第61話 ~目的~

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

 [シズ:人間・ミズゴロウ♂]


前回までのあらすじ

 『黄金の街』を意図せず地図から消し、巨体宗教組織『再生教団』の起こした虐殺事件によってその罪を暴かれてしまったシズは、元いた住処を追われ、仲間たちとも離ればなれになってしまった。
 そうしてシズは海に流され、たどり着いた先で不思議な夢を見る。絶滅した人類の活動が垣間見える夢を…… 
 そうして彼は、その謎と追い詰められた精神を抱えながら、当てのない放浪を始めるのだった。
 シズはまた、夢を見る。人類が滅ぶまえ……その原因となったある企業の夢だ。
 その建物の頂上、SFチックな部屋の中に、彼女はいた。

「それで、『スズキ孤児院』の件はどうなった?」

 偉そうな椅子に座る彼女は、『メディサイエンス』社のCEO、ランカスタ・メディ。


「ほぼ全員始末しました。大人も子供も……そこにいたポケモンたちも、全部。」

 そして今の男がA博士と呼ばれる社員の一人。
 ……メディサイエンス社は人類滅亡の原因となった企業。後ろ暗い部分も当然のように備えているようだ。


「……『ほぼ』? 話しなさい、何があったか」
「あー……一人と一匹だけ、生き残りが出ちゃったんですよね。孤児院で育てられてた『アルコル』って子とそのトモダチなんですけど」

 始末したという割に、取りこぼしはあったようだが。


「……まあ、いいわ。メディサイエンス社に逆らった者がどうなるか喧伝してもらうのも悪くない。クレイド地方外も、この紛争地域ならよくある噂程度に消化するでしょう」

 それも彼女らにとっては見逃せる程度の齟齬らしい。
 しかし、クレイド地方とは紛争地帯だったのか?そもそも誰と戦っているのかもわからないが。


「あっ、そろそろ時間だ……S-01雨音 静の面倒を見てくるよ――」
「博士。公私。」
「見てきますッ!」

 ……そう言うと、A博士はこの場を去った。














 ここは『大陸』と呼ばれる土地。荒野の街である。
 照り返す太陽の光に、乾燥気味な空気。所々見える岩肌たちに……少なくともみずポケモンにとってはあまり快適とは言えない気候だ。


「……指名手配。ミズゴロウの、シズ……」

 そこを歩くの一匹の少年。顔や身体をすっぽり隠せるようなマントに身を包んだ彼は……シズその人である。



 彼はどれだけ歩いたのだろうか。いくつかの『不思議のダンジョン』を抜け、いくらかのポケと食料を拾って食いつなぎ……あてもなく歩き続けた。救助隊たちから身を隠すべく……自分が買った怒りから逃げおおせるべく。
 友達から貰ったスカーフすら鞄の中にしまい込んで、身体を隠しながら無害なミズゴロウを演じ続けて……今は、荒野の人込みを歩いている。



「『カラカラロック』の街へようこそ! こんな場所までよく来たねえ!」

 ふと、近くからそんな声が聞こえてきた。この街は『カラカラロック』というのか。
 しかし、彼は誰なのだろうか。


「ミズゴロウの君だよ、疲れたでしょ? ウチの酒場で休んで行きなよ! 宿もあるよ!」

 ……客引きだったか。
 何も持たずに逃げ出す羽目になったのでお金に余裕は無いのだけど……とはいえ、シズの正体を探る様子はなさそうだし、疲れが溜まっているのも事実だ。


「……お言葉に甘えて」

 シズは自分がどうしてこの世界にやって来たのか知らなければならない。知らなければ、生きる意味も見いだせないのだから。
 そして知るためには生き延びなければならない……酒場と言えば情報も集まりそうな気がするし、ここは少し休んでいくべきだろう。











「注文は?」

 席に着くと、店主とおぼしきポケモンが早速という風に聞いてきた。


「水を一杯と、あとはリンゴをひとつ……」
「ようし、少し待ってな」

 客引きがそうであったように、店主もシズを疑っている様子は無い。今の時勢、救助隊協会の手が届く地域ではミズゴロウというだけで呼び止められかねないのだけど、今回は少し運が良いみたいだ。




 待っている間、周囲の声に耳を澄ませてみる。
 あてのない旅には情報が必要だ。生きる意味を見いだすためにも、情報が必要だ。


「ねえ、聞いた? 人間時代の、『企業』とかいう組織の噂!」
「うんうん。私はあの『デュランダル』ってのが気になる~。民間軍事企業? PMC? よくわかんないけど、聖剣っぽくてかっこいいって言うか~」
「私の彼氏がそういうの好きでさー、人間の武器がいっぱいありそうってコーフンしながら語ってくんのよー……いつもみたいに飛び出していかなきゃ良いけど……」

