第92話 Gloomy Crown
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「よし、ここでいいだろう」
──雪を踏みしめる音だけが響く道中は、割とあっという間だった。
バドレックス達に連れられてユズ達が辿り着いたのは、何の変哲も無い小さな岩の洞窟。 山にはところどころに岩や氷柱があったのだが、別にここは特に目立つ場所というわけでもない。 伝説のポケモンが案内するには不釣り合いな場所のように思えて、ユズ達は入口を通り抜けながら、横目で辺りを見回してみる。
まず目に入るのは3つの寝床。 どうやら彼らはここを拠点にしているようだった。 だが、その他にあるものといえばいくつかの食糧を入れておく樽ぐらい。 暇を潰す娯楽も何もない、あまりにシンプルな空間。 雪山だからか、屋内を彩ってくれる花すらも──。
(......あれ)
キラリの鼻がぴくりと動く。 本当に微かにだが、甘い香りを感じるような。 それもリンゴなどのそれではなくて、花の柔らかな香り。
でも、確かにここには花なんてどこにもないのだ。 改めて周りを色々見てみると、彼女の視線は一瞬あるものに釘付けになった。
......洞窟の奥の方。 そこの床に、小さな木の扉がついている。
「......?」
ただの収納庫のようにも見えるが、キラリの勘は簡単にそうとは決めつけようとしなかった。 もう一度息を鼻からよく吸ってみる。
──間違いない。花の香りの出所は、確かに......
「気になるか?」
「ひえっ!? え、えっと......」
すると突如、バドレックスに声をかけられる。 先程のこともあり、キラリは少し萎縮気味だ。 でも彼は怒っている感じではなかった。 急ぐ子供を諭す、そんな表現が近いだろう。
「どうせ後になれば見せる。 今は待ってくれないか」
「は、はい......」
キラリは若干怖がりながら、好奇心をひとまずその場に置いていくことにした。 ......伝説のポケモン。 急に襲いかかってきたり、こっちには伝わりづらい試練を押し付けてきたり、こちらに悪意が無いと分かれば一気に好意的になったり、唐突に「今の魔狼は最早恐れていたものではない」と言い放ったり......少し、心が読みづらい。
特にバドレックス。 ザシアンとザマゼンタ、そして恐らくツンベアーのような使いのポケモンを束ねている長。 長老のように厳格な雰囲気だと想像していたし、実際そんな風にも思えるが、でも彼とはまた少し毛色が違っていた。 長老が深い森の香りをしていた中、バドレックスは雪のような......優しくて、どこか儚い香りがする。
......にしても、この優しい香り。 さっきの花の香りにも通じるところがあるかもしれない──。
「──さて。 本題に入りたいところではあるが......」
そうキラリが思考する最中、バドレックスはそう言って、おもむろにユズの方に目線を向ける。
「まずは、お前の名前を聞いておこうか。 ずっと魔狼の宿主と呼び続けるのも忍びない」
「......ユズといいます」
ユズが静かに、でも強かに名乗った。 気合い十分といったところだろうか。 バドレックスはそんな彼女の姿を見て小さく微笑んだ。
「......余も、お前に聞きたいことが沢山ある。 実際に会ってみると、やはり疑問は多く浮かぶものでな......最初にいくつか質問に答えて貰おう」
その鋭く細い瞳は、見定めるようにユズをじっと見つめる。
......そして、目の前のチコリータの「もう1つの姿」をいとも簡単に暴き出した。
「まず1つ。 ユズ、お前はこの世界の者ではないな?」
「......えっ!?」
突然の指摘に、ユズは虚を突かれる。 そして、それは他のみんなも同じ事だった。 驚きをもってバドレックスの方を見つめる。
今まで、自分から話さない限りケイジュ以外には人間だと見破られることはなかったのに。 しかも、初見で。
「......信じられない、そんな顔だな」
バドレックスの半ば呆れた声によって、ユズの思考は現実に引き戻される。
「あっ......ごめんなさい、その」
「余の力を舐めるな。 素性を見破ることなど造作も無い。それに一応、我らは人間に会ったことがあるのだからな」
「......人間に」
「ああ。 その辺りは、ツンベアーに聞いたな?」
