ソード&シールド

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 崩れ落ちた天井には青空が広がっていて、長い長い夜が開けたことを知らせている。
 私は意識を取り戻したマッシュにかける癒しの手をしばし止め、倒れたまま動かないダンデに近づき、癒しの波動を放つ。しかし、効果は無かった。
『お願い、癒しの波動……!』
 やはり効果は無い。消え行く生命を繋ぎ止めるほどの力はなく、私の技はただただ空振りに終わる。
 目を覚ましたマッシュが、自身のポケットを探る。
「ダンデ死ぬな、まんたんのくすり!」
 だが回復する気配はない。そして、マッシュは更にアイテムを持っていることに気づき、それも使う。
「目を覚ませ、げんきのかたまり!!」
 だが、倒れたまま動かないダンデには全く何の反応も無かった。

 そのとき、崩れ落ちた天井から、女性の声が響く。
「大丈夫!? マッシュ!」
 遠く頭上に見えるのはソニアだ。
 崩れ落ちた天井から慌ててロープを垂らし降り始める。
「マッシュ、大丈夫か!?」
 同時にホップの声も聞こえる。
 ホップはザシアンを繰り出すとその背中に跨り、一気に駆け下りてくる。
 ザシアンは水色の体毛を陽の光に照らしながら、鮮やかに地面に着地した。

「なんとかエネルギープラントは復旧できたぞ。しかも、何でだ? 空の闇が晴れている。ブラックナイトはどうなったんだ?」

 置いてけぼりにされたソニアがロープを降りながら遠くで抗議の声をあげている。ホップは「やっべー」と軽く舌を出しながら、同時に周囲の神妙な雰囲気に気づく。辺りはよく見ると参上だった。
 焦げた人型の後で泣き続けるシャケ。周囲に散らばるバズライトイヤーの残骸。満身創痍のマッシュと、私。

「どういうことだ……?」
 私とマッシュの影になっていて最初は気づかなかったが、すぐに私たちの様子がおかしいことに気づき、ホップは駆け寄る。
「兄貴!?」
 私とマッシュを押しのけ、ホップは倒れたままのダンデの身体を抱き起こす。
 厳密に言えば、このダンデはこの世界のホップの兄ではない。しかし、ホップも当然気づいている。世界の違いなど関係なく、ホップは悲壮な表情を浮かべていた。

「兄貴、どうしたんだよ……何があったんだよ……」

 そのとき、今までピクリとも動かなかったダンデが、目を開ける。しかし、その焦点は定まっていない。

「兄貴!!」
「……ホップ、か? 俺はお前の兄貴なんかじゃ……」
「知っているさ、でも、どの世界の兄貴でも、俺の兄貴だろ!?」

 ――もう助からない。
 ホップはそのことを痛いほど悟っていた。だから、何か言おうとするダンデの言葉に全力で耳を傾ける。

「俺は悪い兄貴だった。だが、この世界で、お前を、お前たちの未来を救えて良かった……なあ、ホップ。きっと俺の生き長らえた意味は、例え、誰かに創られた道筋を歩んでいたのだとしても。今日、この日の、ために……あったんだよな……?」

 何かを確認するように、ダンデは言葉を、言い残すことなく。確実に紡いでいく。
 ホップは歯を食いしばりながら、涙を拭い、あえて笑顔で頷く。

「当たり前だろ……居場所なんか、やっぱり、兄貴は自分で作れたんだ! さすが兄貴だぜ!」

「褒めるなよ……」

 異世界のダンデはホップの言葉を聞き、はにかんだように笑う。血が固まり始めた唇がなお言葉を紡いでいく。
 ひとつの物語が終わりを迎えようとしていた。

「ダンデくん!?」

 ようやくロープを辿りながら降りたソニアも慌てて駆け寄ってくる。

「ソニア……? なんだ、パルスワンは一緒じゃないのか」

 ソニアはワンパチは連れていない。しかし、そもそもパルスワンに進化もしていない。
 そのことにソニアは言及しなかった。

「ダンデくん。あのさ、もう一回やろうよ、ジムチャレンジ。どっちが勝ったか負けたかとかさ。毎回変わるものじゃん。だから、何回チャレンジしても良いと思うの」

 朦朧とする血のへばりついたダンデを見て瞬時にソニアは悟ったのだろう。全く関係の無いことを言う。

「ジムチャレンジ……いいな……キバナも一緒だな……あいつの青眼の白龍ジュラルドンは強かった……」

 地に伏したままのダンデと、地べたに座り込みそれを見守るホップとソニア。
 三者は対話しているようでしていない。もう、ダンデは一方通行の会話しか出来ていなかった。その視点は定まっておらず、どこか遠くを見ている。
 しかし、この世界のホップの顔に唐突に視線を移し、ダンデはわずかに身を起こす。

