Episode 3 -Stranger-

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読了時間目安:12分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 えっこたちは、アークにあるルーチェの店に寝泊まりすることとなった。これからアークでどう暮らすかについて悩む一行に、ルーチェがある提案を持ちかける。
 「ねぇねえ、君はスチームベースの子なの?」
「……うん。けど俺は君みたいな上層階級の子とは遊んじゃダメだって……。どこから来たかわからないけど、イーストサイドに帰りなよ。」
少年が俯きながら呟くと、少女はその無邪気な顔のまま首を傾げた。


「どうして? 僕、こっちに一度来てみたかったんだ。お父様やお母様はダメだって言うけど……。でも、せっかく出会えたんだよ? お友達になろーよ!!」
「……。」
「うーん……。どうしてもダメ? 僕、何だか寂しいよ……。」

「あっちにも友達くらいいるだろ? 何もわざわざこんなとこ来なくたって……。」
「……。独りぼっちだよ。僕の親が、周りの子たちはうちよりも格下だから一緒に遊ぶなって……。」
「ならなおさら……!!」
「だからこっちに来たの。僕は家柄とかどっちが格上か格下かとか、そんなので人を避けたくないよ……。寂しすぎるよそんなの……。」

まさに青菜に塩といった具合に落ち込んだ表情を見せる少女。少年は見かねた感じで手を差し伸べる。


「仕方ないな。そこまでいうなら仲良くやろうぜ。俺の名前はえっこ。君は?」
「ありがとうえっこ!! 僕の名前はローレル!! よろしくね、えっこ!!」
ローレルはまるで夏の向日葵のようにはつらつとした笑顔をえっこに向ける。えっこにも、つい笑顔が溢れる。


「ふー、もうそろそろ半分? 結構山道を登ったけど……。」
「もうすぐ、かな。もう後30分くらいだろうか。まあ、ちょっと一休みしとくか。」
時が流れてある日の夕方、山道を登るえっことローレル。えっこはローレルを気遣って腰掛けられそうな岩を探す。足元は昨日まで降り続いた雨でぬかるんでおり、2人は滑らないようにゆっくりと動く。

「!! えっこ、ダメ!!!!」
突如、ローレルが叫ぶ。えっこが振り返った途端、ローレルがえっこを突き飛ばした。

「痛ぇな……。何するんだよローレル……。って、ローレル!? おい、ローレル!!!!」
えっこは取り乱した様子で、ローレルが飛び込んだ場所にすがりつく。そこには崖の上から落ちてきた岩がいくつも重なっており、えっこの脳裏に最悪のビジョンがよぎる。


「ローレルっ!!!! ローレル、なぁローレル!!!! 起きろよ、返事してくれよ、ローレル…………。」
えっこは岩の間からローレルを掘り起こす。ローレルは力が抜けたようにぐったりとしており、揺さぶっても身体がぐにゃりと揺れるだけだった。









 「ローレルっ!!!!!!!!」
えっこはベッドから飛び起きた。どうやら悪夢を見ていたらしい。かすかに差し込む茜色の光に染まり、紫に見える自分の身体をじっと見つめる。

「そうか、俺はケロマツに……。そうだった、アークに着いてからルーチェさんの店に寝泊まりしてるんだったよな……。嫌な夢だったぜ……。」
えっこは額の汗を拭って起き上がる。ふと、外からカラカラとした、軽い乾いた音が聞こえる。えっこは外へと繰り出した。


「よぉ、いつまでもボサっと寝てんじゃねぇぜ小僧。お前も何か手伝いな。働かざる者食うべからずってな。」
シグレが表で薪を叩き割っていた。斧を扱うその手付きは、非常に手慣れているように見えた。

「おはよ、青蛙君!! ぐっすり眠れたかい?」
「おはようごさいます、ルーチェさん。お陰で疲れが取れましたよ。」

「そっかそっか、良かったよ。あの鳥目君、凄く慣れててね……。やっぱりピッツァは薪で焼き上げないとだから、助かるってもんだよ!!」
「鳥目って言うな。まあ、山賊として山の奥で暮らしてたからな。この程度は文字通り朝飯前だ。」
シグレはルーチェのあだ名を気に入らない様子ながら、手を止めずどんどん薪を割っていた。

