Episode 58 -Sortie-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 病院でトレを見守るえっことマーキュリーの元に、ハリマロンのえっこから招集がかかる。2匹はその切羽詰まった様子に急き立てられるように、ローレルを連れてハリマロンえっこの家へと向かう。
 トレの事件からわずか1時間後、えっことマーキュリーはタクシーの車内にいた。夜8時半の道を飛ばすタクシーからは、どこかただならぬ切迫感が感じられた。


「ったく、あのクソ親父何考えてやがんだ…………。この間は朝に突然会議開いたかと思いきや、今度はこんな夜にだぜ? レギオン事件続きでイカれちまってんのかよ。」
「本当、どうしたんでしょうか……。それに怪我してるトレさんはまだしも、ユーグさんは呼ばれず、俺やローレルは呼ばれている……。正直人選の基準もよく分かりませんね。」

それは15分程前のことだった。病院にてえっことマーキュリーのComplusに、ハリマロンえっこから突然の連絡があったのだ。


「えっこ君、マーク、私だ。急で申し訳ないが、すぐにローレル君を連れて私の家に来て欲しい。タクシーを呼んであるから、それに乗ってえっこ君のアパートにローレル君を迎えに行き、そのまま家まで直行しろ。」
「は? いきなり電話してきて何言ってやがんだよ!? つか勝手に決めんな、今こっちはトレの怪我でそれどころじゃ……。」

「いいからつべこべ言わず来いっ!! こちらも一刻を争うような事態だ、説明は後にする。こんなときに私をあまり苛つかせるな、全く……。」

そうして一方的に切られた通話の後、タクシーが病院にやって来て今に至る。えっことマーキュリーは怪訝に思いながらも、ローレルをピックアップすると、ハリマロンえっこの邸宅へと向かうのだった。


「ああ、お帰りマーク!! それとえっこ君とローレルちゃんも。さあ、早く中に。」
玄関では待ちわびていたかのようにカイネが佇んでいた。
カイネに案内されるままに通された先は、ハリマロンえっこ一家の食卓だった。とはいえ、当然こんな時間に晩餐会などが始まる訳もなく、既に机にはニア、カザネ、メイ、そして何故かいるかとローゼンまでスタンバイしていた。


「おや、いるかさんまで一緒なのですか? 一体どうしてこんな……。」
「えーと、僕も何だかよく分からないっていうか……。カザネさん、本当に僕がいて大丈夫なんですか? 何か場違い感凄まじいんですけど……。」

「いいのいいの、ローレルと僕に声がかかることは100%読めていた。だから君も一緒がいいって思ってね。一匹だけ蚊帳の外なんて嫌だろ? こうして無理矢理居合わせれば、もう誰もこの件とは無関係とは言わないよ。」
「そ、そんな強引な……。」

するとハリマロンえっこが、中央の席に議長の如くどっかりと腰を下ろした。慌ててカイネとえっことローレルとマーキュリーも近くの席に着く。










 「さて……こんな夜分に突然集まってもらって申し訳ない。だが、少し厄介なことが起こっていてな。少しでも急ぎたい故に、こうして無理を承知で集まってもらった。」
「あ、あの……カザネさんのお父さん……? やっぱり、僕帰った方がいいんじゃ……。」

「君の好きにしてくれ。君はカザネのよき友人であり、部活仲間であり、何より大切なチームの一員と聞いている。君が望むなら、私は君を爪弾きになどしない。無論、関わりたくないならそれも一考だが。」
「それなら、僕たちのチームの一員として残らせてもらいます……。せっかくだし……。」

いるかはハリマロンえっこの目つきに少しおどおどとしながらも、再びそっと着席した。えっこが食卓にある大型テレビの電源を入れると、一枚の写真が画面に映し出されているのが見える。


「これはどこかの街……? でもアークではないし、こことは比較にならないほど大きい感じが……。」
「ここは『水の大陸』と呼ばれる地上世界の中央の地方にある大陸の、『ワイワイタウン』っていう街だよ。メイもマークもカザネも、みんなここで生まれたの。」

「えっ!? これがワイワイタウン……確かいつかカザネさんから聞いたことが……。でも、一体この街がどうして……?」
「我々は今からここへと向かう。地上で今、面倒な問題が起こっていてな。私たちに援護要請がかかったという訳だ。」