「はい」
ユズはあくまで冷静に頷く。 だがしかし、その心はどこか落ち着かなかった。 古代の人間のことについては前々から気になっていたのだ。 思わず話に身が入る。
すると、どこかから「ふん」と鋭い鼻息の音がした。
「......あの者も歴史の1つとして語られるようになったか。 最初は我らの寝首を掻きにきたのかと思ったがな」
その音の方向にいたザマゼンタが、少し懐かしげに言う。 どこか辛辣な物言いだが、バドレックスが「そう言ってやるな、ザマゼンタ」と彼を静かにたしなめた。
「現に奴は我らを助けてくれただろう? 寝首を掻くなどとんでもない」
「......あの、バドレックスさん」
「......どうしたユズ。 別に敬称など要らぬ。 余のことは好きに呼べば良い」
「なら、バドレックス。 ......その人間のこと、少し教えてくれませんか。 私達、その人自身のことは全然知らなくて」
ユズは勇気を振り絞り聞いてみる。 すると、バドレックスは少し驚いた表情を浮かべた後、
「いいだろう」
そう言って、快く頷いてくれた。
「そうだな、言うとすれば......本当に、他者に優しい奴だった。 時に心配になるぐらいにな。 悪く言えば甘いともいえるだろう」
「......そうだったんですか」
「ああ。 だが、戦いの時は真剣だった。 それに、奴に救われたポケモンも大勢いたのだ。 凄い者だろう? まさか異なる世界の者同士の心が繋がるなど、思いもしなかったよ。 ......そうだな、ものに例えるとするなら、太陽のような」
「えっ」
自分達の探険隊の象徴ともいえる言葉に、ユズとキラリは目を丸くした。 そんな好意的な声とその内容によって、ユズ達の頭の中の霧が少しずつ晴れていく。 今まで存在しか知らなかった幻の人。 それがバドレックスの言葉によって、段々と中身のある1人の人間へと変貌していった。
「......太陽かぁ」
ユズの心が微かに暖まる。 自分ではないにしても、「人間」が褒められているのを聞くと、どこか彼女自身も嬉しくなった。
レオン達が更に質問を投げかける間も、彼女の視線は自然と伝説のポケモンの方を向いていた。 そして。
「......戦いって、人間が? そりゃ道具とかはあるだろうけど、技は使えないんだろ?」
「ああ、奴は武術にも長けていてな。 確か、薙刀という武器を使っていたか」
「うっ......なんか嫌な記憶が」
「ん? どうしたのだ」
「あっいや......一応、後で話した方がいいかも......」
「?」
──何故だろうか。 感情豊かに話す伝説のポケモンに対して、どこか小さな親近感すらも湧いてくるようだった。
......のだけれど。
そんな幻想は、すぐに打ち砕かれることになる。
「......さて、ユズ。 お前が人間だと思った理由はもう1つあってな」
「?」
バドレックスはそこに付け加える。 何故だろうか。 彼の語気には刺すような鋭さがあった。
「考えてみれば容易いことだ。 人間の世界に渡った魔狼がこの世界に戻ってくるなど、そう簡単に出来ることではない。
......理由を考えるに、魔狼に憑かれた人間がこの世界に渡ったと考えるのが1番自然だろう」
「っ......!」
──一瞬で、ユズの表情が強張った。
バドレックスが彼女の方をもう一度見やる。 でも、先程の穏やかさは完全になりを潜めていた。 そこにあるのは憎悪か、それとも疑念か。 さっき感じた親近感は、一瞬で壊される。
先程まで彼が笑っていたのは、紛れもなく「その人」への信頼の証。 その笑顔は、決して自分に向けられたものなんかじゃない。 寧ろ、自分は、自分は──
(それを、潰した側なんだ)
そう、今バドレックス達が相対しているのは、「古代の人間が努力して無力化したはずの魔狼に、現在何故か憑かれている人間」だ。 今の魔狼の状態がどうであれ、事実は事実。 揺らぐことはない。
人間への厚い信頼の果て、長い年月の果てにあったのは、こんな訳の分からない現実だった訳だ。 それも、言葉を選ばず言えば、今の状況は信じていたはずの人間という種族に裏切られた結果ともいえる。 これらのことを考えると、今のバドレックス達の心情は、察するに余りある。
──このどうしようもない事象の理由を問うのに、どうして平常心でなんていられるだろうか?
