Episode 107 -Secret of moonlight-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 突然星空が見たいと言い出したセレーネ。えっことローレルは、いつか訪れたナルコス近郊の浜辺へと赴くが、セレーネは涙ながらにある真実を告げようとしていた。
 「星が、見たいのです。」

ローレルたちがアークに戻った晩、セレーネがえっことローレルにそう告げた。突然の彼の発言に目を丸くするえっこたちだったが、セレーネはどうしても星空が見たいらしく、えっこたちは地上の浜辺へと向かった。


「そうだセレーネ、ここっていつかも君と来たんだっけか? あのときは大きな月や星空が明るくて、とても綺麗だったな……。今日は少し曇り空だけど……星は見えそうか?」
「……えっこお兄ちゃん、ローレルお姉ちゃん? 絶対、聞いても笑わないのです? 信じてくれるのです?」

会話の噛み合わないセレーネは、そのような言葉をえっこたちに向けた。どうにもやりにくそうなえっこたちだったが、えっこはセレーネに約束する。いつかの星空の夜でもそうしたように。


「誰が笑ったりするかよ、何があったんだ? 学校で嫌なことでもあったか? 辛いことがあったなら言ってみな?」

すると、こちらを振り返ったセレーネの顔は涙で濡れていた。なおも溢れる涙を彼が堪えていることは、夜の闇の中でも明確に分かった。


「セレーネ!? どうしたのですか、大丈夫ですよ。僕たちは君のことを笑ったりもしないし、怒ったりも……。」
「全部、思い出しました……。さっき夢の中で語りかけてきたんです、もう1人の自分……。『ボク』であり『ボク』でない誰かが……。」

セレーネは意味深な言葉を呟く。どうやらアントノフが必死に揺り動かしても目を覚まさなかったセレーネは、夢の中で何者かの干渉を受け、自らの出自にまつわる記憶を取り戻したようだ。


「そうか……野郎が出てきやがったってのか……。」
「すみません……でも、いつもと同じくレギオンを倒した後は行方知れずに……。やはりカザネさんの言う通り、隠れ家を突き止めて乗り込む以外に、あいつらを捉える方法はないのかも知れません。」

「お前が謝ることじゃねぇよ。何にせよアイツは必ずひっ捕まえて、その身で死んじまった俺の家族や村の人たちの無念を償わせる……。そして同時に、この世界の破壊も防ぐ。ミハイルの奴が作りたがってたパラダイス、俺も完成するところを拝んでやりてぇからな。」

シグレの家に通されたカザネといるかは、神妙な面持ちをするシグレに対し、事の次第を報告していた。シグレの因縁の相手であるデルタが姿を現したことで、シグレは2匹から直接話を聞こうとしているのだ。


「一体後どのくらい相手に手駒があるのかも分からずじまいか?」
「はい……。でも確か、カムイさん曰くあのタイプのレギオンは、人の肉を口にした魂の成れの果てだとか……。飢饉とか戦乱が起これば、生き延びるために人間を殺して食べる者なんかたくさんいそうですよね? だとすると、敵の持つレギオンの数は実質無限大に近いと思います。」

「だろうな、確かあのレギオン共は高い水準の能力反応を示しているとミササギが言っていた。最高のS、もしくはその次のAに当たるものばかりだと。そんなのを惜しげもなく投入してくる辺り、まだまだ弾は切れそうにはないってこった。」

シグレやカザネの予想する通り、敵はレギオンの数には困っていないと思われる。レギオンの出処が分からない以上、やはりアジトを突き止めて逃げられない状態に追い込むのが最善策といえそうだ。

囲炉裏の火は既に消えかけ、ちろちろと揺れるように動いていた。レギオン使いの出処はまだ掴めぬまま、カザネといるかは火の消えるよりも早く竹藪を後にした。







 「『僕』の本当の名前は、『シュメオン・トルキア』……。Σの文字を持つレギオン使い……。」

セレーネの一言を聞いたえっこたちの時が止まる。目の前に佇む小さな子供のポケモンが、あのレギオン使いの1人であり、ローレルたちが調査した哲学者シュメオンだというのだろうか?

そんなことはあり得ない、あってはいけない、えっこたちは必死に頭の中でそう考えたが、セレーネが念押しに言っていた言葉を思い出す。真面目に聞いて欲しいのだと。


「セレーネ…………。それって本当なんだな……?」
「はい……。ここからは、シュメオン自身の言葉として語らせて欲しい……。僕はラルダという国で生まれ育った者で、18歳にして哲学者として隣国ナルコスの国王直々に登用されました。僕はできる限りのことを尽くした、それは自分を必要としてくれたナルコスの王や民のため……。」

えっこの問いに、セレーネはそのように答えた。いや、セレーネというのは適当ではないかも知れない。今はシュメオンの記憶と人格そのものが、セレーネの身体を借りてえっこたちに語りかけているようだ。


「そして、技術を軍事転用しようとする王との間に軋轢が生まれた……。独裁者と化した王に投獄されたあなたを救うべく、故郷のラルダが抗議をし、ナルコスはそれに対して宣戦布告。」
「ええ、ローレルさんの言う通り……。そして僕は獄中で首を吊って命を断った。事態がどのように転じようとも、僕の作り上げた科学や文化が人々の命を奪い、傷つけることに変わりはなかったから……。それなら争いの原因となった僕1人が消えればよかった。だから……!!」

ローレルが遺跡で発見した彼の過去について話すと、シュメオンは自ら命を断ったことを告白した。心優しき哲学者だった彼に、自分が招いた国同士の戦いを傍観するのは、殺されるよりも辛かったのだろう。


