【第042話】揺らぐ平衡 / ケシキ、イサナ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「ファーーーーーアアアアアアンドッ!!」
「相手は強敵だッ……心していくぞ、ニャオハッ!!」
「みゃおッ!!」
「キングドラ、極力ニャオハを最前線に立たせないように!防御優先の策で行くよ!」
「むるーーーーーッ!!」
忌刹シーズン・クロウが置き土産として残っていった使い魔・災獣ディザスター……改め、イダイナキバ。
その戦闘力は未知数……敗ければ即死のサドンデスバトルが、此処に開幕する。

「まずは、『バブルこうせん』ッ!側面を狙えッ!」
「むるるッ!!」
キングドラは泡の弾丸を、やや下向きの方向へと乱射する。
V字に放たれたその攻撃はイダイナキバの両側面から、相手を挟撃する。
退路を確実に塞ぎつつの攻撃だ。

「ドドドーーーーーッ!!」
が、しかし。
これをイダイナキバは、激しい縦方向の回転で振り払う。
氷河時代の大地をも抉る勢いの攻撃……『アイススピナー』だ。
こおり技を放ったことによって、キングドラの放った泡攻撃は全て凍りつき、地に落ちてしまったのだ。
「うげっ……『アイススピナー』持ってるのか……!」
「ファアアアアーーーーーーンドッ!!」
反撃と言わんばかりに、イダイナキバは激しい回転とともに突っ込んでくる。
そのままの勢いで、キングドラを轢き潰すつもりのようだ。

「ま、マズいマズいッ……あんなの受け止められない!!」
「今助けますッ!ニャオハ、『くさわけ』だッ!!」
「みゃみゃッ!!」
キングドラの脇から、ニャオハが『くさわけ』攻撃を喰らわせる。
「むるっ……!」
ダメージ判定のある爪の部分を当てないように、身体の側面だけで体当たりをしたのだ。
そのまま、キングドラは突き上げられる形で跳ね飛ばされ……間一髪で、『アイススピナー』を回避することに成功した。

「ナイスアシストッ……キングドラ、『りゅうのはどう』で狙撃ッ!!」
「むるーーーーーーーッ!!」
キングドラの口腔から、今度は紺色の光線が吐き出される。
その光線は、『アイススピナー』の回転を終えたイダイナキバに……完璧なタイミングで着弾する。
「ドドドッ……!!」
「よし、効いてるッ……!!」
このあたりの攻撃の緩急の見極めは、流石戴冠者クラウナーズと言ったところだろうか。
見るにイサナは、チハヤと同じく感覚と経験で戦うタイプなのだろう。
こうしたイレギュラーな戦いでは、実力を発揮しやすい。

「もう一発撃てるッ!!『りゅうのはどう』ッ!!」
「むるーーーーーーッ!!」
更に続けざまに、キングドラは『りゅうのはどう』を放つ。
「ドドドッ……!!」
今度は相手の側部……急所をしっかりと狙った攻撃だ。

「ファアアアアアーーーーーーンドッ!!!」
が、しかし。
いつまでもイダイナキバとてやられっぱなしではない。
攻撃の硬直が解けるや否や、今度は猛ダッシュで正面から突っ込んできたのだ。
じめん技で最大級火力を誇る、『ぶちかまし』攻撃である。
「むるッ………!!」
あまりに高速のタックルが、キングドラに回避を許さず跳ね飛ばす。

「う、嘘ッ!?速ッ……!!」
まさかあの3m以上の巨体が、この速度で突っ込んでくるなど……イサナも想定外だったようだ。
更にイダイナキバはUターンをし、跳ね飛ばされたキングドラが再度落下する場所を目掛けて『ぶちかまし』を繰り出そうとする。
「あ、ヤバい……コレは避けられない……!!」
イサナも次の攻撃は耐えられない……と思った矢先。

「撃つならこのタイミングだ………行けニャオハッ、『ソーラービーム』ッ!!」
「みゃーーーーーーーーーーーーッ!!」
イダイナキバの眉間を目掛け、ニャオハから超熱量の光線が放たれる。
その光線はイダイナキバの『ぶちかまし』を正面から受け止め、拮抗状態にまで持っていく。
なんとか、落下間際のキングドラが轢き潰される事態は避けられたのだ。

