第34話 ~呪いの否定は、憎悪と共に。~

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読了時間目安:21分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

(救助隊キセキ)
 [シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
 [ユカ:イーブイ♀]

(その他) 
 [カナリア:クワッス♂]
 [パイロン:チラチーノ♀]


前回のあらすじ

この『黄金の街』において非常に弱い立場にある『貧民』のカナリア。救助隊キセキの2匹は、諸事情によって彼とお泊まり会をすることになったのだが……
その翌朝、カナリアの保護者であるはずの黄金兵・パイロンが、カナリアを誘拐したのである。彼を不思議のダンジョン『いけにえの城』に捧げる贄とするために。

その裏切り行為にキレてパイロンを追う救助隊キセキ。やがて『いけにえの城』前にたどり着くのだが、そこは黄金兵による警備が為されている。
戦闘による強行突破を試みるシズたちであったが、『さいみんじゅつ』を食らって無力化されてしまうのであった。
 ここは『黄金の街・ルドー』に存在する、とある大型の宿。
 この街にやって来た救助隊たちが寝泊まりするその場所の一室で、救助隊キセキの2匹がぐっすり眠っていた。

「……ここは? ワタシ、何を……えっ!?」

 やがて、ユカが目を覚ます。そして周囲を見渡して、すぐに驚愕の表情を浮かべた。

「はッ!? か、カナリアさん! 今、助け……に……?」

 シズも付随するように飛び起きるが、ユカと同様に驚くことになる。

 シズたちは、不思議のダンジョン『いけにえの城』――その周囲に存在する『黄金兵』たちの駐屯地で、カナリアを救い出すために活動していたはずなのである。なのに、気付けば宿に居る。
 訳が分からなかった。



「起きたか。……シズ、ユカ」

 シズたちの起床に反応し、1匹のチラーミィが声を発した。
 この街にやって来た救助隊の1匹、そしてシズたちの事実上の保護者である、チークであった。

「チークさん!?」
「チーク! 一体これって……!」

 だったら、シズたちが聞くことは1つ。状況確認である。

「『黄金兵』に運ばれてきたんだ、『さいみんじゅつ』で眠らされた状態でよ」

 『さいみんじゅつ』……あの『黄金兵』のスリーパーにやられたのだろうか。
 不意打ち的な初撃で完全に無力化されてしまったと言うわけだ。

「ヤツら、怒り心頭だったぜ? 『ガキの教育ぐらいちゃんとしとけ!』ってな。一体何をしたんだ?」

「か……カナリアさんが! カナリアさんが!」
「は? カナリア……? 誰だソイツ」

 チークは、『黄金の街』でシズたちが体験した出来事を一切知らない。『救助隊協会第一支部』――この街にやって来た救助隊たちの支部長を、とある事情で追いかけ回していたのだ。
 故に、シズたちの行動原理であったカナリア少年の存在を知らないのだ。シズが懸命に訴えても、首を傾げるしか無い。

「この街で新しく出会った友達で……その子が、『生贄』にされちゃいそうなんだよ!」
「なんだって……?」

 だが、『生贄』と言うワードを聞いたことで、チークはすべてを察したようだ。
 『生贄』――この街の法律による儀式である。『貧民制』という制度によって生み出された『貧民』たちを不思議のダンジョン『いけにえの城』に贄として捧げ、代わりに黄金を受け取るのだ。

「『生贄』。『貧民制』の犠牲者ねぇ。……可哀想だが、手出しできねえぞ。オレたちには」
「知ってて、諦めるんですか!?」

 チークは首を振って、無理だと言った。その声には諦念が多分に含まれているようだ。
 シズが怒気が少し混じった表情で拒絶を示すが、チークの感情が変化することは無い。

「……ああ。オレも支部長を追い回す内に気付いたさ、『貧民制』のことは」
「だったら!」

 ユカもシズに同調するが、やはりチークは変わらなかった。

「いいか? ユカ。オレは、お前たちに傷ついて欲しくないだけだ。この『黄金の街』に楯突いて、結果お前たちが潰されるようなことがあれば……」
「チークさん、でも! 誰かが死にそうになってるんですよ! ボクは、そんなの!」

「顔も種族も年齢も性別も何もかも分からない『謎のポケモンC』と、お前たちのことなんざ……天秤に掛けるまでもねぇよ。大体、どうやって『黄金兵』と戦うつもりなんだ? 奴らは兵隊だし、武器を持ってるんだぞ」
「チーク……でも、ワタシたちは!」

