Episode 14 -Paradise-

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 カムイの願い、それはシグレと共にダイバーのチームを組むことだった。初めは拒否するシグレだったが、その裏に隠された理由を聞き、自分の過去に眠るある記憶を呼び覚ます。
 カムイの突然の頼みに驚き、動揺するシグレ。先程まで敵同士として命を奪い合っていた相手が、頭を下げてまで自分と組んでダイバーとなるよう頼み込んでいる。

シグレはしばし硬直した後、我に返ったようにカムイに告げた。


「顔を上げな。悪いが、俺はダイバーになる気はない……。俺は現世に戻るため、失ったものを探さねばならない。ダイバーになればそれを探す近道になるかも知れん。だが、同時にモノノケやレギオンと無用な戦いを繰り広げ、危険に晒されることにもなる。」
「そっか……。」

カムイは先ほどとは対照的に沈み込んだような表情のまま、膝を手に置いた。シグレはその様子から、何か深い理由があるような感覚を覚えた。


「よければ、理由だけでも聞かせちゃくれないか? わざわざ危険な職を選ぼうってなら、何か深い理由でもあるのだろう。」
「ええ、是非とも。でもその前にミハイル、先に楽器屋戻っててくれる? 今から私、この人と大切な話をするから。」

ミハイルはカムイの言葉に無言で深く頷き、シグレに礼を言うと竹林を後にした。カムイは確かにミハイルが去ったことを確認し、シグレに話を切り出した。


「あいつに聞かれたくない事情でもあるのか? 安心しな、あいつの気配は確かにここから消えた。店に帰ったみたいだぜ。」
「ええ……。私がダイバーになりたいと願うのは、ミハイルと共にポケモンの楽園を築くためなの。」

「楽園だと? このアークみたいな場所を地上にも作ろうってのか?」
「そんなとこね。今地上では盗賊やお尋ね者がたくさんいる上、モノノケやレギオンの襲撃も相次いでいる。地上に点々と存在する集落や街にいるポケモンたちは、きっと怯えながら暮らしていると思うんだ。」

カムイはそう説明すると、一枚の地図のようなものを取り出した。まるで小さな町の計画書のような古びた紙が広げられた。


「ミハイルはね、孤独だった。地上の裕福な家庭に一人っ子として生まれたけど、父親が酒に溺れて暴力を振るっていた。ミハイルは自分を愛してくれる母親と共に、耐え忍びながら幼少期を過ごした。」
「じゃああいつが着ていた黒い布切れ……あの隙間から見えてたアザはまさか……!!」

「……そう、あれは父親から虐待を受けたときのものだよ。そして母親は過酷な日々から病気を患った。彼女はミハイルのため、自分の持てるお金を貯金していた。そして母親の死後、遺産を手に16歳のミハイルは家を飛び出した。そんな折、私と出会った。」
「人間だったお前が偶然にミハイルの奴と……。」

「ええ。友達もいなくて独りぼっちだったミハイルにとって、私は初めての心からの親友で、相棒でもあったんだと思う。私が彼のぽっかり開いた心の穴を埋められたのかな、きっと。私のことをとても信頼してくれて、その夢を語ってくれた。それがこれ。」

再び、カムイは広げた計画書を指し示す。そこにはポケモンパラダイスと書かれている。









「パ、パラ……ダイス?」
「あんた、横文字に疎いのね……。パラダイスってのは楽園のこと。ミハイルは母親が自分のために残してくれた遺産を使って、ポケモンたちが安心して暮らせる楽園を築こうとしていた。自分や母のように、行き場のないポケモンが二度と現れないように……。」

「しかし、今お前らはアークにいる……。パラダイスとやらはどうなったんだ?」
「破壊されたんだ、レギオンに……。あっという間だった。私とミハイルが開拓作業に出ている数日の間に、町が襲われた。町は壊滅し、死傷者多数、残ったポケモンたちも結局パラダイスを後にしていった……。」

カムイは膝に乗せた拳を握りしめながらそう呟いた。怪我をしている手は血で滲み、カムイの無念をその赤色に映し出している。


「奴ら、そんなことまでやりやがるのか……。」
「一説では、レギオンはポケモンの生き血を求めて殺戮の限りを尽くすらしいね。想像できる? ミハイルがどれだけ絶望したか……。自分には何も残らないんだって、自分からは何もかもが離れていくんだって。だから私は誓った。絶対に君を見捨てない、また一緒にパラダイスを作ろうって。」

「そのために、奴らを排除することが必要という訳か……。」
「ええ。別にレギオンに復讐するつもりじゃない。でも、私たちの夢を阻み、私の大切なミハイルを悲しませ泣かせるなら、私は容赦はしない。地上にポケモンが安心して暮らせる未来をもたらすため、私は戦いたいの。そのために、あなたの力が欲しい。」

