第75話:もうひとりのふたり――その1
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「おっ。やっと来たか」
「待ちくたびれたんだけど」
その2つの声には心当たりがあった。ありすぎた。まさか。でも、そんな——。動揺と共に、キズナの4人は階段をのぼりきって声の主をその目で捉えた。
「はじめまして……かな」
衝撃で固まるキズナの4人を見ながら、“青い方の”声の主がキズナに話しかける。落ち着いた声と表情でどっしりと構え、小柄な体格が全く気にならない威圧感を放ちながら。
「お前ら、まさか……」
震える声でセナは言葉を絞り出す。自分の声が相手の声にそっくりなことを認識し、余計に頭が混乱するような気分だった。
「あれっ、オレたちのこと知ってんの? 嬉しいねぇ」
今度は“赤い方の”声の主が発言する。はつらつとした声に笑顔。しかし目だけは刺すように冷たい色を放っていた。
「知ってるもなにも、キミたち……セナとホノオにそっくりじゃない……」
「そうだヨ。声も、見た目も……」
ヴァイスとシアンが言うと、キズナと対峙する2人——ゼニガメとヒコザルがにんまりと口角を上げた。
「それはそうさ。“僕”たちはセナとホノオであり、セナとホノオではないとも言える。ごまかしのようであり、これが答えさ」
ゼニガメがそう語ると、瓜二つのゼニガメ、セナが問い詰める。思考を巡って表層に上がってきた心当たりに、嫌な予感がしながらも。
「似たようなことを、救助隊FLBのリザードンも言っていたな。アイツはヴァイスの父さんであり、そうでもない、と。お前たちは、一体何者なんだ? 奴らの仲間なのか?」
「勘が良いじゃないか。記憶力も良い。さすがは“僕”だ」
「くっ……予想はしていたけど、“オレ”はやっぱり察しが悪いな。なーんかアホ面に腹立ってきた。とっとと種明かしするぞ」
「お前も全く同じ顔だろうに」
ゼニガメとヒコザルは掛け合いで本題に導入する。2人が紡ぐ話を、キズナの4人はじっと待つ。表情がどんどんこわばってゆくのを感じながら。
「お前たちが辿ってきた道には、いくつか残された謎がある。例えば、初めての昇格試験。あの時の事件を、覚えているか?」
「忘れるわけないだろ。せっかく戦闘試験が成功したのに、何者かに襲われて、試験に失敗して。それで、FLBがサメハダ岩まで運んでくれて……」
セナがゼニガメに答えると、直後、彼の中で真相が炙り出された。——そうだ。あの時は分からなかったけど。
「どう考えてもFLBが怪しい。あの時は奴らが正義の救助隊だと思っていたし、純粋に助けてくれて感謝した。でも、違った。FLBは、ミュウツーの手下だった。オイラたちに悪意を持って接触していた可能性が高い」
セナがキズナの面々に説明するように述べると、ヴァイス、ホノオ、シアンの3人は目を見開く。偉大な先輩救助隊に励まされた温かな思い出が、一瞬で凍りついてゆく。
「さすが、大当たり。ご褒美にその“悪意”の種明かしをしてやろう。あの日のFLBの本当の目的は、セナとホノオの遺伝子の情報を入手することだったんだ」
ゼニガメの種明かしが誘導的なのに対して、ヒコザルはどんどん話を核心に進める。イデンシのジョウホウ? その言葉に、ヴァイスもシアンも、そしてホノオも首を傾げる。しかしセナの中では、全てが繋がる。確信すると、答え合わせに入った。
「……なるほどな。つまり、あの昇格試験のときに試験の妨害をしたのは、他でもないFLBだったんだ。奴らはオイラたちに攻撃して気絶させ、そのスキにオイラとホノオの細胞が含まれた、身体の一部を手に入れた。それをオイラたちに怪しまれずにミュウツーの元に持ち帰り、目的達成。そしてお前たちは、ミュウツーがオイラたちの遺伝子情報を使って生み出した、オイラたちのクローン。……どう? これで合ってる?」
「うん、頭いいね。またまた大当たり」
「科学者の卵なんでね」
