3-12 ニンゲンと道具

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静寂の山で遭遇した未知の攻撃に関する情報を得るため、街へ出るリアル達。目指した場所は──

主要登場キャラ
・リアル(ピカチュウ)
・ヨゾラ(ツタージャ)
・デリート(イーブイ)
etc.
探検の制限によって空気が淀むギルドを抜けて、リアル達は街へと繰り出した。
午前の授業が終わり、今は昼休みである。普段であれば時間にそこまでの猶予はなく、昼休みに街に出る生徒は少ない。
無論、街にも飲食店はあるのだが、授業日に行くとなると午後の授業への遅刻を覚悟しなくてはならなくなる。
だが、今回のリアルの目的は違っていた。

「ねえ、どこ向かってるの?」

「行き先くらい言ってもいいじゃんか」

後ろから渋々着いてくるデリートとヨゾラ。リアルが小走りなため彼らにはその目的を伝えていない。すぐに分かること故なのだが、わざわざ黙っている必要もないだろう。

「カクレオンの店に行く」

「何、お買い物? そういえばこの前の探検で使った道具、補充しなきゃいけないもんね」

「いや、それもそうだけど……違う。街一番の情報屋に聞きたいことがあるんだ」

リアルの返答に要領を得ないのか、着いてくる二匹の顔は晴れない。
だが今は店に向かうのが先だ。何より時間が無い。遅刻しないため、というのもあるが、リアルとしてはこの謎をいち早く解決したかった。

お昼時のトレジャータウンは相変わらずの賑わいを見せていた。
街に住むポケモンたちが談笑し、店先から飛ぶ大きな声が街を活気づけている。自由日の生徒たちや非番のギルドメンバーもちらほら見受けられた。
だがそのトレジャータウンですら、どこか翳りがあるように見える。
トレジャータウンは大きなギルドの下に形作られ、ギルドに協力する代わりにギルドがその治安を維持するという相互関係を持っている。ギルドメンバーが積極的にこの街に訪れるのはそういった理由もあるのだ。
そんな理由故か、ギルドでのぎこちない雰囲気がこの街にも影響を与えているらしい。

カクレオンの店は街の中でも比較的ギルド寄りの位置にある。アクセスの良さもその利便性に貢献している。
そんな店の前に到着した時、店先には先客がいた。

「えーっと、じゃあおおきなリンゴと……リンゴと……?」
「オレンのみとモモンのみだろ?」

そこに居たのは小さなエイパム二匹。二匹の中でもとりわけ幼いほうが小さな紙を両手で持ち、もう一匹がそれをのぞき込んで何やら助言している。
幼いほうのエイパムの大きなしっぽが左右にゆらゆら揺れている。見たところ、二匹は兄弟といった感じで、おつかいに来ているようだった。
エイパムが読み上げた商品を、カクレオンが兄のほうに手渡した。

「はい、いつものね! 今日はグミはいいのかい?」

「ええ、グミはまだうちに残りがあるので」

「そうなの~。それにしても、やっぱり兄弟揃っておつかいなんて偉いねえ」

「ええホントに。ほら、りんご一つサービスしといたから!」

「ありがとうございます! ほら、行くぞ」

「うん、お兄ちゃん」

ありがとうございます、と拙い言葉で弟のほうがお辞儀をして、二匹は店を離れていく。
その様子を彼らの後ろから見ていたリアルたちは、自然の彼らの背中を見送る形となった。

「はい、次の方、いらっしゃいませ~! ……おや、リアルさんにヨゾラさんにデリートさん。お久しぶりです~」

「あれ、覚えていて下さったんですね?」

開口一番名前を呼ばれ、デリートが驚きの表情を見せる。

「ええ、もちろんですとも。ギルドの皆様方のお顔とお名前をしっかりと覚える。それもまた店主の務めですから」

誇らしげに胸を張る兄のほうのカクレオン。弟のほうはそれを聞いてうんうんと頷いている。きっと彼もまた名前と顔をしっかり暗記しているのだろう。そういえばこの二匹もまた兄弟だった。

「さっきのは……」

「ああ、先ほどのエイパムの兄弟ですか。あの子たち、ほんと健気でいい子なんですよねえ」

「定期的にああやっておつかいに来るんです。小さくて頑張り屋な弟さんを、お兄さんがいつも優しくカバーしてあげる。いつも本当に仲の良い兄弟なんですよ」

「確かに本当に仲が良さそうだった……」

リアルはほんの少しその場面に立ち会っただけだったが、その仲の良さは弟が兄に向けて見せたうれしそうな笑みから見て取れた。
あんなに可愛いものを見せられては、リアルの頬も自然と緩んでしまう。
……自分にも、あんな兄弟がいたりしたのだろうか。記憶を失う前。もしかしたら自分の帰りを待つ仲の良い兄や弟がいたのかもしれない。
今は考えても仕方のないことだが。