 ……以前の夢で聞いた、民間軍事企業『デュランダル』という単語についてだろう。
 あまり役に立ちそうな話は聞こえなかったけれど……人間の武器といえば人類が残した負の遺産としてあまりに有名だ。


「『メディサイエンス社』って……聞いたことあるか?」
「ああ。『終末戦争』に大きく関わっている人間の組織らしいが……あれが作った遺跡は再生教団がほとんど占領しちまってて、救助隊協会に加盟してる街には情報が回ってこないんだよな……」
「あーあ。あの組織の技術を解析できればポケモン社会ももっと発展できるだろうに……先の襲撃事件といい、あんな虐殺をブチかますようなクソ犯罪組織がどうしてあそこまでデカくなれるんだ?」

 『メディサイエンス社』……あれも夢で聞いた。人類が滅んだ『終末戦争』に大きく関わっているというのもやけに因縁を感じる話だ。


「『クレイド地方』って、知ってるか?」
「常識じゃないですか! この『大陸』に存在したという人間の文明です! ……ああ、この場所で人類は滅びていったのですね……!」
「……」
「『クレイド地方』では企業同士が武力で争っていたそうではないですかっ! 利益を独占すべく、武力で相手を蹴落とし合いっ……そして最終的にその勝者といわれるのが『メディサイエンス社』ッ!!!」
「あー……その癖、直した方がいいぞ……」

 クレイド地方。では、あの夢の舞台も今自分がいる大陸も同じ土地ということになるのか。
 企業同士の武力闘争だとか、不思議な話もあるが……あの夢で出てきた様々な単語の答えは、意外と近くにあるのかもしれない。





「待たせたな、水とリンゴだ!」
「……ありがとうございます」

 そうこうしている内に、店主が注文した品を持ってきた。さっと受け取ると、すぐにリンゴにかじりつき、水を口に含む。
 強めの酸味とほのかな甘味が口に広がって溶けていく。……もしもユカと一緒だったなら、もっと詳しい『良さ』を興奮しながら語られたりしたのだろうか。


「しかしよ、お前みたいなガキがなんだってこんな街に来たんだ? よそ者だろ、お前?」

 彼は目の前にいるミズゴロウの正体がシズであるとは思ってもいないが、それでもシズの内心には焦りが生まれる。


「……旅をしてるんです。人類のこと、もっと知りたいから」

 シズはそう言った。嘘は吐いていない、実際今の彼はあの夢で見た単語たちを……すなわち、人間の謎について知るために生きようとしているのだから。


「ほー……今の時代、銃火器の発掘と再生教団の台頭で人類の遺産が特に注目されてるもんなあ。まあ頑張んな、学者のタマゴくん」
「あはは……どうも……」

 学者のタマゴか……すべてシズの正体が隠されているが故の言葉だ。





「ねえ、そこの君。」
「えっ?」

 突然、背中から男の声がした。知っているような、しかしどこで聞いたかは思い出せないような。


「話がある。ついてきて」
「……」

 シズが振り向くと、途端にそんなことを言うのだ。彼は黒いフードマントに身を包んで正体を隠しているが……
 その男は振り向いて立ち去ろうとしている。訳はわからないが、シズはその後ろをついて行くことにした。














 そうしてたどり着いたのは、酒場の裏手だ。


「君、シズだよね?」
「あっ……」

 正体に気づかれていたのか。
 シズは一瞬身を翻して逃げだそうとするが……しかし、一つ気づいて踏みとどまる。


「……どうして、誰もいない場所に連れてきたんですか。」

 もし彼の目的がシズの捕縛であれば、わざわざこんな場所に呼び出さなくてもよかったはずだ。不意打ちという線も、今シズが無事な時点で違う。


「理由は二つある。一つは、君の正体を隠したまま大事な話がしたかったから」

 であれば、それ以外に理由はないだろう。しかしもう一つの理由とは?


