Episode 86 -Rebirth-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ファイによって明かされたカムイの正体、それはレギオン使いの一人という事実。そんなカムイの真の姿をミハイルたちに曝け出そうと、ファイは新たなレギオンを呼び出してカムイに差し向ける。
 『カッパ』、そう呼ばれたカムイは俯いたまま口を閉ざし、無反応の様相を貫いている。一行の時間が止まり、空間を沈黙が支配する。


「そんなっ……そんなこと……。ある訳がないよ……。だって……カムイはボクの……。」
「ならば、その目で確かめてみることだな。その隠された本性を引きずり出してやれ!!現われろ、『セージ』!!!!」

沈黙を破るように言葉を必死に絞り出すミハイル。一方のファイは、全てがまるで自分の掌中にあるかのように不敵な笑みを見せ、レギオンを召喚し始めた。


「野郎……ッ!! 散々透かした態度取りやがって……!! まだそのツケは払い終わってねぇぞてめぇ!!!!」
「熱くなったらアカン、シグレはん。それこそ奴の思うツボよ。カムイちゃんもミハイルちゃんも、今はあの化け物を倒すことに集中するんや。奴らの呼ぶレギオン……生半可な代物な訳がないからねぇ……!!」

ファイの後を追おうと思わず踏み出すシグレを制止するミササギ。一方、カムイは相変わらず沈黙を貫いたままその場を動こうとしない。

セージと名付けられたそのフクロウ型のレギオンは大きさ約4m程ではあるが、やはりただならぬ不気味な眼光を見せている。やがてセージがその翼を広げると、濃い紫の電光が火花を散らし始めた。


「何だあの感じ……。何かを飛ばしてくるってのか?」
「恐らく今までのレギオンとは違うタイプやね……。物理攻撃ではなく、魔法攻撃を得意とするレギオンや。それにあの雰囲気、得意とするのはハリマロンのえっこはんと同じ黒魔法……!!」

次の瞬間、ミササギの予想した通りに強力な瘴気の弾が敵の翼から発射された。それは紛れもなく黒魔法の一種であり、いくつもの弾がカムイとミハイルめがけてじわじわと近付いていく。


「おい、何してんだ!! 避けねぇとやべぇぞ!!!! 聞こえてんのかカムイーーーッ!!!!」
「……いいんだ。これで私は………………。」

カムイはようやくそのような消え入る声を発すると、その場に立ち尽くしたまま完全に動かなくなった。敵の攻撃はもう目前まで迫り、カムイは全てを諦めたかのようにその目を閉じる。










 「ミハ……イル……? そんなっ……ミハイル…………!!」
「ダメだよカムイ……。今、死のうと……。そんなのダメだよ…………だって君がいないと……ボクは……。」

「おい、ミハイル!! しっかりしろ!!!! ミササギ、奴の注意を引き付けておいてくれ!! ミハイルの様子を確認してくる!!」
「分かった。頼むわよ、シグレはん!!」

次の瞬間カムイが目を開けると、そこには地面に横たわるミハイルの姿があった。恐らく咄嗟にカムイを庇う形で飛び込み、防御魔法で敵の攻撃を弾こうとしたのだろう。
しかしミハイル程の魔力の持ち主ですらその攻撃を完全に捌き切ることは叶わなかったらしく、致命傷こそ避けたものの、大きなダメージを負ってしまったようだ。


「私の……私のせい……。全部私がいたから……私がこんな……。もう、もう嫌だ……。何もかも消えてしまえばいいのに……。」

カムイがそのように呟くと、その負の感情に呼応するが如く、カムイの身体にヘラルジックが浮き上がった。しかしその模様は普段使う刀のヘラルジックではなく、赤い血のような色をした全身に広がる大きさのものであり、横倒しにした『Κ』の文字を形作るようにして、両腕から背中・足にかけて怪しく光り始めていた。


