【第073話】宣告と告白 / シグレ、嵐、ケシキ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 戴冠者クラウナーズの主席であるノヴァに、辛くも勝利を収めた迷霧フォッグ
シャワーズをボールに戻し、晴れゆく毒霧の中で、その勝利に喜びの笑みを浮かべる。
「っしゃ……これで……勝っ………ッ!!」
しかし短時間に境界解崩ボーダーブレイクを連続使用したツケは、決して小さなものではない。
上下がひっくり返るような感覚が、彼の視界を強烈に襲う。
プールサイドでの暗転は洒落にならない……と、咄嗟の判断で姿勢を前かがみにする迷霧フォッグ
しかしその末路は……前方、即ちプール内への落下であった。

 激しい水飛沫と共に、水中へ沈んでいく迷霧フォッグ
明らかに意識がない中での着衣入水は、人魚セイレーンとは言えタダでは済まない。
おまけに水に触れたとあれば……あの症状が発症するのも想像に難くない。
「ふぉ……迷霧フォッグくん!!」
その様子を見ていたシグレは迷いなく更衣室の扉を開き、ボールからウェルカモを呼び出す。
「ウェルカモッ、迷霧フォッグくんを救出してッ!!」
「えるるッ!」
湿ったプールサイドをスライドばりのダッシュで駆けていき、すぐに迷霧フォッグの真下に潜り込む。
そして両手で彼を持ち上げて浮上すると、抱えたまま更衣室の方へと駆け戻っていったのだ。
ノヴァに、人魚の姿その姿を見られないように。

「……おや、シグレ君ですか。もしかして、先程の試合も観戦していらしたので?」
「ッ……!」
ノヴァに話しかけられ、背筋が凍る感覚を覚えるシグレ。
「(嘘だ……あの人、絶対私の存在に気づいていた……!)」
鏡越しに彼女へ視線を送っていたのは、火を見るより明らかな事実だ。
それどころか、ノヴァはまるで……迷霧フォッグとの会話を、彼女に見せびらかしているような節すらあった。

 しかしそんな事は今はどうでもいい。
彼女が最優先すべきは、境界解崩ボーダーブレイクの連続使用で反動が来ている上に、人魚セイレーンの症状を発症した迷霧フォッグの事だ。
「……えぇ。勝手ではありますが、物陰から観戦させていただきました。では、用がないのなら私はこれで失礼します。」
シグレは軽く頭を下げると、すぐにウェルカモの後を追って部屋に戻ろうとする。
「あぁ、お待ち下さい。まだ迷霧に報酬を渡していません。お手数ですが、代わりに預かっていただけないでしょうか。」
そう言ってノヴァは、シグレの方にカードを投げ渡す。
この鬼ごっこを勝ち抜いた証だ。
裏にはちゃんと、ノヴァのサインも記載されている。

「そして……彼との口約束です。迷霧フォッグ君には、こうお伝え下さい。」
「ッ……。」
「『チハヤ君はまだ未熟だ。我々・・GAIAの方で徹底的にサポートをする。』と。」
「ッ!?」
唐突に上がるチハヤの名前。
先程彼が口にしていたのは聞き間違いではない、と確信したシグレはノヴァに問いかける。
「ち……チハヤくんが……何か関係あるんですか!?」
「……貴方の知るべきことではありません。否、知った所で、今はどうしようもない。貴方は一言一句、迷霧フォッグ君に今の伝言をお願いします。」
が、しかし。
彼女の個人的な質問を、突っぱねるノヴァ。
だがその後、付け足すように彼女へ声を掛ける。

「あぁそうそう。此処から先はシグレ君、貴方への直接の言葉ですが……」
「私に……?」
「えぇ。まずはチハヤ君。それが終わったら次は君です。いずれまた声を掛けますので、その時はよろしくお願いしますね。」
「つ、次……!?訳が分からない!さっきから何を言ってるんですか!?」
シグレは混乱し、ノヴァに言葉の真意を問い直す。
が……彼は用が済んだ、とばかりにプールを後にしてしまった。

 だが、それを追う余裕は彼女にはない。
「ッ……って、しまった!迷霧フォッグ君の方をなんとかしなくちゃ!」
すぐさまシグレは、ノヴァが出ていった方とは逆の方角へ踵を返す。
迷霧フォッグの容態を案じて。



