Episode 71 -Diabolicalness-

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読了時間目安:17分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 えっことローレルは、壁の中からレーザーを放つレギオンに手を焼いていた。何とか攻撃を回避し続ける2人だったが、不意を突かれてえっこが負傷したことをきっかけに、ある不穏な存在の影が差し迫るのだった。
 「ぴっ、ぴぇっ!?」
「何!? 突然どうしたんだい、そんな怯えたような様子をして……?」

ユーグの自宅にて、お茶を飲んで一息付いていたはずのセレーネが、突然声を上げる。

足先から大きな耳の先端まで、まるで波打つようにその毛が順に逆立つのが遠目からも分かる程であり、つい先程まで見せていたリラックスした雰囲気とは一変した様子に、そばにいたユーグもつい身体をびくりと動かす。


「怖いのです…………。何か、よくないことが起こります……僕には分かるのです……。」
「君は生まれつき強い魔法適性がある……。恐らく、その直感は何かしらの超自然的エネルギーを感じ取ってのものだろう。単なる気のせいって訳でもないようだね。」

「何か、大きくて恐ろしくて、全てを壊してしまいそうなものが来そうな気がするのです……。例えるなら……悪魔……? えっこお兄ちゃん……。ローレルお姉ちゃん……。」

直感的に危険な気配を察知したらしく、セレーネはテーブルに伏せるようにしてうずくまり、過呼吸を起こした。そんな彼をさすりながらもユーグは、えっこたちの身の安全を心から祈る。


「(この子の直感……恐らくはえっこたちに何か危険が……? どうか無事でいてくれ……。)」


一方のえっことローレルは結晶の神殿内部にて、イプシロンたちの呼び出したレギオンに早速の苦戦を強いられていた。

壁の中を自由に移動できる性質に加え、両側から放たれる高威力のレーザーに反応したり、対処したりする手立てが見当たらない。このままではいずれ、レーザーに2人揃って潰されてしまう結末を迎えてしまうだろう。


「くそっ……次は一体どこから来るんだ……? 薄暗い上に広大なこの部屋じゃ、あの輪っか模様を目視するのも難しい……!!」
「レーザーとは光のエネルギー……。直線上にしか照準を合わせられないはずです。つまり、2つのリングは必ず真向かいに位置することになる。正方形のこの部屋では斜め方向にレーザーが来ることはない……。」

「そうかっ、それなら下手に動きさえしなければ、俺たちがいる位置へ攻撃できるレーザーの軌道は2通りに絞られる……!! つまりは、そこか……!!」

そう、ローレルが気づいた通りにレーザーは直線的な軌道を描くため、壁から挟み撃ちするのであれば、必ずリングは真向かいになければならない。

この部屋は正方形であり、ある一点を狙う輪っかの設置パターンは2通り存在することになる。よって、2人が互いに固まってさえいれば、リングが出現する場所を誘導できるとえっこは考えた。


実際にえっこが勘を張った場所にリングが出現したことで、2人はより素早く攻撃を回避することに成功した。
とはいえ、こちらからの攻撃手段がなければ防戦一方になってしまう。それにこの場から上手く脱出する手もあるが、イプシロンたちの計画を見逃して尻尾を巻く訳にも行かない現実がある。


「攻撃の方向を絞れただけでもまだマシというべきですが、懸念事項がまだまだあります……。あの輪っか、天井や床にも出現するのでしょうか?」
「そうなると、ある一点を狙う攻撃パターンは3通りか……。床に模様が出る以上察知は簡単だが、ほぼ零距離でレーザーを床から食らうことになる……。そうなったら確実に回避できるかどうか……。」

そう、床や天井からの攻撃パターンがまだ出現していないのだ。もし敵が床や天井に移動可能なのだとしたら、必然的に床から至近距離での一撃を食らうことになり、回避は難しいかも知れない。


「……。ローレル、どうやら床や天井は使わないみたいだぞ。今度はあの階段から来る……!! だが何故だ、あそこからだと俺たちのいる地点と軸があっていないぞ?」
「階段……? まさか、あそこからならっ……!!」

ローレルが叫ぶと同時にレーザーが放たれる。しかしこれまでの軌道とは違い、階段の段差で輪っかの模様内で高低差が生じたために、レーザーが斜め上に飛ばされて天井に激突した。