「そうだ、ルーチェさん。お世話になるんだし、俺にも何か手伝わせてください。」
「そんな気を遣ってくれなくてもいいんだけどねぇ、でもお言葉に甘えさせてもらおうかな。ちょっとついてきて。」
ルーチェはえっこを連れて店内へ入っていった。店内はログハウスを思わせるような温かみのある内装で、至るところに美しい街並みの写真が飾ってあった。


「あー、えっこだね。やっとお目覚め?」
「ローゼンさん!? 何でまたそんなところに?」
ローゼンがかまどの入り口からひょっこりと顔を見せる。全身がすすや灰まみれになって汚れているようだ。

「軍服ちゃんがピッツァの焼きかまど掃除してくれるっていうから頼んでたのさ。あそこ、服が汚れるから大変でね……。大助かりさ。」
「ははっ、パンツァーの砲塔掃除よりずっとマシだよ。下士官の頃よくやらされたからねー。」
ローゼンは相変わらずの無邪気な笑顔で答えた。一方のルーチェはロッカーからエプロンやバンダナを取り出してえっこに手渡した。


「じゃあ、青蛙君にはトマトの仕込みを頼んどこうか。ケロマツならそういうの得意そうだし。」
「分かりました。任せておいてください。」
えっこはエプロンとバンダナを着けると、厨房の方へと消えていった。










 「色々助かったよ、お陰で昼の開店まで一休みできるくらいに楽ってもんさ。ほれ、焼き立てのピッツァを用意したよ。遠慮せず食べておくれ。」
「何だこの赤いのは? でかい煎餅みてぇだな……。」

「シグレさんは見たことないんですか? トマトという赤い野菜ですよ。甘酸っぱくて美味しいんです。そしてこれはピザという料理で……といっても、俺の知ってるピザとも違うような……。」

ルーチェの差し出した料理は、香ばしい薄焼きの生地に、赤一色のトマトソースだけが乗せられ、緑色のハーブが散らしてあった。


「チーズすら乗ってないピザなんて初めて見るよ。シンプルの極みだね。」

「チーズ? ああマルガリータね。あんなもん邪道だよ、アタイの故郷・トリニポリスじゃあこれが王道なのさ。ピッツァ・マリナーラといってね、トマトとオレガノだけを乗せたシンプルな漁師料理だ。でもその分ごまかしが一切効かない。小麦とトマトとオレガノ、全てが個性を発揮して、なおかつ絶妙に解け合わないと完成しない。」

「奥深いんだな。まあ何にせよ初めて食う代物だ。ありがたく楽しませてもらう。……何だこれは、未知の味だが今まで食った何よりも美味いっ!!」
「本当だね、ルーチェちゃんの言う通りだ。全ての具材がハーモニーを生み出してる。美味しいよ。」
シグレとローゼンが、揃って夢中でマリナーラを食べている。シグレに至っては、食べたことのない異文化の味に驚きを隠せない様子だ。


「とても美味しいです、ルーチェさん。ありがとうございます、泊めていただいた上に、こんな美味しいものまでご馳走になっちゃって……。」
「いいってことよ!! ま、自慢じゃないけどうちのピッツァは結構な人気でね。メニューはマリナーラ一品だけなんだけど、いつもお昼にはたくさんのお客さんに来てもらってる。」

「けど、いつまでもお世話になるのも悪いね……。ここで暮らす以上、住む家とか生計を立てる手段とか、その辺りは探さないとだ。」
「中々真面目なんだねぇ。ま、家ならたくさんあるから好きに探せばいいさ。そうだ、アンタたち、昨日の状況を見るに結構腕が立つと見た。ダイバーになってみたらどうだい?」