「もう一つは……」

 そう言いかけると、その男はフードを脱ぎだした。


「あ、あなたは……」
「僕が、再生教団だからだよ」

 その正体は、『ピースワールド』島の雷雨の日、小舟の上で交戦した……あのリオルだった。


「僕は『ジャズ』という。あの時は実に世話になった」
「アルファー教祖の使い……ですよね。黄金の街のときみたいに、ボクに答えを迫りに来たんですか……」

 思わぬ再会に驚きはしたが、再生教団の者であるならば、リオルの――『ジャズ』と名乗る彼の目的は簡単に予想できる。
 シズは一度、教団の教祖に手を組まないかと打診を受けたことがあるから。そして、その手を一度は取りかけていたから……


「違う」
「じゃあ……」

 だがジャズはあっさりと否定した。


「僕は、あのバトル大会が終わった後……『ピースワールド』島に潜伏したまま過ごしていた」

 そして、自らの経緯を語り出したのだ。


「だが、そうして二ヶ月もたったころ……僕の知らぬ間に、ヴァーサを指令としたあの虐殺事件が実行されたのさ。そして僕は、第三者としてそれを目の当たりにしたんだ」

 さらに、シズが元住んでいた島で起こったあの虐殺事件について言及する。あれは、シズが一人で姿をくらまさなければならなくなった直接の原因だ。


「……怖かった。負の感情がこもった波動が、未熟な僕ですらはっきりと視認できる形でシーサイドの町を包み込んでいたんだ……」

 ジャズは――リオルという種族は、あらゆる存在に流れる波動というエネルギーを視ることができる。そして、熟達した使い手であればそれを通して対象の想いを読むことも出来るのだ。


「だから僕は再生教団に刃向かうことを決めた。以前から矛盾は感じていたし、ちょうど同じことを目論む女に声をかけられたからな」

 確かに、まともな感性をしていれば虐殺などという行為に手を貸すのは容易ではない。
 きっかけもあったようだが……彼の言うことは信用できるのか?


「いきなり信じろとは言わない。だが……お前にとって有益なことは伝えられるかもね」

 有益なこと? それは一体……


「しばらく、僕たちに協力してもらいたい。そしたら……お前の仲間たちと再会させてやれるかもしれないな」

 ユカ、チーク、カナリア……あるいはスズキだって。仲間たちと再び会える……その可能性があるなら……いや……
 仲間との再会を引き合いに出されて、シズは視線を落とし、その意味を考える。


「みんな、ボクなんかと一緒にいたら……」

 だが、シズは今や指名手配犯だ。シズの感情以前に、もし仲間の元に戻ってしまえば、物理的な危険が彼らを襲うことは想像に難くない。


「でもカナリアとかいうのはお前を必要としているだろうね。依存とも言えるかもしれない。だって、お前との奇妙な関係は……分かるよな?」
「えっ……どこでカナリアさんのことを……」

 今のジャズの発言は……極めて気味が悪かった。シズはカナリアとの関係が周囲に気づかれないようにしていたつもりだ。だというのに、小舟での戦い以降接触のない彼がそれを知っているなんて。


「それに、僕たちの仕事を済ませてからどうするか考えてもいいんだ。どちらにせよ、この世界のために必要なことでもある」
「……この世界のため?」

 再生教団の活動は、言うまでもなく極めて過激だ。その邪魔立てをするなら、世界のためとも言えるだろうが……


「僕たちの教祖さまはこの世界を破壊して、新しく作り直そうとしている。知っているね?」
「……」
「その阻止には君の力が必要だ。友達を守りたいなら選択の余地はないぞ」

 ジャズは脅しつけるような物言いでシズに迫る。……世界が破壊されれば、その世界に元いたポケモンがどうなるかわからない。わからない以上は……





「じゃあ、伝えるべきことは伝えたからな。もしやる気があるのなら……僕たちが指定する場所に来るんだ」

 ジャズが一枚の地図を手渡してきた。大陸全体の地図のようだが、ある一点に丸印がつけられている。


「君のタイミングでいい。さ、解散だ。食事、食べかけだろ?」
「……はい」

 ……用が済んだと聞かされて、酒場の元へと立ち去った。この件は持ち帰りになるが……











「これでいいんですか、『スターチ』さん」

 シズが去った後、ジャズは頭に手を当てて、ぼそぼそとつぶやいた。かつてシズたちが戦った犯罪者のニャオニクスの名を呼びながら。


「シズを教祖さまの『世界再生計画』に巻き込めば、それだけで教祖さまは得をします。計画には実験体S-01かれの存在が不可欠ですし、なにより……あの精神状態では、教祖さまの手を再び取りかねない」

 まるでその女性と対話しているかのように、彼はすらすらと言葉を並び立てる。通信機の類いは持っていないのにだ。


『アルファー・ルックスの首筋に牙を突き立てられるのは、どうせ「自警団の死神」か「雨音静」しかいないのよ。選択肢はないわ……』

 すると、ジャズの頭で声が響くのだ。テレパシーである。


「……あなたも、メタモンさんやコジョフー隊長と変わらないんですね。ごまかしばかり得意だ」

 ジャズはそう言うと、頭から手を下ろす。テレパシー終了の合図だろうか。
 そしてひと呼吸置くと、小さくため息を吹き出した。

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