第三章【三鳥天司】23

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 死を覚悟した少女の落ちゆく手をファイは確かに掴んだ。しかしそれに安堵する猶予もなく、人一人分の重力は赤髪の彼女もろとも地面へと引っ張っていく。その距離は僅か数メートル、ファイは大きく呻きながら、全力で空中に踏ん張り引力に逆らった。掴んだ先の彼女の様子を省みる余裕もなく。
「ぐううぅぅぅっ!!! ──────がはっ」
 ファイの呻き声は突然息が詰まる程の衝撃により途絶えた。掴んだ手はいとも簡単に離れてしまい、細い体は鞠のように地面を幾度か跳ねて無様に着地した。
 真紅の少女は何が起きたか理解できず、頭の中は真っ白なまま、ただただ内臓が吐き出そうな激痛に耐える。それが落下により大地に強く叩きつけられたせいと気づくのに数秒かかった。
 周りの状況を確認しようと体を動かそうにもあまりの痛みに肢体は微動だにせず、漸く顔だけは動かせるに至る。ぼやけて揺れる視界で奇妙な格好の黄支子色が見えた。しかし視界がハッキリするにつれ、それは黄と真朱の色が混ざりあった錯覚だと分かる。

 その姿は黄髪の隙間から鮮血を流して地に倒れ伏すかつての親友だった。

「っ……! ……っ……!」
 ファイは彼女の名を呼ぶも酸素を取り入れるのに必死な肺は空気を吐き出すだけで音は出ない。それでも彼女は友の名を呼ぶのを止めず、痺れる体を無理矢理にでも引きずって広がる血溜まりに向かう。
 ファイは血に濡れるのも構わずにサンの元へ這い進む。うつ伏せのまま動かない彼女の元に辿り着いた頃には、ファイの体は多少動くようになっていた。ファイは全身に力を込めてゆっくり上体を起こしてから、友の顔を見ようとその体を抱え込んだ。
 その時、ファイは腕の中の少女の胸が微かに上下している事に気づく。死の間際とも言える弱々しい呼吸だが、ファイは縋るように親友の名を叫んだ。
「サンっ!!! サン!!!! 起きて! サン!!!」
「…………うっ、せ……」
「サン!」
 苦しげに呻くサンだったが、こんな時まで憎まれ口を叩く。そんな彼女に寧ろファイは安堵した。それも一瞬の事であったが。
「…………ふぁ、い……り、ざ……」
「え」
「……やくそく、ごめん………………」
 消え入りそうなその一言を最後に、雷を操る少女は力を失った。急に重みを増した腕が、サンの死をこれでもかと押し付けてくる。しかし彼女を抱えるファイはそれを認められず、何度も何度も腕の中の少女の応答を求めた。
「サン? サン、サン、ダメだよ、寝たらダメ、ダメだよ、サン、リーザもいるんでしょ? じゃあ一緒に迎えに行こうよ、だからさ、起きて、起きて、ねぇ早く起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて」
 ファイは呼びかけを重ねながら無気力になった彼女を何度も揺さぶった。それはどんどん大袈裟になっていく。その動きに合わせて割れた頭から、乾いた唇から血が流れ、どこの関節かも分からないが全身がごきごきと小気味悪い音を立てる。
 気づけば天気は完全に雪模様に切り替わっていた。急ぎ早に降り積もる雪化粧の中、からんからん、と冷たい金属音が響いた。
 それは冷たくなったサンの手から零れ落ちた【三鳥天司・雷電】であった。
「サン…………」
 その音を最後にファイは動かぬ友への声掛けを止めた。いくらなんでももうこれ以上自分を誤魔化せなかった。どう頑張ってもこれ以上否定しようがない。

 サンが死んだ。

 これでもかと痛ましい現実がファイを押し潰す。吹雪も相まってどんどん冷たくなっていく遺体を暖めるように彼女は強く強く抱き締めた。噛み締めた唇から押し殺した嗚咽が溢れる。見開かれた紫色の目は光を無くしていた。





 サン、ごめんなさい。
 全ては私の力不足。村長の娘である私が皆を守らないといけなかったのに。
 せめて家族だけでも守りたかった。でももうお父さんもお母さんも、サンまでいなくなってしまった。
 私がもっとしっかりしていれば、サンはあんな悲惨な思いをせずに、あんな憎しみを抱えずに、あんな恐ろしい所業をせずに、あんな死に方をせずに済んだはずだ。
 だから、だから、今度こそ、貴方だけは────リーザだけは。私が救ってみせる。





 その意志に呼応するように一筋の陽光が赤髪の少女を照らし始めていた。友の血を吸い上げ濃くなった深紅の羽衣を纏う彼女は遠い空を強い眼差しで見上げた。その瞳には再び光が灯る──それはファイにとって、最後の希望だった。

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