新世界の希望

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「……おまえ、ルヒィか!? 海賊になったウワサは聞いてたけどよ、めっちゃ強くなってるじゃねぇか」
 服がぼろになったこともいとわず、マッシュは嬉しそうにルヒィに駆け寄る。
「ああ、アニキ。ひさしぶり!」
「ヨンジやソロも元気か?」
「もちろんさ! 今は外で暴れてるぞ!」
 ルヒィとマッシュは再会を喜び合っていた。
 狭いようで広いガラルの中で、お互いの生死を知らなかった部分もあったらしく、感動の再会と言って差し支えない、それほどの熱い抱擁を二人は交わす。
「しかし、ルヒィ。おまえは変わらないな」
 その声に、ルヒィは少し俯く。
「いいや。俺は変わっちまったよ……。ゴリゴリの実を食って、ゴリ人間になったんだ」
「ゴリ人間……?」
「ああ、ゴリゴリの実のせいだ」
 ルヒィは悲しげに目を伏せる。
 マッシュはどう言葉を掛ければ良いか、考えあぐねているようだった。それもそうだ。急に“ゴリゴリの実”なんてパワーワードを出されたら、誰だって混乱する。私だって混乱する。今の一連の話を聞いて、かろうじて、”悪魔の実”と関連付けることができるかどうかといったところだろう。
 しかし、ルヒィはしゃべり続けた。
「長い航海だったぜ、アニキ。この世の海全てを見てもまだ辿り着けないんだ!」
 どん!
「きっと、俺たちの偉大なる航路グランドラインはここへ続いてたんだっ!」
 どん!
「ガラル王家をぶっ潰す!」
 どどん!!
 半ばヤケクソ気味に話しながらエキサイトしてきたルヒィは突然、何か思いあたったらしい。
「……そうだ、マッシュのアニキ。アニキから預かってた麦わら帽子だ」
 麦わら帽子をマッシュに被せる。
「ルヒィ……お前これをまだ持ってたのか」
「ああ。その麦わら帽子に誓ったんだ、俺は“この世の海のすべてを見たい”ってな。その夢、叶っちまった」
 悲しそうな表情を見せるルヒィに、マッシュは怪訝に感じたのだろう。言葉を選ぶように尋ねる。
「世界のすべての海を見たのか?」
「いいや、ガラルだけだ」
「ガラルだけか?」
 世界は広い。ガラルの他に、近海のカロス。遥か東にはカントーを中心とするジャパン。ガラルの西にはイッシュ、陸続きでオーレ。その全てが海に面している。
 しかし、ガラルだけの海を見て、ルヒィはこの世の海全てを見たと言い張る。そこに微かな違和感があった。

「違うぜ、アニキ。ガラルだけなんだ、この世界は。偉大なる航路グランドラインを目指して、バウタウンから東の海へ進んだんだ。辿り着いた陸は、ガラルの西部だった。おかしいだろ? 俺たちはこの世の真実に気づいちまった。この世界は閉じられてる。閉じられた環の中にあるんだ」
 ガラルが閉ざされた世界にある。
 ルヒィはガラル近海をどこまでも進もうとしたが、一定の場所に行くと、ガラルの反対側に出た。これは何度か繰り返しても結果は同じだったという。
「マッシュのアニキ。この世界は、いつからか時空が歪んじまってるらしい。諸悪の根源はきっと暴君バドレックスだ」
 そう言って歯を強く噛み締めるルヒィにマッシュは自身の頭頂の麦わら帽子を取り、また被せた。

「ルヒィ、今はまだこの帽子は預けておく」
「え?」
 ルヒィは返された麦わら帽子に、確かめるように手を触れる。
「お前の麦わら帽子にかけた”誓い”は、こんなもんか?」
 マッシュはそう言うと、静かに拳を握る。
「いいか、ルヒィ。いずれ、この世界はまた広がる。俺たちが想像もできないほど、広く。世界は広いんだ。こんな狭い箱庭で終ったりしねえ。そうだルヒィ。俺は――」
 マッシュはそこで一度言葉を切ると、少しの間をあけて口を開いた。
「この戦争を終わらせに来た!!」
 どん!
 マッシュの言葉には得も知れぬ説得力と威圧感があった。恐らくは何の根拠もないのだが、異様なまでの覇気に満ち溢れていた。