「うわぁっ!? そうか、あの角度で飛ばせばレーザー同士がぶつかって相殺することはなく、天井を破壊できる……!!」
「でも奇妙です、結局天井を破壊したところで、僕らのいる位置には瓦礫を落とせない……。一体何の意味があって……?」

「うぁぐっ!!!!」
「なっ!? えっこさんっ!!!!」

土埃と共に天井の結晶が砕けて散乱している中、突然えっこの苦しげな声が背後から聞こえる。ローレルは振り返ると同時に、青ざめた表情を見せながらえっこの身体を支えた。








 「団長ですかぁ? やっぱり森全体がこの有様です……どうしてこんなことに……。」
「そうか……ひでぇことしやがる……。一体全体、何が起こってるっていうんだよ……。」

「分かりませんが、ここが魂の終着点と知っての行動であることは間違いないでしょう。この不気味な地獄絵図を取り除かなくては……!!」

外にいるデンリュウたちは、聖地を囲む森を調査していた。調査団ガジェット越しに聞こえてくる団員たちの報告からするに、森のほぼ全域が異常事態に見舞われているらしい。


「ん? にわか雨か……? こんな平原のど真ん中で、天気が急変するとは珍しい……。」
「何だかよくないことが起こる予兆のように感じられます……。えっこさんにローレルさん、大丈夫でしょうか……。」

「信じるしかねぇさ。何故だか知らねぇが連絡が取れなくなった以上、こっから中の様子を見ることはできねぇ。だがあいつらは、こんなとこでやられちまうタマとは思えないぜ。きっと大丈夫、俺たちが信じてやろう。それがアイツらのために出来ることだからな。」

気が付くと、頭上を黒く厚い雷雲が覆い尽くしており、その空のカーテンを低く下ろしていた。にわか雨が来そうな雰囲気だ。

メアリがにわか雨の前のおどろおどろしさに、そんな言葉をぽつりと呟く。一方のネロは拳を強く握りしめたまま、えっことローレルの無事を祈り、心の底から信じるように目線を空に向かって上げた。


「何故だ……何故俺の肩にレーザーが……!?」
「えっこさん!! 大丈夫ですか!?」

「何とか……掠っただけだ……。それよりも奴が一体どこから攻撃してきたのかを突き止めねば……。」
「輪っか模様はどこにも確認できなかった……。なのにどうして……!?」

えっこの左肩から血が滴り落ちる。どうやら先程のような太いレーザーではないものの、どこからかえっこの肩を掠める形での一撃が命中したらしい。

辺りを見回して確認するローレルに対し、えっこは着ていたマントの先端を蒼剣で切り取って腕に結わえ付け、止血を試みている。


「えっこさん……血が……。」
「ああ。掠っただけとはいえ、かなり深くやられたらしいな……。あまり悠長にはやってられないかも知れない。」

「敵は突然見えない箇所からの不意討ちを始めた……。さっきとは攻撃方法もレーザーの太さも違う……。何か、理由があるはずです。」
「理由……もしかして、さっき瓦礫を落としてきたのがきっかけか? あれを境に、今までと違う攻撃パターンが出現した……。瓦礫を落としたから不意討ちができるようになった? でも何故だ……一体どこから……?」

えっこの肩から腕にかけての出血量は決して少なくはない様子だ。気長に構えていられなくなった2人は、懸命に敵の攻撃の正体を探る。
先程階段から放たれたレーザーが天井を破壊して、瓦礫を降らせた後から攻撃パターンが変わったことに気が付いたそのとき、再びえっこの身体をレーザーが襲った。


「なっ……何っ……!?」
「えっこさん!!!! しっかりしてください!!!!」

「今の攻撃……君の元から撃たれたように…………見え……。何か……解決の糸口に…………。後は頼む……ローレル………………。」
「えっこさん……!!!! 嫌ぁっ!!!!」

直撃こそしなかったものの、レーザーは今度はえっこの腹部を貫き、えっこは腹と口から血を流しながら、その場に倒れ込んだ。ローレルは動かなくなったえっこを揺り動かすが、一向に目を開けないまま時間だけが過ぎていった。


