Episode 43 -Technology on sand-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 『アストラ砂漠』の奥地にある『廃墟の神殿』に臨むこととなったルーチェたち。砂漠という極限環境で目的地までひとっ飛びするために、ルーチェ曰く『専門職ダイバー』の助けが必要らしい。
 この日、ルーチェたちフィーア・シュテルンの一行は作戦会議を進めていた。会議をリードするルーチェの顔は少し困惑の色を見せている。


「しっかしやなもんだねぇ、こんなクソ暑い砂漠だと、汗やら砂嵐やらでメイクが落ちちまうよ。」
「いいじゃんいいじゃん、別にメイクもお洒落もしなくても、ルーチェちゃんはとても綺麗だよ。」

「まーた調子のいいこと言っちゃってー、アタイにゴマ擦っても何も出やしないよ!!」
「けど、厄介なのは確かね……足元の悪い砂漠となれば、かなり行動が制限されてしまう……。」

そう、次の彼女たちの目的地は『アストラ砂漠』の奥地にある『廃墟の神殿』だ。
この砂漠にはかつて豊富なエネルギー資源が眠っていたことから、小さな村があっただけの土地に一攫千金を夢見るポケモンが集結し、にわかにビルの建ち並ぶ近未来都市が築かれた。

ところが天然ガス掘削現場で落盤事故が発生して以来、有毒成分を含むガスが辺りに湧き出るようになり、住民は逃げるように街を立ち退くことを余儀なくされた。今では有毒ガスの発生は落ち着いているものの、かつて栄華を誇った大都市は廃墟となり、複雑に入り組んだ神殿のようになっているのだ。


「まー、砂の大地だかんね……。『あの子』に頼むしかないかー。」
「ああ、彼ね……。今もうちのとこの機械工学コースで元気に研究してるわよ。まあ相変わらずなんだけどさ……。」

ルーチェとメイは、何者かについて突然口を揃えて噂し始めた。ローゼンはそれを聞いて首を傾げる。


「その『あの子』って誰のことだい? まだこのチームにメンバーがいるってことかな?」
「いやー。あの子はメンバーじゃないんだけどさ、専門職ダイバーの一員なのさ。機械全般に強くて、特に『砂行船』の運行免許と機関士免許持ってるからねー。」

「専門職ダイバー? 砂行船……?」

ローゼンは聞き慣れぬ言葉にますます首を深く傾げた。彼らに協力してくれる専門職ダイバーとは誰なのだろうか?










「んが……すぴー…………。」
「イビキかくなっ…………!!」

眠りに落ちて頭を垂れるアルバートの後頭部を、カザネがひそひそ声で怒りながら叩く。


「あいたっ、んー、んぐっ……!!!!」
「コンサート中だぞ、静かにしてろ……!!」

びっくりして声を上げようとするアルバートの口を、待ち構えていたように押さえつけるカザネ。
舞台では立派な装いをした楽団が一斉に楽器を鳴らして音を奏でている。70匹くらいはいると思われるその楽団は、その一匹一匹が高い質の音を生み出し、重ね合わせることで素晴らしいハーモニーを実現していた。

やがてコンサートが終わり、カザネたちがホールを後にする。笑ってごまかすアルバートだが、カザネはプリプリと怒った表情を見せている。


「もー、そんな怒んなってー。悪かったよー、何か演奏聴いてると心地よくってさ。眠気がな、あはは……。」
「心地よくなるのは分かるけど、寝息立てるなっつーの!! 楽器たちのハーモニーが壊れるだろ!!」

相変わらず苦笑いを続けるアルバート相手に、カザネはこれ以上は無駄と思ったのか大きくため息を漏らした。


「そういえば、お前が吹いてるあれ……えーと、サックスだっけ? さっきの楽団にはいねぇんだな。」
「そりゃあ、管弦楽編成にサックスなんて含まれないさ。サックスが生まれるよりも、はるかに昔に確立された編成らしいからね。」

「吹奏楽と管弦楽は違うのか? 同じようなもんじゃねえのか?」
「吹奏楽は書いて字の如く、吹く楽器がメインだ。例外はパーカッションとコントラバスくらい。でも今の『ダイバー連盟管弦楽団』みたいなフィルハーモニー編成やオーケストラだと、バイオリンみたいな弦楽器もたくさん入ってくる。」

そう、この日一同はカザネに誘われて、もとい無理矢理連れ出されて、ダイバー連盟管弦楽団の演奏会を聴きに来たのだ。吹奏楽部でチケットが配られたが急に行けない者が出たため、アルバートやセレーネが同行していた。