 ーーーーー時を同じくして。
GAIA南エリア、南の森。
その東端にある、川沿いの道。
石を片足で蹴り飛ばしつつ、獣道を闊歩する人物が居た。

「ったく……長雨レインの奴め。何が『冷静になれ』だよ……。」
舌打ち混じりに歩いていたのは、黒衣の観測者ジャッカニューロのメンバーの1人……ストームだ。
彼は数時間ほど前、聖戦企業連合ジハードカーテルのメンバーであるリベル・バゼットと接触していた。
その際に、彼女が『DF-013号爆破事件』に何かしら関与していることはほぼ確定していた。
当該の事件は、ストームの両親と彼自身が焼死した、海上タンカーの爆破事故である。
そしてその復讐のため、リベルを手に掛けようとした所……彼は長雨レインからの電話で呼び止められた。

 あの後長雨レインに呼ばれたストームは、口頭で以下のような事を告げられた。

ストーム。お前は我々の中でも、特に聡明だ。だがそれと同時に、熱しやすい性格でもある。僕はそれが怖いんだ。まだリベル氏が例の事件の犯人と決まったわけでもあるまい。一度落ち着くんだ。取り返しの付かないことをするのは、本当に最後の最後で良い。』

 その言葉が、ストームの中でずっと反復し続けていた。
「何なんだよ……イーユイも居たし、もうほぼ確定じゃんかよ。僕から復讐を取り上げたら、何が残るってんだよ……」
長雨レインの言うことが正論なのは、彼にだって分かっていた。
それが自分を心配しているが故の発言なのも、痛いほど分かっていた。
しかし仇敵と思しき人物を目の前にして何もさせてもらえない歯がゆさというのは、今の彼には耐え難いものだったのだ。
「……あぁ、ムカつくッ!!」
彼の脚は、目の前の石を遠くまで思い切り蹴飛ばした。
その時……

「おー、随分キレの良いキックだ。さてはアンタ、相当不機嫌なクチでいやがりますね。」
「ッ……!?」
後ろから、急に声が聞こえる。
振り返ってみると、そこには岩場に座って釣りをする、シママの覆面を被ったスーツの男が居た。
聖戦企業連合ジハードカーテルのメンバー、シキシマノ・シママーマンだ。
木の枝に木綿糸を付けただけのボロボロの釣り竿を片手に、頬杖をついて怠そうにしている。

 すぐ後ろは、先程ストームも通過した筈の場所だ。
しかし気づかぬうちに、いつの間に……シママーマンはそこで鎮座していたのである。
「い、いつからそこに……!?」
「いや、数時間前から居ましたけど。アンタが気づかなかっただけじゃねーですかね。」
「ッ……!」
ずっと一定のローテンションで話し続ける彼の口調に、若干の苦手意識を抱くストーム
しかし彼には分かった。
気怠げに澄ましている彼が……ただの人間ではない、強烈な何かを抱いていることが。

「……アンタ、シママーマンさんだっけ?リベルと同じ匂いがするね。仲間か?」
「会って早々、随分生意気なクチを効きやがりますね。いや、別に俺が目上ってワケでもねーですけど。」
「いいから、答えてよ。」
「そりゃ同じ聖戦企業連合ジハードカーテルですし?アンタの鼻がグルトン並に効くってんなら、同じ匂いがしてもおかしくないでしょーよ。」
特に取り繕う様子もなく、一切ストームの方を振り向きもせず、淡々とシママーマンは答える。
「……僕が言いたいのはそういうことじゃない。シママーマンさん、もしかしてとんでもない悪人だったりしない?」
「さーね。正義や悪ってのは、立場や見方によって基準が変わりまくる。アンタがそう思うんなら、それが正しいんじゃねーですかね。」
シママーマンが気だるそうに返事をすると、それと同時に釣り竿の糸が激しく揺れる。
……が、すぐにそれは止まった。
どうやら雑魚のポケモンに、餌だけ持っていかれてしまったようだ。

「……まぁいいや。で、アンタ確か養成プログラムを受けてる学生でしたよね。俺の元に来たっつーことは……バトルの申込みですか?」
「……あ、やべ。すっかり忘れてた。」
リベルの事で頭が一杯になっていた彼は、授業の事などすっかり忘れていたようだ。
が、目の前に居るのは聖戦企業連合ジハードカーテルのメンバー。
今個々で倒しておけば、授業の課題はクリア……となる。
「はぁ……で、やるのかやらないのか。どっちなんですか。」
「やるさ。ちょうどイラついて居た所だったからね……憂さ晴らしには丁度いいッ……!!」
そうしてこの場所でも、また新たな戦いが繰り広げられようとしていた。

