第36話 ~痛みを拒絶し、誰かに移そう。~

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

(救助隊キセキ)
 [シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
 [ユカ:イーブイ♀]

(その他) 
 [カナリア:クワッス♂]
 [チーク:チラーミィ♂]


前回のあらすじ

生贄として不思議のダンジョン『いけにえの城』に放り込まれてしまったカナリアを救うため、『対テロ特殊協力者』の名を使い、いけにえの城へと突入した救助隊キセキ。
だがこのダンジョンの難易度は決して低い物ではなく、探索のために消耗を強いられることは確実であった。
それでも、シズたちは進むより無い。カナリアを救い出すため、そして……

それによって巻き起こる莫大な経済リスクを見越してでも、『いけにえの城』を破壊するために。
「『対テロ特殊協力者』……? シズとユカが!?」

 救助隊たちが宿泊する宿で、チークの叫び声がこだまする。
 シズたちが対テロ特殊協力者などという肩書きを持って、不思議のダンジョン『いけにえの城』に突入したという事実を知ったが故だ。

「黄金兵のお方がマジに言ってたんスよ、赤いスカーフのミズゴロウと紫のスカーフのイーブイがって。機密だなんだ言いながら、仲間なら知ってるだろってノリでバリバリ話してくるッスからビビったスよ」

 チークと話す名も無き救助隊がそう補足した。
 ……チークには、シズたちが『いけにえの城』に突入する理由に1つ心当たりがある。『カナリア』と言う名の新しい友人を救い出すためであろう。

「それは」
「ああ、心配しないで。真面目なチークさんに免じて、適当に話を合わせて誤魔化しといたッスから大丈夫スよ。支部長の悪事を暴くとかなんとか言ってたスよね? これもその一環でしょ?」
「あ、ああ……えっと。とにかく、恩に着るぜ……」

 事実に即さない推測を言われたが、あえて修正する理由もないと判断して黙っておく。

 ともかく、これを知った上で状況を放置するわけにはいかない。
 どうして自分に相談してくれなかったのだとチークは考えたが……いや、カナリアという者を救うことに否定的な意見を示してしまっていたからだろう。実際相談されていたとしても諦めるよう説得したに違いない。

「あー、わりぃ。ちょいと出掛ける用事が出来ちゃって……席外して良いか?」
「お構いなくッス。……結構な数の救助隊が、支部長のことを怪しんでいるんスよ。良い調査結果を期待してるスからね?」
「……」

 いずれにせよ、起きてしまった以上はこちらも行動を起こすしかないのだ。名も無き救助隊の期待をサムズアップで誤魔化しながら、チークは『いけにえの城』へと向かう決意を固めたのだった。












「シズ、道具の数は?」
「まだ余裕はあるけど、最深部にたどり着けるか程かは……それに、カナリアさんを捜すことも考えれば足りないとしか言えないよ」

 不思議のダンジョン『いけにえの城』内部、中層。
 敵ポケモンの強さや罠の苛烈さも増していくが、一方でシズたちのリソースは低下の一途をたどっていた。

「まだカナリアさんも見つけられていないのに。いっそのこと『モンスターハウス』に突入でもして、道具を補充した方がいいかな……」
「反対。それこそ、カナリアを見つけるまでは絶対にリスクは取れないよ」

 ダンジョンの最深部に到達することのみが目的なのであれば、一切の探索をせずに先に進むことだけを考え道具や体力、時間を節約するという手法も使えるのだが、今のシズたちはカナリアを捜して救い出さなければならないという目的を背負っている。
 当然、分かれ道等を全てチェックしなければいけないので、その分『敵ポケモン』との戦闘も増え、リソースや時間の消耗が大きくなってしまうのだ。

「でもこのままじゃジリ貧だ。早く見つけなきゃ……」
「探索用の道具さえあれば簡単なのにね……」

 閃光によって周辺の地形情報を明かす『ひかりのたま』のような強力な道具があれば話は早いのだが、ないものはねだってもしょうが無い。
 シズたちは、カナリアが早く見つかりますようにと祈るほかなかった。





「っ!?」
「なに!? 地面が……!」

 突如として、地震がシズたちを襲う。
このダンジョンにダンジョン自身を揺らしてしまうようなギミックが存在するのか、あるいは単に強力な技による局地的な影響に過ぎないのか。
 揺れはすぐに収まったが、シズたちの警戒感は平常時の比ではないほどに高まった。

「うう、ビックリした……とにかく、何が起こっているのかは分からないけど、理由も無しにってのはあり得ないよ。何か原因があるはず」
「このダンジョンにボクたちの知らない仕掛けがあるのか……そうじゃないなら、この近くで誰かが技を使ったことになるけど」

 この状況で特に警戒するべきなのは技による影響だったパターンだ。『敵ポケモン』たちは侵入者を発見していない状態では技を使わないので、自分たち以外の普通のポケモンがこの近くに居ると推察できる。
 自分たちが捜しているカナリアか、あるいは生贄として捧げられてしまったそれ以外の貧民なのか、何の関係もない第三者なのかは分からないが。

