Episode 20 -Closed chamber-

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読了時間目安:12分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 シグレたちの前に立ちはだかったヨマワルたちのボス。その意外な正体に驚く一同だったが、敵の破壊力抜群の攻撃に窮地に立たされてしまう。ダメージを負ったシグレとミハイルに代わり、カムイは突破口を見出すべく奮闘するが……。
 ボイラー室の奥からのそのそと重い足音を響かせ現れる敵の親玉。カムイは暗がりの奥に見えるその影を見ながら思考を巡らせていた。

「(ヨマワルたちの親玉……進化形のサマヨールかヨノワールだろうか? それなら、やはりシグレが頼みの綱になるね、しっかり援護しないと。)」

しかし、カムイが立てたそんな戦略は、姿を表した親玉の前に脆くも崩れ去った。


「おい!! あれも幽霊なのかよ? どう見てもヨマワル共とは違う雰囲気のポケモンが出やがったぞ!!」
「ええっ!! 親玉ってブーバーンなの!? ヨマワルの親玉なのに!?」

「まずいね……数ではこっちに分があるけど、シグレもミハイルも相性が悪い……。実質決定打が与えられるのは、水タイプの私だけか……。」

親玉の正体とは、ばくえんポケモンのブーバーンだった。炎タイプの強力な技を使いこなす相手のため、シグレやミハイルにとっては非常に危険な相手だ。
水タイプのカムイならば弱点を突けるが、柱や配管が多数あるボイラー室内だけに、敵に上手く攻撃を通せるかどうかも分からない。


「よくも俺たちの根城で暴れてくれたな? 全員消し炭になって、落とし前をつけてもらおうか?」
「へっ、こりゃ悪趣味な根城だな。恐れ入ったぜ、反吐が出ちまう。だがちょっとは骨のある相手が出てきて嬉しいもんだぜ。」

シグレは素早い動きでブーバーンの横に回り込んでかげうちの矢を放つが、強力なかえんほうしゃで全て焼き払われてしまった。


「シグレさんっ!!!!」
「なるほど、あの炎は相当にヤバそうだ。うっかり食らえば、草タイプの俺は間違いなくあの世行きだな。」

「分かったら無駄な抵抗はやめておけ……そうすれば、一瞬で楽に死ねる。」
「無駄な抵抗かどうか、その身で確かめるかい?」

シグレは再び矢を放つが、やはりいとも簡単に撃ち落とされてしまう。そしてブーバーンは、その砲身のような腕をシグレへと向ける。


「残念だったな、やはり無駄だった訳だ。」
「無駄? まだ終わっちゃいないのに何でそんなことが分かるんだい?」

「お前、まさか……!!!!」

ブーバーンの背後で何かが軋む音がした。後ろを見ると、3m程度上に玉掛けしてあった鉄パイプの束がバランスを崩し、ブーバーンへと降り注ごうとしていた。


「誰がお前みたいなのに直接攻撃するかよ。暑苦しいのは嫌いなんでな。」

そのままブーバーンは鉄パイプの下敷きになり、床から大量のホコリが舞い上がった。あの衝撃では、ブーバーンも無事では済まないだろう。
シグレはブーバーンが無事に撃破できたか確認すべく、その場で弓を構えて鉄パイプの山を睨みつけていた。









 「フン、這い出ては来ないか。そのままくたばっておけ。」
「それはできぬ相談だな……。」

シグレはその声が聞こえたと同時に咄嗟に身をかわす。しかし、爆炎と共に焼けた鉄パイプが吹っ飛ばされ、シグレに猛スピードで襲いかかってきた。


「まずい!!!! 『リフレクト・ヘイロー』!!!!」
ミハイルがすかさず飛び込み、魔杖を構えて魔法を使った。光のドームが二匹を覆い、鉄パイプを弾き飛ばして身を守るが、続いて襲いかかる炎は受け止めきれず、シグレとミハイルは壁に叩きつけられてしまった。