「まあ、私達のコンビネーションも負けてはいませんがねっ!」

とカクレオン達はまた胸を張る。
まあ確かに、彼らほど仲の良い兄弟もそうそう居るものではないだろう。

と、視界の端、右にいるヨゾラが気になって目を向けた。先程から何も反応がないと思ったら、通りのほうをじっと見つめたままぼうっとしている。
丁度、先ほどのエイパム兄弟が去っていった方向だった。

「ヨゾラ。ヨゾラ? どした? 聞いてるか?」

「えっ! あ、ああ、うん。聞いてたよ」

声を掛けられ、急に我に返ったように飛び上がるヨゾラ。ごめんごめんと恥ずかしそうに笑う。

「ちょっと昔のことを思い出しちゃってさ……」

その小さく呟いた言葉には、今までヨゾラが見せたものの、どれでもない感情が含まれているように見えて。
リアルがその言葉の意味を尋ねようとした時、

「ところで、皆様今日はどういったご用件で? 見たところ、お昼休み、といったご様子ですが」

カクレオン弟が声を掛けてきた。
それを聞いてデリートも思い出したとばかりにリアルに向き直る。

「そうだよ! どうして店に来たのよ、リアル。何か理由があるんでしょ?」

「そうだったそうだった」

忘れちゃいけない。そもそも今日は時間が無いのだ。ここに来たのは、カクレオンに聞くことがあったから。それも重要なことが。

「カクレオンさん。もし知っていれば教えてほしいんだけど」

「なんなりと」

「……目に見えない攻撃、って何か、知らない?」

ハッと両脇で息を呑む音が聞こえた。しかしリアルは構わずカクレオンから目を逸らさない。
その様子にただならぬものを感じて、カクレオンの顔もまた引き締まったものとなる。

「目に見えない、ですか」

「いや、多分正確には……目に見えないくらい、めちゃくちゃ速い技……かな」

そう、あれはまさしく不可視と言っていい攻撃。
静寂の山で遠くから飛んできた、自らの命をスレスレで掠めて行った攻撃。ほぼ本能的に回避することこそできたが、あれをしっかりとこの目で視認することは叶わなかった。
そして恐らくあれは、透明な攻撃ではない。耳を掠めたあの技は、恐らく目に見えない程、単純に速かった。
リアルの知識ではそんな技は心当たりがない。でも、世界各地から様々な情報を得るカクレオンなら──

「それは、ゴーストタイプのような攻撃ですか? もしくは、エスパータイプのねんりきのような」

「うーん、いや。そういうのじゃなくて、もっと速く飛んでくるもの。ビーム……って大きさじゃなかった。もっと小さな、何か」

「ふむ……」

カクレオン兄弟は両者ともに目を瞑って腕を組み、深く考え込んでいる。
そこに訪れる沈黙は、緊張感のあるものだった。ヨゾラとデリートも何か感じるものがあるのか、一言も発さない。
リアルも固唾を飲んでカクレオンの反応を待った。

「私どもは、世界各地の店舗から情報を集めております。各地の珍しい技、現象、幻のポケモンたちの技。そして伝説のポケモンが使ったとされる技の伝承すら、多くを知っていると自負しておりますが──」

カクレオン兄弟が目を開く。

「速いと言われる技は数あれど。目に見えぬほど速く、小さな特殊技と言われますと……思い当たるものはなかなか……」

「でんこうせっかやしんそくなど、ポケモンの体内エネルギーで加速させる技は、まさに目にも留まらぬ、とも言いますが……」

「飛ぶようなものじゃない、よな」

「ええ。そしてやはりビームともなれば、その威力からして規模は大きくなります。見えない程速い、との表現にも合うとは思いませんねえ」

……分からなかったか。
リアルは内心肩を落とす。カクレオンならばあるいは、と思ったのだが。
そもそもが自分自身でもうまくイメージできない。あの技がどんなものなのか、その詳細が──

「タネマシンガン、ではないですよね?」

「あー、それは最初に俺も思ったんですけど。もっと速かったような気がするし、一発だった」

「ゴローンの石、といった投擲物の可能性は?」

「ああ……確かに、そんな感じもする……か」

だがあんなに速く投げれるものだろうか。

「デリート、ゴローンの石を目に見えないくらい速く、投げれる?」

「えっ!? 私!? え……流石に無理……じゃないかなあ」

じっと無言で話を集中して聞いていた中、突然話を振られて慌てだすデリート。だがまあ、無理だというのはリアルでも薄々分かっていた。
あの投げ物は最強の彼女ですら無理なのだ。正直あの速さで投げる様子は想像できない。