「その管弦楽団とやらも、専門職ダイバーの一種なんだろ? 音楽技術とダイバーの仕事の関係がよく分かんねぇけどな……。」
「戦うだけがダイバーの仕事じゃないでしょ? レギオンや悪いポケモンの被害を受けたポケモンを元気付けるため、音楽が力になれるの……。それに、カザネ君みたく魔奏譜を使える魔法使いもいるから……。」

「まあそういうこと、セレスさんの言う通り。何も敵を倒すだけで地上のポケモンたちを幸せにできる訳じゃない。その後の心のダメージのケアや、文化振興や交流なんかも大切なことだ。だからこうしてお抱えの楽団がある。僕は残念ながらサックス奏者だから入れないけど……。」

専門職ダイバーとは、ローレルやカザネのような一般のダイバーとは違い、専門スキルを使用して特殊な任務や一般ダイバーのサポートを行う者を指す。
その中には非戦闘員も多く、裏方で縁の下の力持ちとして機能するケースが大半だ。もっとも、セレスの言う通り中には一般ダイバーと専門職を兼任する者もいるのだが。


「うちの父さんと母さんも専門職だしね。父さんは黒魔法研究者としての技術サポートもできる傍ら、もちろん一般ダイバーとして戦うこともできる。母さんは実戦教育のエキスパートと現役ソロダイバーの兼任。」
「聞けば聞くほど凄いですね、カザネさんのお父さんとお母さん……。確か地上の『ワイワイタウン調査団』のエースだったんですよね? あそこは地上じゃ名門中の名門ですしね……僕みたいな田舎者でもよく耳にしてました。」

ハリマロンえっこやカイネのバックグラウンドに改めて驚くいるか。そんな話の中に出てきたワイワイタウンという地名に、ローレルが反応する。


「ワイワイタウンとは? 何だか騒がしそうな名前ですね……。」
「聞いたことがあるのです。とっても大きな街で、アークよりもたくさんのポケモンが住んでて、高いビルもたくさん並んでるらしいのです。」

「そうそう、僕はそこの生まれなんだ。地上世界の中心部辺りの、水の大陸と呼ばれる場所の最大都市でね、ここより広大な旧市街と新市街があって、新市街には高層ビルも立ち並んでた。旧市街と新市街の境目辺りに調査団があって、小さい頃は団員さんに面倒見てもらったりしたなぁ……。」

カザネは自らの幼少期の記憶を辿るようにしてローレルたちにそう説明した。ハリマロンえっこやカイネは過去にそこで暮らしており、メイ・マーキュリー・カザネの生まれ故郷でもあるようだ。


「いつか、その街も見てみたいものです。カザネさんたちの生まれ故郷とあらば、なおのこと気になりますしね。」
「ボクも行ってみたいのですー!! ゲームの大きな大会とかやってそうなのです!!」

「まあ、アークは今は水の大陸の上空にはいないみたいだし、またいずれってとこかな。さてと、ここで解散にしようか。確か今週の数学の課題の量ヤバかったしね……。明日はヘラルジック見に行く予定だし、帰って手を付けないとだ。」

カザネがそう促すと、一行はそれぞれ別れを告げて家へと向かった。そんな一行の内アルバートだけは、これから死ぬ思いをして片付けなければならない課題の山に顔を青くしていた。











 「ふーん、そういう専門職のダイバーもいたんだぁ。知らなかったよ。」
「んで、今から会いに行くのも専門職のダイバーなのさ。機械工学技術全般に長けてて、特に砂行船の操縦ができる数少ないダイバーとして珍重されてる。」

「砂行船っていうと、文字通り砂の上を走る船かな?」
「まあ、そんなところかと。何でもホバークラフトの技術を応用して作られた代物らしく、滑るように一切の振動も感じさせず、上り坂も下り坂も滑らかに突き進み、オアシスの水上を走ることも可能な水陸両用船なのですよ。」

ローゼンがルーチェやツォンとそんな会話を繰り広げていた。ルーチェたち4匹は、メイに連れられて魔法アカデミーのキャンパスを訪れている。

もっとも、普段メイがいる魔法関連の学部のキャンパスとは違い、この界隈は工学部や理学部、農学部に心理学部といった自然科学系統の学生が多く存在し、日夜研究や実験に明け暮れている場所だ。