そして、疑問は牙を剥く。 あの時の、まだ幼かった自分に。 そして、今ここに立つ自分に。 目の前に立つ伝説の声は、異様なまでに冷たかった。
「答えろ。 何故お前は魔狼に憑かれた? 長い年月を経て、どうして今? どうしてお前に?」
悪行を働いた子供は、親のお叱りを受けた時に縮こまる。 心底怯えてしまう。それは当然と言えば当然のこと。
だから、それと似たものを感じるこの問いがユズの心を揺さぶるのも、あまりに自然なことだった。
「......それは」
ユズの鼓動が速くなる。 ただの質問のはずなのに、まるで断罪されているような。
否、「ような」ではない。 これは断罪そのものだ。 バドレックスの両側にいるザシアンとザマゼンタの剣と盾が、逃げ場を塞ぐようにユズを睨む。
さて、なんと答えるべきか。
魔狼が自分を強く引き寄せた?
自分がそういう特別な器だった?
......運命だった?
あまりにも馬鹿らしい。 そんな「デマ」、口が裂けても言えるわけがない。
「......人間の世界に、魔狼を封じている祠があったんです。 魔狼を止めたその人間の、子孫の家がそれを守ってて」
ユズは、ぽつりぽつりと話し出す。 一言一言が、岩のような重苦しさを纏っていた。
「だけど、私ともう1人の友達で、悪戯でその祠を開けてしまって、それで......ごめんなさい。 なんで私に憑いたのかと、言われても......」
──ああ、言葉にしようと思うと、なんてあっけない出来事だろう。 これはただの子供の悪戯。 ただの遊び心。 怖いもの見たさにやっただけのこと。 運命じみたものなんて、どこにもありはしないのだ。 絵本で見るような「選ばれし者」の立ち位置なら、もっと毅然と語れただろうに。
でも、これはただの偶然だから。 偶然だったからこそ起こってしまった、悲劇だから。
それが余計に、何故か申し訳なくなる。
「......そうか、わかった」
バドレックスは深くため息をついた。 言葉や行動には表立って出さずとも、それだけでもう彼の心がどうしようもなく荒れ狂っているのがよく分かってしまった。
......でもそれと同時に、彼がその嵐をどうにか鎮めようとしていることも。
「そうに決まっている。 奴が、中途半端に封じるわけがない。 後世まで引き継ぎ続け、その上で破られたに決まっている。 ......はあ。 何だろうな、本当に。 悪意を持つ者だったなら、ここで容赦なく潰すことができただろうに。 何だろうな、この感情は」
「......ごめんなさい」
「何故お前が」
「ごめんなさい」
ユズはきゅっと口を固く閉じる。 まだ、詳しい話を聞いたわけではない。 でも、バドレックスが──彼らが、魔狼に対してどんな思いを持っているかどうかは、少しだけ理解できる。 あれは恐ろしいもの。 あれは復活してはならなかったもの。 ......あの祠で、ずっと眠り続けるべきだったもの。
でも自分達は無意識とはいえ、その思いを引き裂いた。 その事実に、ユズはもう謝ることしかできない。 全くの偶然だからこそ、そうすることしか出来なかった。
しかし、バドレックスは強く首を横に振りその謝罪を拒む。
「......謝るな。 お前達が悪戯をしなくとも、いずれこの時は来たであろう。 記憶というのは、本来薄れゆくものなのだから。 それに」
そこでバドレックスは一瞬、口篭って。
「謝るべきは、断罪されるべきは、本来我らの方だ」
『......え?』
静かにそう、言い放った。 暗い声だった。
ユズとキラリから同時に声が漏れる。 だが、彼は詳細を聞く前にすぐさま表情を元に戻してしまった。 怒りはどこにもない。 ただ、どこか凍えた顔で首を振る。 その瞬間、ユズはその姿に息を呑んだ。
どうしようもなく報われないように思える──。
その目の底に、深い闇が見える──。
出発直前のツンベアーの言葉が、そのままユズ達の目の前に鎮座しているように思えてならなかった。
その大きな冠の下の身体が、やけに縮こまって見えた。
「バドレックス様......」
ザシアン達も心配そうにバドレックスの顔を覗く。 だが、彼はそっと手を挙げてまた首を横に振った。
