Episode 9 -Family-

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読了時間目安:18分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 山を登る最中、夜を迎えて森の中にキャンプを設営するえっことローゼン。一方のローレルは、ハリマロンえっこ一家と共に夕食にありつく。同じ夜空の元、えっことローゼン、そしてローレルの家族にまつわる過去と生い立ちが明かされる。
 リーア山の登山道をひた進むえっことローゼン。まだ山の麓辺りだからだろうか、舗装こそされていないが整備された綺麗な山道が続き、坂もさほど険しくはないため、まるで軽いハイキングにでも来ているような雰囲気が流れていた。

「のどかだねー、こりゃ試験なんかじゃなく、バスケット持ってピクニックで来たい気分だ。」
「ですねー……本当に異常気象ばかり起こる実験観測台なんてあるような山なんでしょうか? それにモノノケはおろか悪党どころか、登山客ばかり目につくような平和な山ですし……。」

えっこの言う通り、山から下りてくる登山客とすれ違うことは多くても、危ない雰囲気のポケモンを見かけることなど一切ないほどに平和な道のりが続いていた。
あまりの退屈さに、ローゼンに至ってはあくびを始める始末だ。


「なーんて言ってたら、そうは問屋が卸さないみたいだ。見なよ、Complusの地図はこっちに行けって示してるよ。」
ローゼンが指差す方向を見ると、展望台へ続く道の脇へと逸れていく一本の細い獣道があった。どうやら登山客は途中の展望台方面へ向かうのだが、リーア山頂や山の奥深くへ到達するには、こちらを進まねばならないようだ。

「やれやれ……これは面倒そうだ……。まあ、覚悟はしてたし構わないか……。」
「そーそー、敷かれたレールの上を歩くのはここまでだよ。僕らが道を作らないとねー。」
そう呟くと、ローゼンは通りやすいようにナイフで草や細い木を薙ぎ倒して進んでいった。

えっこもマントで身体を包むように覆い、ため息をつくとローゼンの後を追って獣道に入っていった。







 「さ、着いたよー。ここが僕の家なんだ。」
「中々立派な家ですね……。この辺りではかなり大きな邸宅に思えます。」

「まあ、うちは父さんが大学の准教授で、母さんが現役最高ランクのダイバーだからね。やっぱりそれなりに稼ぎはいいみたいだよ。僕のあの楽器だって結構な値段する奴だし。高校入学祝いに買ってもらったんだ。」
「なるほど……。エリートの家系なのですね……。」

ローレルは物珍しげにカザネの家を眺めている。新市街の住宅地の外れに建てられた大きな家は、外から見ても分かるほど広い作りだ。

透明な水の流れる大きな池の真ん中に道があり、ガラス張りの玄関へと通じている。
ローレルが玄関から辺りを見渡すと、白を基調にした壁面の建物がコの字型に、池を取り巻くように建っており、一階部分の一部は壁のない縁側のようになっていた。

一見すると二階建ての豪邸だが、カザネ曰く彼の部屋は地下にあるらしく、夜に楽器を吹いても大丈夫なよう、防音室も完備してあるらしい。


「おー、帰ってきたのかカザネ!! あーん? 誰それ、もしかして彼女!?」
「ちげぇよ、そんなんじゃないって!! ローレルは僕の友達!! 全く兄貴はガサツなんだから……。」

「ローレル……? ああ、じゃあまさか君がえっこのとこの!?」
「えっこさんをご存知なのですか? 僕はローレルと申します。どうぞお見知り置きを。」

「お、おうこりゃご丁寧に……。君のことはえっこから聞いてるよ、俺はマーキュリー、カザネの兄だ。よろしくな!!」
「ま、毎日そこら辺ブラブラしてるプータローな兄貴なんだけどね。あいたっ!!」

マーキュリーに軽く頭を小突かれたカザネは、ずり落ちた眼鏡を元に戻してローレルをリビングに案内した。マーキュリーがローレルにジュースを差し出す。


「もうちょいでお袋も帰ってくるし、カザネと一緒に待っててくれ。あ、そうだ親父も今日は早いのか。じゃあ久々に家族揃って夕飯だなー!!」
「まーったく、兄貴は夕飯のこととなるといつも嬉しそうなんだから……。まあそういうことでローレル、先に学校の課題でも終わらせとこっか。」