「うぐっ……。シグレさん…大丈夫……ですか?」
「ああ……お前のお陰で命拾いした……。」

「この俺に小細工など弄しよって……お前ら誰一匹とて、生きては帰さん!!!!」
「じゃあそうなる前にあんたを倒す。そうすれば無事に帰れるね?」

カムイの短刀がブーバーンの腕とぶつかり合う。カムイは素早く身を翻し、自分が相手だと言わんばかりに、今度は長刀を両手で握り締めて構えた。


「なめるなよ? 小娘如きに引けを取る俺ではない。」
「ただの小娘じゃないよ。少なくとも、あんたをぶっ倒すくらいは容易いんだから。」

「減らず口を叩いてくれるな。さっさと焼け死ぬがいいわっ!!!!」

ブーバーンは凄まじい火力のかえんほうしゃをカムイに向けて放つ。対するカムイは刀の先から高圧の水のカッターのようなものを飛ばした。

しかしカムイの攻撃は一瞬で蒸発してしまい、カムイは何とか自分に襲い来るかえんほうしゃを回避することで精一杯だった。

かえんほうしゃがぶつかった先の防火壁を見ると真っ赤に変色しており、その温度の高さが伺える。


「何て破壊力……!? あれじゃあ水タイプの私でも、まともに食らえば一貫の終わりだ……。」
「今の光景で分かったはずだ。お前の水タイプ技など、俺の火力の前では無力。この部屋を覆い尽くすほどの水でもなければ勝てぬわ!! 大人しくそこの二匹と共に焼け死ぬがいい!!」

「大量の水……水……。そうか、その手があるじゃない!!」

カムイは突然叫ぶと、ブーバーンの元へと走って向かって行った。









 「接近戦ならばかえんほうしゃを撃てないと踏んだか? だが甘い!!」
ブーバーンは拳に炎を宿すと、カムイめがけて大きく振りかぶった。凄まじい威力のほのおのパンチを刀で受け止めつつも、カムイは衝撃に耐えきれず吹っ飛ばされてしまった。


「ぐっ……。」
「今度こそ叩き潰してくれる。」

振り下ろされたパンチを回避するカムイ。その後も拳の連撃を、間一髪避けながら逃げることしかできない。これではいつか捕まってとどめを刺されてしまうのも、時間の問題だろう。


「まずいよ、このままじゃカムイが……!!」
「だが俺たち草タイプの技じゃ、奴には通用しねぇ。何せカムイの水タイプ技でも消し飛んじまうんだからな……。一体どうすれば……!!」

「大丈夫……だよ!! 私は負けない、信じて!!」

カムイはブーバーンの技を必死で避けながら、シグレとミハイルに目配せしてみせた。カムイには何か秘策が残されているようだ。


「フフ……追い詰めたぞ小娘め……。もうちょこまかと逃げ回ることはできまい……。」
逃げ回る内に、カムイは行き止まりへと追い込まれてしまった。後ろは鋼鉄の防火壁になっており、破壊して逃げることも叶わない状況だ。

カムイはため息をつくと、その場にあぐらをかいて座り込んだ。


「観念したようだな。この状況、最早諦めるしかあるまい。」
「諦める? 冗談じゃないね。私の戦いはここからなんだ。こうしてあぐらをかいて腕を組んだのは、必要だからだよ。」

カムイは何かを確信したようにゆっくり立ち上がり、何故かブーバーンとは全く別の方向に水圧のカッターを何発か飛ばした。


「血迷ったか? 今更天井を破壊しても脱出は不可能だ。せめて奴らだけでも逃がそうというつもりらしいが、それならもっと早くしておくんだったな。今となっては、例え奴らが助かってもお前は手遅れだ。」
「逃げるんじゃないよ。あんたをぶっ倒すためだ。そして今のがとどめ。もう私は何もする必要はないね。」

カムイはそう告げると、再び防火扉に背を付けて座り込み、目を深く閉じた。


「訳の分からんことを……。やはり身の危険に気でも狂ったと見た。……ん? 今の音は……?」
ブーバーンが上を見上げた次の瞬間、その姿がカムイの前から消え去った。床を突き抜ける破壊音と、大量の水が蒸発する音がはるか足元から聞こえ、凄まじい量の水蒸気が立ち込める。