「えっこさん……。どうして、どうして君だけが……。」

そのとき、ローレルはえっこが倒れる間際に口にした一言を思い出した。レーザーがローレルから放たれたように見えた、その情報に彼女は注目する。

「僕の元からレーザーが……。えっこさんではなく、僕の元から2回連続で……。えっこさんにはなく、僕にあるもの……まさか!!」

ローレルは背中に背負った剣の鞘を見た。そこには小さな輪っかの模様が2つ並んでおり、まるで鞘そのものにペイントされたかのようになっていた。


「やはり……!! 壁、階段、瓦礫、そしてこの鞘……。敵の能力は、表面が滑らかな固体に潜む能力!! 壁から階段に移動した後、僕の剣の鞘へと移ったのは、地面に落ちた瓦礫と土埃の中の細かな砂粒を介してのこと……!!」

ローレルの言う通り、敵の能力は個体の表面に潜む能力のようだ。壁をぐるりと旋回しつつ階段に回って天井をレーザーで破壊することで、大量の瓦礫や土埃を発生させ、それらを介してローレルの背中の剣へと忍び込んだ相手は、そこからえっこを狙ってレーザーを撃ち出していたのだ。

一方のえっこは身体に大きな固体を身に着けていなかったため、ローレルのように宿主にされることはなかった。故に、彼が先に狙われることとなったのだ。


「えっこさんを……よくも僕のえっこさんを…………。何故、僕ではなくえっこさんが……。許せない……絶対に許せない……!!!! 消し去ってやる……レギオン共々必ず……!!!!!!」

その場に肩を落として座り込むローレル。彼女は既に動かなくなったえっこを前に、目から涙を零してすすり泣きながら、普段のローレルからは想像もできないような怒りに満ちた口調と声で、握りしめた自分自身の拳を見つめていた。









 「うぁっ!? 何だ今のっ!?」
「君も感じましたか……。どうやら、それはここにいる全員が同じようですね。何でしょう、今の感覚は……? まるで、胸を刃物で貫かれたような……。絶望が津波のように一気に襲いかかってきたような……。」

フローゼルが、突然胸を押さえてうろたえた様子を見せる。デンリュウや他のメンバーたちも同じ感覚を覚えたらしく、誰もが一様に息を呑んでいた。
そんな中、メアリが神殿を取り囲む血管を指さして声を上げた。


「何これっ……!!!? 血管みたいなものが次々に……!!!!」
「中に流れてる液体が黒くなってる……!! それにあちこちで管が弾けてちぎれていきやがる……!!」

「まるで器官が高速で壊死し、末期の癌に侵されているかのようですよ……。何故こんなことに……? えっこ君……ローレル君……!!」

神殿を取り囲んでいた血管状の物体が黒く変色していき、次々と動脈硬化を起こしたかのように破裂していった。
そんな異様な光景にしばし固まっていたデンリュウとフローゼルだったが、すぐにえっこたちのことが心配になったのかメアリにその場を任せ、血管が消え去った入り口から神殿内部へと走っていった。


「必ず滅ぼす……。えっこさんを傷付ける者は、決して許さない……。永遠に続く苦痛と死をもって償わせる……!!!!」

ローレルの瞳は普段の透き通るグレーとは違い、暗い紫色の光を放っていた。その身体からは何人たりとも近づけさせないようなどす黒いオーラが無限に放たれているようであり、今の彼女と相対したものは、その迫力に押し潰されて立っていることさえ困難になるだろう。


「『インフェルノ・オブ・ヴァニティ』!!!!!!」

ローレルが放ったのは、何とアルティメットスペルの黒魔法だった。ローレルには黒魔法の適正はなく、ましてや最高レベルの魔法等級9の更に上を行くアルティメットスペルなど、使えるはずもない。

突然空間を切り裂いて現れた漆黒の炎は部屋中を覆い尽くして拡散され、階段の奥にあった血管を瞬時に朽ち果てさせた。炎はそのまま床や天井、壁に燃え広がると、その表面を崩壊させながら激しく炎上し、次々と粉砕していった。


「うげぇっ!? 何だコイツ!!!? こんな奴が最上級の黒魔法を……!!!? どういうことなんだよ!!!?」
「まずいよ……!! こんなの異常すぎる……!!!! 逃げないと捻り殺される!!」