一行はある一棟の建物に足を踏み入れる。土色のレンガやステンドグラスで彩られた歴史ある建物が多いアカデミーだが、この建物はコンクリートの壁と自動ドアが目を引き、内部も白を貴重とした人工的で洗練されたデザインに統一されていた。
どうやら自然エネルギーで棟内の電力を賄っているらしく、大きなスクリーンにその発電量がリアルタイムで反映されている。


「あー、そうだそうだ、肝心なことを忘れてた。軍服君にはツォンと一緒に、通訳を任されて欲しいんだよ。」
「通訳? どこか遠い国から来てる子なのかな? 僕はあまりよその言語は自信ないけれど……。」

「そうじゃないわ、彼は女性が苦手なのよ。というか、厳密には実家の宗教上、婚約者以外の女性と接触したり口を聞いたりしちゃダメらしいの。それで、女性を見るだけで過度に恐れるようになってしまったらしいわ。だからメッセンジャー役をお願いね。」

ローゼンの疑問にメイがそう答えた。どうやらこれから会う相手は特殊な宗教や文化に生まれた存在らしく、両親や一族の掟が非常に厳しいようだ。やがて一行はある大きな扉の前に立ち、呼び鈴を鳴らす。


「はい……ご、ご要件は……。」
恐る恐る聞くようなそんな声が聞こえた瞬間、ルーチェとメイは黙ってインターホンの前を離れ、ツォンに首を振って合図をした。


「お久しぶりですね、元気にしていましたか、『ヘイダル』さん? 大丈夫、僕です。ツォンです、いつも通り女性たちは扉から離れてますのでご安心を。」
「……。」

ヘイダルと呼ばれたポケモンはしばらく無言を続けた後、扉の向こうに姿を現した。何やらキーかボタンを押すような電子音が聞こえた後、ドアのロックが外れて横に開き、その姿が露わになった。


「や、やぁツォン君……。よく来たね……。ってわひぇぁっ!?」
「ああ、彼は僕らのチームの新たな仲間でして……。ローゼンさんといいます、怖がらなくて大丈夫ですよ。」

「ヘイダル君っていうのかな? 僕はローゼンだ、よろしくね。」

ドアの向こうで少しおどおどした様子を見せているのは、ドラゴンポケモンのカイリューだった。そんな彼は、普通のカイリューより少しぽっちゃりとしていて、頭には紫色のターバンを巻いている。

ローゼンが笑顔で一歩踏み出して握手を求めると、ヘイダルは持っていた大きなレンチを手の代わりに差し出した。


「彼は間違いなく男性です、直接触って大丈夫ですよ……。」
「あわぁっ、そのっ……。お、お気を悪くされたらごめんなさい……。」

「あはは、別に大丈夫だよー。念には念を入れ、石橋を入念に叩いて渡る性格は、メカニックには必須のスキルだ。一瞬の気の緩みが大惨事に繋がるからね。パッと見じゃ、性別分かんない子もいるもんね。」
「過去にどこぞの不届き者が、男っぽい女の子連れてきて今みたく握手させようとしたのさ。ヘイダルちゃんは直感で気が付いて難を逃れたんだけど、それ以来かなりナーバスになっちまってるみたいでさ。アタイからも気にしないように、軍服君にはお願いしたいよ。」

ヘイダルは改めて今度は自分の手を差し出してローゼンの手を握り返す。その手は、緊張による手汗で少し湿っていた。どうやら極度のポケ見知りでもあるらしい。










 研究室の中に入ると、制作途中の謎の装置が床に並べられており、ヘイダルの個人用机は多くのアニメキャラと飛行機のフィギュアでいっぱいになっていた。
ゴミ箱の周りにはファーストフードの容器が積まれ、ゴミ袋を被せられた状態で放置されている。


「あー、それって飛行機か何かのサーボモータかな? 戦闘機の部品工場で見たことあるなぁ。」
「ええっ、あなた分かるのですか……?」

「そりゃ、軍にいたからね。陸軍の白兵戦とか陸上戦指揮官だから空や海のことはそこまで分からないけど、まあ多少の内部機構とかなら見たことはあるよ。」
「えっ、えっ、えっ!! じゃ、じゃあ戦闘機とか哨戒機とか輸送機とかその辺りなんかも!!!!」