 ……チークの懸念はもっともだ。誰だって、仲間や家族が傷つくと知っていてなお、その背中を押し出したいとは思わない。
 そもそも、チークはカナリアの人となりも、その過去も、何も知らないのだ。そんなヤツのために、街という巨大な組織に立ち向かうなどもってのほかである。

「はっきり言って、オレだってこの街は嫌いだ。誰かを殺すことによって成り立つこの社会に不快感を覚えないヤツが居たら、ソイツは異常者だと断じるさ」
「チークさん……」
「でも、オレは、その不快感とお前たちの安全を比べて、お前たちを取ると言ってるんだ。……諦めてくれ」

 だからこそ、チークは諦念を示す。可哀想だが、諦めろという立場で一貫する。

「……シズ、行こう。チークはワタシの身の安全のことになると、話が通じなくなるんだ」
「……わかった」

 ユカは、チークの思いをよく知っている。知っているからこそ、説得は不可能だと理解できた。
 この場は諦めるしかない。

「おい待て。行くったって、何処に……」

 部屋を出ようとするシズたちを、チークは止める。
 最悪、もう一度『黄金兵』たちの駐屯地に殴り込みを仕掛ける可能性だってあるのだから、確認しないわけにはいかない。

「気晴らしに。遊んでないとやってらんないよ、こんなの」
「……そうか」

 ユカの返答を聞いて、チークはシズたちを咎めるのをやめた。
 カナリアという何者かのことを、ユカは友達と呼んだ。それが死のうとしているという事実に堪えきれないという立場も理解できる……そんな思いで。












 『黄金の街』にある、何処かの裏路地。シズたちはなんの目的も持たずに、そこをただふらついていた。こんな所にまで黄金の装飾が施されている。これがすべて『貧民』たちの犠牲の上に成り立っていると思うと、シズたちは軽く吐き気さえ覚えた。

 以前から、『貧民』の死によってこの街の豊かさが成り立っていることは理解してはいた。だが、他人が死ぬのと知人が死ぬのとでは、その感情的な意味は大きく違ってくる。
 ……チークの思いだってそうなのだろう。

「ねえ、シズ……」
「……」

「ワタシたち、どうすれば良いんだろうね。『黄金兵』たちと戦って勝ち目が無いのは分かってるし」
「うん……あんな数……」

 一度頭が冷えてしまえば、シズたちもそれは分かる。分かってしまう。
 カナリアを見捨てるなんてあり得ない。だが、カナリアを見捨てないために必要な行動も分からない。





「――やあ。そこの子供たちよ」

 突然、知らない男の声がした。

「誰!?」
「誰ですか!?」

 シズたちは振り向き、そして声を上げる。
 ……シズたちより少し大きい程度の体躯に、黒いフードマントを深く被っている。そのせいで、この男の種族や顔が分からない。強いて言うなら、二足歩行だという事実が見られる程度だろうか。

「『反貧民制勢力』……と言った所かな」
「反、『貧民制』? それって……」

 『勢力』……何かの組織、ないし集団と言うことだろうか?
 反貧民制という語感からして、彼がどういう立場の者なのかは察しがつくが。

「うん。『黄金の街』の住民は、教育によって『貧民』を差別するよう刷り込まれることになっている。『貧民』を生贄に捧げても文句を言わないようにね。……でも、それでも、誰かを理不尽に傷つけるという行為に嫌悪を覚える者がいくらか現れる」
「それが、『反貧民制勢力』ってことですか?」

「そゆこと。子供の頭は柔らかくっていいや」
「……」

 そんな者の存在は、見たことも聞いたことも無かった。強いて言うなら、パイロンが……カナリアのことを『生贄』にしようとする以前の彼女が、同様の感情を持っていたという程度だろうか?

「……で? その『反貧民制勢力』が、ワタシたちに何の用なの?」

 問題は、そんなフードの男が、なんの目的を持ってシズたちに接触したのかである。
 現状、彼は顔を明かそうともしない不審者でしか無い。

「いや、君たちも反『貧民制』思想を持っていたようだからさ? ちょーっとアドバイスしてあげようと思っただけだけど」

 アドバイス。一体、どの立場からの物言いなのだろうか? 『反貧民制勢力』という立場からシズたちを利用しようと考えているのだろうか、それとも個人的なそれに過ぎないのか。

