18-2 袋小路と幸福の呪文

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:11分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



 ユーリィの心配をしつつ、俺たちは建物内を駆ける。見張りが少ないことに違和感を覚えながら、玄関までたどり着くことに成功する。
 正面出口から外に出ようとしたところを、ラストは止めた。彼女は「耳を澄ませてください」とジェスチャーする。その通りにするとざわめきが外から聞こえて来た。
 それから全員で扉の外を覗き見る。
 砦の外には――――人とポケモンの群衆が待ち受けていた。

 静かに扉を閉じ、内部へ引き返す。ラストの制止がなければ、突っ込んでいるところだった。

「公開処刑の下見に来たってところじゃあないかな。どのみちタチが悪い」
「規模を、確認してみる」

 毒づくアキラ君を横目に、俺はそそくさと波導を邪魔するバッジを外した。ヤミナベも思い出したように外す。よし、これで波導を感じられる――――――――そう思ったのは、甘かった。

 気が付いたら、まともに立っていられなかった。うずくまり、口元を手で押さえる。
 耳鳴りがして、頭も痛い。とにかく、うるさくて仕方がなかった。
 何がって……外に居る連中の抱える気持ち悪く渦巻く負の感情が、一気に流れ込んできて気持ち悪かった。

 いつ意識が持っていかれてもおかしくなかった俺に、いち早くバッジを付け直してくれたのは、ヤミナベだった。
 彼に背をさすられ上着をかけられる。冷え込み以上の寒気が俺を襲っていた。

「悪い……波導探知は、使い物にならねえ……けど、外はやべえ」
「わかった……無理するな……」
「ユウヅキ、サーナイトの『テレポート』は?」
「試してみる」

 アキラ君に促されたヤミナベが、ボールからサーナイトを出し『テレポート』を試みる。だが、サーナイトが首を横に振る。おそらくこの【セッカ砦】自体に対策装置が張り巡らされているのだろう。
 ラストがマネネを閉じ込めたデスカーンの様子を見つつ、「さてはて、まさに袋小路ですね……」とぼやく。
 ミケはグレーのハンチング帽を被り直し「とりあえず移動しながら、他の手段も考えましょう」と言って思案を巡らし始めた。

 うかつに外に出られない以上、逆に建物の内部へと進むしかない。
 どことなくクロイゼルに誘い込まれている感じがした。

 その予感は……的中する。


***************************


 やがて、大広間に出ざるを得なくなる。そこに待ち受けていたのは氷ポケモンたちを引き連れたメイと……ユーリィだった。

「ユーリィ……! ユー、リィ?」

 呼びかけても、反応を示さないユーリィ。それでも呼びかけ続けようとすると、ヤミナベとサーナイトが前に出る。

「ビドー。どうやら彼女も精神操作の影響を受けてしまっているようだ」

 冷静でなくなった者がかかりやすいというメイの超能力。それをなんとか解除するためには……術者をなんとかしないといけない。
 つまり、メイとの対峙は避けられないということだった。

「メイ、お前の力なら、解いてはくれないか……?」

 ヤミナベが、メイを説得しようとする。彼の言葉に、彼女は強く反応する。
 メイは帽子を目深に被り、視界を遮って悲痛な嗚咽を漏らす。

「解けるのなら、もうやっている……!」
「……お前の、意思じゃないんだな」
「……もう分からない……制御も、歯止めも効かない」
「メイ……」

 ヤミナベが心配そうな顔でメイに声をかけようとする。
 彼女はそれに一歩後ずさり、威嚇する。すると大広間の柱がミシミシと音をたてはじめた。
 メイの操ったユーリィが、モンスターボールからレンタルポケモンのグランブルを出し身構える。

「! 近寄るな!! 優しくするな!! 揺さぶらないでよ……加減出来ないって言っているだろ!! とっととあんたはアサヒの元に逃げ帰れ!!」
「……彼女の言うとおりにしなよ。ユウヅキ」

 グランブルの威嚇の吠えをものともせずに、ユウヅキを引き戻したのはアキラ君だった。

「今の君の甘言は彼女には毒だ。それに君は、アサヒの元に帰るんだろ。だったらここは……僕もやる」

 サーナイトがアキラに道を開ける。アキラ君はフシギバナを繰り出し最前線に出た。

「行くよ、ラルド」

 グランブルの号令と共に一斉にアキラ君とフシギバナのラルド目掛けてとびかかる氷使いのポケモンたち。
 彼はキーストーンのついたバングルを胸の前に掲げ、メガストーンを持ったフシギバナに合図する。

「ラルド、ここが正念場だ――――メガシンカ!!」

 輝く光と共に一気にメガフシギバナへと開花したラルドは『マジカルリーフ』を全方位に射撃し、相手が怯んだ隙に拡散式の『ヘドロばくだん』を叩き込み吹き飛ばす。
 僅かに届いたコオリッポの発射した『こなゆき』も変化したメガフシギバナの特性、『あついしぼう』の身体には通らない。
 そのままメガフシギバナにタックルされたコオリッポが転がっていく。

 しびれを切らして床を叩きつけ、地面の槍柱『ストーンエッジ』を仕掛けるグランブルに、ヤミナベのサーナイトが『ムーンフォース』の光球で対抗。両者の技が消滅し合う。
 態勢を立て直して再び立ち上がるポケモンたちを見て、ヤミナベはアキラ君に実証済みの情報を伝える。

「アキラ! ポケモンたちは体についたシールを狙えば解放されるはずだ!」
「早く言えよ、ユウヅキ……」
「活路があるのなら、そこを突かない手はないですね、援護しましょう、メニィ!」