テレビに映し出された街並みには、手前側にポップなデザインの旧市街が広がっており、そこはさながらおとぎ話の一場面のように、華やかで可愛らしい石畳とレンガの世界となっていた。

その一方で奥には不思議な造形の高層ビルがいくつも立ち並び、ガラス張りの流線型の屋根をしたドーム型の建物も見えている立派な近未来都市の景観が浮き上がっている。このワイワイタウンと呼ばれる街は、アークとは比較にならない規模の巨大都市らしい。


「水の大陸には2つの聖地とされる場所がある。最近、その辺りに不自然にレギオンが発生しているらしくてな。レギオン使いのポケモンたちと戦っている私たちに声がかかり、地上の組織と協力して調査及び討伐に踏み切ることとなったのだ。」
「地上の組織……? ワイワイタウンにも、レギオンと戦えるダイバーのような者がいるというのですか?」

「ええ、そこは私と夫とニアがかつて所属していた組織なの。水の大陸の『ポケモン調査団』と呼ばれるチームだよ。10匹くらいの小規模なチームなんだけど、その実力は地上のどの探検隊や救助隊や冒険団・調査団よりも抜きん出て高く、世界各地から毎日依頼が舞い込むくらいなの。」

ローレルの疑問に対してカイネがそう答えた。地上の住民とて、モノノケやならず者たちの脅威に対して丸腰な訳ではなく、アークのダイバーに相当する職業の集団が各地に点在しているらしい。


「久々のワイワイタウンかぁ……でも聖地って何? 僕らが地上で暮らしてたとき、ただの一度もそんなところの噂なんて聞いたことはないけど……。」
「それについては着いてから説明するとしよう。とにかく、今は一刻を争う事態なのでな。」

「待ちなよ、メイメイんとこのおじさん。作戦において目的地についても、何故このメンバーで向かうのかも、具体的にモノノケたちが現地で何をしようとしているのかも状況説明してくれないんだ。何か妙だよね、隠そうとしてるでしょ?」

いつもよりも早口で話を進めていくハリマロンのえっこ。そんな様子に何か裏があると直感したローゼンは、その鋭い眼光で横目にハリマロンえっこを睨みながらそう質問した。


「……いいだろう。目的地は2つ、『テンケイ山』と呼ばれる小山と、『結晶の神殿』と呼ばれる古代の遺跡だ。端的にいえば、これらのスポットはそれぞれ私たちの魂が生まれる場所、そして一生を終えた後に身体から離れた魂が眠りに就き、リセットされる場所なのだ。」
「魂……!? どういうことなのか何かよく分からないんですが……。」

「まあ、込み入ったところは追々にしておこうか。とにかく、この星の魂と生命を司る聖地に、ほぼ毎日のようにレギオンが出没しているらしい。」
「それも何だか様子が変なのー。奴らは普通、本能のままに暴れ回って大きな被害を残していくはず……。でも聖地の近くに現れたレギオンは、何かを探すかのようにうろうろと聖地の周辺を巡回しているみたい。まるで何者かによって統率され、目的を持って行動しているかのように……。」

ハリマロンのえっことニアがそのように語った。一方のえっこは魂という非科学的にも思える概念の登場に、少し戸惑っている様子だ。しかしそんな彼に構うことなく、ハリマロンのえっこたちによる説明は続く。


「なるほど、それであのファイとかいう奴のご一行が、今回の件に絡んでるんじゃないかと睨んだ訳かぁ。」
「その通りだ。ファイ、プサイ、イプシロン、ユプシロン……レギオンやモノノケが何者かの意思に従って行動するとすれば、奴ら以外にその主人は到底思い浮かばない。」

「それはそうと、何でこのメンバーな訳? 私たち一家は、調査団と顔が知れてて連携取りやすいってのがあるかもだけど、他の面々は選ばれた基準が全く見えない。」
「人間の魂だよ。その2つの聖地は、人間が作り上げた場所なの。詳しい理由までは分からないけど、それが原因で奴らもあそこを狙ってるんだと思う。だから、人間の魂こそが状況の調査に影響を及ぼすと踏んだの。」

カイネの言葉通り、ここには多くの人間の魂の持ち主が集結している。えっこ、ローレル、ローゼン、ハリマロンえっこ。
その魂こそがさながら磁石のように、聖地を脅かすファイたちを引き付け、多くの謎を解き明かす手がかりになる。ハリマロンえっこたちはそのように考えたらしい。