「その後、僕を含め何人かの人間たちがポケモンに転生しました。人間の魂を継ぐポケモンたちの世界を滅ぼし、新たな世界を築くために……。それこそが星の浄化となるのだから。人間の世に恨みや未練を残す者たちは、誰もがその考えに賛同していました。たった1人を除いては……。」
「まさか、カムイさんか……!?」

「そう、Κの文字を司る者……人間時代の名をカムイという、1匹のミジュマルの女性でした。そして同時に、僕もこの考えに疑問を持っていた……。確かに人間は醜く、未熟で、とても愚かな生物なのかも知れない……。でも、僕は信じていた。僕が命を捧げたあの後、ナルコスやラルダの人々は気付いたはずだと……!! 科学や社会の発展とは、人々を傷付けるのではなく、明日を作り上げるために追究される……。だからこそ僕が没した後の時代に、人類は栄華を極めてこの星の主人公となれたのだと思うのです。」

シュメオンとカムイはレギオン使いでありながら、他のレギオン使いたちとは相反する考えを持っていた。彼らは人間の醜さと傲慢さにより命を落としながらなお、人間には過ちを認めて前に進む力があるのだと信じていた。それはきっと、創世主にとっても大きな誤算だっただろう。


「カムイさんは自らポケモンたちの世界に赴き、記憶をリセットしてその住民と共にすることで、人間やその魂の後継者であるポケモンたちに可能性があることを証明しようとした。そして僕もまた、ポケモンたちに未来があるのだと、そしてその未来を奪うことなど誰にもできないのだと確かめたくなった。」

そんなシュメオンはある提案を他のレギオン使いに話す。記憶をリセットして1匹の子供のポケモンとして地上に潜り込み、その中で暮らすことを考えたのだ。

それにより地上のポケモンたちの世界に溶け込んだ上、敵対勢力が出た際に敵を内側から破壊していくという、スパイとトロイの木馬を兼ねた作戦を告げた。もちろん、真の目的はポケモンたちの秘めた可能性をその身で確かめ、レギオン使いに立ち向かう仲間を探すことだったのだが。









 「僕はナルコス村の近くに1匹のピチューとして再転生し、両親により月光を意味するセレーネという名前を与えられ、大切に育てられました。自分がこの世を滅ぼすレギオン使いの一派などとはすっかり忘れて。」
「そして運命のいたずらか、君の故郷はレギオンにより壊滅させられ、僕たちに引き取られてアークで暮らし始めた……。」

「今、全ての結論が出ました。僕は……僕はこの世界を守りたい。いや、僕だけではない……僕と共にあるセレーネの意思もまた、あなたたちのいるこのポケモンの世の中を守り抜きたいと訴えかけてきます。けれど僕は邪悪なレギオン使いの1人……もしもあなたたちが拒むならば、僕は再びこの身を滅する覚悟でいます。それはセレーネだって同じこと……。相容れぬ存在ならば、あなたたちと僕とは一緒にいるべきでないだろうから……。」

その瞬間、えっこはシュメオンに近付いて思い切り頬を殴った。怒り顔のえっこは、必死に溢れる涙を堪えている。


「何で……。何でそんなバカなこと聞くんだよ!!!! ざけんなよ、俺たちのことを信じてくれたんじゃなかったのかよ!!!! セレーネは俺たちにとって本物の子供も同然なんだぞ、当然その魂と共に歩む君だって仲間だ。死ねなんてこと、自分の愛する我が子に言うと思ってたのかよ!? いい加減にしろよお前!!!!」
「シュメオン……そしてセレーネ。僕もえっこさんも、君にそばにいて欲しいのです。相容れないなんて悲しいこと言わないでください……僕たちはずっと一緒ですからね? 約束です、破ったら1週間ゲーム禁止ですよ?」

えっことローレルは共に涙を零しながらそう告げた。波打ち際に吹っ飛ばされたセレーネの身体を、えっこはゆっくりと起こして強く抱き締めた。セレーネもまた、その抱擁に強く応える。


「えっこさん……ローレルさん…………。ありがとう……これで、これでようやく僕も安心して逝けます……。もう過去は必要ない。僕という存在は、セレーネがあなたたちと歩む未来の邪魔となるから……。けれど僕の魂も力も知恵も、いつでも彼と一緒です。だから、どうかよろしくお願いします。セレーネのこと、確かに頼みましたよ。」
「分かった……。君と出会えて、君と話せて本当によかったよ。レギオン使いたちにも人間の未来を信じてくれる者がいた。それは俺たちにとって、希望となり得る嬉しい事実だ。君の力と頭脳、セレーネのために活かしてくれるとありがたい。」

えっこの言葉を聞くと、セレーネの身体から確かに何者かの気配が消えた。そのままセレーネはぼんやりと目を開けたり閉じたりした後、はっきりした目付きでえっこの顔を捉えた。


「えっこお兄ちゃん……。ボクはこれからも一緒なのです……。お兄ちゃんもお姉ちゃんも大好き……。そしてボクの前世の魂も、ずっとボクの味方になってくれるのです。」
「ええ、だから僕たちはきっとレギオン使いに打ち勝つことができますとも。既に6枚の羅針盤を手にし、2人のレギオン使いがこちらに手を貸してくれている。戦いに、ようやくゴールが見えてきた気がします。」

えっこ、ローレル、セレーネの3匹は空を見上げる。夜10時の空には夏の大三角が輝いて見え、その周囲を淡く輝く小さな星々が埋めている。残るはハリマロンのえっこたちが向かう最後のダンジョンのみ、果たして彼らを待ち受けるダンジョンとはどのようなものなのだろうか?


(To be continued...)

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