「あのヘラルジック……!! レギオン使いが使うとるのと同じものや……!!!! カムイちゃん、アカン!! そんな力に取り込まれてしもうたらダメよ!!!!」
「カムイ……てめぇ目を覚ませこのクソ女がッ!!!!!!」

シグレはカムイの元に駆け寄り、その頬を思い切り殴り付けた。カムイはその衝撃で地面に叩きつけられながらも、なお赤いヘラルジックを展開し続けている。


「ミハイルの思いを踏み躙るってのかよ!? てめぇが一番よく分かってんだろ、アイツにとってお前がどんな存在なのか……。お前の正体が何であれ、どんな力を秘めていようが、アイツの知るカムイ消えていい理由なんてあるのかよ!!!? 家族も夢も壊された、そんなアイツの心に寄り添ってずっと支えてきたてめぇが奴らのように堕ちるなんて、ミハイルにとっちゃ世界が消えちまうのと同じなんだよ!!」
「そうよ、カムイちゃん。確かにアンタは奴らと同じ力とバックグラウンドを持ってる者かも知れへん。けどねぇ、カムイちゃんがこの子と、そしてうちらと共に歩んできたこの時間は、心の繋がりは本物よ。安心しなさいな、アンタは消えるべきなんかやない。ミハイルちゃんと一緒にいてくれるわね?」

「シグレ……。ミササギさん……。ミハイル…………………。私は…………。」

カムイはシグレやミササギに思いをぶつけられ、その目に光を取り戻した。そう、彼らの言う通りカムイがみんなと過ごし育んだ日々、時間、思い出、強さ、絆……。それらは否定されるべきものではなく、カムイを求めてくれる人々やポケモンがいる。見失いかけていたそんな事実を、彼女は今この場で確かに噛み締めた。


「ごめんね……。私、血迷ってたね。けどもう大丈夫、目が覚めたよ……ありがとう。シグレ、ミササギさん、細かいことは後で話す。だからお願い、ミハイルとこれからもずっと一緒にいられるよう、私に力を貸して……!!!!」
「フッ、遅えんだよ。ようやくお目覚めかよ、このバカタレが。そんなこといちいち聞かなくたって答えは分かってんだろ?」

「シグレはんの言う通りや。こないな寝心地よさそうな場所で、今永遠の眠りに就いてしまうのはもったいないからねぇ。みんなでアークに帰るんや、カムイちゃんもミハイルちゃんも、全員無事であの青い空にねぇ!!」

カムイたちが再び武器を構えたそのとき、既に敵は次の攻撃を放とうとしているところだった。カムイたちの間に一気に緊張が走る。


「だがさっきの弾速……あの程度かわしちまえば何も問題はねぇよな? 後は隙を見つけて、あのアホウドリの身体を貫くだけだぜ!!」
「いや、そうも簡単には問屋が卸さへんみたいやねぇ。あの弾、まさか暗闇に紛れて姿を消せるなんて……!!」

シグレの言う通り、先程カムイやミハイルを襲った攻撃のスピードは決して速いとはいえず、あの程度であればここにいる誰もが簡単に見切れそうなものだ。

しかし次に撃たれたいくつもの黒魔法の弾は徐々にその黒っぽい色を周囲の薄暗さに馴染ませつつ飛んでいき、どこにどれだけの弾が存在するのか把握が困難になってしまった。


「クソッ、これじゃ迂闊に攻撃に転じることもできねぇ!! あのフワフワ飛んでる弾だ、下手に直接踏み込むのは自分から当たりに行くようなもんだ。」
「かといって防戦一方でも埒が明かないし、いずれ絶対にやられちゃう……!! 考えなきゃ、奴を倒してここから脱出する手段を……!!」

「踏み込めないなら踏み込めないで、ここから叩いてやるか。食らいやがれっ!!!!」

シグレはこの膠着した局面で勝負に打って出るつもりらしい。大量の木の葉をその身体の前に溜め終わると、敵めがけてリーフストームを撃ち出した。


「まださっき撃った弾はそう遠くに移動してねぇはず……この軌道なら、その間を縫うように相手に命中させられる!!」
「なっ、何で!? 今シグレの攻撃が不自然に捻じ曲げられた!! どういうことなの!?」