「『ソーラービーム』……一体いつチャージを……!?」
「イサナさんが『りゅうのはどう』を乱射しているタイミングですよ……!此処ぞという時に撃てるように、チャージをしながら後衛で待機してました……!」
そう……この戦局、キングドラは基本的にサシで戦えるだけのスペックがある……と、ケシキは見抜いていた。
だからこそ、ニャオハは下手に直接戦闘に介入させず、バックヤードでいざという時のために『ソーラービーム』を溜めさせていたのだ。
「(うーん……ウジウジしてる割には、結構やるじゃんか……!!)」
その洞察力は、先輩であるイサナも一目置くレベルであった。

 が、しかし……
「ファーーー………ッ!!」
ニャオハの『ソーラービーム』と拮抗している状態のイダイナキバの全身から、湯気のようなものが湧き上がり始める。
加えて全身の筋肉も、ゆっくりと隆起を始めていた。
明らかに、イダイナキバの身体に何らかの強化が施されている。
「あれは……『ビルドアップ』……!?」
「ま……マズいよケシキッ!今すぐ逃げ……」

 ……しかし残念、イサナの忠告は間に合わない。
「………ンドオオオオオッ!!!!」
身体を大きく強化したイダイナキバは勢いに任せて『ソーラービーム』を打ち破り、そのまま正面へ向かって突進。
その巨体はニャオハの身体を踏み潰し、大ダメージを与えた。
「ふみゃっ……!」
「にゃ……ニャオハッ!!」
くさタイプで半減だったが故に、ニャオハはギリギリ踏みとどまれた。
しかし『ビルドアップ』にて強化されたイダイナキバの勢いは、最早誰にも止められない。
次もう一度攻撃が放たれれば、キングドラにもニャオハにも止めることは出来ないだろう。

「ファアアアア………ッ!!」
脚を踏み鳴らし、次の『ぶちかまし』をチャージするイダイナキバ。
まさに絶体絶命……次はない。

「くっ……やむを得ないな!これ、ホントは使いたくないんだけどッ………!!」
イサナはそう言うと、腰元に携えていた解崩器ブレイカーを取り出す。
「起動するよ、キングドラ……構えてッ!!」
「むるるっ……!!」
そしてType-スロットにカセットを挿入すると、すぐにSのボタンを押した。
境界解崩ボーダーブレイクの起動である。

『 Type - Water / Category - Status 』

 タイプはみず、カテゴリーはS。
「静寂に溺れ、狂乱に踊れッ………

沈 ム 深 海 ノ 泡 沫ディーパー・ディーパー》ッ!!」

 イサナが境界解崩ボーダーブレイクを起動し、キングドラの身体が青く光る……その直後。
「(ッ……音が……消えた……?)」
ケシキは、音が消えたような錯覚に陥る。
一瞬だけ、不自然なほどの静寂が……周囲を覆ったのだ。

 そしてすぐに、世界には音が戻る。
「ファアアアーーーーーーーンドッ!!!」
しかしそれでもイダイナキバは怯まない。
強化された身体で容赦なく、『ぶちかまし』攻撃を放とうとしてくる。

 ……が、しかし。
イダイナキバが駆け出していったのは、ニャオハの方でも、キングドラの方でもない。
全くの見当違いの方向に走り出したのだ。
「な……何だと……!?」
「ファ……ンドッ……!!?」
流石に違和感に気づいたのか、イダイナキバはすぐに方向転換をする……が、身体が思うように動いていないようだ。
先程からずっと、無茶苦茶な方向に縦横無尽に駆け回っているのである。

「な、何が起こっているんだよ……!?」
「僕の境界解崩ボーダーブレイク、《沈ム深海ノ泡沫ディーパー・ディーパー》は……相手の平衡感覚を激しく麻痺させるものだ。ケシキ君、『空間識失調』って知ってるかな?」
「えっと……上空や深海で起こるアレですよね。平衡感覚と知覚に大きなラグが生じ、方向がわからなくなる障害……!」
「そうだね。その『空間識失調』より更に激しい症状を引き起こさせるのが、この境界解崩ボーダーブレイクだ。イダイナキバは今、上下左右は愚か……自分が止まっているか進んでいるかすら分かっていない……!!」
そう……これこそがイサナの境界解崩ボーダーブレイク
相手の極めて重要な力……『平衡感覚』を奪い、移動に大きな制約をかける。
リッカの無重力状態のように機動力そのものを奪う訳では無いが……知覚に頼る者以外には軒並み有効なため、非常に有効範囲の広い境界解崩ボーダーブレイクだ。