「ねー、それならシグレとカムイも連れてった方がよくない? あの二人も元人間だよ?」
「ファイたちへの対抗勢力全員、そしてアークにいる人間全員を一挙に地上に向かわせるのは、あまりにリスクが高い。シグレ君やカムイ君、そしてその他のメンバーたちにはここに残ってもらい、通常の依頼やモノノケ討伐に従事してもらう。人間という存在が何らかの鍵になる可能性がある以上、リスクヘッジは行うべきだからな。」

「ここに残る人間と、向こうに行く人間の選抜基準までは特に設けてはいないけどねー。強いていえば、ローレルちゃんは派遣チームに入れることになっていた。」

ニアのその言葉を聞き、目を丸くするローレル。えっこはホワイトボードを引きずり、6色のマグネットをそこに貼り付けた。


「ローレル君を選んだ理由はただ一つ、現時点では君だけが、奴らの探している人間である可能性を秘めているという点だ。」
「確かに……シグレさんやカムイさんはそのターゲットではないと言われた。それにえっこさんも……。」

「ローゼンと親父も探してる人間じゃねぇってほざいてたんだよな? なるほど、なら残りはローレルか。」
「何か有力な情報を掴むためにも、今回は敢えて奴らと遭遇しやすい条件を整えるの。そのためにはローレルちゃん、君に囮になってもらう必要がある。大丈夫、他のみんなが付いてる。万が一にも危険な目には遭わせない。えっこ君にも誓う、必ず守る。」

えっことローレルはしばらく顔を見合わせたが、こくりと頷くと、ゆっくり口を開いた。


「分かりました、僕はみなさんを信じます。僕でよければ、敵をおびき寄せるための餌となりましょう。」
「俺もローレルの考えを尊重します。でも、俺はローレルを必ず守り通す。例えこの命に代えてでも。作戦上有効だからとはいえ、人様の大切な親友を利用するんだ、他のみんなも同じ覚悟は持って欲しい。」

えっこの強い眼差しに、一同も静かに頷いて応える。ローレルが一番のキーパーソンとなる可能性が高いだけに、そのサポートは誰もがその責任を負うこととなるのだ。


「ま、不可解な点は色々あるけどこれ以上は黙っておこうか。急いでるんでしょ? 最低限の疑問は晴れたといえば晴れたからね。」
「すまないな、詳しいことは後になれば分かること。今はひとまず出発を優先せねばならないのだ。」

「急ぐ急ぐったって、どのみちこんな時間じゃ出発は明日だろ? 荷造りして寝るから、さっさとこんな会議切り上げようぜ、ふぁぁっ……。」
「いや、出発は今夜だよ。それが最短ルートになるからね。」

カイネがそう告げると、マーキュリーは露骨に面倒臭そうな表情をしてみせた。そんな彼の反応などどこ吹く風、カイネたちはこれからの予定を説明する。


「今アークが停泊してる地上の近くに、『アーノルドポート』と呼ばれる港町がある。そこから深夜1時40分に出る夜行貨物フェリーに乗れば、その10時間後の明日正午には、ワイワイタウン北港に到着できる。そのまま向こうで作戦会議だね。」
「いやっ、ちょっ!! 今夜すぐに出発だなんて、セレーネを置いてくわけには行きませんし……。」

「それならユーグに私から話を付けておいた。彼がセレーネ君を預かり、面倒を見てくれることとなる。丁度セレーネ君の白魔法の才能を見てみたいと、彼も言っていたところだからな。」
「そ、そんな勝手な……。大丈夫かなぁ……。」

えっこは少し苦笑いしながらそう答えた。基本的に善良で素直ではあるが、何かと面倒なところもあるユーグの性格だけに、どことなく不安を感じる部分もあるのだろう。


「では各自準備に取り掛かり、深夜12時丁度にダイバー本部の地上行きエレベータ前に集合することとする。以上、解散。」
ハリマロンえっこがそのように告げると、それぞれは一斉に動き出して荷造りなどに励み始めた。

目の前に突如現れた長旅の予感。そしてその先に待っているであろうレギオン使いの勢力との衝突……。
えっことローレルは、待ち受ける様々な不安に対して心配そうな目つきを見せるが、やがて揃って視線を前に見据え、タクシーのフロントガラスに映る新市街の夜の煌めきを見つめるのだった。


(To be continued...)

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