「いいかい? 『生贄』はね、黄金兵たちが直接殺すわけじゃ無い。実際には、不思議のダンジョン『いけにえの城』に放り込んで放置するだけなんだ」
「え……?」

「まだ話は終わってないよ。……でも、『貧民』たちが『いけにえの城』から自力で脱出するのは不可能なんだよね、あそこの危険度は高すぎるから。ダンジョンの敵ポケモンたちにボコボコにされて、倒れたまま飢餓状態とか脱水状態になった挙げ句、最後には衰弱死してしまうのさ」
「衰弱死!? そんなの!」

 そんなの、余りにも残酷だ。シズたちはそう思った。

「『いけにえの城』はね、衰弱していくポケモンたちの恐怖や無念のエネルギーを吸って、それで黄金を生成する性質があるのさ。すごいよね~?」

 『いけにえの城』と言うダンジョンは、相当に趣味が悪いらしい。いや、ダンジョンは物であり場所なので、趣味がどうこうという感性は持ちようが無いのだが。

「でもさ、それって逆に言えば~。『生贄』が衰弱死するまでは、助けられる猶予があるってことでもあるよね。……大丈夫、カナリア君はまだ生きてるよ。安心して良い」

 ――不思議のダンジョンには、元々、侵入してきたポケモンを直接殺したりはしないという性質がある。ダンジョン内での死因はもっぱら、落盤や転落等による自然な事故死か、行動不可能な状態になって餓死する等、間接的なものがほとんどだ。
 ……つまり、男の理屈は信用して良いだろうということである。このタイミングでこんな嘘を吐く理由も無いのだし。

「……どうすれば良いんですか、ボクたちは。あなたの正体は知りませんし、あなたがどうしてカナリアさんのことを知っているのかも分かりません。ですけど……」
「お~、がっつくねぇ。言っちゃなんだけど、相当怪しいよ僕は?」

「それでも、『反貧民制勢力』って言うからには……ボクは、その思いに頼ります。頼ってでも、カナリアさんを!」

 少なくとも『貧民制』の件において、この男はシズたちよりもずっと多くの知識を持っている。
 そう判断したシズは、男の『アドバイス』とやらを聞いてみることにした。



「……パイロンおばさんの言葉を覚えているかな? 『明日の、同じ時刻。また、ここに来るが良い』、だったっけ」
「え……?」
「は!? ちょっ……嘘でしょ!?」

 ……なぜ、この男がパイロンの言葉を知っているのだ? 一字一句、イントネーションでさえオリジナルと違わない正確な台詞を吐けるのだ!?
 言うまでもなく、シズたちはかなり驚いた。

「なんでその言葉を知ってるの!? まさか、ワタシたちを……!」
「カナリア少年はイレギュラーなんだよ。貧民でありながら、『貧民区』の外で暮らす、例外的なポケモン……」

 『貧民区』――その名の通り、貧民を暮らさせるために用意された区画のこと。貧民に墜ちた者は、『貧民区』から出ることを禁じられているのだ。カナリアが『貧民区』の外で暮らしていたのはひとえにパイロンの庇護があったからなのである。
 ……そんなカナリアを、『反貧民制勢力』とやらは監視していたのだろうか? そして、彼と接触したシズたちも同じように?



「ま、とにかくさぁ……彼女の言葉に従ってみるしかないんじゃないの? 駐屯地を突破するのは無理でしょ、君たちの力じゃ」

 パイロンの言葉に従ってみるしかない。
 ……パイロンは、率直に言って裏切り者だ。今まではカナリアのことを守ってきたのに、いざ生贄に捧げる命令が出た途端に、カナリアの保護を止めた。それどころか、彼女自身の手でそれをやろうとしていたのだ。
 確かに本意ではなさそうな雰囲気は出していたが、だからといって……




「あ、そうだ。ついでと言っちゃなんだけどさ。はい、これ」
「……なんですか、これは」

 フードの男が、シズに何かを手渡した。5センチ程度の小さな物体である。
 水晶のような結晶体に電子基板がくっついているような、奇妙な見た目だ。

「これ、『浄化爆弾』の欠片なんだよね~」
「えっ!?」
「嘘でしょ!?」

 『浄化爆弾』。遙か昔、人類が滅ぶ原因になった超兵器のことである。
 超広周囲の指定した生物の魂だけを破壊できるとされるその兵器は、『魂のエネルギー』と呼ばれる超エネルギーを原料としているらしく、現在のポケモンたちの技術では製造は不可能だ。
 ……そんな危険な物体を、このフードの男が持っている。その事実にシズたちは思わず後ずさる。この男には、悪い意味で驚かされてばかりだ。