「......いや、済まないな。 つい感傷的になってしまった。 我ながら、情けないものだ」
「ですが......」
「だから平気だ。 ......お前達は、強いな。 余と違って」
そう自嘲するバドレックスは、ユズの目には伝説なんて大それたものには見えなかった。 あまりに大きな冠を──責任を背負ってしまった、小さなポケモンに思えてならなかった。
自分と違って、みんなは強い。
ユズが影ながら心の内側に抱いていたものと似た感情。
(......もしかしたら)
......余所事、ではない。 多分さっきの親近感も、全部嘘ではないのかもしれない。
「バドレックス」
ユズも思わず名前を呼ぶ。 答える当事者の声は、どこか呆れているようだった。
「......ユズ、お前もか。 気持ちは嬉しい。 だが、お前に心配される理由など無い」
「でも」
「人間よ。 お前は真実を知りに来たのだろう? この程度の事で流されるな。 感情移入しすぎるな。 ......そんなことでは、我らの語る真実に耐えられるわけが──」
「分かってます。 だけど......」
あちらが謝らなければならない理由なんて分からない。 ツンベアーの言う通り、彼らの裏にはきっと壮絶な体験が潜んでいる。 単なる会話の中の闇にあてられてしまうぐらいでは、逆にこちらの心が壊れてしまう。
けれど。
「......だとしても」
「......ユズ?」
キラリの声をよそに、ユズは前に出る。 そして、バドレックスの目を真っ直ぐ見た。
──そして、首から蔓を伸ばして、そっと彼の手を取った。
「お前っ......!?」
その瞬間こそザシアン達が少し警戒の動きを見せたが、それもすぐ止まった。 バドレックスが握られていないもう片方の手で制止したのだ。 もっとも、そんなことしなくてもその細い蔓に敵意はないのは明白だった。
バドレックスはすぐに蔓を振りほどくことはしなかった。 ただ1つ、ユズに疑問を投げかける。
「......分からないな」
「......」
「どうしてそこまで気にかける? ......少なくとも余は、お前より強いぞ。 長く生きた分、遙かに。 それに見ればわかる。 お前は、元々それほど心が強い訳ではないだろう? なのに何故?」
「私にも、よく分かりません。 ......だけど」
ユズはぎゅっと、蔓に込める力を強める。 そこにあったのは、これもあっけないことに、たった1つの願いだけだった。
──みんなは、キラリは、こんな時に自分ととことん向き合ってくれた。 そして、そこから生まれた自分の目標の1つが、「泣いている相手に手を差し伸べること」だ。
今目の前にいる彼は、泣いてこそいないけれど。
でもきっと、強い矜持がそれを拒んでいるだけ。
心を傷つけ続ける茨を、その綺麗なマントで隠しているだけ。
......煌びやかな冠が、本当の思いを殺しているだけ。
(そんなポケモンに、私が出来ることは)
──自分が不安だったからこそ、ずっと怯えていたからこそ。 心を殺せと、一度でも思ったからこそ。
「......誰かが震えていたら、その手を取ってあげたい。 そう思うのは、悪いことですか」
「!」
彼の手を取った理由など、これだけでもう事足りた。
「ユズ......」
キラリが嬉しそうに呟く。 そのバドレックスの手を見てみると、確かに微かに震えているのが分かったのだ。 でも、すぐに気づけるようなものじゃない。 多分、ずっと悩んできた彼女だからこそ気づけたものだ。
そして、レオンの胸にも一種の安堵が宿る。
(......あいつ、さっきもそうだったけど......頼もしく、なりやがって)
......安心できたのは多分、ユズはユズのままだったから。 背伸びをしている訳ではないから。 魔狼の力を使った時の頼もしさに隠れた危うさは、今は無かった。 キラリがそうだったように、彼女は彼女なりに、何かを掴み始めているのだろう。
自分なりの、輝き方というものを。 そして。
......誰かの光の、引き出し方というものを。
「......」
一方バドレックスは、ユズから差し伸べられた蔓を見てただ押し黙る。 その代わりとしてなのか、ザシアンが少し目をつり上げてユズの方を睨む。