シグレの狙いは完璧だった。敵が撃った弾の初期位置を覚えていたため、その近くを通らないルートで攻撃を仕掛けたはずだ。
しかし、攻撃は突然不自然にその軌道を変えて飛んでいき、凄まじい音を立てて壁に激突する。


「あの弾に何か秘密があるんやろか……。シグレはんの攻撃は弾と弾の間を縫うように動いた。にも関わらず、敵の目前で突然軌道を逸らしとった……。」
「クソっ、時間が経ったせいで弾の場所が全く分からねぇぞ!! 黒魔法の闇の弾なら、何か強力な光で照らせねぇのかよ!!」

「ダメだ、白魔法を使えるミハイルが倒れてるこの状況で、強力な光源を確保することなんて……。一体どうすれば……!!」

カムイは抱きかかえたミハイルの身体を見つめる。カムイを咄嗟に守るために、思わずつい無茶をしてしまったのだろうか?
傷だらけのその身体につい目を逸らしそうになるが、そのときカムイはあることに気が付いた。








 一方ワイワイタウンの調査団本部では調査団のメンバーたちが揃って玄関口に立ち、本部に残っているクチートに出発報告をしているところだった。

「では、行ってくるとしよう。レギオン使いたちは、我々地上のポケモンにとっても危険因子だ……。その正体を突き止めるため、調査団もできる限りのことをせねばだからね。」
「ああ。ワタシもここで引き続き調査を重ねるつもりだ。ダンジョンの攻略の方は、お前たちに任せるぞ。」

「それにしても、今回は快適そうな旅でよかったぜー。何といっても飛行機だもんなー。リーダーの爆走モービルの数千倍マシだぜ。」
「何か先輩と一緒だと、その飛行機ですらトラブルに合いそうで不安ですぅ……。遅延とかキャンセルとか、何なら墜落したりとか……あいたっ!!」

エレザードのイヴァンのドライブで精神を擦り減らす羽目にならずに済むと知り、とても上機嫌のキノガッサのネロ。しかし、マリルリのシャルルが余計な口を挟んだところ、いつも通りキレて暴力に訴えるパターンに様変わりしてしまった。


「全く……2匹ともみっともないからやめてよ……。機内でもそんな調子だと、他のお客さんに迷惑でしょ?」
「メアリの言う通りだ、やかましくするならお前たちだけ徒歩で向かってもらうぞ、全く……。」

「やですぅーっ!! ちゃんと大人しくします、す・く・な・く・と・も、僕は!! いたたぁっ!!」
「そういうとこがダメだっつってんだろうが!! いちいち一言多いわこのボケウサギ!!」

プルリルのメアリが顔をしかめながらネロとシャルルを見つめる。2匹は空港に置いていかれては敵わないとばかりに弁解するが、やはり騒々しいのは変わりなさそうだ。


「やれやれ……やっぱりモービルでのドライブに変えるかなー。」
「ひぃーっ!! やめてそれだけは!!」

イヴァンがそのように呟いたところ、ネロとシャルルは口を揃えてそう叫んだ。イヴァンの暴走モービルは、犬猿の仲である彼らをも黙らせる破壊力があるようだ。


「さっきのシグレの攻撃で壊れた壁……。それにこの場所……。見えたっ、奴を倒す道が!!」
「何だと!? 奴の攻撃を見切る手立てが見つかったってのかよ!?」

「ええ。でもちょっと大変なことになるから、これ着けといてもらえる?」

そう言うとカムイは、Conplusからゴーグルと酸素ボンベを3つ取り出し、シグレとミササギに放り渡した。


「何だこの変な装置は!? 一体どうしろってんだよ!?」
「そのマスクを口に当てるんや。水の中で息するためのもんやからねぇ……。でもこれを渡したってことはまさか、カムイちゃん……!?」