「いや、そんなにビビんなくても。この『ミニ浄化爆弾』は、生物の魂を破壊しないようにセットされてるからさ?」
「生物の魂を、破壊しない……?」

 ……生物の魂を破壊しない『浄化爆弾』。一体、それになんの価値があるのだろうか? 『浄化爆弾』は化学エネルギー的な物理破壊力を持たない兵器だ。
 魂を破壊するという防御不可能な危険性と残虐性こそが肝であるはずなのに。

「……ところで。不思議のダンジョンが『魂のエネルギー』で構成されているのは知っているかな?」
「ワタシは知ってる。『魂のエネルギー』は、文字通り何でも出来る超エネルギー。不思議のダンジョンで起こる摩訶不思議な現象は、『魂のエネルギー』によって担保されているのだ……って、ワタシのお父さんが論文に書いてたはず」

 論文――ユカの父親は人類技術を研究する学者だったはずだ。もっとも、もうこの世には居ないのだが。
 しかし、不思議のダンジョンが『魂のエネルギー』によって構成されているという事実は、シズにとっては初めて聞いた話だ。

「そして『浄化爆弾』もまた『魂のエネルギー』によって構成される兵器であり、爆発時には魂のエネルギーを放出するんだ。……ここまで言えば分かるんじゃないかな? 『研究者の娘さん』?」

「……『浄化爆弾』を使えば、『不思議のダンジョン』を破壊できる?」
「イグザクトリー! とはいえ、このサイズの欠片じゃ無理だ。ダンジョンの最深部で爆発させなきゃ、ダンジョンを壊すことは出来ない」

 ……この場において重要なのは、この男から渡された『浄化爆弾』を使えば不思議のダンジョンを破壊できる事実なのだろう。
 この街に『貧民制』という法があるのは、『いけにえの城』に生贄を捧げれば黄金が手に入るからである。ならば、『いけにえの城』を破壊すれば、生贄を確保するために生み出された『貧民制』はいずれ自然消滅し、そうでなくとも生贄の犠牲になる者はいなくなる。

 この男がシズに『ミニ浄化爆弾』を渡した意味が、なんとなく分かってきた。



「そこで僕は、"救助隊キセキ"の君たちに依頼する。その『浄化爆弾』の欠片を『いけにえの城』最深部で使用、当該ダンジョンを破壊し、この街の『貧民制』を終わらせて欲しい。僕は、こんな世界は望まない。君たちだってそのはずでしょ?」

 依頼。言うまでもなく正式なものではないし、報酬の提示も無い。依頼と言うより、個人的なお願いに近いだろう。
 あるいは、救助隊的な感性に訴えかけることを狙っているのだろうか。




「どうする? シズ。コイツはすごく胡散臭いけど、この街の『貧民制』を終わらせられるのは願っても無い話だしさ。……キミの判断に任せるよ、ワタシは」

 確かに、この男は胡散臭い。シズたちを監視していたのは明らかだし、『反貧民制勢力』という肩書き以上の素性を明かそうともしない。

「……嫌だって言うなら、『ミニ浄化爆弾』は没収するよ。だって危なすぎるもんね~」

 何より、欠片とはいえ『浄化爆弾』なんて危険な物体を所有している時点でおかしい。これは人類を絶滅に至らしめた兵器であり、少なくとも一個人が保有して良いものではないはずだ。



「わかりました。受けます、その依頼」
「グッド! 君ならそう言ってくれると思ったよ。カナリア君の悲劇は繰り返したくないもんね!」

 それでもシズは頷いた。
 そもそも、『貧民制』という話を聞いてなおシズたちが大人しくしていたのは、その法を潰す手段が無かったからだ。そこに潰す手段を提示されれば、飛びついてしまうのも無理はない。

「さ。パイロンおばさんとの約束は、明日だったよねぇ。結局、『いけにえの城』に潜り込める可能性はその時しか無いってコトには変わりないからネ」

 しかし、結局はパイロンに賭けてみるしか無いのか。
 ……そういえば、パイロンと初めて出会ったのはカジノ前の道だった。賭けるというワードにつなげて、少し感慨深いような気もすると、ユカは思った。
 あの時のパイロンは、おそらくパトロールの最中だったのだろう。そこでカジノに入ろうとするシズたちを見つけて、『ギャンブルは止めておけ』と警告してくれた。