 さらにミケが、彼のエネコロロ、メニィを出してアキラ君のメガフシギバナを『てだすけ』でサポートした。

「これならいける……狙いすませラルド!」

 メガフシギバナ、ラルドは『てだすけ』で得た力をさらに溜める。ギリギリまで引き付け、そして再び『マジカルリーフ』を装填。
 刹那のタイミング。
 それら全てを読み切り、襲い掛かるすべてのポケモンたちのシールを『マジカルリーフ』で切り裂いた。

「……強くね? お前ら研究員じゃなかったのかアキラ君??」
「確かにポケモンバトルは専門外だ。でも……ただの学者と侮るな」
「お、おう……」
「……とはいっても、期待はしすぎるなよ。向こうもそう簡単にはいかないみたいだから」

 そろそろ君もいい加減戦闘に参加しろ、とアキラ君に促され我に返ってアーマルドを出す。
 シールをはがされたポケモンたちが、まだこちらを襲おうと構えていた。
 どうして解放されていないのか。その疑問にアキラ君は、視線で誘導する。
 その先にいるのは……メイ。

「今度はシールじゃなくて、サイキッカーの彼女が指示を与えているようだね」
「いや……彼女は中継地点にされているだけだ。背後で指示を与えているのは、クロイゼルだ」
「史実の人物が? こんな時に笑えないんだけど」
「冗談ではない。俺もアサヒも散々苦しめられてきたからな」

 ヤミナベの真剣な表情に、すぐに疑いを取り下げ、メガフシギバナに周囲を牽制させるアキラ君。
 だけど攻撃をさばいて行っても徐々に囲まれていき、戦況は悪化していく。
 やはりメイを何とかしなければ、でもこの数の中そこまでどうたどり着く?
 しかも、肝心のユーリィもどう取り戻したらいいのかが思いつかない。
 このままじゃ手詰まり、か……? そう考えている間にも連撃は苛烈になっていく。


「ユウヅキ。彼女の術の特徴、なんでもいいから上げろ」
「……テレパシーの応用の暗示、怒りなど正気を保てなくなるほど術中にはまりやすい、らしい」
「そうか。あまり使いたくない手だったけど……試してみる。カバーは頼むよ」

 そう言ってアキラ君は二つ目のボールから、ポケモンを出す。
 現われ出でたマジカルポケモン、ムウマージは大きく息を吸い込んだ。

「メシィ、君の呪文でありったけの幸福感を――――ばらまけ」

 ムウマージのメシィの呪いの言葉のような『なきごえ』が、辺り一帯に響き渡る。
 それは俺たちの心にも異常なほどの不思議な温かさが溢れてくる声だった。

 相手のポケモンたちも、ユーリィもその場にへたり込む。淀んだ瞳に、光が戻っていく。
 俺はアーマルドと共に合間をかいくぐって、ユーリィの元にたどり着き、彼女の肩を揺らす。

「ユーリィ!」
「う……ビドー……? なんか、頭が、変な感じ……何これ……?」
「しっかりしろ! ニンフィアが、皆が待っている……帰るぞ!」

 ユーリィに肩を貸し、ヤミナベたちの元に戻ろうとした。
 とりあえず一つの懸念が無くなった。そう思っていたのも束の間。
 聞こえてくるうめき声に、振り向いてしまう。
 そこに居たのは頭を抱えて叫ぶ――――メイの姿だった。

「!!!……ぐ、が、ああああああああああああああああああああああああ??!!」

 苦しむ彼女の周囲の壁に、亀裂が走っていく。
 広間の柱が、サーナイトとユウヅキに向かって倒れ始める。
 ユウヅキたちはかわそうと思えばかわせたのだろうが、へたり込むコオリッポを庇って柱を抑える方向で動いていた……しかし、勢いを、殺しきれない!

「…………! ……! ……!!」

 もはや声とは呼べない呼吸音を出しながら、メイが柱へと手を伸ばし、空を握りつぶす。
 それに合わせて空間が歪み、柱が圧砕されてしまった。

 想像以上の火力に呆気に取られていると、上階から足音が近づいて来る。「いや実に凄まじい」と感嘆を漏らしながら階段から降りて来たのは、白い影の怪人、クロイゼル。
 アイツは警戒の視線を向けられてもものともせずに下のフロアまでたどり着き、息を荒げるメイの肩に手を置く。

「操られた人間やポケモンたちはともかく、耐性の少ないこの子にそれは劇薬だったようだ。しかし不安定な精神を強制的に安定にしてくるか……流石にソレは困るな」

 クロイゼルの視線がアキラ君とムウマージのメシィを捉える。
 前方に注意を向けるアキラ君たち。彼らが問答無用でクロイゼルを取り押さえようとしたその一方で――――彼女たち、ラストとデスカーンが何かに気づく。
 その視線の向きで俺もムウマージの下の床に敷かれた、異常な空間のひび割れに気づいた。

「! 危ない下ですっ!!」

 デスカーンがムウマージを庇って突き飛ばす。直後、寸前までムウマージが居た場所の床の空間を突き破り、影を被ったギラティナが世界の裏側から重い一撃を突き上げた。
 『シャドーダイブ』の洗礼をまともに受けたデスカーンが、中に捕らえていたマネネを吐き出して力尽きる。

「……まずいですよ、これは」

 ミケの言う通り、戦線を支えていたうちの一体の戦闘不能は大きかった。

 クロイゼルたちの狙いは明らかに、ムウマージのメシィ。
 ギラティナや復帰したマネネからどれだけユーリィたちを庇いながら戦えるのか……抜け出せない長期戦が続いていた。

 しかし、戦いが長引いた結果なのか……戦況が大きく、変わる。


***************************
ゲストキャラ
ミケさん:キャラ親 ジャグラーさん
アキラ君:キャラ親 由衣さん

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想