 丁度その時。
ストームとシママーマンの居場所から数十メートル離れた場所の茂みにて、歩いていた人物が居た。
「ったくケシキのやつ、どこ行ったんだよー……聖戦企業連合ジハードカーテル戴冠者クラウナーズも全然見つからねぇし……あーもー……」
先程まで牧場にてカディラと戦っていた、チハヤだ。
彼は駆けていってしまったケシキを探すため、南エリアの周辺を探していたのだ。
「(あーあ、アイツに相談したいことがあったんだけどな……。)」
目的の人物が誰一人見つからず、完全に行き詰まってしまっていた。
が、しかし。
丁度その時、彼の視界には……茂みの向こうでバトルを繰り広げようとしているストームらの姿が映る。

「あれはストーム……と、お!?もしかしてシママーマン!?」
シママーマンといえば、チハヤが好きなヒーロー番組に出ていたキャラだ。
それと同じ格好をした人物が居れば、彼のテンションが上がるのも必然であった。

「やっべやっべ、本物じゃん!サイン貰お!おーい!おー……」
喜びのあまりチハヤは、茂みを飛び出して声をかけようとした。
……が、一歩踏み出した瞬間。
「ッ……!」
そこには殺気が走る。
今から真剣勝負の始まるこの場に踏み入ってはいけない……と、彼の本能が告げていた。
「(あ……やっぱ後でいいや。一旦この勝負の行方を見守ろ……)」
そうして彼は、茂みの中に縮こまる形で、彼らの戦いを見守ることにしたのであった。


 ーーーーー時を同じくして。
GAIA南エリア、ネオサバンナ、GAIAライナーステーション。
ポケモンたちを回復させ、自販機のドリンクで一息つくケシキとキク。
「ふぅ……ようやく山を降りられました。ケシキ様とニャローテ達の道案内のおかげですわ。」
「みゃろッ!」
空間把握能力のあるニャローテの様々なサポートによって、無事下山をした2人。
貧弱なケシキがしっかりと山を降りられたのも、彼やその他のポケモンたちの協力あってこそだ。

「全く……GAIAは広いんだ。移動をする時は気をつけろ。」
「えぇ、肝に銘じておきますわ。これから遠くに行くときは、ケシキ様に同行してもらいます。」
「そういうことじゃないんだが……まぁいい。」
ぼやきつつ、ティータイムに耽る両名。
午後の青空は、雲ひとつ無い快晴であった。
 
 疲れた心身でぼんやりと空を眺めていた、そんな時。
「あ、そうそう。私、そういえば面白いものを持ってきておりますの。」
「面白いもの……だと?」
何かを思い出したかのように、キクがポーチを漁り始める。
「えぇ。こちら、GAIAに売り込もうと考えていたドールカンパニーの商品なのですが……」
そう言うと彼女は、メモリディスクのような小型の物体を取り出す。
そこにはテープとマジック文字で、『ポケトーカーX、ベータ版』と書かれていた。
「な、何だそれは……」
「『ポケトーカーX』というスマホアプリですわ。以前、マツリ様の企業がポケモンの鳴き声を人間の言語に翻訳するアプリを開発していらっしゃったのですが……それの精度を、更に弊社側で向上させたものです。翻訳した言語を直接トレーナーの脳に遠隔送信する機能もありますので、実戦でも導入可能ですわ。」
「アプリ開発……キミの会社、そんなこともやってたのか。」
「えぇ。まぁこれはベータ版……リリース前のサンプルなので、量産や最適化にはしばらく時間がかかりますがね。試しに、ケシキ様のスマホにインストールしてみますわ。」
「え、ちょ……」
ケシキの持っていたスマホを勝手に取り上げると、キクはディスクを挿入して準備を進めてしまう。
するとあっという間にアプリはインストールが完了し、なにやら物々しい画面が表示される。

「さて、このスマホをニャローテに向けて下さいまし。」
「こ……こうか……?」
言われるがまま、ケシキはスマホのカメラをニャローテに向ける。
するとニャローテが何か言うと同時に……

『よぉケシキ。俺の声が聞こえてるか?』
「うわっ!?しゃ、喋った!?」
ケシキの脳内に、声が聞こえてきたのだ。
人語ではあるが、その音声の主がニャローテであることは、彼にも明白に分かった。
『お、その反応は……成功しているっぽいぜ。やーい、ヒョロガリ!顔色クマシュン!粉薬飲めない子供舌!』
「……き・こ・え・て・る・ぞ……ニャローテッ!!」
『ぎやーーーっ!おい止めろケシキッ……ぐわ、くすぐったい!』
此処ぞとばかりに悪口を言い始めるニャローテを、両手で捕まえて締め上げるケシキ。
しかし心なしか、その手付きは嬉しそうであった。