突然ヘイダルが興奮した様子でローゼンに詰め寄る。その眼差しは、まるでクリスマスにプレゼントの包み紙を無我夢中で破いて開けている子供のようだった。


「あー、その辺りもよく見てたよ。軍事基地にいることが多かったから、毎日のように空を飛んでるのを間近で見てた。」
「うっ、羨ましいっ……!!!! あのぉっ、僕は飛行機全般が大好きでして、特に戦闘機や哨戒機などの中の、防衛用機体にとても興味があるのです!! あの美しいフォルム、戦うことに特化した飛行機能、そして強い戦闘能力を持ちながらも、拠点守備や軍事境界線や領海の警備を任されるという強さと優しさのギャップ!! ああ、たまらないです……。」

「あははっ、できれば軍事機密に引っかからない程度のものを見せてあげたいところだけど、残念ながら僕の祖国は今は遠いところにある……。帰る手立ても分からず、僕も探す道すがらだ。」
「そ、そうなのですね……。残念だなぁ……あっ、でも、その……いつかよろしくお願いしますっ!! ひ、飛行機たくさん見てみたいですっ!!」

どうやらローゼンとヘイダルは意気投合しているようだ。筋金入りの飛行機オタクであるヘイダルが、その中でも特に好む防衛用機。
ローゼンは幸いそんな機体を普段から目にする場所で育ち、働いていた。その経験がヘイダルの心の壁を上手く乗り越える助けとなったらしい。


「気が合うみたいで何よりだよ。んじゃ、早速依頼に取り掛かるとしようか。ツォン、軍服君、ヘイダルちゃんのアシストお願いね。」
「了解ー、何かあったらばっちり伝えるよ。彼は僕にはきちんと口を聞いてくれそうだしね。」

そうして、ヘイダルのいる研究室で改めて作戦会議が始まった。ルーチェは広大な砂漠の地図をスクリーンに映し出す。


「これがアストラ砂漠の地図ね。この南西の辺りからずっーと進んで、北北東に150kmの位置に廃墟の遺跡がある。そこの内部にある、7ヶ所のガスリークポイントで写真を撮ることが今回の依頼内容だ。」
「ガスリークといっても、出てる天然ガスの量は微々たるものだから、有毒で危険という訳でもないわ。単に落盤などが起こってないか、管理区側が資料写真を欲しがっているだけみたい。」

「ただ、リークポイント付近じゃ炎は厳禁だ。可燃性のガスだかんね。つまりアタイのヘラルジックの銃火器や爆弾は使用できないし、メイメイも火属性魔法はもちろん、木属性の雷系魔法に関してもヤバい。軍服君も電気技は禁止ね。発動したら最後、爆発に巻き込まれてあの世行きだろうね。」

ルーチェとメイが説明を続けていく。天然ガスが絶えず湧き出る場所とだけあって、例え有毒成分でやられる心配はなくとも、炎による誘爆のリスクが常につきまとう危険地帯といえるようだ。


「ひとまず目的地まではヘイダルちゃんの砂行船でひとっ飛び、多分3時間もありゃ着くでしょ。その後は二手に分かれて行動することになる。アタイとツォンはヘイダルちゃんと共に船で待機して、船及びヘイダルちゃんの護衛。」
「はぁっ!? ちょっ、ちょっと!! ねぇ、ルーチェさん、まさか私はこのクソ男と神殿内部に入るんじゃ……。」

「そうだよ、だって他に誰もいないじゃん。ツォンは男の子だからヘイダルちゃんの付き添いに必要だし、アタイはガスで銃火器が使えないから、外で大人しくしてるしかない。必然的にメイメイとローゼンちゃんになるって訳。」

そう説明するルーチェに、メイは顔を真っ赤にして食い下がる。


「あ・り・え・な・い・で・す!!!! コイツが船に残ればいいじゃないですか!!!! ツォンと一緒に神殿回りますっ!!!!」
「内部は入り組んだ場所も多いですから、僕よりも身体が小さくて小回りの効くローゼンの方が適任かと思いまして……。」

「やだぁぁっ、こんなのと二匹だけで行動なんて蕁麻疹出るーっ!!!!」
「ははっ、よろしくねメイメイ。」

ローゼンが右手を差し出すと、メイはヒステリックにそれを引っ叩いて拒絶した。


「気安くメイメイなんて呼ぶなっ、汚らわしい!!!! もー、ホント最悪……。」
「メイメイ、いくら何でも同じチームの仲間にその態度はないだろ? 気に食わないとこがあるのは分かるさ、けどそれが他のポケモンに取るべき態度? アタイは、自分にそんな思いやりに欠けたチームメイトがいるなんて悲しい。」