ローレルはカザネの提案に静かに頷き、揃って教科書を開き始めた。マーキュリーは夕飯の買い物を母親から頼まれたらしく、外に出かけていった。









「んーと、ここならテント張るのによさそうだ。」
「こ、こんな森の中にですか? もっと開けた空き地とか探した方がいいんじゃ……。」

「山中でそう簡単に空き地が見つかると思う? 明るい内に設営しないと、山の夜は暗くて危険だからね。早くやっちゃわないとだ。それに、開けた場所にテントを張ると敵に見つかりやすい。山賊や野盗が出るってことだから、身を隠す意味でもこの場所がいいね。」
「なるほど、後ろは川が流れてるし、北側は40mほど先に急斜面、残りの方角は深い森……。敵にはやられにくいか。」

えっこは辺りをきょろきょろと見渡して呟いた。ここは戦線で戦った経験の豊富なローゼンに従うのがよさそうだ。えっこたちは急いでテントの設営に取り掛かり、暗くなる前にテント張りや雨避けのタープの設置を終えることができた。


「うーん……。何かローゼンさんに助けられてばっかだな俺……。もっとしっかりしないとですね。」
「そんなことないと思うよー、さっきも君がそこの川に水を汲みに行ってくれて助かったんだしね。この寒さじゃ、あの水に入るのは嫌だもん。」

「いえ、俺はケロマツだし水の冷たさはあまり問題じゃないので……。でも確かに急に冷えてきましたね。山だから寒暖差が激しいんだろうか…?」
「標高898mか、そんなに高くないけど、この辺りの気候は不安定みたいだし、普通の山以上に冷えるのかもねー。」

えっこが汲んできた水を焚き火で沸かし、二匹は夕食を準備した。えっこはステンレスの食器に入れたインスタントラーメンにお湯を注ぎ、ローゼンは容器入りのインスタントチーズマカロニをお湯で戻していた。

既に時刻は7時前、風で木の葉がさざめく音と焚き火がパチパチと弾けて燃える音が耳を撫で、四方を囲む暗闇に、目の前の炎だけが燦々と輝きを放つ空間。

えっことローゼンはそんな山の夜闇の中黙々と食事を食べ終えると、やがてこんなことを呟いた。


「寂しげな夜の闇なのに、何だか不思議と孤独には思えないなぁ……。ローゼンさんみたいな、頼りになる仲間がいるからかも知れません。」
「あははっ、ありがとう。僕も君と一緒にいると、不思議と安心できる。正直最初は自分には関係ない人間としか思ってなかったけど、仮にも同じ境遇に蹴落とされちゃった身だ、仲良くやって損はないかもね。」

「俺、ずっと一人で生きてたから……。母さんを早くに亡くして、父さんも戦地に赴いたまま帰ってこなくて……。下層階級の子供だから、工場で働くしかなかった……。」
「なるほどね。きっと君のお父さんは……。」

「ええ、分かってます。でも信じたくはない、認めたくもない……。だから前を向いて生きてくしかなかった。雇い主に暴力を振るわれても、職場の先輩に虐められても、しがみつく以外なかった……。いつか、父さんに会えるのだと、信じる者は救われるのだと。」

えっこは深刻な面持ちでそう答えた。さすがのローゼンも事の深刻さを理解したらしく、えっこを気遣うような態度を見せている。


「けどたった一人、俺の太陽でいてくれる人がいた。」
「ローレルちゃん、だね? 顔にそう書いてあるもん。」

「上流階級の生まれから来た彼女も、奇しくも俺と同じく孤独だった。家柄がよすぎるために、周りから隔離されていた。だからあの子は、自らの手で友を探すことで、自身の身分が自分を縛り付けているという、重たい呪縛を解除しようとしていた。」

えっこの瞳に希望が映ったように見える。ローレルとは、やはりえっこにとって心の原動力になり得る重要な存在なのだろう。


「でも自由のための翼を紡ぐその夢すがら、彼女は二度と目覚めることがなくなった……。俺が不注意で事故に巻き込んでしまったために……。」
「そして、今ではポケモンに……。」

「ええ、そして感情も失われている。けどいいんです。またああしてローレルに会えた。ローゼンさんやシグレさんや、アークのみんなにも会えた。今は孤独感は感じない。ローレルもきっと同じくね。アークという異世界にやってきて初めて、本当の家族や仲間に出会えた、そんな気分なんです。」

えっこは気の棒を火かき棒代わりにして火の手を調節しながら、ローゼンにそのように語った。


「僕は家族なんて分からないや。気づいたときには軍にいた。ザクセン連合国は徹底的な軍政国家だからね、基本的に長男だけは家族と共に過ごして家を継ぐけど、僕のような次男三男は幼い頃から軍に預けられ、教育を受ける……。」
「そんな……家族も知らない幼い頃から、戦士になるために親元を……。」

