巨蛇貫く雷霆の檻

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「ではこれより、鉱石化ポケモン救済の為の報告書を読み上げます! ……お目覚めですか、船長フラン?」
「ああ。始めろ」

 二日前、パルデア方面から放たれた謎の光によって世界中のポケモン達はテラスタルの鉱石に包まれ動けなくなった。
 愛すべき仲間であり各地の労働力を支える一端を担うポケモン達が動かなくなっては世界に多大な損失が発生することは間違いない。
 この事態を解決すべく、我々ドレイク商会は船長フランの決定により巨大貨物船メギンギョルズにてパルデア地方へと出立。
 最初の一日は海上のポケモン達にどのように鉱石化が及んでいるかを調査しつつ、石化ポケモンとの衝突事故を避けるため鈍行。
 判明した事実に関しては別途調査資料を送るので精査を要請する。
 ガラル遠洋に到着し鉱石化ポケモンがほとんど見られなくなったため、現在は通常速度でパルデア海域に進行中。

「……と、この報告書をソニア博士のポケモン研究所に送ります。よろしいですか?」
「ヨシ。内容に漏れはないな」

 瞼を瞬かせ、船員によって読み上げられた報告書を確認するフラン。船長室でアンティークの椅子に座り、貴族を思わせる真っ赤な衣装で大きな机に頬杖をつく姿は映画の中の海賊船長のようだ。
 この巨大貨物船メギンギョルズは現代の造船技術を駆使した上でレジエレキの電力を利用した船だが、船長室にはおよそまともな電子機器と呼べるものが存在しない。強いて言うなら、机の上にある有線式の黒い電話だけが比較的現代文明を感じられる。

「野郎どもの様子に変わりはないか?」
「ええ。今のところは。何より、船長にあれだけ働かれたら文句の言えようはずもありませんよ」

 船員達にとってはあまりに唐突な世界の命運を賭けた船旅。普通なら拒絶するもの、浮足立つものが出るのが普通だが、フランはまず自分が誰よりも積極的に動くことでこれを解決した。
 この二日間、船員達にはきっちり交代で休みを取らせたが、フラン自身は出発丸一日眠らず海上の様子を調べ、判明した事実をまとめていた。
 ガラル遠洋まで着き、ひとまず通常速度での進行が可能になったことを確認して、ようやく6時間前に一度眠ったのである。

「それに、『優れた働きをした者には幹部昇進支部長就任。私の権限でいい感じにしてやる』とまで仰いましたからね。みんな真剣です。勿論僕もですよ」
「ガマグチ、お前はわたしの専属護衛だから別だ」
「そんなー!? ……なんて、わかっておりますとも!」

 背筋をピンと伸ばし、はきはきとした声で報告していた船員が、わざとらしくびっくりした後笑う。まだ寝起きで気だるげにしていたフランもわずかに口の端を歪めた。
 ガマグチは丁寧な喋り方をしているが、年はまだ十代。二十歳のフランとそこまで変わらない。皴や汚れのないセーラー服と整った顔たちは船の水夫よりも学校の生徒をイメージさせる。黙っていれば女の子に間違われることも珍しくない。

「とはいえ、仕事内容の変更以外の願いなら受け付けるぞ? パルデアについたらお前たちには存分に働いてもらうことになるからな。」
「ほんとですか! ならこの仕事が終わったら、下の名前でレモンと呼んで欲しいです!」
「私は優れた働きをするものに正当な対価を支払う。金でも高級品でも珍しいポケモンでも、だいたいの物は渡してやれるが……そんなことでいいのか?」

 フランの属するガラルを代表する海運会社でもあるドレイク商会なら、大抵のものは手に入る。例え伝説のポケモンのみが生成できる希少物質であろうと、その気になれば手に入らないことはない。
 ガマグチは曇りのない笑顔で頷いた。

「僕はフラン船長の護衛。相棒のエルレイドと共にそれを遂行することが今の僕の正義。お金はそのお給料で十分です」
「そんなにこの船が好きになったのか、ガマグチ」
「勿論ですよ! ポケモンも人間も楽しそうに働きながら船旅をして……それを公正にまとめるフラン船長のことが、僕は好きです」
「ダダリンにペリッパー、ニャイキングにイワーク。お前のエルレイドに私のレジエレキ……確かによく働いてくれているな。船長冥利に尽きる」

 停泊中は錨になり、航海中は船を襲うポケモンを退治するダダリン。
 手紙や小荷物を船の上からでも届けにいけるペリッパー。
 荷物のチェックと運搬、航海中は海の見張りといった現場を担当するニャイキング。
 長い体を活かして船の上からクレーンのように荷物を降ろすイワーク。
 不測の敵襲を察知し、船長を傷つけるものを斬り伏せるエルレイド。
 そして、この船の動力をコントロールするのに必要不可欠なレジエレキによってこの船は回っている。
 