「さすがアニキ! 新時代が待ってるんだな!」
「ああ! 未来だ、新時代は未来にある! 新時代はこの未来だ世界中全部変えてしまえ!!」
 ヒートアップしてきたマッシュは、何かの歌詞を口にしながらエキサイトしていた。マッシュとルヒィは、何か流行りの歌をふたりで熱唱し始めていた。しきりに「新時代」やら「私が最強」やら「ウタちゃん」やら「アドさん」やらよくわからないワードを口にしていたが、突然、ルヒィがぴたりと動きを止めた。
「どうした、ルヒィ?」
「あのさ、アニキ。さっき、変なおっさんをぶっ飛ばしちまったけどよ。多分、あの方角だと思うんだ。変な奴が出て来てねえかな? 気のせいか?」
 ルヒィの視線が、先ほどハイドが突っ込んだ装置の方に釘付けになっている。
「ああ、ルヒィ。気のせいじゃねえな。……これはヤバイ気がするぜ」
 全壊した装置から、灰色のボディに凶悪な目つきをした、這い回る虫ポケモンのような無数の足を持った巨大なポケモンが姿を現していた。
 ギラティナだった。百脚を有する冥界の番人と呼ばれる神である。恐らくは、ハイドだったものだろう。異様な遠吠えをあげ、ハイドだったそれは、こちらへ歩みを進めてくる。どうやら自我は消失しており、ただの獣に成り果てているようだった。

「臨床試験とやらは失敗のようだな、偉そうなこと言ってた癖によ」
 マッシュは鼻で笑う。
 もしかしたら正規の手順どおりでいけば成功していたのかもしれない。あまりにも大量の薬液を浴びたせいで、この結果が生じている可能性はある。
「ま、ぶっ倒せばそれでいいよな!」
 ボス戦の雰囲気を察してルヒィも身構える。そして、思い出したようにルヒィはポケットをごそごそとあさり始めた。
「そうだ、忘れるとこだった。親友のカイトから預かりものがあるんだ。モンスターボールふたつ」
「ん、ルヒィはカイトとも知り合いなのか」
「ああ。同業者みてぇなもんだろ? ひょんなことから、マッシュのアニキが共通の知り合いだって気づいたんだ。世の中は狭いよなー!」
 海賊のルヒィと怪盗のカイトは交友関係があった。バウタウンの時に薄々そうではないかと思っていたのが後から分かったのことだったが、単なる略奪を生業としない彼らには義賊という共通点がある。

「ひとつはマッシュのアニキに、ひとつはそっちのサナに。すげえな、カイトのやつ。この場にふたりが揃うのを予見してたんだな」

 この場にはマッシュと私が揃っている。カイトはナックルシティでもそうだったが、最悪の未来を回避しようとして、平行世界の歴史を参考に動いている節があった。今回もそうなのだろうと思う。

 私は自身の所有しているハイパーボールが反応しているのを感じた。

「ん、サナ。おめぇもボール既に持ってんのか? ま、何だ。せっかくだから、ポケモン交換ってことにしとこうぜ!」

 めちゃくちゃな理論で、私からペルの入ったハイパーボールを取るとルヒィはそれを放り投げる。
 中からはハヤブサポケモンのファイアローと化したペルが飛び出し、これまた勢いよく早口で喋り始めた。

『隼のペルは誠に遺憾である!! 悪魔の実に遺憾の意を表明する!!』
 ペルはどうやら“悪魔の実”の話に憤慨しているらしい。
『我がこのような想いをさせられたのは、たかだか一企業の臨床試験だったというのか!? その為に我は今までずっと悩みを抱え、生きてきたというのか!!』
 ペルはその後も早口で、しかし、ファイアローの姿だったので、鳥のくちばしでは人語を上手く紡げず、ピーチクパーチク言うに過ぎなかったので、
「なんだコイツ、コイツもポケモン人間か? しかし、なに言ってんだ?」
「ファイアローの言うことはよくわかんねえな」
 と、ルヒィとマッシュに軽くあしらわれていた。

「なあ、アニキ。それはそうとさ。このモンスターボールだけどよ。カイトはガラルチャンプから“然るべき時に使ってくれ”って託されたらしいぜ。きっと今がそうなんだろうな」
 そう言って、ルヒィはモンスターボールを渡す。
「元は“ 聖母チャンプ”のポケモン? もしかしてこれは……」
「とっておきのエースバーンが入ってるって聞いたぞ。良かったじゃねぇか。アニキは今、手持ちが居ないだろ?」
「ルヒィ、おまえの手持ちは? あのファイアローか?」
「あいつは、どうやら俺と同じらしいから自分で闘えるさ。俺は手持ちポケモンは居ねえ、俺自身がポケモンだ……なんせ俺は、悪魔の実を食った男だからな」
 言うや否や、その身を変化させていく。筋肉が盛り上がり、体躯が徐々に大きくなる。筋骨隆々という言葉が相応しく、そのシルエットは逆三角形をしていた。身体は緑の体毛が覆い、その外見はゴリランダーそのものだった。