「ホップ……お前にこれを」
 本当の、今度こそ最期の力を振り絞ろうとダンデは、王者の剣を強引にホップの胸元に押し付け、また地面にその背中を委ねる。
「俺の分まで……」
 ついに言葉が途切れる。
「兄貴の分?」
 だがその先は紡がれない。ダンデは口をパクパクと開き、何事か述べていた。ホップはそれを辛抱強く聞き遂げようとする。

「ああ、ソニア、キバナ……ホップ……」
 親しい名前を呼ぶ。
「そうだな、キバナ。ジムチャレンジもまた最初から仕切り直しだな……」
 空に向かって手を伸ばし、微笑む。親友の姿がそこに見えているのだろうか。
「ソニア……勝ち逃げはできないぜ……パルスワン、打破してやる……」
 最愛の強敵手の姿もあるのだろう。
 この世界のソニアは何も言わず涙を溜めて頷いていた。
 ――そして。
「……ホップ。ごめん。駄目な兄貴で。だけど、今度こそ、次は……」
 その瞳に映っているのは今この世界に居るホップでは無いのだろう。だがホップはしっかりダンデの頬に手をあてながら、頷く。ホップの目からこぼれ落ちた涙がダンデの皮膚に落ちていく。

「駄目な兄貴なんかじゃないぞ。俺はほら、兄貴に助けられたんだ。ありがとう兄貴!」

 ホップの言葉を聞くと安心したようにダンデも頷く。その身体がふわりと浮き、光を放ちながら消えていく。
「ああ、レッドアイズ……よかった」
 最期にダンデはそう言うと、世界に溶けるように、星の生命の源へ還るように消えた。きっと、星へと還ったのだ。そうして、ライフストリームとして、この星を巡る。
 古の昔から紡がれてきた、生命の輪廻の物語へとダンデの物語はバトンタッチされていく。

「ったく……何が良かったんだよバカ兄貴……」

 何が良かったのかはわからない。
 しかし、きっと、最期にダンデは自身の過去と向き合うことが出来たのだと思う。

「あの兄貴はさ。どうしようもないバカで、元の世界では落ちこぼれで。俺のこの世界の兄貴とは違うようで、でもやっぱり兄貴でさ。俺のこの世界の兄貴は生きてて、当然別人だ。だけど、何でだ? 何でこんなにも悲しいんだ?」

 同じようなことをあのダンデも、時の最果ての老人となったホップを看取ったときに言っていた。世界は異なっても、やはり兄弟なのだと私は強く実感を抱く。

「当たり前ニャン……」
 立ち上がってそう応じたのはシャケだった。

「ニャーも、ここで今、サカキ様を失ったニャ。あのサカキ様はニャーの住む世界のサカキ様では無いニャン……でも、最後に、あのサカキ様はニャーを蹴り飛ばしたニャン。今まで何度も蹴られてきたけど、最期の蹴りは……ニャーの生命を救うための愛があったニャン……」

 そして、シャケは鼻水と涙をその腕の体毛で強引に拭う。

「世界が違ったって、一緒なのニャン! 悲しいのニャ、苦しいのニャ! 死んでほしくないのニャ!」

 そして、ニャースのシャケは決意を固めた様子で口にする。

「ブラックナイトが終わっても、天空の城はまだ浮かんでるニャ。そこに諸悪の根源も居るのニャ。それを何とかしない限り、この世界は救われないのニャ」

 ここで終わりではない。終われない。
 必死に言葉を絞り出すシャケをホップは呆然と見つめていた。

「ニャーは強くないニャ。弱いニャースなのニャ。役に立たないかもしれないニャ。だから、頑張れる人……カイトを影で支えるのニャ。ニャーは世界を救うのニャ」

 そして、シャケはホップの顔を見つめる。何かの言葉を待つように。

「おい、なんとか言ったらどうニャ?」

「なんとかって……何だよ?」

「――何だかんだと言われたら……!」

 怪訝な顔でホップが言った瞬間だった。待ってましたとばかりにシャケは叫ぶ。同時に何やらポーズを取り始める。
 ロケット団の吟時だった。そこにはどれほど強い想いが込められているか、私の胸の輝石にひしひしと共鳴してくる。