 これによってイダイナキバは、キングドラ達を狙い撃ちをすることができなくなった。
とはいえ…暴走機関車の如くイダイナキバが駆け回っている事実には変わりない。
避けどころが悪ければ、轢き潰されてゲームオーバーである。
「ファアアーーーーンッ!!ドファーーーーーーッ!!」
「むる……むるるっ!!」
実際、キングドラも現状は防戦一方……相手の照準が定まっていないだけまだマシだが、状況が完全に好転したとは言い難い。
100%負けるバトルが、70%で負けるものに変わっただけである。
「(安定性に欠けるってのが僕の境界解崩ボーダーブレイクの悪いところだ。そして何より……)」
イサナは懸念していた事が起こっていないか……と、ニャオハの方へ目を向ける。

「みゃ……みゃごおッ!!」
「お、おいニャオハッ……一体どうした!?」
なんとニャオハはその場に倒れ、のたうち回り……かと思ったら突然立ち上がって走り回っている。
あまりにも気違いじみたその行動に、ケシキは戦慄を覚える。

「ニャオハッ……おいニャオハッ、答えろッ!!」
「みゃご……お゛ぉんッ!!」
「駄目だケシキッ!ニャオハは今……《沈ム深海ノ泡沫ディーパー・ディーパー》の支配下に居るッ!!」
「な……何ッ!?」
そう……なんとニャオハは、イサナの境界解崩ボーダーブレイクに巻き込まれてしまっていたのだ。
彼もまた平衡感覚を著しく欠損し、自らの行動すらも知覚出来ない状況にあるのだ。

 《沈ム深海ノ泡沫ディーパー・ディーパー》の弱点……それは、対象を絞れないことにある。
この境界解崩ボーダーブレイクの効果対象はみずタイプのポケモン以外全て。
発動者であるキングドラ以外は、味方であろうと何だろうと巻き込まれるのだ。

 そしてこの状況に陥ると……最悪な事態を引き起こす。
「みゃ……みゃごーーーーッ!!」
「に、ニャオハ止めろッ、止まれッ、突っ込むなッ!!」
なんとニャオハは急に立ち上がると……先程から周囲を駆け回っていたイダイナキバに目掛けて突進していったのである。
『くさわけ』を装填し、攻撃を仕掛けようと走り出す。
「みゃーーーーッ!!」
「ファンドォーーーーーーーッ!!」
体格差もスピード差も明白……あんなものに正面から勝負を挑んで、勝てるわけがなかった。

「ま、マズいッ……あんな攻撃耐えられるわけない……キングドラッ、『うずしお』ッ!!」
「むるーーーーーーーッ!!」
キングドラはすぐに細く高い巨大な渦を生み出し、ニャオハを飲み込ませる。
渦はそのままニャオハを掻っ攫い、なんとかイダイナキバの軌道から外れた。

「まごごごご……」
「ッ……ニャオハッ!!」
ニャオハは渦に飲まれて溺れ始めるが、それでもイダイナキバに轢かれるよりはマシだ。
「(悪いニャオハッ……君のためだッ!!)」
戦力外になったニャオハを渦に閉じ込め、イサナはなんとかサシの状態で片付けようとする。
「これ以上は持たないッ……攻めるぞキングドラ、『バブルこうせん』ッ!!」
「むるーーーーーーッ!!」
キングドラは再び『バブルこうせん』による乱射で、相手の体力を着実に削る作戦に出た。
相手がUターンするルタイミング……体の輪郭が鮮明になるタイミングで、側面部に攻撃を叩き込む作戦だ。
微量ずつではあるがダメージは嵩んでいく。

 が、しかし……
「(駄目だッ……『ビルドアップ』のせいで守備力まで上がっている!これじゃ攻撃が通らないッ……!!)」
なんと泡の光線は、正確に着弾しているにも関わらず大した効力を発揮していない。
既に相手の肉体は、あらゆる攻撃を寄せ付けない極限まで鍛え上げられていたのだ。
「マズいマズいッ……もう正攻法じゃ歯が立たないよ……!!」
「ファァーーーーーーーーーーンドッ!!」
イダイナキバの驀進は、更に悪化する一方である。
このままではこちらの敗北は時間の問題だ。