レギオンから抜け出てきたイプシロンとユプシロンは、2人揃って青ざめた表情のまま慌てた様子を見せる。やはり彼らが呼び出したレギオンには、その持ち主が宿って操作していたらしい。


「やっと出てきたか……。えっこさんをよくも……!!!! 貴様らには、その身の破滅を味わわせてやる……!!!! でなければ、僕たちの気が済まない……!!!! 殺してやるっ……!!!!!!」
「コイツ、まさか……!!!? そうか、やっと見つけたぞ!! コイツがお目当ての人間か!!!! ははははっ、やったー!!!! やっと見つかった、はははぁっ!!!!」

「ダメだイプシロン!! 今は逃げよう、コイツと戦って勝てる見込みはない!!!! ここは一時撤退するしかないよ!!!!」

ローレルは、その冷たい紫炎のような眼光をイプシロンたちに向ける。一方のイプシロンは突然狂ったように笑い出し、ローレルこそが探し求めていた人間だったのだと暴露した。しかしユプシロンは、そんな彼女を無理矢理に引張り、揃ってそのままその場から姿を消してしまった。


「逃げたか……。だがよかろう、その抜け殻になったレギオンは始末させてもらうのみ……。えっこさんの受けた痛み、その身をもって思い知るがいい!!!! 『メビウスストリーム』!!!!」

再びローレルは、その手から強大な魔力の塊を放った。その魔力は既に壁から抜け出て動きを止めていた輪っか模様のレギオンを包み込み、膨大なエネルギーを放出し続けている。


「おいっ、何だよこの状況!!!? つか何でローレルが!? あんなえげつない魔法、見たことないぞ!!!!」
「あの魔法……えっこから聞いたことがあります。アルティメットスペルの黒魔法で、対象を永遠に終わることのない暗黒空間への落下に誘うという最高クラスの呪術……。 何でそんなものを彼女が……!?」

大広間へと辿り着いたデンリュウとフローゼルは、ローレルがレギオンに対して行った凄惨な攻撃の一部始終を目の当たりにして硬直していた。しかし、すぐに傍らに倒れているえっこの姿に気が付いて駆け寄る2匹。


「えっこ!! ……よかった、何とか息はあるみてぇだぜ。メアリに適切な処置を頼めば問題ないだろうよ。」
「ローレル君、もうやめにするのです!! えっこ君ならこの通り無事です!! ワタシたちにそんな姿を見せないでください、君らしくありませんよ……。」

「聞こえねぇのか、ローレルっ!!!! えっこならきちんと処置をすれば助かる、もうそのレギオンへの用は済んでるだろ!! そんな奴に構わず、えっこを一刻も早く外に運び出すために力を貸してくれ!!!!」

えっこは何とか生き長らえているようだ。しかし、怪我が酷いために予断を許さない状況ではあるらしく、一刻も早いメアリの治療が必要だ。
デンリュウたちはえっこの無事をローレルに叫んで呼びかけるが、ローレルはその突き付けられた剣先のような眼差しを2匹に向ける。調査団で数々の修羅場をくぐり抜けたデンリュウたちでさえも、その迫力に思わず後ずさりしてしまう。


「大丈夫……。安心してください、怯えることはないのです。えっこ君は必ず助けると約束します。だから彼が戻ってきたときのために、またその笑顔を見せてくれませんか? ねぇ、ローレル君?」
「…………!? あぁ…………ぼ、僕は一体……。」

「ふぅ……。正気に戻ったらしいな。早速で申し訳ないが、えっこを運び出すのを手伝ってくれ。まだ息があるとはいえ、うかうかしてられない状況なんでな。大丈夫だ、俺も約束するよ。必ずコイツは助けると。」

ようやく正気を取り戻したローレルは、震える手をじっと見つめながらその場で呆然としていた。デンリュウとフローゼルは、そんなローレルの様子をしばし見守った後、えっこを担いでその場を後にし、ローレルもそれに続くようにして大広間を立ち去っていく。


「(僕は……。僕は、一体何を……。途中から記憶が途切れ途切れで、でもレギオンに対する沸き起こるような憎悪や殺意だけは覚えてて……。胸が痛い……苦しい……。)」

ローレルは意識を失ってデンリュウに担がれたえっこの後ろ姿を仰ぎ見ながら、彼らと共に神殿外部へと通じる階段を駆け上るのだった。


(To be continued...)

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