「くくっ、ゴリランダーか。御三家が揃ったわけだな……」
 マッシュはそう言うと、寝台のインテレオンの拘束を解き、その細い輪郭をぺチぺチと叩く。
「起きろ、クレーン!!」
『何だよ、ん、その声は……』
 その声に、ベッドの上に寝かされたクレーンだったインテレオンが目を覚ます。拘束具を引きちぎり、身を起こした。
『その声、変なコスプレしてるがマッシュか?』
 インテレオンはマッシュに問いかけるが、マッシュは不思議そうに首を傾げた。
「俺にはインテレオンの知り合いは居ないが……」
『俺にもエースバーンの知り合いはいなかったけどな……』
 しばしの無言。
『……え、俺もしかしてインテレオンになってんの?』
 先に静寂を破ったのはインテレオンのクレーンだった。クレーンは慌てて自分の体をまさぐる。
「この雰囲気、お前やっぱり本当にクレーンなんだな……」
 その慌てる仕草に、まぎれもない旧友であることを確信したマッシュは目尻に涙をためていた。
『は? 何だよマッシュ、忘れたとは言わさねえぜ? マクロコスモスのローズが企てたブラックナイト騒動の時、世界を救おうとした反乱軍“アバランチ“において、俺のクレーン操作が無けりゃ作戦は成功しなかったろ?』
 インテレオンの顔を改めて見るマッシュ。かつて、ブラックナイト騒動の際に反乱軍を立ち上げた仲間との再会に感動している暇はなかった。
「クレーン、生きてたところ悪いが、力を貸してくれ。今はインテレオンとしての力をな」
『当たり前だろ、この俺がみすみす死ねるかよ。しかし何でこんな身体になっちまったんだ?』
「まあ、ルヒィもゴリランダーになったしな、生きてたならそれでいいだろ?」
『なに、このゴリランダーも元人間なのか?』
 インテレオンになったクレーンが問いかけると、
『当たりめぇだろ! 俺たちはもう仲間だ!! ドン!』
 ルヒィは、これまたテンション高く応じていた。

 少しほつれたコスプレ姿のマッシュと、インテレオンになったクレーン、そしてゴリランダーのルヒィ。三者がテンション高く会話している姿は、異様なほどシュールであった。
 マッシュとクレーンのふたりは反乱軍アバランチ時代の旧知の仲であり、ここに来てまた一つ伏線が回収されたようであったが、その事に言及している暇はない。

『我が名はハヤブサのペル! 我を無視するでない! 我が、悪魔の実を作り出せし諸悪の根源、この場で叩き切る!』
『お? お前も人間だったのか。奇遇だな。んじゃ、一緒に戦おうぜ?』
 クレーンがそう言うと、
『我は王の血族のペルであるぞ! 悪魔の実界隈クラスタでも新参者の庶民の癖に馴れ馴れしくするでない!』
 いつの間にそのような界隈クラスタが出来たと言うのか。
『固ぇこと言うなよ、同じ奴が敵なんだろ。偉い奴はそんなちっちぇえこと気にしねえぞ』
 激昂するペルをクレーンが宥める。
『フッ、それもそうだな。この世界では珍しい悪魔の実あるいはそのエキスをその身に取り込んだ者同士、何かの縁だ』
『だろ? 仲良くやろうぜ、俺はクレーンだ。ちなみに、ペルだったか。王族と言っていたな? 先に謝っておく。ナックル城のシンボルにクレーンを突っ込ませて破壊しようとしたが、すまんかった。一応、未遂に終わったから、問題はなかったが、後から知られると怒られそうだからな』
 時々エピソードとして出てくる、シンボルが気に食わず、クレーンで突っ込んだ男の伝説。それを耳にして、ペルは一瞬怒りを露わにしかけたが、すぐに平静な様子で笑って見せた。
『フッ、構わん。昨日の敵は今日の友って古い言葉もあるらしいからな……』
 精神的にも強くなったペルは、悪魔の実界隈クラスタの先輩としての威厳をクレーンに見せつけていた。クレーンにしても“人間をやめた”直後にも関わらず、それを受け入れている。反乱軍として闘ってきた彼もまた、精神的に強かった。
 