「(くっ……もう……駄目か………!)」
ケシキとて、この状況の悪さには気づいていた。
既に自分に出来ることがないことも……悲しいかな、理解していた。

「クソッ……クソッ……!!」
ケシキはヤケを起こし、解崩器ブレイカーを起動しようとする。
「おい起きろよ境界解崩ボーダーブレイクッ……どうにかしろよッ……おいッ!!」
が、しかし相変わらず……何を押しても反応しない。
何度ケシキが呼びかけても、うんともすんとも言わない。

「おい……おいッ……ごふっ!!」
そしてそれと同時に……ケシキは激しい咳を起こす。
「ごほっ……ごほごほごほッ!!」
「け、ケシキッ……!!」
ケシキは立っていられないほどの発作が再発し、その場に蹲ってしまう。
喉に張り付くようなその痛みは、こんな窮地でも容赦なく彼を襲ってきたのだ。
「(境界解崩ボーダーブレイクを無理やり起動しようとしたせいで……体力を半端に持っていかれてるんだッ!!)」
非常に残酷な話だ。
ただ一縷の望みを抱くことすら、そこに平然と転がる事実は許してはくれない。

「(ッ……ソがッ……)」
激しく痛む喉元を抑えつつ……ケシキは無念に打ちひしがれる。






「みゃごっ……!」





 その時。
渦潮の中で揉みしだかれていたニャオハの身体が光りだした。
「ッ……あ、アレはッ……!?」
かと思うや否や……なんと渦の中から、ロープのようなものが投げ出されたのだ。
「ッ……まさか!?」
そのロープが何か……察したイサナはそれを引き寄せる。
すると……

「みゃろーーーーーッ!!」
なんと渦の中から、ニャオハではないポケモンが現れたのだ。
身体が一回り大きくなり、首のマフラーからは太長いロープが生えている。
そのポケモンはニャローテ……ニャオハの進化後の姿である。
イサナに引きずり出される形で渦を脱したニャローテは、すぐにケシキの首を腕で持ち上げる。
「みゃろろッ!!」
そして彼の身体を、ぐいと抱き寄せたのだ。

「にゃ……ローテ……?」
「みゃろッ!!」
その香気を吸引したケシキの発作は、徐々に和らいでいく。
「(さッ……さっきまであんなに狂ってたのに……!?)」
「みゃろ……!」
ニャローテは焦点の定まっていない目で答える。
そう……ニャローテとて、平衡感覚の欠損から脱したわけではない。
今だ狂気の重石は、彼の身体にのしかかっている。
が、それでも……危機に瀕したトレーナーの姿を見て、一瞬だけ正気の淵へと戻ってきたのだろう。
その衝撃が……奇跡的に、彼に『進化』という変革をもたらした。

「みゃ……みゃろろッ……!!」
だがしかし、そんなニャローテの正気も長くは続かない。
すぐにケシキの身体を突き放すと、非ぬ方向に駆け出そうとする。
「ッ……おい待てニャローテッ!!」
そんなニャローテのロープを、ケシキはぐいと掴む。

「みゃ……ろッ!!」
「お前が動くと、状況が悪化する。俺の許可なしに動くことは許さん。」
「みゃ……ろ……?」
「だがしかし、あのまま放っておいてもマズいことは事実だ。俺らがあのイダイナキバに、一手打たねばならん。」
そうしてケシキはニャローテのロープを掴んだまま、その場に立ち上がる。
「(……あぁ、そうだ。折角進化までしてくれたんだ。これを生かさない手はあるまい。)」
涎に濡れた口元を拭い、彼はイサナに呼びかける。

「……イサナさんッ!!攻撃技を『バブルこうせん』のみに絞って下さいッ!行けますか!?」
「え?大丈夫だよ……でも何で!?」
「……あいつに一泡吹かせるには、これしかないッ!!」

 ケシキは遂に……最終作戦を実行する。

[境界解崩ファイル]
☆沈ム深海ノ泡沫(ディーパー・ディーパー)
☆タイプ:みず
☆カテゴリー:S
☆使用者:イサナ・トルドー
☆効果:みずタイプを持たない全ポケモンが対象。あらゆる知覚を奪う。その範囲は上下左右の平衡感覚、冷温、高低、速遅、静動……など多岐に渡る。深海にて起こる「空間識失調」の強化版。

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