14.三千十三歳の少女

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「_______そうして、私はジラーチになったのだ」


「……はい?」


 そう呟きながら少女はゆっくりとこちらに顔を向けた。
 少女の黄色い髪が、夕陽を浴びて赤く鮮やかに輝く。
 長い髪が潮風に乗って靡くたび、キラキラと宝石のような小さな光が舞った。

 俺は海を眺めながら、少女の昔話を聞いていた。
 
 ずっとずっと、遥か昔の物語。
 恐らく、歴史の教科書の序盤で習うぐらいの時代の話だ。
 
 この少女はそんな昔から、今までずっと生きてきたのだと言う。
 
 本当にそれだけ生きてきたのならば、俺に対する偉そうな態度も納得はいかないが合点はいく。



「だから、私は_________」
 

 少女は不自然なほどに明るく微笑んだ。



#############################


 
 浜辺に降りてから、少女はひたすら海を眺めていた。

 海上を漂う小さな漁船、ゆらゆらと打ち寄せる波、飛び交う鳥達。
 平日の午後に行く海なんて何の楽しみもないと思っていたが、穏やかな海の景色は思っていたよりも悪くない。
 時折魚が海面を跳ねると、俺の釣り人魂にほんのりと火が灯る。

 今度暇な休みの日に、久しぶりに海釣りでもしてみようか。

 などと考えながら、少女の少し後ろから一緒に海を眺めていたが、そろそろのんきな海を眺めるのも段々と飽きてきた。
 肝心の少女は何やら真剣に海を眺めていたので、話しかけづらかった。

 暇なので車に戻ってスマホでも弄りながら待つかと一歩下がったが、その時浜辺に降りてから初めて少女が口を開いた。

「少し、私の昔の話を聞いてくれないか?」

「いやだね」

 俺は即座に断った。
 ただでさえ貴重な時間を割いて海まで連れてきてやったと言うのに、更にこいつのたかだか10年ちょっとの人生の思い出話に付き合ってやるのは、御免被りたい。

「‥‥」

 少女は一瞬だけ目を丸くさせると、徐々に眉間に皺を寄せていき、みるみる不機嫌になっていった。

「なぜ断る?」

「じゃあ今から俺の昔話をすると言ったら、お前は聞きたいか?」

「この私が、たかだか数十年ぽっちのお前の人生をどうして聞かされねばならんのだ」

「……それと全く同じ理由だよ」

 こいつの過去に一体何があったのかは知らないが、それを知った所で俺は何も出来ないし、したくもない。
 
 仕事を抜けてまで、この生意気な少女の頼みでわざわざ海に連れて行ってやったと言うのに、ここにたどり着くまでの道中、こいつはずっと不機嫌で、気を遣って話しかけても基本無視だった。

 結局、お目当ての海を眺めてもこれっぽっちも嬉しそうじゃ無かったし、本当に何の為にここまで連れてきたのか分からない。

 向こうは気づいてないのかも知れないが、俺の気分は最悪だった。

「俺は車に戻るからな」

 少女はまだ納得していない様子で、何やら真剣に考えていた。

 自分でも信じられないくらい、大きなため息が漏れる。

「満足するまで、眺めとけばいいさ」

「待て」
 
「……なんだよ」

 立ち去る俺を少女は再び引き止める。

「もう、海まで連れてきてやったし、十分だろ?」
 
 そんな俺の気持ちを知らずか気にせずか、少女は得意げに言う。

「お前の理屈なら、私の話は聞くに値するぞ」

「……何故?」

「なぜなら私はお前より遥かに長く生きている」

「あーはいはい。そりゃあすごいな」

「お前は私がどれくらい生きてきたか知りたく無いのか?」

「興味ないね」

 ここまで拒否しても食い下がらない所をみるに、どうしても俺に話を聞いて欲しいのだろう。

 たとすれば、尚更聞きたくはなかった。

「悪いが、面倒ごとなら間に合ってる」

「……いいから黙って聞け。少なからずお前にも関係のある話だ」
 
「……長くなりそうなら、途中で帰るからな」

「それで構わぬ」


 そうして、少女は語り始めた。

 少女は何千年も昔に産まれてきたとという事。

 その当時には、火や雷を放つ動物がいたという事。

 ある日少女は山奥でジラーチに出会い、そこでジラーチになることを願った。
 


「_______そうして、私はジラーチになったのだ」


「……はい?」

 長々と出来の悪い作り話を聞かされ、もはや怒る元気も無くなっていた。
 真剣に話し始めるのでこちらも少し構えていたが、蓋を開けてみれば子供の妄想に付き合わされただけだった。
 
 全身の力が抜け、どっと疲れが溢れ出す。


 ………そもそも、ジラーチって一体なんだ?

「ジラーチは千年に一度だけ目を覚まし、みんなの願いを叶えるんだ」

「へー」

「やがて力を使い切ると、また千年の眠りにつく___」

「じゃあお前は何歳なんだ?」

「かれこれ私は、三度の長い眠りについた」


「だから、私は_________」
 

 少女は不自然なほどに明るく微笑んだ。



「三千十三歳の少女なんだ」





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