其ノ弐

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 サカキという男は、このカントー地方と隣のジョウト地方両地方の深部、アングラな闇の世界で幅を利かせている悪の組織【ロケット団】のリーダーである。高いカリスマ性と確かな実力、冴え渡るバトルの腕で多くの信者を作るこの男。“ヤクザ”や“ギャング”、“マフィア”といった言葉で表すのが相応しいであろう反社会勢力を束ねている彼であるが、表向きには【ロケット・コンツェルン】という巨大財閥の会長であり、またトキワシティのジムリーダーでもある男であった。世間やメディアに、絵に書いたような“成功者”として持ち上げられている彼が、本当は世界でも通用するような軍隊を作るためにポケモン集めに奔走している悪の組織の親玉だなんて誰が信じるだろうか。きっと誰も信じないだろうなとアイビーは予想する。ゴシップ記者が予想を含め彼の裏側の記事を書いたとしても、“陰謀論”という三文字で片付けられてしまうほど、サカキの社会的な地位は高く他者からの信頼が厚かった。

 料亭に入ったアイビーは、女将さんによって奥の個室へと案内される。完全個室制のこの店は、他の客と顔を合わせる心配が無いからそこだけは有難い。

 アイビーが部屋に入れば、サカキは既に個室の座椅子に座っていた。彼の背後には赤髪の女性と青髪の男性が控えている。そして、それに向かい合うような位置には、黒髪の男が立っていて入室したアイビーを睨んでいた。

「久しぶりだな、アイビー」

「ええ、お久しぶりです、サカキさん」

 愛想笑いを浮かべるサカキに、アイビーも愛想笑いを返して、勧められるまま彼の対面の座椅子へと座った。見計らっていたように食事が運ばれてきて、座卓の上はあっという間に豪勢な食事で埋め尽くされる。それが終わると、女将達は仰々しいお辞儀をしてから部屋を出て行き、室内は五人だけになる。

「ムサシさんもコジロウさんもお久しぶりです。今日はニャースくんは一緒じゃないんですか?」

 アイビーが愛想良く声を掛けると、サカキの後ろに控えていた男女が僅かに顔を顰める。赤髪の女がムサシ、青髪の男がコジロウという名前であることを、アイビーは知っていた。地下闘技場で出場者グラディエーターとして闘っていた時に、幼い身で地下で闘うアイビーを心配して声をかけてきてくれたのが、この二人だった。その時はムサシもコジロウもアイビーが地下で闘う理由を表面上しか知らなかったし、アイビーも二人がロケット団の団員であり尚且つサカキの腹心であることを知らなかったが、その時に芽生えた情は温かいもので、アイビーは二人のことを“友人”だと思っている。

 ムサシとコジロウは顔を見合せたが、上司の手前上司の客人においそれと話しかけるわけにはいかないようで、口を閉ざしている。アイビーはそれに寂しさを感じたが、「まぁいいや」と自分を納得させることにした。

「それより、ボクの背後に立ってる人は誰? サカキさんの部下の人? 初めて見る顔だね。キミの腹心は皆把握してるつもりだったけど……新しい人?」

 アイビーは己の背後に立つ男の事を話題にした。サカキはニコリと笑うだけで答えない。アイビーは「そうなんだね」と頷いて、先に猪口を掲げたサカキに倣い猪口を掲げた。

「改めて、入学おめでとうアイビー」

「ありがとうございます。サカキさんにわざわざお祝いして頂けるなんて、ボクは幸せ者ですね」

 アイビーは猪口の中に注がれた純米酒を一口飲む。アルコール度数が高いのか喉が焼けるような感覚があった。その熱さを誤魔化すように、木製の舟盛りに並べられたコイキングの尾頭付きの刺身に手を伸ばし、醤油をつけて食べる。養殖されたコイキングらしく、泥臭さは全く無い。

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