推理の正解をゼニガメに褒められるが、セナは表情1つ変えず答える。言葉に出さなかったが、もう一つ確信していることがあった。
ポプリたちの村、グリーンビレッジのポケモンを誘拐したのも、ゼニガメとヒコザルだった。それもおそらくこの2人だ。村を破壊した罪をセナとホノオに擦りつけ、悪評を流すために暗躍していたのだ。実際に、ポプリたちはセナとホノオを犯人と間違えて襲いかかってきた。敵の策略により、確かに実害を被り、苦しめられてきたのだ。
ここで、ようやくホノオが言葉を発する。
「身体の一部を持ち帰るために襲った……? なんか想像すると気持ち悪いし、オレには仕組みがよく分かんねーけど……。でもとにかく、お前らはミュウツーが作った、オレとセナのコピーだってことは分かった。……で、お前らは何のために作られたんだ?」
「目的は主に3つある。まず、“生命エネルギーの回収”をする駒として。次に、ミュウツー様の計画を進めながらセナとホノオに罪をなすり付けるため」
「んで。オレたちの最後の役目が——」
ゼニガメとヒコザルはホノオに答えると、ここで互いに目を合わせ、ニヤリと笑う。
「今ここで、お前たちを足止めすることだ」
セナとホノオと全く同じ声の持ち主が、声を揃えてそう宣告する。場に満ちる殺気が、戦闘を避けられない事実をキズナに教えた。4人は気を引き締める。
「最後にいいことを教えてやる。オレたちにはちゃんと、コピー元とは違う名前があるんだよ。紛らわしいからね。オレのことは、カガリって呼んでくれ」
「火狩(カガリ)……。なるほど、オレの苗字が由来か。やりにくいな」
ホノオと同じ遺伝子を持つヒコザルは、カガリと名乗る。心当たりのある由来に、ホノオは苦々しい表情を見せた。
「そして、僕の名前はミズキ」
まずい、セナの苦手な精神攻撃だ。ホノオとヴァイスはそう悟ると、とっさにセナに目を向ける。案の定、彼は目を見開き、自分と同じ遺伝子を持つゼニガメ、ミズキを見つめて硬直していた。
「同じ遺伝子を持つなんて、“双子”みたいだよなぁ」
身が竦むような威圧感を放ちながら、ミズキはセナにじりじりと近づく。そして、セナに右手を向けるとその手に光を宿した。
「僕のこと、お兄ちゃんだと思ってもいいよ……セナ!!」
閃光、爆音。とっさに目をつむって耳をふさいだホノオ、ヴァイス、シアンには、それしか分からなかった。
その場が静まると、一拍おいてホノオは状況を理解する。戦闘、開始。ひるんだセナに、ミズキが重い一撃を喰らわせたのだ、と。
「セナ!」
何よりも先に声が出て、それから目を開ける。するとホノオたちの目の前に、予想外の事態が。
「作戦、成功」
にっと笑ってそうつぶやくのは、キズナの3人との距離が近いほうのゼニガメ、セナ。技を放ったはずのミズキは、セナより大きなダメージを受け、ふらつきながら立っていた。ホノオとシアンには状況が理解できなかったが。
「“ミラーコート”だね? さすがセナ!」
ヴァイスは歓声を上げ、セナはそれに答えるようにピンと2本の指を立ててピースサインを見せた。そうか、ミラーコートか。と、ホノオとシアンはようやく状況を理解する。セナはひるんだふりをしてミズキの特殊攻撃を受け止め、それを強力に跳ね返したのだ、と。
セナは笑みを消すと、ミズキを見据える。
「悪いけど、その程度じゃオイラはひるまないよ。お前はオイラが大好きだった……オイラの兄貴の水輝じゃない。水輝は死んだ。もういない。すごく辛いことだけど、オイラはずっとこの罪を背負って生きていく。二度と忘れない」
「さすがに、お前を見くびりすぎたな。ならば、実力勝負といこうか」
セナとミズキが互いに“アクアリング”で傷を回復しながら言葉を交わす。彼らも、その仲間たちも、大きく息を吸い込む。そして。
「“ハイドロポンプ”!」
「“火炎放射”!」
「“潮水”!」
幾多の声が重なり、キズナとミズキ、カガリ——両者の攻撃が真正面からぶつかりあった。