「探索ペースを上げよう。多少リスクは背負うけど、カナリアの身に何かあってからじゃ――げっ!?」
「まただ!」

 ユカがそう言いかけた瞬間、また地面が揺れた。
 これは技の影響であると断定して良さそうだ、ダンジョンのギミックにしては周期が短すぎる。

「で、でも、今ので方向が分かったかも知れない。ボクの頭のヒレが震源を捕らえた……かも!」

 ミズゴロウの頭部のヒレは、空気や水の流れをキャッチして周辺を把握するレーダーになっている。もちろん気流や水流は固体の振動とは性質が違う物であるが、応用的に揺れの方向を探知することだって可能……かもしれない。
 シズ本人の主張なので判然とはしないが。

「なんか自信なさそうだけど……でも頼るしかないか。ナビゲートお願い、シズ!」
「わかった!」

 どちらにしても、カナリアが襲われている可能性があるなら早急に向かわなければならない。シズは『めぐすりのタネ』――しばらくの間感覚を強化し、罠の位置を完全に把握できる道具を服用して走り出す。これで罠を警戒する手間は省け、移動時間も大きく短縮できるだろう。
 ユカもシズの足取りを真似て走った。












 ほんの少しだけ、時間はさかのぼる。

「うっ……うぅ……」

 『いけにえの城』の内部を、1匹のクワッス――すなわち、カナリアが歩く。
 すすり泣く声と共に、あてもなくひたすらに進む。

「パイロン、さん……おいらっ、ぐすっ……」

 どうして、こんなことになってしまったのだろうか。どうして、パイロンさんは自分を捨ててしまったのだろうか。知識も常識もそれほど持ち合わせていない彼にとって、その答えを出すなど不可能であった。

 カナリアは、もちろん、ダンジョンに関連する知識もあまりに薄弱である。罠の存在も一度掛かるまでは気付くことも出来ず、厄介な敵ポケモンたちの脅威に立ち向かうすべさえほとんど無い。

「っ……」

 何かの『気配』を感じ取ったカナリアは、涙を抑えて、呼吸を止めた。敵ポケモンに発見されることが何を意味するかは、さすがに理解している。

 そうして1本の棒きれを構えた。名前さえ知らないその道具は、敵をしびれさせる魔法の杖らしい。効果も分からない道具を振るうという危険を冒してまで懸命に生き延びようとした、これはその成果物だ。

 ……だが、自分は何のために命を繋ごうとしているのだろうか? カナリアは考える、考えてしまう。
 パイロンさんはもう、自分の事を愛してはくれない。お父さんがそうしたように、自分を捨ててしまったのだから。そして自分1匹では幸せなんてあるわけもない。きっと今まで通り悪いヒトたちにいじめられるだけだ。


「くるしい、の……うぅ。や、だ……」

 心の中に根ざした絶望は、感情の制御を失わせるのにあまりに十分すぎた。
 察していた気配の存在さえ忘れて、今までより一際大きく涙を啜った。


 言うまでもなく、何者かから姿を隠そうという状況で音を立てるなど、致命的な過ちである。

「あ゛あ゛!? ……この声!」

 その『気配』は、なぜか声を上げた。……すなわち、これは敵ポケモンではない、純然な意思を持つポケモンであると言うことに他ならない証拠となる。

「あ……っ!?」

 カナリアには『敵ポケモンは言葉を話さない』などという知識は無かったが、しかし対象が敵ポケモンではないという事実は理解できた。
 その声に、聞き覚えがあった故である。

「俺様は明らかに、『貧民一不幸なポケモン』ではない。なのに生贄に選ばれてしまった。……貴様が黄金兵共に告げ口したのか!? 俺様達のやったことを!」
「あっ……あぁっ……」

 彼は、あのリングマであった。カナリアを手籠めにした者たちの頭領であり、カナリアを『生贄』として、自分たちの身代わりにしようと画策していた……

「こっ、こない……で……!」

 カナリアは魔法の杖・・・・を構え、リングマに差し向けた。その翼は恐怖に震え、足もおぼつかない状態であったが、そうするほかに脅威から逃れる方法はなかったのだ。

「『しばりのえだ』か? ずいぶんと良い道具を拾うじゃねえか、え?」

 それでもリングマは構わずに寄ってくる。『しばりのえだ』はあくまで相手を拘束する道具であり直接の攻撃力は持たない。最高クラスで強力なアイテムではあるが、そもそもカナリア自身の戦闘力はたかが知れている。

「お前じゃ宝の持ち腐れだがなっ!」

 なにより彼は、カナリアの手腕ではこの近距離でえだを発動させることなど不可能であると踏んでいたのだ。

「フンッ!」
「うあっ……!?」

 リングマが腕を振るう。その膂力がカナリアの翼を大きくのけぞらせると共に、彼の頼みの綱であったえだを弾き飛ばしてしまった。
 カナリアは後ずさろうとして、しかし足がもつれてしまい尻をつく。

「俺様の仲間たちはな、俺様がいなけりゃダメなんだよ。分かるよな? 覚悟しろ……」

 なんとか逃げなければ、酷い目に遭うのは目に見えている。
 ……でも、どうやって?