「あっ……ごめんなさい……。その、私……。」
「どうしても従わないならそれでも結構。けど軍服君を無闇やたらと爪弾きにして露骨に嫌うようなら、アンタの居場所こそなくなると思いな。さ、どうすんのさ?」

結局、毅然とした態度で諌めるルーチェの気迫に折れて、メイはローゼンと行動することを受け入れた。普段は豪快で気のいい姉御キャラでありながら、ここぞというときにはっきりと物申せる辺りは、さすが元女ギャングの肝の強さといったところだろう。

メイからはルーチェに叱られたことで、目に見えてしゅんとして落ち込んでいる様子が伺えた。そんなメイに構うことなく、作戦会議は続行され、一行は出発することとなった。










 「うわー、これが例の砂行船? 想像してたよりも大きいんだねー!!」
「ホバークラフトと同じ原理で、スカート部分に溜め込んだ空気で摩擦を極限まで低減し、複数個取り付けられた推進用ファンの風で進むのです……。そ、それからエネルギーは全て太陽光発電と太陽熱発電により賄われ、夜間は砂漠の寒さに耐えられるように暖房も使えます。」

「お日様のエネルギーを電気に変えるなんて、僕の祖国にはない技術だ。あっちに戻ったら、君を是非軍お付きの科学者に推薦したいくらいだよー。」
「えぇっ、な、何か照れます……そ、そんなこと言われたの初めてで……!!」

地上の砂漠入り口付近で、ローゼンとヘイダルがそんな会話を繰り広げていた。
彼らの前に鎮座している長さ20m、幅7m、高さ4m程のこの船こそ、砂漠を突き進む船・砂行船だ。

軽量かつ柔軟性に優れ、砂漠の熱にも強い特殊ゴム素材で作られたスカートに空気を溜めて地面との摩擦を減らし、後ろ側に4つ付いた推進用ファンや、前側に2つ付いた後退用ファンを巧みに操作して任意の方向に移動する仕組みらしい。

船体上部には多数の太陽光パネルが取り付けられ、昼間の砂漠の熱や光を吸収して電気に変えて蓄電池に保存後、船の移動や夜間の暖房など、様々な用途に使えるようになっている。
砂漠という極限環境に特化しつつもエコロジーを実現した、そんな近未来の乗り物と言えそうだ。

一同は早速中に乗り込み、神殿へ向けての出航の時を待つ。


「んーと、あぁ……誰だ最後に使ったのは……。起動用電力がほとんどないじゃないか……。」
「どうかしたのですか? 中々船が出ませんが……。」

「バッテリー上がりに近い状態のまま放置されてたみたいでね……船が動き出せないから出航できなさそうだ……。あっ、そうだ!! ロ、ローゼンさんっ!!」

操舵室にある操作盤を見て顔をしかめるヘイダルは、窓を開けて甲板にいたローゼンに呼びかける。ローゼンが急いで操舵室にやって来ると、ヘイダルはビニールで被覆された太いワイヤーを何本かローゼンに渡した。


「船底にバッテリー室があるから……青い先を青い口に、赤い線を赤い口に差して、思い切り電気を流して欲しいのです……。バッテリーをジャンピングしなくちゃならなくて……。」
「余程管理がなってなかったみたいだね……全く、誰だろうね。機械は愛情を持ってお世話しないとなのに。」

「さすがローゼンさんは話が分かる!! 本当ですっ……!! そんな奴は二度とこの子に乗る資格なんてないですよ!! ともかく、お願いできないでしょうか?」
「もちろん、ルーチェちゃんやヘイダル君のためだ、喜んで引き受けるよ!!」

ローゼンはすぐに階下へと走り、バッテリーに電気を流した。バッテリー上がりサインが操作盤から消灯したのを確認し、ヘイダルは慣れた手付きで船を起動した。

背後で轟々とファンの羽根が回る音が聞こえるとともに、スカートに空気が入ったことで少し目線が高くなる。
目の前には延々と視界を埋め尽くす明るい黄色の砂だけが広がり、波も音もない砂の海の上を、砂行船はただまっすぐに突き抜ける。


「よーし、方角誤差北方向に0.027度、風向きは北東に7m、このまままっすぐ進んで問題なし。出航だ!!」

ヘイダルが指差しをしながら計器を確認し、テキパキと操作していく。砂漠の中での戦いの第一歩は、砂の上を行く船の軽快な風切り音で幕を開けたのだった。


(To be continued...)

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