「大量の水、ねぇ。ご丁寧にヒントをありがとう。あったんだよね、あんたを確実に葬り去るくらいの水が。そう、私たちの足元にね。」
「今一瞬目の前に見えたのは確か……あの脱出挺!?」

ミハイルが目を丸くして驚いた。そう、カムイは上のフロアを散策中に発見した、脱出用の小舟を落としたのだった。

Complusに船内の物の位置を小まめに記録していたカムイは、ブーバーンに追い詰められるフリをして脱出挺の真下辺りに陣取った。そしてブーバーンが脱出挺のすぐ下に来るタイミングを図り、水圧のカッターで脱出挺を固定するロープや足場を破壊し、ブーバーンの頭上に落下させることで船底を突き抜けて海に落下させたのだ。


「さっき腕を組んで座ったのは、その腕に着けた機械の地図を確認するためか……。」
「さすがシグレね、その通り。普通に地図を確認して位置を合わせたらバレるだろうからね。ああして無意味な行動を装って盗み見てたんだ。」

真下の荒れ狂う海に落下したとあれば、炎タイプのブーバーンはひとたまりもないだろう。カムイたちは怪我の手当をした後、悠々と船内を進んでいき、灯台方面を目指した。










 「はぁ……やっぱり相当大変そうですね、手術……。いいなー、ローゼンさんは痛くないんだもんな……。」
「ま、頑張るしかないよ。ダイバーにはほぼほぼ必須なのがあのヘラルジックらしいからね。」

夕暮れ時の新市街。えっことローゼンは真新しいダイバー免許を受け取り、帰途へと就いていた。えっこは先程免許を受け取る前、ヴェルデの元で書かされた念書をちらりと見ると、深くため息をついた。


「あの……この念書って……。」
「施術に際しての決めごとよ、それ書いてもらわないと入れ墨が入れらんないのよ。」

えっことローゼンは、ヴェルデから一枚の念書を手渡された。そこにはこんな内容が書いてある。

『私、○○(名前)は、生命の危機を施術者が判断した場合を除き、ヘラルジック施術中にいかなる事態が発生しても、その施術の続行を希望することをここに誓約いたします。』

「これってどういうことなんです……?」
「痛みに耐えかねて、施術を今すぐやめろと泣き叫ぶ子が多いのよー。それで中断してしばらくして落ち着いたら、何でやめたんだって文句言ってくるのよ、やんなっちゃうわ!! だからこうして、予め施術続行を宣言しておいてもらうのよん。」

えっこはその説明を聞き、完全に青ざめた表情をしていた。死にかけにでもならない限りは何が何でも施術は続く。そう考えると恐ろしくてならなかったが、これもダイバーの洗礼と、結局念書にサインしたのだった。


「あー、今夜は眠れなさそう……施術は明日ですし。」
「あははー、えっこって可愛いね。そんなに怖がるなんて、見てて面白いや。」

「こっちは面白くないですー!! 本気で胃が痛い……。」

えっこはただでさえ青いケロマツの顔をさらに青くして、重い足取りで自宅へと向かっていった。


「さてと、灯台に着いた訳だが……。どうすりゃいいんだ? 俺は機械のことは知らんから後は任せた。」
「あー、ちょっと一人だけ灯台の中に入って雨宿りなんて!! んもー……。」

「仕方ないや、後は僕らで電池交換しようよ。シグレさん連れて行ったら、またハイテク嫌いで泡を吹くかも知れないし……。」

ミハイルが呆れた様子でシグレの消えていった灯台入り口のドアを見つめる。
二匹はシグレがComplusの機能をカイネに見せられた際、彼の目の前で起こった事態を信じられず、固まって倒れた事件を思い出してこっそりと笑っていた。


カムイたちは灯台の梯子を登ってバッテリースロットへとよじ登り、大きな電池を次々に差し替えていった。
すると、それまで弱々しく光っていた灯台の明かりが段違いに明るくなり、放たれた一発の弾丸の如く、海の霧を貫いて照らすのが確認できた。


かくして、3匹の実技試験は無事に成功し、ダイバーへの道が一気に現実へと近づいたのだった。


(To be continued...)

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