教えてやった。絵や文章で自在に物語を表現し、読者を楽しませる。つまり漫画家とは、浪漫溢れる画家なのだと。
(まあ俺は、全然売れてないんだけど)
そして彼女に、さらさらっと絵を描いてやる。
「うわぁ、すごい良い絵です!」
「ありがとう、褒められるなんて久しぶりだな」
「そうなのですか? ふーん、こんな良い絵なのに。……あ、なら、この私の冒険を、漫画にしてもらってもいいですよ!」
「えっ……俺、が……?」
「い、いや、ですか?」
嫌ではなかった。少女の物語を一番知っているのは、紛れもなく俺だ。この物語を、もっと他の人々とも共有したい。だけど……。
「少し、考えさせてくれ……」
そう言葉を濁したが、翌朝、目が覚めて俺は考える。
(俺が漫画家になったのは、とある漫画を読んだのがきっかけだったなぁ……。今じゃ古ぼけた漫画で、まるで今の俺の作品のようだが──)
あの時俺は、その漫画を読んだ感動を忘れたくなかった。だから、漫画家になろうと思った。
でも、俺は大成などしなかった。今では絵も古臭いと言われる始末。本当は、こんなしがない存在に落ちぶれたくなかったし、もっと人々を楽しませたかった。そんな俺なんかが、あの子の物語を描いていいのか?
◇ ◇ ◇ ◇
夢の中。俺は彼女にその想いを伝える。
「なるほど、ね……」
「だから、俺なんかが君の事を描く訳には」
「でもアタシ、やっぱあなたの漫画が好きだな」
「えっ……?」
「だから、あなたを選ぼうと思ったの。“私たち”の時代を忘れずに今に伝えていくには、あなたがぴったりだって。想いを伝えんとする気概を、あなたは人一倍持っている。だから、あなたが相応しい、って」
「君は、一体……?」
「お願い、私たちのこと、忘れないでね。私たちはずっと、この時代を生きてたんだから……」
「ま、待ってくれ! 君のことを、俺は──」
………
……
…
次に目が覚めた時、俺は誓った。俺の絵を好きだと言ってくれた一人の読者のためにも、絶対にやり遂げて見せると!
そうだな、主人公の名前は……。
◇ ◇ ◇ ◇
そして、今に至る。俺は『ヒスイ冒険譚』という漫画でヒットを出し、一躍有名漫画家となった。つまり、俺の名声は満たされた訳だ。だが……。
(あの子に、会いたいな)
俺の心は満たされなかった。俺はあの子の夢を見なくなった。あの夢は恐らく、ヒスイ地方の想いが俺に語りかけたものだったのだろう。目的が果たされた以上、俺というキャンパスに絵札は二度と訪れない。
寂し──
「や、久しぶり!」
「ど、ど、どうして?」
寂しいなと思うやいなや、そのヒスイ地方に俺は居た。
「シンオウ様がね、次はこのヒスイにあなたの漫画を広めてほしいって! さ、まだまだあなたの絵を楽しむぞーーー!!」
「ええええぇっ!!?」
こうして新天地で、『ショウちゃんはオレの嫁』先生の活躍は続くのだった。