「別に平気さ、国だけが父であり母。そして国だけが信じるべきもの。僕らはそう教えられ、信じて生きることとなる。難しいことは何も考えなくていいんだ。」

ローゼンは、どこか寂しげにも見える表情で呟いた。いつもの絶えない笑顔は、きっと軍に預けられて生きてきたことで、子供の精神年齢のまま時が止まってしまった彼自身の人生の表れなのだろう。
えっこはローゼンの境遇を聞き、そんなことを思い浮かべていた。


「そして16歳で本格的に軍に入隊する頃には、ザクセン連合国に心と血を捧げる鉄の兵団が出来上がるって訳。僕もその一員だから、祖国を誇りに思うと共に、命を懸けても守るべき対象だとも思っているよ。」
「俺にとってのローレルと同じか……。」

「そんなとこかな。でも別にそれを不満にも疑問にも思ってないし、可哀想だとか言われたらむしろムッとするかな。それが僕の生きてきた、そしてこれからも生きていく道なのだから。」

えっこは返す言葉を必死に探したが、結局見つかることはなかった。正直言ってローゼンの考えは彼には理解できない。一方的に与えられた愛すべき対象を、何の疑問もなく守ろうとする姿勢は分からない。
それでもたった一つ、そんな考えもまた認められるべきであり、否定してはならないのだということは、えっこにもよく分かっていることだった。







 「いただきまーす!!!!」
時同じくしてカザネの家では、全員が食卓を囲んで夕飯にありついていた。メイ・マーキュリー・カザネの三兄弟とローレル、そしてテーブルの前列には、一家の長であるハリマロンのえっこと、その妻でありえっこたちの試験を見守っているカイネがいた。


「お久しぶりー!! 今日は夕飯ご馳走になるねー!!」
「あれっ、ニア先生では!? どうしてカザネ君の家に?」

「彼女は私の古くからの仲間だ。まだ地上でポケモン調査団に所属していた頃から、私や妻のカイネと共に活動していてね。今ではこちらで教師の道に進んでしまったのだが。」
「そ、そうなのですね……。」

驚くローレルを尻目に、ニアは首に巻いたネクタイ型のスカーフを外すと、三兄弟とローレルの間の席に着いた。


「ローレルちゃんはどうしてここに?」
「ああ、今日はえっこさんがダイバーの実技試験なのです、ニア先生。帰ってくるまで、しばらくこちらでお世話になることになっていまして。」

「あー、今は学校じゃないからニア先生だなんて呼ばなくていいよー。カザネも先生呼びしないもんねー。えっこ君たち、頑張ってるのかぁ……無事合格点が取れるといいねっ!!」

ニアは少女のような混じりけのない笑顔でローレルにそう語りかけた。ローレルも微かな笑みでその言葉に反応した。


「あー、それより酒持ってきてくれ。ワインが飲みたい、冷蔵庫によく冷えた中甘の白があるだろ?」
「んもう、カザネのお友達の前なのに行儀が悪いんだからー。ごめんね、ローレルちゃん、夫ったらホント、マイペースでさ、あはは……。」

「あっ!! こらクソ兄貴、僕まだこのフライ2つしか食べてない!!」
「ちんたらしてるお前が悪いんだよーだ!! つか嫌いなもんからチビチビ食ってるからタイミング逃すんだろ?」

そのとき、マーキュリーの頭に勢いよくゲンコツが落とされた。


「食事中に肘付いて大口開けたまま笑わないっ!! 品がないでしょ!!」
「痛ぇよメイ!! 何もグーで殴らなくたっていいじゃん!!」

「全く……お前らは20前後になってもこれなんだから、はぁ……。ローレル君と言ったな? すまないね、色々騒がしいかもしれんが、家族が揃うと大抵いつもこうでね。気を悪くしないでやってくれ。」

ローレルはそんな一同の様子を見て、ぽかんと口を開けていた。しかし、ハリマロンのえっこの言葉で再び動き出し、目の前に出されたスープに手を付けた。


「あっ、美味しい……。」
「本当? いやー、よかったよ!! そのパプリカのトマト煮込みスープ、夫の大好物でさ。みんなが揃うとよく食べるんだ。ローレルちゃんも気に入ってくれたなら何よりだよ。」