「ともあれ、この航海をお互い無事に済ませたら下の名前で呼ぶことにするさ……と、そろそろ薬の時間だな」

 フランは、ポケットから数種類の錠剤を取り出す。ガマグチはすっと部屋に置いてある瓶詰のトマトジュースをフランの机に置いた。
 ありがとう、とフランは小さく言い。錠剤を口の中に放り込んですぐトマトジュースで流し込む。薬の飲み方として、あまり正しいとは言えない。

「ビタミン剤、いつも欠かさず飲まれてますよね。トマトジュースと一緒に」
「船旅というのは昔から野菜が不足するものだからな」
「だからといって食べるもの全部トマトジュースで流し込むこともないと思いますけど」
「……私には、お前たちが各地の食文化を楽しむ感覚が理解できん」

 少し、吐き捨てるように言った。
 フランはかなり強烈な偏食家である。好き嫌いが多い……という話ではなく、肉であれ野菜であれ、例え甘味であってもトマト味で上書きしないと食べたがらない。
 船員はみんな知っていることなので、ガマグチも気を悪くすることもなく苦笑した。
 それを見てフランはハッとしてガマグチに頭を下げる。

「……ごめんなさい。今の言い方は良くなかった」
「いえいえ、これくらい普通の会話ですよ。人間たまには本音が漏れることだってあります」
「……しかし、わたしは船長として──」

その時、船全体に警告音が響いた。それを聞くや否やフランは机の上の電話を取る。

「1キロ先にダイマックスポケモン出現だと!? すぐ行く。全員にゴーグルの用意をさせておけ!」

 報告を聞いたフランが指示を飛ばすのを聞いて、ガマグチも表情を引き締めた。
 見張りをしていたニャイキングが、進行方向にダイマックスポケモンの出現を確認。このままだと戦闘になることを報告したらしい。

「船長フラン、こちらを」
「ああ、助かる!」

 ガマグチがフラン用のゴーグルを渡す。警告音が発された瞬間お喋りの時間は終わった。ここからは、仕事の時間だ。
 船長室から出て、甲板に向かう。時間的にはまだ夕日が輝くはずの海に、ダイマックスエネルギーの暗雲が立ち込めている。

「野郎ども! 戦闘の様子はどうだ!」
「ダメです! ダダリンのアンカーショットもペリッパーのハイドロポンプも全く歯が立ちません!」

 フランたちの船の進行方向に現れたダイマックスギャラドスは、雲まで届きそうなサイズ感を醸し出していた。
 世界中で起こったポケモンの石化──しかし、実のところ全てのポケモンがそうなったわけではなく、いくつかの例外がある。
 レジエレキやイワークが免れたように、電気と岩タイプは基本的に石化しない。
 そして海においては、恐らく石化の光が通った時に海中にいたポケモンもまた石化を免れる、とフランは予測している。
 詳しいことはポケモン研究所の解析に任せているが、魚群探知機で海中の様子を探ると石化したポケモンはほとんどいないのだ。

「どうしましょうか、ここは迂回するべきなのでは?」

 ダイマックスポケモンがその巨躯を維持したまま動ける範囲というのは実のところそう広くない。ワイルドエリアにおいて巣穴付近でしか出現しないように、海上においても発生できるポイントは限られる。
 ゆえに、航海中の船がダイマックスポケモンを発見した際は、無理に突破せず回り道で避けて通るのが基本なのだが。

「私たちが事態を解決するのに時間をかけるほど世界の被る損失は大きくなる。そんな悠長な時間はない」
「ということはやはり……」
「ああ、レジエレキの雷で一気に片を付けるぞ」

 フランがにやりと笑って指笛を吹く。レジエレキが船の一番高い場所から飛び出し、稲妻の軌跡とともにフランの傍にやってきた。大慌てでゴーグルを着用し始める船員。

「野郎ども! 対閃光防御の用意だ! まさかゴーグルを忘れた馬鹿はいないだろうな!」

 船長室から出る前に指示しておいたこともあり、船員達はみな自分のゴーグルをつけ始めた。
 フランもゴーグルをつける。その瞬間夕日が海に沈みきったように暗くなった。サングラスの遮光性をより強化したようなものと言っていい。

「とっくに対閃光防御!」
「ゴーグルの着用ヨシ!」

 船長の命令でガマグチを含めた船員達、ニャイキングのようなポケモン達も床にうずくまって衝撃に備える。それはもちろんダイマックスポケモンの攻撃に対してではなく。

「耳を塞げ、目を閉じろ。跪いて私とレジエレキが全てを終わらせるのを待て」

 この船を操るほどの巨大な電力を操るレジエレキに、己を潰されないようにするためだ。


「……悪くない眺め。暗闇の中でみんなが、北の神話のヨルムギャンド蛇みたいなギャラドスじゃなくて。わたしとレジエレキの雷の力に恐れをなしてる。そうでしょ?」


 レジエレキが準備運動のようにその場でぴょんぴょんとホッピングを始めた。フランはそんな相棒と船員の様子に小さく、でも本当に楽しそうに笑う。耳を塞がせているとはいえ、船長として聞かれたい言葉ではない。

