其ノ弐

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 しかし、普通の娘でないことは彼女自身が証明してしまっている。一般家庭に生まれた普通の娘であったなら、青年の尾行に気付きそれを撒くために壁を蹴り登って森に飛び込むなんてことはしない。自分を尾行する人間に怯えることも無いのも不自然だ。そしてなにより。

 パンッと彼女が手を打ち鳴らす。それと同時に水が花火のように舞い散る。それを見てポケモン達がはしゃぐ。

 あれは、人間業ではない。ポケモンの言語を理解し、ポケモンと同じように技を操る。人間にそんなことは出来ない。彼女は、人間ではないのだ。

 報告書で初めて彼女の情報を見た時の感想は“怪物”だった。正直者である青年は思わず『化け物じゃねぇか』と口に出してしまい、仕事上の相方である幼馴染に肘で小突かれた。その感想を目の前で聞いていた、青年達の上司である男は青年の感想にため息を零し、『怪物でも化け物でも、継承者であることに変わりは無い』と青年を睨んだ。青年は心の中で中指を立て、また報告書に目を落としたのだ。報告書にクリップで留められていた写真の中のアイビーと今のアイビーの姿は別人のようであるが、色の変わる毛先と瞳が、目の前の少女こそ観察対象で間違いないと青年に教えている。

 “怪物”だ、と思った。人間では無いのだと、思ったのだ。並べられた経過報告も彼女が生まれた過程も全て“普通の人間”とは異なっていた。だが、今、青年は彼女を見つめて動けない。恐怖ではない。興奮、歓喜、そして恋慕。

 亜麻色の髪が揺れ、濡れたスカートを翻しながら踊り、桃色の唇で歌う、そんな少女の姿に、見惚れてどうしようも無いのだ。言葉を交わしたわけでもなければ、肌に触れたわけでもない。ただ遠くから眺めているだけなのに、どうしてか胸がドキドキと高鳴った。

 声を、掛けてしまいたい。その瞳に自分が写ったらと考えずにはいられない。あの優しい声で名を呼ばれたら、それだけで幸せになれそうだと思う。ドキドキと胸を高鳴らせていれば、ふと、水色の瞳がこちらを見る。反射的に隠れたが、より強く胸が脈打った。ルガルガンも、既に姿を隠している。

 あの娘に透視能力の報告は無いので、見つかることはない。青年と少女はまだ会う予定ではないのだ。神経質の上司は、初対面の方法を随分模索している。自分達が敵だと思われないようにと思案し、相方である幼馴染もそれに賛同して色々と策を練っているようである。だから、今見つかるわけにはいかない。

 ロロロロロという着信音が、響いてきた。少女のスマホロトムのようだ。視線がスマートフォンに向き、青年の隠れる方角から外れる。

 青年は息を殺し、また少女を見る。少女はこちらに背を向けて、スマートフォンで誰かと会話をしていた。彼女は会話を続けながら、左の髪の毛を掻き上げるようにして左耳の後ろから何かを取り出し、腰のベルトに提げた円形のポーチにしまっている。毛先から水色が抜けていき、また脱色した白に戻った。それから彼女は帰ってきたサーナイトの姿を目視してからメッソンをボールに戻すと、ポケモン達へさよならの挨拶をすることも無く[テレポート]でその場から消え去る。霞のように消えてしまった彼女に思わず舌打ちしたが、相方が[テレポート]に使うサイコパワーの残留粒子を追って少女が何処に消えたのかは分かる。だから焦ることは無いと青年は自分に言い聞かせ、それから[テレポート]で対象が移動したことを相方に伝えた。青年が亜麻色の髪の乙女に名を呼ばれるのは、まだ暫くかかりそうである。



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