 そんなクレーンとペルの間に若干の友情が芽生えていた中、兄弟もまた向かい合っていた。
「ルヒィ、やるしかねぇぜ」
『お?』
 言われたルヒィが何か閃いた様子でマッシュの顔を見つめ、口を開く。
『……おいっ、別れの言葉は無しか?』
 そして、ルヒィは若干のドヤ顔をして言う。ゴリランダー顔と相俟って、かなり表情が鬱陶しい。マッシュは一瞬呆気に取られたが、直ぐに口元を緩める。
「フルスピードで走るのが俺の人生だった。だから俺とお前は兄弟だった。お前も同じだった……」
 決まったとばかりに、マッシュはモンスターボールを投げ、エースバーンを呼び出す。
「……やっぱりお前だと思ったぜ、コラショ」
 エースバーンは炎の球を繰り出すと、リフティングをしてみせる。やる気は満々だった。
 コラショ。それは孤児院ホームのマルチバトルで、マスターが使用したエースバーンであった。
 かつて、卵から生まれたときには『おとなしい性格の、もうかの特性を持つ、ヒバニー、2Vの個体値』であったという。頭文字を取りOMH2と呼ばれ、使えないものの代名詞という不名誉なレッテルを張られた。
「なあ、ルヒィ。このエースバーン、どう見える?」
『かなり強そうだな!』
生誕うまれた時はその対極はんたいだった。OMH2だ、使用不可の廃棄品ポンコツだと俺も想像しおもったんだ。だけどよ、刮目てみろよ」
 何やら覚悟を決めたような、全てを俯瞰したような眼をしてマッシュはコラショの持つリボンを指した。ガラルチャンプリボン、マスタータワーリボン、マスターランクリボン……ランクマッチバトルの最前線で戦ってきた証であった。
「努力し、ひたすら走り続けてここまで来たんだ。俺はこいつを見てわかったんだ。生まれなんて関係ねぇってな。どんな劣悪な環境だろうと、巻き返せる。俺にとって、OMH2は希望だ」
 マッシュとルヒィの生い立ちは酷いものだったと、ルヒィの海賊船で聞いている。いつの間にかOMH2はマッシュ達にとっての希望そのものへと昇華されていたらしい。
 誰かに認められたコラショは少しくすぐったそうな表情をしていた。喜びの感情がその目には揺れている。

 ギラティナがまだこちらを標的にする前に、御三家である三体は攻撃を仕掛ける。
 手始めに、エースバーンは“かえんボール”をギラティナに叩き込み、ゴリランダーはその所有する巨大な太鼓を武器とした”ドラムアタック”をぶち込む。そして、虎視眈々と様子を伺っていたインテレオンは標的を”ねらいうち”にした。
 御三家と呼ばれる所以である。特別な存在に許された特別な技――専用技と呼ばれる3技はギラティナを翻弄する。
 3対1という極めてフェアでは無いトリプルバトルではあるが、相手も相手であった。ギラティナは人間であるマッシュに直接攻撃を仕掛けてくる。持ち前の反射神経でもって、間一髪それを避けるマッシュであるが、ニット帽とトップスの服を切り裂かれ、上半身があらわになる。

「あっぶね……」
 半裸となったマッシュは何とか微かな切り傷だけで済んだ。
「こうなったら仕方ねえ。ポケモン同士のバトルは終わりで、ここからはポケモンバトルだ」
 破れたエースバーンのコスチュームを脱ぎ捨てたマッシュは、ポケモントレーナーとして・・・・・・・・・・・・冥界の神ギラティナと対峙する。
「クレーン、ルヒィ。俺に力を貸してくれ」
 その言葉に、インテレオンとゴリランダーはそれぞれ、上肢を、やれやれという風にあげてみせた。ありがちな展開である。決まった王道のルートに乗っている……そう直感する。

『人間のトレーナーよ! この我が、道を切り開こうぞ! 愚民共に追い風を!!』
 ファイアローのペルが“おいかぜ”を起こす。これにより、味方の素早さは格段にあがった。
 ポケモンバトルにおいて最も重要と呼ばれる初手を抑える。素早い対応が、闘いを勝利へ導くと言っても過言ではない。
 裸体に汗を滲ませたマッシュはペルに視線で礼を言う。一部の隙も見せられない。

「コラショ、ブラストバーン!」
 エースバーンが構える。
「クレーン、ハイドロカノン!」
 インテレオンが構える。
「ルヒィ、ハードプラント!」
 ゴリランダーが構える。
 マッシュが三者に立て続けに出した指示が、熱量を溜め込み、エネルギーとして具現化する。
 ガラルの御三家と謳われる三匹に与えられた専用技は、赤と青と緑の光線となり、ギラティナを直撃する。「はかいこうせん」と同じ原理である。強力であるが故に、その後は身動きが取れなくなる。守ることを捨て、攻めることに特化した三位一体の強力な一撃はギラティナに容赦なくそのパワーのベクトルを叩き込む。

 ――ギゴガゴーゴーッ!!
 断末魔の絶叫が響き渡る。間の抜けた声ではあるが、全身を焼かれ、冷やされ、更に養分を吸われた神の身体は満身創痍のもと弾け飛んだ。
 御三家の名のもとに、冥界の神が敗北した瞬間であった。

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