「そのまさかよ。あの弾を見えるようにするにはこうしてやるのよ!!!!」

カムイはそう叫ぶと、フルートを取り出して曲を奏でる。程なくして、ヒレの生えた龍のような生き物が地面から現れた。


「お願い、今から言うことをよく聞いてね。そして、絶対慌てないで。奴を倒すための作戦なのだから、全員生きて帰るためのね!!」
「分かったぜ、お前の覚悟は本物みてぇだからな。俺たちに任せときな。」

「この部屋を、このままこの『蛟』で水でいっぱいにする……。そして私はこの刀で……。」

カムイが呼び出した妖魔は、ほとばしる水で部屋の中を瞬く間に埋め尽くそうとしていた。そんな中、まだ水位が高くなく声が出せる間に、カムイは何とかシグレたちにそこまで告げた。


「……!!!!(カムイちゃんっ!! 一体何を!!!!)」

ミササギが目を見開いて硬直する。それもそのはず、カムイは刀で自らの身体を突き刺したのだ。大量の血が水中に霧のように広がる中、シグレはミササギの肩を掴んでその顔を見つめ、無言で頷く。ミササギもカムイの言葉を思い出して敵の方へ視線を移した。


「……!!(なるほど、あの血やね? あの暗黒弾、どうも重力を操る力を持ってたらしいねぇ……。だからシグレはんの攻撃が……!!)」

そう、カムイの血によって敵の撃ち出した弾が全て丸見えになっていた。

あの弾はミササギが気付いた通り、重力に作用する力を持つ魔法らしく、水で溢れた環境では水流を作ってしまう。
空気中では微弱な気流程度しか生まないようになっている弾だが、水中でカムイの赤い血が広がるこの状況ならば、その赤色を吸い寄せるのがはっきりと肉眼でも見えるため、最早カモフラージュは一切できないようだ。

シグレとミササギは弾の間を縫うようにして敵に接近し、至近距離での集中砲火を浴びせた。その直後、使い魔の本体であるカムイが傷付いたためか水が引いて消滅し、レギオンも大きな音を立ててその場に倒れ込んだ。


「魔法で弾幕張って敵を近付けさせないレギオン……やっぱり本体はその分、驚く程に打たれ弱いって訳やね。」
「それにしても、無茶しやがっててめぇ……。また死ぬつもりだったのかよ!?」

「言ったじゃん……みんなで生きて…………帰るって……。シグレが壊した…………壁……。」

カムイは息を荒げながらも、シグレがリーフストームで破壊した壁を指差した。その部分は硬い岩盤のようになっており、よく見ると赤茶けた石の破片のようなものが転がっているのが何とか見える。


「あの岩の壁、まさかさっきの赤黒い泥が固まってできた泥岩!? なるほどねぇ、どうりで水で空間を満たしても、この部屋が崩れたりせん訳やわ。」
「そしてあの壁やミハイルにくっついた赤黒い泥から、あの作戦を思い付いたって訳かよ……。本当に命知らずな奴だぜ……。」

「シグレには言われたくない……ってば…………。でもちょっと……疲れちゃった…………。アークに帰ったらミハイルを……。」
「ああ、だがその前にお前の治療だ。ミハイルなら大丈夫だ、気を失っちまってるだけだぜ。」

カムイはシグレの言葉に安堵すると、そのまま眠るように目を閉じてしまった。幸い、こちらも命に別状はなさそうだ。

レギオン使いの一派だったというカムイ。しかし、彼女は紛れもない彼女自身の意志を貫き、仲間たちのために戦い抜いた。
彼女が取り戻した記憶の中に、敵に繋がる重大な情報があるに違いないと踏んだシグレとミササギは、カムイとミハイルを連れて寺院を後にし、治療のためにアークへと急ぐのだった……。


(To be continued...)

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