「――答えてあげるが世の情け! 世界の破壊を防ぐため……世界の平和を守るため……愛と勇気の悪を貫くラブリーチャーミーな敵役! たとえ、サカキ様が居なくても、銀河をかけるロケット団のニャーには、ホワイトホール……白い明日が待ってるニャン!!」

 大袈裟な身振りと共に繰り広げた前口上。それは決意の表明だった。青空にかかる、虹に向けた誓いだ。

「はは、お前は強いんだな。そうだな、俺も……死んだ異世界の兄貴に負けないように、頑張らなきゃな。俺が世界を救うわけじゃないかもしれない。だけど、ひとりひとりが世界を救う運命の歯車なんだ。物語を進めるための、無くてはならない、かけがえの無い存在だ……!」

 そして、王者の剣を掲げ、ホップは剣の王ザシアンに向き合う。

「ザシアン、これはお前に渡すのが最適解だと思う。兄貴から託された大切な剣だ……」

 ホップの持つ剣を見たソニアが不思議そうに柄の部分、不死鳥のデザインを見つめる。

「この紋章は……ナックル城のデザインに似てるような……なんて剣なの?」

『王者の剣……ロトの剣とも言うらしいです』

「ロト? 初めて聞くけど何だか勇気の湧く響きね。だけど、この剣……ひどく懐かしく感じる」

 私が伝えると、研究者としての性なのかソニアは興味深そうにその剣を眺めた。

 その瞬間だった。
 ザシアンの持っていた朽ちた剣に、ホップの持っていたロトの剣が融合していく。同時にザシアンがその姿を変えていく。
 額の紋様が不死鳥のシンボルに、また、背から両翼のようなものが生えるが、それもまた色鮮やかな不死鳥の翼をしていた。

「ザシアン……この変化は、伝承にも無いわ。もしかしてキョダイマックス……?」

 言いながらソニアはこめかみを抑える。何かを思い出そうとしているようだった。

「ううん、ちがう……これはきっと、この世界にないチカラ……」

 同時に私が異世界のダンデから託されたボールが反応する。中はザマゼンタだ。
 ザマゼンタが飛び出す。そのフォルムも伝承にあるものとは異なる。

「すごいぞ……ザシアンとザマゼンタも記録にあるものと全く違うフォルムをしてるぞ!」

 ザシアン、ロトの剣の姿。
 ザマゼンタ、千年の盾の姿。
 世界を救う剣と盾は、虹の輝きを受けて、しっかりとその存在を主張していた。
『ウルォーード!!』
『ウルゥーード!!』
 2対の勇者が叫ぶ。
 これはきっと、ガラルの伝承にない、その先の物語だ。私たちの知らない、未知の領域の話だ。広げた地図の何処に行くべきか分からなかった私たち。その地図の真ん中にいた私たちは方角を定め、その先にある何かに向かって一歩ずつ確実に歩みを進めていく。

 号哭するザシアンとザマゼンタの、剣と盾が太陽の光できらりと輝く。
 虹のもとで、王者の剣と千年の盾がよく映えた。

――――――――――
【補足】ソニアのワンパチについて
 この世界線のソニアのワンパチは進化せずそのままであり、現在シュートシティにお留守番中である。
 しかし、別の世界線では、パルスワンに進化していることもあるようで、元レインボーロケット団のダンデのいた世界ではパルスワンに進化させ、数々の強敵を破った後に見事チャンピオンの座に就いた。
 今回、ロトの剣を持つザシアンを見て、ソニアは既視感をわずかに覚えたが、それはかつて、ハロンタウンの“まどろみの森”で失った記憶と何か関係があるのかもしれない。筆者の別作『パルスワンの号哭』と関係があるかないかも分からないが、少なくとも、世界を越えて生まれ変わっても、平行世界の自身の記憶が残っているという一例ではある。
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【Season12】ソード&シールド――完。

special thanks,
ファイナルファンタジー5,クライシスコア

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