 シズたちは震源へと足を急がせていた。あれからも揺れは幾度となく続いており、しかし変化に欠けるそれは一方的な蹂躙、あるいは趣味の悪いお遊びを思わせる。

「シズ、あれ……!」

 ある地点で、ユカはさっと声を上げた。シズが罠に向けていた集中をユカの指さす方向へと向ける。



「だが、お前も哀れなことだ。羽の崩れようからしてお前はしばらくここに居たんだろう? 逃げ回ることしか出来ないくせしてよくここまで平気だったなぁ。センスか? センスなのか? え?」

 そこに居たのは、見覚えのない1匹のリングマであった。その嘲笑めいた視線は、シズたちもよく知るカナリアへと向けられている。

「まぁ、俺様をここに送り込むように黄金兵共へ吹き込んだせいでこうなってるわけだがなぁ。どうせ、『あのリングマ、生贄を回避するために工作してます! 不正です!』ってチクったんだろ? お前を見た瞬間にピンときたよ、それなら俺様がここに居る理由に辻褄が合うってな!」
「し、しらなっ……」

 カナリアは壁際に追い詰められているようで、そしてずいぶんと傷ついた様子だ。状況から察するにこのリングマが犯人で間違いない。
 台詞から考えると、カナリアが言っていた『リングマとその仲間たち』と同一人物だろう。

「ふぅ……ずいぶんと遊ばせて貰ったが、もう終わりだ。そもそも趣味じゃねぇしな、たとえば、あれも全て仲間のためにやったことだった。……俺様、一度生贄に選ばれた以上は、ここから脱出できても貧民区に戻ることは出来ないだろうな。黄金の街自体から逃げ出すなら希望はあるっちゃあるが、仲間の元に戻ろうとすりゃ最後。次は腱でも切られてここに戻されるってのが良いとこだ」
「あぐっ……」

 床にへたり込むカナリアの腹部に、リングマの足がそっと置かれた。カナリアの顔が、より一層の恐怖に歪む。

「まあ、これから路頭に迷う仲間の『報復』ってやつだな、さっきしたことも、今からやることも……死に晒せ!」

 リングマが自身の足を大きく持ち上げる。そして、その足の置き所だったカナリアの元へと振り下ろす構えを取る。
 この世界には、基本ポケモンの手でポケモンを殺すことが出来ないという法則が存在する。だが同時に、圧倒的な質量こそが力となるという物理は不変だ。
 これらの理屈のどちらが優先されるにかかわらず、カナリアの肉体に重篤なダメージを残すことに変わりはないが。

「っぅ……!」

 カナリアは目を閉じる、目前の暴力と恐怖から逃げるために。そうしたところで何も変わらないと理解しながら、しかしこれは逃れ得ぬ生物としての本能であった。



「カナリアさんッ!」
「ッ!?」

 そう叫ぶと同時に、シズは状況へ介入した。振り下ろされるリングマの足を、持ち前の筋力で弾いたのだ。

「え……あ……?」
「よかった、シズの方が早かった!」

 困惑するカナリアを庇うようにしながら、ユカはそう話す。
 心の底から安堵を見せながら、しかし2匹の視線は目前の脅威たるリングマへと、真っ直ぐ向けられていた。

「何だ、お前たちは!」

 得体の知れぬ第三者の介入に、同じく困惑するリングマ。
 それもそうだ、彼は救助隊キセキの存在など知るはずもない。なんならカナリアが貧民区から消えてからどうなったかさえ良く理解していないのだ。

「カナリアのお友達って言えばいいかな? キミに仲間がどうとかいう意識があるなら、こっちの目的も分かるでしょ?」
「どんな理由や勘違いがあったとしても、あなたやその仲間のしたことは決して許されることじゃありません。まだカナリアさんを酷い目に遭わせるつもりなら、ボクたちが相手になります」

 深い怒りを宿した口調でリングマに相対するユカ。静かで、しかし強い口調で警告を発するシズ。
 彼らの立場を分かっていなかったリングマも、こうまで言われれば理解できる。

「はっ、なるほどなァ。だが、愛を送る相手を選ばなくて良いなんざとんだ贅沢じゃないか? 金持ちのクセして偉そうによ……」

 リングマはあくまでシズたちと戦うつもりらしい。このダンジョン内で無意味な消耗をする選択など愚かだとも思えるが、しかし追い詰められた者が非論理的な行動を取るのはさして珍しいことではないのだ。
 おそらく説得は無意味、あくまで応戦するしかないだろう。

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