「僕はね、シズ……君に期待してる。君は僕の希望だ」
「希望、ですか?」

 男が、奇妙な言葉を発する。
 希望? 一体なぜ。

「そう、希望。君の選択次第で、この世界はもう少しマシになるはずさ……んじゃ、明日から頑張ってねぇ~」

 そう言うと、フードマントの男は立ち去っていった。
 ……そういえば、『反貧民制勢力』などという名前を持つ存在がダンジョンの破壊を外部のポケモンに委託するということ自体、何か妙な話だ。
 それが出来る程度の戦力は自前で用意できないものなのか? ……それとも、彼らもまた、パイロンの言葉に賭けているのだろうか。シズたちと同じように、『黄金兵』の駐屯地を突破することが出来ないのかもしれない。












 『黄金の街』郊外、不思議のダンジョン『いけにえの城』内部。
 中世ヨーロッパの城のような雰囲気をまとう石煉瓦造りの床を、1匹のポケモンが歩いていた。パイロンだ。
 その背には、カナリアを背負っている。カナリアは何らかの方法によって眠らされているらしい。暴れられないようにするための措置なのだろう。

「……カナリア。お前が『生贄』に選ばれた瞬間、我にはもうお前を守ることが出来ぬのだと、否応にも理解させられた」

 パイロンの背後から、1匹の『敵ポケモン』が襲い来る。
 だがパイロンは素早く察知し、横方向にステップ移動。そのまま『すいへいぎり』のエネルギー刃で敵ポケモンを切り払った。

「『黄金の街』にある限り、『貧民制』の枷より逃れることは出来ぬ。……ならば」

 『敵ポケモン』との戦闘を最小限に抑えつつ、いざ戦うこととなれば一瞬にして叩き潰す。そんなダンジョン潜りの基本を、パイロンは忠実に、そして正確に行っていた。
 さすがは兵隊、と言った所だろうか。

「救助隊キセキ。貴公らには、迷惑をかける」

 やがて、目的地にたどり着いたのだろうか。パイロンは足を止め、背負っていたカナリアを床に置いた。



「あ……え?」

 やがて、カナリアは目を覚ます。
 そして周囲を見渡し、困惑した。知らない景色、知らない空気、知らない地面。

「パイロン、さん。こ、ここ、は……」
「『いけにえの城』だ」

 カナリアの疑問に、パイロンは至極冷酷に事実のみを伝えた。
 それは、ある意味死刑宣告にも近いものがあった。カナリアという、『貧民』という立場にある者が『いけにえの城』に運び込まれる理由など1つしか無いからだ。

「へっ……? え、あ、う、パイロン、さん。う、う、うそ……」

 あまり多くの知識を持たないカナリアであっても、その事実は理解できた。
 ……今までずっと、何かの間違いだと信じていた。今までずっと自分を守ってくれていたパイロンが、自分を乱暴に引きずって連行した時も、自分を生贄に捧げると宣言した時も、カナリアを生贄に捧げるための文書的処理を行っていた時も。
 実際にこうなるまでは、心の中では信じていたのだ。きっと、嘘だと。きっと、何か考えがあるのだと。……いいや、違う。信じたかっただけなのだ、パイロンのことを。

「恨め。言い訳はせん」
「ヒッ……!?」

 だが、それでも、彼女はカナリアのことを殺そうとしている。
 その事実が、冷たい恐怖として、冷たい絶望として、冷たい失望として。あらゆる身体が凍り付きそうになる感情として、カナリアの心を駆け巡っていった。

 パイロンがこの場を立ち去ろうとする。
 この儀式は、生贄の衰弱死によって完成する。その負の感情エネルギーが富となって、この『黄金の街』を豊かにするのだ。



「パイロン、さん……やだ、お、おいら……」

 カナリアは、恐怖に染まった声でパイロンを呼んだ。
 それでも、パイロンが止まることはない。

「いやだ、そん、な……うそ、だ……」

 絶望に染まった表情で、その場に崩れ落ちる。パイロンはもう、助けてはくれないのか。一緒に暮らしていた頃のやさしさは、すべて嘘だったのか。
 それでも、パイロンは無視した。

「あっ……あ、あ、あ……ひぐっ。う、うぅ……いや、だ。いやだ、パイロン、さん……」

 カナリアにとって、パイロンは全てだった。絶望という恐怖の闇に光を照らす、たった1匹の存在だった。自分を救ってくれた唯一の存在であり、ポケモンを信じる価値を担保してくれた希望の象徴であり、下衆な父親以上に親をやってくれた血の繋がらない家族でもあった。

 だが、それが。そんな、カナリアに生きる幸せを与えてくれた彼女が……カナリアを棄てようとしている。
 カナリアは、自身の中にあった光が全て消えてゆくのを感じた。一瞬にして、全てが終わる。一瞬にして、全てを失ったのだ。

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