「だけど今のわたしはドレイク商会の船長フラン。ポケモンの石化現象を食い止めるためにパルデアへとたどり着かないといけない……だからさっさと終わらせる」

 フランがすっと指先をダイマックスギャラドスに向ける。
 ダイマックスポケモンとは本当に巨大化しているのではなくエネルギーがポケモンの周りに集まった結果起こるもの。ゆえに急所となる本体を狙うのが一番手っ取り早い。
 普通のポケモンバトルならその前に守りを突破する必要があるわけだが……

「レジエレキ、範囲は一点、わたしの指の495m先。サンダープリズンで焦がし尽くせ! 7000万V、放電<<ディスチャージ>>!」

 ゴーグルによって真夜中の視界になった暗闇に、目を焼くような閃光が弾ける。超光速の雷撃は一瞬でダイマックスポケモンの本体を電気の檻に閉じ込め、守りの力を使わせる間もなくその命を焼き尽くした。抵抗の余地など一瞬も与えない、雷の蹂躙にダイマックスの力が爆散し。
 最初から何もなかったように、海上に障害は消えてなくなった。

「野郎ども! 終わったぞ、予定通り船を進めろ! パルデアは──もう、すぐそこだ!」

 フランが船長として声を張り上げると、船員達はゆっくりと体を起こし始めた。ゴーグルを外し、ダイマックスポケモンの消失を確認すると勝鬨を上げて船長とレジエレキを称えだした。

「さすが船長フラン! 俺たちに出来ないことを平然とやってのけるっ!」
「ヤハハハハッ、当然だろう! お前たちの船長なのだからな!」
「レジエレキの雷に敵はなし! 最大2億Vの電撃は伊達じゃない!」
「もちろん、異常発見をしたニャイキング、ダイマックスの規模を偵察したダダリンやペリッパー、そしてポケモン達の指揮をしたお前たちの働きでもある! よくやった!」
「お、ということは……?」

 船員達が期待の目でフランを見る。応えるように陽気に、豪快に笑って船長は宣言した。

「褒美として、本来であればカントーに輸送するはずだった高級カマスジョーを今日の晩飯に使っていいものとする! 刺身でも海鮮丼でも好きなように食え!」
「いよっ、船長は話が分かる! 今夜は宴ですね!」
「馬鹿を言……いや。そうだな。ガラルと新天地パルデアの境界を、みんなで食事をしながら共に越えるというのも悪くないか!」

 その一言に、船員達は大いに盛り上がった。

「船長の許しが出たぞ!」
「宴の封印が解けられた!」
「酒を飲むなよ。一滴でも酒気を帯びたら私が直々に船から落としてダダリンの餌にしてやる」
「りょ……了解です船長フラン!!」

 そして、一瞬でバカ騒ぎは収まった。しかし楽しげに夕食の準備は始まっていく。
 脂の乗ったカマスジョーの解体を初め、各々夕食の用意を始める船員達を眺めるフラン。そこにガマグチが、船長室からトマトジュースの瓶をもってやってきた。
 
「気が利くな。ありがとう」
「……今日は護衛の出る幕はありませんでしたからね。これくらいさせてください」

 そう口にするガマグチの頬が少し膨れているのを見てフランは苦笑した。

「拗ねるな拗ねるな。お前が戦うのはあのギャラドスのような準備ができる脅威じゃないことはわかってるだろう?」

 船長フランとレジエレキは極めて大きな力を持つが、それ故に弱点がある。一つはそのまま、扱える力が大きすぎてしっかり時間をかけて狙いと威力を定めておかなければ暴発や周囲への被害のリスクがあること。それは電気だけではなく、その余波で発生する光にも言える。
 対閃光防御用のゴーグルがなければ、今頃船員達の何割かは失明しているだろう。
 つまりレジエレキの電撃は普通のポケモンバトルのように咄嗟に、適当に使えるものではないのだ。

「……潮の流れが変わった。ここからはパルデアの海域だ! 食って騒ぐのはいいが、気を抜くなよ!」
「そういえば船長フラン。パルデアのどこから石化の光が出たかはどうやって調べるんです?」

 渡されたカマスジョ―の大トロに何のためらいもなくトマトジュースをぶちまけて食べるフランに、ガマグチがふと気づいたように尋ねる。

「その点に関しては心配無用だ。私の知り合い……いや、ガラル地方には天才ではないが賢明で懸命な博士がいるからな」

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