「俺でなくとも他の奴だっているだろう? えっこやローゼンにでもしな。奴らはダイバーの試験を受けに行っているはずだ。」
「申し訳ないけど、あなたじゃなきゃダメなの。あなたの弓の腕と戦闘のセンス、そして何より絶対に負けられないというその瞳の奥の強い意志。手合わせしたからこそそれらを感じ取った。そして、心から信頼できると思った。だから、どうかお願い!!!!」

カムイは改めて頭を下げ、額を地面に付けた。相棒のミハイルのために土下座してまで頼み込むカムイを前に、シグレの脳裏にある記憶が蘇る。


「父ちゃん、母ちゃん!! 兄ちゃん、皐月、楓!! 起きて、起きてよ……。何で……何で……。どうしておいらだけが……。うっ……あああぁっ!!!!」

朝日が差し込む中、そんな清らかな黄金の光をかき消すがごとく山中にこだまする少年の叫び声。既に動かなくなった亡骸を前に、彼はただ膝から崩れ落ちるのみだった。


「………………。二度と逃げ場や行き場をなくす奴が出ないように、か……。」
シグレは改めて目を閉じながら考え込み、やがて数秒の沈黙の後、弓をその手に取った。


「俺のこの手が、そして弓が何を救えるかは分からねぇ……。いや、むしろ幾千もの命を奪ってきた血塗られた手だ。」
「そうかもしれないね……でも、私には見えんだ。その手が、今度は誰かの未来を繋げるために活躍する姿が。」

「そうか……。いいだろう、俺もお前やミハイルの夢を信じ、再びこの弓で敵を狩ることにする。ただし、次は民ではなくモノノケや悪党共をな。」


こうして、シグレとカムイとミハイルはチームを組むことになった。そしてその夜、シグレはカムイたちに誘われて旧市街郊外へと出向く。












 「何だってんだ? こんな夜に、こんな何もねぇとこに……。」
「実はもう一匹、協力してくれそうなポケモンがいる。彼女を含めて4匹のチームを組みたいと思うの。」

カムイに連れられてやって来た先には、木造で茅葺きの小さな小屋がある。粗末な作りではあるが、手入れがよく行き届いているのかとても小綺麗で整った見た目に思える。


「今から彼女を訪ねるけど、いい? 一つだけ絶対約束して。破ったら本当にどうなっても知らない。無事では済まされないからね。」
「何だよ、いきなりそこまで念押しに……。何があるってんだ?」

「おばさんとかババアとか、その辺りの言葉だけは絶対厳禁だから。本当に危険なんだよ。」
「昔、それを言った客がいるらしいんだけど……。想像するだけで恐ろしいよ……。」

小声でシグレに忠告するカムイとミハイル。シグレは事態がよく分からない様子で首を傾げていた。


「それじゃあ、入ろうか。」
カムイが引き戸を叩くと、中から透き通るような声がした。


「天(あま)の島、すすきの原に、小夜更けて」
「あゝ雲隠れ したる月かな」

カムイがそう詠み上げると、引き戸がガラガラと音を立ててゆっくり開いた。中から出てきたのは、ゆきぐにポケモンのユキメノコだった。


「あらまあカムイちゃんやないの、その手、どないしたん?」
「あー、ちょっとやかんでお湯沸かしてたら落っことしちゃって…!! 手の平を酷く火傷してしまったの。」

「ミハイルちゃんもよく来たわねぇ。……で、そこのジュナイパーの殿方は何者やろか?」
「ああ、『ミササギ』さん、彼は私たちの新しい仲間。シグレっていうの、悪い奴じゃないから安心して。」

カムイはミササギと呼ばれたユキメノコにシグレを紹介した。ミササギはシグレの身体をまじまじと眺めている。


「何だ? お前さんは見た目で相手を判断するってのかい?」
「なるほど、お口の達者そうな殿方やねぇ。けどカムイちゃんの紹介やから心配はせんでええやろ、みんなお入り。」

ミササギは建物の中に一同を案内する。内装は綺麗に掃除された清潔な空間となっており、小さなカウンターと席が5つだけある小さな料亭になっていた。


「カムイちゃんもミハイルちゃんもいつものでええわね?」
「うん、よろしく頼みますね!!」

「えーと、あなたは?」
「品書きとかはねぇのか?」

「そんなもん見はるの? こういう店では好きなもん頼んだらよろしいんよ、そこらの大きなお店に慣れてる方にはちょいと単純過ぎる仕組みかしらねぇ。」
「フン、じゃあお前に任せる。肉以外なら何でも構わんが、しけたもん出しやがったらぶっ飛ばすぞ。」

ミササギは厨房の方へと姿を消し、シグレはこれみよがしにため息をついた。


「何だあのババア……京の者か? いちいちくどい言い回ししやがって……。」
「しーっ!! 声が大きい、聞こえたら殺されるって言ったでしょ……!!!! あんただけじゃなくて私たちまで巻き添え食らうの……!! 気をつけて……!!」