ルーチェはローゼンたちにそう提案した。一行は突拍子もない提案に目を丸くした。










 「ダイバーって、確かルーチェさんたちみたく、レギオンとかモノノケを倒すあれのことです!?」
「うんうん、それね。正式には『グラウンドダイバー』。このアークは街ごと空に浮かんで色んなところの上空を飛んでるんだけど、時々錨を下ろして停泊する。その行く先々の地上でモノノケ共を駆除したり、困っているポケモンたちを助ける職業のことさ。」

「色々なところを回れる……。もしかしたら、探し求めているものが見つかるかも知れない。ルーチェさん、どうすればダイバーになれるんですか?」

えっこが尋ねると、ルーチェはいくつかのパンフレットをカウンターから取り出した。


「見ての通りさ。アーク新市街に『ダイバー連盟本部』があるから、そこで試験を受けてパスすればいい。試験といっても、筆記試験は一般常識とかポケモンの相性とか戦術についての簡単なことだし、面接は余程ヤバイ受け答えしない限りは大丈夫かな。主に契約とか規約の確認。問題は実技か……。」
「そんなに難しいんですか?」

「いやー。けどそこらのポケモンには無理なレベルではあるかな。地上のどこかしらのダンジョン、つまり実戦の場で課題をこなしてくるんだ。合格不合格の判定はもちろん、試験での活躍具合によって資格等級が変わってくるよ。」
「ふーん、面白そうじゃないか。是非挑戦してみたいね。」

「俺はまた今度にしとくぜ。これ以上お前らのお守りはごめんだからな。ダイバーになるなら、お前ら2人で何とかしな。」

乗り気な様子を見せるえっことローゼンに対し、シグレはさほど興味がない様子だ。


「何にせよ、ひとまずはアークで住む場所を見つけて、アークの色々な場所を見て回るといいさ。住む場所見つかるまで、うちにいておきな。」
「すみません、お世話かけちゃって……。」

「遠慮することないよ、困った時はお互い様だしね。まあ、うちにいるならお昼時の大変な時に手を貸してくれると助かるけどね。」
「当然だ。その辺りの借りを返すのは喜んでさせてもらうぜ。」

「それにしてもローレルちゃん……。早く良くなるといいんだけどね……。」

ローゼンがふと寝室の方へ目をやる。その奥に眠るローレルは、依然意識を失ったままだ。


「ありがとう……。きっと、また前みたく元気にはしゃぎ回ってくれると信じてます。」
「あの子、歳はいくつなんだい? 女の子の歳を聞くのもアレかもだけど、結構若く見えるね。」

「ローレルはまだ17歳です。いや、享年17歳というべきなのか……。」
「おい、まさかあいつは……!!」

「ええ、亡くなっています。俺のせいで……。俺があの日注意していれば……。」
えっこが目を閉じて拳を固く握る。シグレとルーチェが慌てた様子で言葉をつなげる。

「でもあの子、確かに息も脈もあるね。人間からポケモンになって生き返ったのかい? ならきっと、いつか回復するよ。」
「…ありがとう。どうしてローレルがああなったか分からないけれど、また一緒に過ごせることを願ってます。」

「そうだ、17歳ならアーク高校に行かせないとだね。この街じゃ高等教育までは無料だから心配はないよ。あの子が目を覚ましたら、学校行ってもらおうよ。同年代の友達も欲しいだろうしね。」
「そうですね……。ローレルは俺以外に友達いなかったみたいだから……。」

えっこは消え入るような声でルーチェに返答した。シグレはバツの悪そうな顔を切り替え、立ち上がった。

「さてと、ぼちぼち昼だろう? 忙しいなら手を貸すぜ。なあ、えっこ? ローゼン?」
「そうですね。よし、頑張らないと!!」

えっこはシグレの言葉に促されて立ち上がった。ダイバーのこと、アークでの生活、ローレルのこと……。様々な不安がえっこの脳裏をぐるぐるとしていたが、忙しさでそれを忘れようと、えっこは気合を入れて仕事に臨むのだった。


(To be continued...)

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