其ノ弐
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
ポケットからニュッと出てきたスマホロトムが、カメラでポケモンの姿を読み取り図鑑説明を読み上げる。
《【メッソン】:みずとかげポケモン
非常に臆病な性格で、怯えると玉ねぎ100個分の催涙成分をもつ涙を流してもらい泣きさせその隙に逃げ出す。皮膚の色は濡れると変わり、周囲へ擬態することが出来る》
「へぇ……キミ、メッソンって云うんだ」
《主にガラル地方の初心者用のポケモンとして養殖されているポケモンであるが、ヒバニーやサルノリよりもトレーナーに懐きにくく、育成が困難だと言われている。その為最初に貰ったメッソンを野生に返すトレーナーが多く居り、ガラル地方のワイルドエリアの生態系の変化が懸念されているポケモンである》
「わぁ、人間のエゴ面白い〜」
「その言葉は面白いと思っていない奴が言う言葉だぞ」
「メタモンはなんでも分かっちゃうんだから賢いねぇ。うん、べつに面白くないね。
さてさて、はじめましてメッソン。ボクはアイビー、今日からキミの友達さ」
アイビーはニコリと笑い、キョトンとこちらを見上げていたメッソンの手を握る。水の中に生息するポケモンらしく、その身体はヒンヤリとして冷たい。メッソンはキョトンとしていたが、やがてじんわりと瞳に涙を浮かべた。
「あらら?」
アイビーは首を傾げたが、メッソンは堰を切ったようにワッと泣き出す。鼻の奥まで刺激が走り、アイビーは思わず目を押えた。目を押えても痛みを堪えることが出来ず、アイビーは両目からポロポロと涙を零す。
(うわぁぁぁぁあああああん!!!!)
大号泣であった。メッソンはわんわんと大声を上げて泣き、メタモンは舌打ちをした。森の中に生息する、アイビー達の様子を伺っていたポケモン達はその泣き声に蜘蛛の子を散らすように逃げていく。スマホロトムの図鑑説明の通り、催涙ガスに似た効果を持つ涙に真正面から当てられたアイビーは、目を開けていることが出来なくなる。涙で霞む視界の中で、泣きながらもスゥッと姿を消していくメッソンの姿が見えたが、それに声をかけることも出来ず両目を押えて蹲った。
激痛に閉じた暗い視界の中、メタモンがアイビーの襟首を掴んで川へと突き落とす。春とはいえ森の中の川は随分と冷たくて、悲鳴が出そうだった。一瞬で自分の周辺が全て水になり呼吸が出来なくなったアイビーであるが、冷水に冷やされた顔面から徐々に痛みが引いていくのを感じる。なるほどあの涙の効力を消すために、メタモンは自分を川に突き落としたのだなと把握して、アイビーはゆっくりと水面から顔を出した。
「ぷはっ! はぁ、ぁあ……アハハハ! 目も喉も、全部痛いねメタモン!」
「ったく……こんなものテロだろ……」
アイビーはなんだかおかしくなってしまって、まだ痛む喉でアハハハと肩を揺らし笑った。メタモンが不機嫌そうに吐き捨てるから、余計面白くなってしまった。唯一メッソンの催涙デバフ涙の効果を浴びなかったスマホロトムが、不安そうにアイビーの顔を覗き込む。アイビーは大丈夫だよと彼に笑いかけ、またメタモンを見る。
「暫く水の中に居ろ。生物が生み出せる程度の催涙液なら、10分もすれば効果が収まる。特にメッソンの液体はその場凌ぎのための一時的なものだ。痛みが引くまでは水の中にいろ、いいな?」
「はいほー」
アイビーは軽い声で返事をして、川水の中に浸かり続けることにした。
ベルトに取り付けた円形ポーチを取り外し、その中から水色のディスクを抜き取る。そしてそれを、自分の左耳の後ろにある窪みに差し込んでポーチの蓋を閉じた。一瞬、身体の筋肉が糸を張るように緊張して、ドクンと大きく心臓が脈打つ。しかし次の瞬間にはもう身体が落ち着いていて、アイビーは水の中を揺蕩い始めた。アイビーの瞳が水色に変わり、白かった毛先も水色に染まったのを確認してから、メタモンは深くため息を吐く。
「ああ畜生、痛ぇ……」
「大丈夫? きずぐすり使う? きずくすりで治るかな?」
「攻撃技ではないからな……望みは薄いだろう」
「そっかそっか。じゃあ暫くは寒中水泳しよっか」
アイビーはまたケラケラと笑い、ニョロモ達の邪魔はしないようにしながら川辺に寄り掛かる。