「あら、早速使いこなしてらっしゃいますわね。流石ですわ。」
「……あぁ、びっくりするくらい鮮明に聞こえる。これが実用化されれば、大いに便利になることは間違いない!」
「それはよかった。」
キクは微笑みつつ、ディスクを再度ポーチに仕舞う。
ケシキの顔が明るくなっていたのが……彼女も、嬉しかったのだろう。

 その時、ニャローテが何かを思いつく。
『……なぁおいケシキ。このアプリがあるってことはよォ。アイツの声も聞こえるんじゃねぇのか?』
ケシキの膝の上で転がされながら、何者かとの会話を提唱する。
「アイツ……アイツとは、誰だ?」
『ヒラヒナの奴だよ!ウチのチームで一番の問題児の!』
「あ……あぁ、そうか……」
確かにケシキは、未だに分かっていなかった。
ヒラヒナが頑なに自分の言うことを聞かない理由が。
であれば、このアプリを手に入れた丁度いい機会だ。
直接、ヒラヒナに聞いてみるのが一番だろう。

 ニャローテの提案通り、ケシキはヒラヒナをボールから出す。
「ふりり!」
相変わらずの有り余る元気で、飛び出すや否やぴょんぴょんと跳ね回っている。
そして彼女の方へ向けて、スマホのカメラを翳す。
そのタイミングで、ニャローテとの通信テレパシーが切れ、ヒラヒナに接続が切り替わる。
「……ヒラヒナ、少し話がある。」
『えー?』
表情は動いていないが、声のトーンから少し嫌そうなのが伝わってくる。

「別に怒っているわけじゃないんだ。ただ、聞きたい。お前は……俺が嫌いか?」
『うーん、好きじゃない!』
予想外にはっきりとした答えで、ケシキのメンタルを抉るヒラヒナ。
しかしこれしきでは、彼はへこたれない。
「ぐ、そうか……ちなみに理由は……?」
『なんかー、弱そーだから!』
「よ……弱そう……」
ダブルパンチを決められたケシキは、予想外のショックから項垂れる。
今しがたヒラヒナに言われた言葉を、小さく口元で反復しながら。

 それを聞き届けたキクが、フォローのつもり(?)で補足をする。
「弱そう……まぁ確かに、お身体は強い方じゃありませんわね。」
「追い打ちを掛けるな、キク。で……お前はやたらとチハヤを気に入っているようだが。それは何故だ。」
『えっとねー……強そうだから!』
ケシキを好いていない理由とは、真逆の回答が返ってくる。
自分とチハヤを比べられている気がした彼は、やはり良い気はしていない。

 が、それでも客観的にその言葉の真意を探るべく、彼は質問をする。
「強そう……というのは?」
『チハヤはいっぱい虐めても壊れないから好き!ケシキはすぐ壊れちゃいそうで嫌!』
「いじめ……こわれ……え!?」
バイオレンスな単語に、耳を疑うケシキ。
しかし確かに、彼女はハッキリとそう言っている。
スマホの画面の方にも、しっかり文字で一言一句同じ記録が残っていたのだから。

「なるほど……どうやらヒラヒナは、か弱い貴方と一緒にいるのがストレスだったようですわね。」
「は……ハハ……何だよ、とんだSサディストじゃないか、このポケモン。」
苦笑いとともに、机に突っ伏すケシキ。
ようやく、胸に詰まっていた何かが取れたような開放感があった。
「(なるほど……これがチハヤの言っていた、『理由のない苦手』というやつか。)」
これではいくらケシキが寄り添った所で、ヒラヒナが答えてくれるわけもない。
自分の中に渦巻いていた疑問が、綺麗に解消した瞬間であった。

『あ、あっちにチハヤがいる!チハヤーーーーッ!』
そうしてケシキに興味をなくしたヒラヒナは、どこか遠くに駆け出して行ってしまう。
目が効く彼女は、遥か遠くに彼の姿を感知したのだろう。
「あっ、ちょっと待てヒラヒナッ!おーーーーい!」
ケシキは飲み干した紅茶のボトルをゴミ箱に投げ捨てると、急いでヒラヒナの後を追う。

 ……その先に、何があるとも知らずに。

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