「......お前も、そうなのですね」
「え?」
「怖気付かずにこの方の手を取れる。 大人しい癖して、あやつは......ヒョウセツは確か、こういう者を『おひとよし』と呼んでいましたね」
「......ヒョウセツ?」
聞いたことのない名前に、イリータが首を傾げる。 疑問符がそれぞれの頭上に浮かぶ中、黙っていたバドレックスがぼそりと補足を入れた。
「我らを助けた、その人間の名前だ。 初耳か?」
「......はい」
ユズはこくりと頷く。 流石に名前までは知らなかったし、ヒオもそこまでは教えてくれなかったのだ。 もしかしたら、彼女の記憶にもないのかもしれない。
でも、明らかなことが1つだけある。 彼女からこんな話を聞いたことがあった。
──氷は極寒の厳しい世界にこそ萌ゆるもの。 自分達の家は、子が厳しい世界の中でも生き抜けるように、氷になぞらえた名前をつけるのだと。 遠い昔からずっと。
氷雨と、氷音と、そして氷雪。 ......まさにその人間は、あの家の人だ。
ふと、握った手を見つめながら考える。 彼女も、かつてバドレックスにこうしたのだろうか。
こんな風に、手を取ったのだろうか。
(ユズの顔、分からないんだよ。 遠すぎたから。 それにここ暗いもん。......ちゃんと目を見て、話したかった)
キラリが、そして......
(......よかったら、話してくれますか)
ヒサメが、自分にそうしてきたように。
物思いに耽っていると、バドレックスからずばりと指摘が飛んできた。
「ところで、お前はいつまで余の手を握っている」
「あっ」
彼は照れくさそうな表情を浮かべ、そう言ってユズの蔓を振りほどこうとする。 確かにずっと握りっぱなしだった。 ユズもはっとした後、「ですよね......」と首を傾げ苦笑する。 だがその時。
(......有難う)
「......え」
──テレパシーで伝えられた短い感謝の言葉が、頭の中で反響する。 バドレックスは表情こそ変えないが、雰囲気はどこか和らいでいた。
......少しは、ユズを信頼してくれたのだろうか。
「......はい!」
普通なら謙遜しそうなところだが、今は素直に、その感謝を受け取ることにした。 その顔が静かに綻ぶ。 それと同時に、外套に隠れていたペンダントも少しお茶目にその顔を見せた。
──その時だった。
「......え」
「......え、は!?」
唐突に、がばっとバドレックスがユズに顔を近づける。 ......いや、ユズの方というよりは。
「あ、あの......?」
「お前、これは......虹色水晶か?」
「えっ!? なんで」
「なんでも何も、何故お前が」
そう、彼はその細い目を見開いて、外套の隙間から見えるユズの胸元のペンダントを見ていたのである。
そしてそれだけで終わるわけがなく、ザシアンがキラリの方を見て言う。
「バドレックス様、この者もです」
「いっ!?」
「何?」
すると、バドレックスは今度はキラリの方を見る。 まさかこんな唐突に話が振られるとは思わず、背筋をやり過ぎなくらいピンと張ってしまう。
「お前の名前は?」
「えっ......き、キラリです」
「そうか。 ユズ、キラリ。 お前達はどうして虹色水晶を?」
「夏に虹色聖山に行ったことがあって、そこで」
「なんと!」
バドレックスの驚愕の声。 割と感情豊かな伝説を前に、キラリは軽くたじろいだ。
「よく行けたものだな、虹色水晶は、虹色聖山の山頂でしか取れない宝石だ。 すると、仕掛けはどうしたのだ?」
「仕掛け......?」
「......もしや、あのゴルーグか」
ここでジュリが口を開いたことで、ユズとキラリの中で合点がいった。 そう、頂上に辿り着く直前に4匹を苦しめた、あの強いゴルーグだ。
でも何故そのことを。 それを聞こうとする前に、バドレックスはさらりと衝撃の事実を述べた。
「そうだ。 そもそもあの罠を虹色聖山に仕掛けたのは、我らだからな」
『......ええっ!?』
今度はこちらが驚く番だ。 ユズとキラリはここぞとばかりに声を上げる。
.......小さな、でも確実に「何か」を秘めたペンダントは、変わらず2匹の胸で静かに揺れていた。