「……分かったよ、禁句なんだろ。で、あいつがまさか協力者なのか? とても戦える奴には見えないが……。」
「ミササギさん、ああ見えて少し前まではアージェントランクのダイバーとして活躍してたんですよ。お尋ね者の討伐を中心にやってて、お尋ね者たちの間では凍らせ姫と呼ばれて恐れられてたとか……。身体の芯まで凍らされて捕まえられるかららしいです。」

ミハイルがそう答えた直後、ミハイルとカムイの元に小鉢が出された。中にはホウレンソウの煮浸しが入っている。
お世辞にも特別変わったものとは思えない、どこにでもあるようなごくごく普通の家庭的なホウレンソウの煮浸しのようだ。


「いっただきまーす!!」
カムイとミハイルはその煮浸しを美味しそうに口に運ぶ。その様子を見て微笑むと、ミササギはシグレに向けても何かを差し出した。


「こんなもんしかあらへんけど、よろしいやろか?」
「カボチャの煮物か……。俺の故郷でもよく食べられていた代物だ、ありがたく頂かせてもらおう。」

シグレは器用に箸でカボチャを切って一口大にした。あまり力を入れずとも皮まで綺麗に裂ける反面、身は決してボロボロに崩れていない絶妙な煮加減と、砂糖醤油のタレに染まった茶色っぽいカボチャの黄色がシグレの食欲をそそる。


「これはっ……!! 見た目は素朴な癖してとんでもない旨味を感じさせやがる……!! カボチャという野菜の特性上、白飯なしでも独立して一品で成り立たなくちゃならねぇ。この甘さとしつこすぎない塩加減が相まって、飯や茶がなくてもどんどん箸が進められる……。」
「シグレはんとか言うたかねぇ? 気に入ってもらえたなら何よりや、お粗末様。」

「やはりお前は京の者か? 西国の京には、腕の立つ料理人が数多くいると聞いた。といっても、ここはポケモンの世界だから思い過ごしなのか……。」
「京? まあせやねぇ、私の故郷に比べたら、アークに来るんも下るようなもんやしねぇ。地上にある古都・『サイグウシティ』はこの世の中心みたいなもんよ。」

シグレは相変わらずのミササギの口調に辟易しながらも、箸を進める手が止まず、気づけば小鉢に積み重なったカボチャが消え去っていた。








「それで、ミササギさん……。実はあなたにこそ相談したいことがあるんだ。聞いてくれないかな?」
「はて? どないしはったん? ミハイルちゃんとの夫婦円満の秘訣ならよそで聞き。私は知っての通りバツイチやから。」

「ちっ、違うって!! ミハイルはパートナーなだけで、まだそんな仲じゃないって!!」
「ふーん、いつも同じベッドで寝とるんに、ホンマに何もないんかねぇ?」

カムイは完全に顔を赤らめて首を横に振っている。一方のミハイルは落ち着いた様子で熱いお茶をすすっていた。


「もうっ、そうじゃなくて……実は私とミハイルの夢に向かって、再び歩き出そうと思ってるの。パラダイスを築くため、ポケモンが安心して暮らせる世界を取り戻すため、私たちはダイバーになる。」
「けど2匹やと心許ないとか言うとらんかった? ……まさかそのシグレはんって。」

「ええ、彼は相当腕の立つ弓の使い手だよ。しかも戦術にも長けている。彼が協力してくれるって言ってくれたの。百人力だよ。だから、ミササギさん……あなたも私たちと一緒に戦ってくれないかしら?」

するとミササギは、突然花瓶に生けてあった花を手に取った。一瞬の内に花はその形を保ったまま凍結し、やがて砕け散った。


「もうダイバー引退して8年になるわねぇ。どれだけやれるか分からへんけど、それでもよろしいかしら?」
「いやいや、その腕なら大丈夫ですよ!! さすが凍らせ姫の異名は伊達じゃないや……。」

「でもカムイちゃん、ミハイルちゃん、一つ条件があるわ。そのシグレはんと共に、見事ダイバー試験に受かって来なさいな。チーム組もうにも、あなたたちに免許がないと話にならん。もし一発合格できたら、私も喜んであなたたちに加わらせてもらいます。」
「フン、望むところだぜ。お前の出した課題ごときで挫けてる訳にはいかないからな。ダイバー試験とやら、そこの二人と共に乗り越えてやる。」

シグレは翼の奥に羽根の矢を光らせてそう呟いた。カムイとミハイルもシグレの言葉に深く頷き、その目を見つめる。


「ま、今日はゆっくりしてき。思う存分食べて、明日への英気を養うのもダイバーとしては大事なことやからねぇ。」
テーブルの上にはお椀に盛られた栗おこわが、もくもくと湯気を立てていた。カムイたちは嬉々としてお椀に手を伸ばし、熱々の栗おこわに舌鼓を打つのだった。


(To be continued...)

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