「うっ……。あれ、どうして……?」
「お、おいどうしたんだよ? 本当は不味いのに無理してたんじゃ……。」

「あ? 何か言ったかしら、マーク?」
「いやっ、な、何も!! も、もしかしたらコショウ振りすぎたんじゃねぇのか? ほら、俺もたまにやらかすしさ!!」

突然涙を零し始めたローレル。慌ただしかった一同が血相を変えてローレルを宥めようとする。しかし、ローレルはそんな彼らを止めるように、手を前に軽く突き出した。








 「さーてと、そろそろ寝よっか。」
「えっ!? まだ8時ですけど……。」

「危ない場所だから、交代して見張りしなくちゃだしね。必然的に寝られる時間は君と僕で半分ずつになる。だから早めに寝る。」
「なるほど……。それなら、俺が先に見張りますよ。まだこんな時間じゃ寝付けないし。」

えっこがローゼンに対してそう告げると、ローゼンは静かに頷いてテントの方へ向かっていった。ローゼンは3時間毎に交代する旨をえっこに伝え、テントの中で眠りに就いた。

一人になったことで先程まで続いていた会話もなくなり、底の見えない夜の闇から沸き起こる風と木の葉の音に、間近で燃える炎の音が混じり合って鮮明に耳に飛び込んでくる。
えっこはその心地よさに負けて居眠りしないよう、椅子代わりの岩から腰を上げ、立って見張りをすることにした。

「(今、ローレルは何してるんだろ。寂しい思いしてないかな? 性格が変わってるから、きちんと他人と打ち解けられるかどうかも心配だしな……。)」
えっこはふと空を見上げる。天気は快晴だが、木々に遮られた森の奥深くで星の煌めきも、青白く輝く月明かりも見えようはずもなく、えっこは首を横に軽く振って、また周りの夜闇に注意を向け始めた。


「何だか、こんなの初めてで……。ごめんなさい……。」
「ほらー、バカ兄貴が騒ぐからローレルが泣いちゃったんだろ、最低だな、兄貴はー。」

「そういうお前もだろ!! あーでも、鬱陶しかったよな? ごめんなローレル……。」
「いえ、違うんです……。嬉しいんです……。それで涙が溢れたのです。」

ローレルはハンカチを取り出して涙を拭き取ると、驚く一同に向かって話を続けた。


「僕の家もここと同じく、大きな屋敷に住む裕福な一家でした。でも食事の席はといえば、いい思い出なんてありません……。両親はしばしば僕を罵倒し、時に暴力を振るいました。僕が優秀でなかったから……。兄と比べて劣っていたし、両親が望むような『いい子』ではなかったから……。」
「そんな、酷い……。家族団欒の場でそんなことを……。子供は親の道具じゃないのに……!! そんなのってないよ!!」

カイネは怒りを交えた表情でそう叫んだ。ハリマロンのえっこはそんなカイネを宥め、ローレルに続けさせる。


「それに僕は女ですから……。兄は家業を継いで、ビジネスを大きくすることを期待されていました。でも女であり、落ちこぼれの僕は他の名家の男性と結婚して優秀な子供でも産むことくらいしか、家のためになることはできないって……。」
「ふざけてる……女性だからって生き方を決めつけられて、しかもローレルちゃんは自分なりに頑張ってるのに、それを落ちこぼれだなんて……!!!!」

「メイの言う通りだ。言っちゃ悪いが、天然記念物レベルのクソ親どもだな。そのアホ面に一発拳を叩き込んで、額縁に入れて展示してやりてぇぜ。」

メイとハリマロンのえっこも明らかな怒りと不快感をローレルの家族へ覚えていた。メイに至っては、自分も同じ女性だからか、共感と悔しさの涙を瞳に滲ませている。


「でも、ここは違った。騒がしいけれど、どこか温かい家族の形が見えた……。初めて見るのに、何だかとても懐かしい古巣みたいに思えたんです。そしたら、自然と涙が……。」
「そうだったんだね……。もしよかったら、いつでもここにおいで。えっこもカイネもマークもメイもカザネもワタシも、いつだって君を迎え入れてあげる。もう、君にそんな辛い思いはさせたくないもん。」

「はい、ありがとうございます……。」
「ローレル……ほら、これで顔拭いて? 涙でぐしょぐしょの君は見たくないなぁ。何というか、その……学校で僕やセレスさんと話してるときみたいな、ちょっと嬉しそうな顔の君を見てたいんだ、僕は。」

カザネが不器用に笑いかけながらローレルにハンカチを差し出す。ローレルはお礼を言いながら涙を拭い、再びスープを口に運んだ。そして今度は涙を見せず、みんなにこう告げてみせた。

「やっぱり美味しいです、ありがとうみんな……。」
感情が失われて無表情ではあるものの、その奥では心を覆う氷が溶け始めたような、そんな温かみのある感覚を感じ取れた。


(To be continued...)


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