「うーん、だめかあ」

今度こそリアルは肩を落とす。この技にこそ、今回の立ち入り禁止の件が関わっていると睨んでいたのだが。

「確かに気になるよね、あれ。リアルはそれを聞きに来たんだね」

ヨゾラの言葉にリアルは頷いて肯定する。ヨゾラたちの頭にもあの攻撃は鮮烈に焼き付いているのだろう。だからこそあの緊張感だった。
思い出すと甦るのだ。あの恐ろしさが。
だが分からなかったのなら仕方ない。そうして少し空気が緩む。
そんな中、カクレオン兄がふと口を開く。

「何か……何か、その技の痕跡の特徴などはありませんか? 目には見えなくとも、それが引き起こした跡ならば」

カクレオンも必死に考えてくれているのだろう。何とかして答えを導き出そうと食い下がっている様子だ。
だが跡。跡か。正直あの時は逃げるのに必死で攻撃の行方なんて見ていない。特徴もあまり覚えていないし──

「あ」

突然、デリートがポツリと声を漏らす。必然的に、皆の視線がデリートに集まった。

「傷……傷だよ、リアル! その傷!」

そう叫んで彼女はリアルを指さす。正確には、その耳を。

「あ──」

思わず自分の左耳に手を伸ばす。そうか。この傷だ。
あの攻撃は自分の左耳を掠めた。その時に鋭い切り傷が残り、少しだが出血もあった。
その時はデリートが布で縛ってくれた為血もすぐに止まり、治りも早く帰還する時には布を外していて忘れていた。

自分の指で傷をなぞる。痛みはない。自分の目では確認できないが、きっと微かな傷跡が残っているのだろう。

「そうか……そうだよ! この傷がまさにあの技の証拠になるんだ!」

ヨゾラも気が付いたようで、飛び跳ねてそれを主張している。

「もう血も止まってるけどな。痛くはないし別段おかしなところもないと思うんだけど」

耳に刻まれた、一本線の細い傷跡。カクレオンはそれをじっと見て──

「血、ですか──」

その顔は、感情の読めない無表情で。

「リアルさん。ご存じでしょうが……ポケモンの技では基本的に血は、出ません」

「あっ──」

そういえばそんな話をあの時もデリートから聞いた気がする。
ポケモンのエネルギーで出来る”技”では、外傷は与えられないのだと。理由はいまいちまだよく分かっていないが、それはリアルが持っていない「常識」に近いものらしく。見るとデリートたちもそういえば、とばかりにハッとした顔をしている。

「一度きりの、小さな攻撃で、そのような鋭い傷ができ、出血する──。その攻撃は、本当に”技”なのでしょうか」

カクレオン兄は、リアルの目をじっと見つめたまま、そう言った。
技では、ない──?
であれば、あれは、一体。
ごくりと、自分の喉が鳴った。手と顔にはいつの間にか汗が滲んでいた。

「これはあくまで、伝承……いや、もはやおとぎ話のような、そのような信ぴょう性なのですが」

そう前置きして、カクレオンは続ける。

「かつて──存在したと言われる、”ニンゲン”という存在がいます。彼ら私達ポケモンのように、体内でエネルギーを生成して技を使うことができません。しかしその代わりに……”道具”を用いたと言われています」

ああ、そんな話もどこかで聞いたのを覚えている。
ニンゲン。そんな生物が、色んな武器を生み出した。剣を生み出したのもニンゲンだったはずだ。だけど確かその道具たちはここらへんじゃ有名じゃなくて。でもニンゲンとやらは一応誰もが知っている存在らしかった。

「その道具は、私達や探検隊の皆さんが使う道具とは違った意味を持ちます。それはポケモンやダンジョンなどのエネルギーによって生成されたものではありません。この星の自然物……岩や土、木などから加工されたものなのです」

「岩を......!? 木とかは家を作るために専門のポケモンたちが切ったりするけど……岩も加工するなんてできるの!?」

驚きを隠せないヨゾラ。その言わんとする意味は分かるが、リアルにとってはその驚きを真の意味で共有することはできない。

「ええ。今の私達では、精密な物を作ることはできませんが……ニンゲンたちはそれを成したといいます。しかしその道具も、多くは残ってはいません」

「あれ......でもナイフとかは、ニンゲンのものじゃなかったっけ……」

デリートの呟きに、カクレオン弟が肯定の頷きを返す。

「ええ。ナイフ……鉱石を加工して作る刃物は、ニンゲンの技術です。あれはとても硬いものを切る場合や、どうしても技が使えない場合に、許可を持つ者だけが使える道具。何故、そのように使用が制限されているか、分かりますか?」

「危ない、から……?」

「ええ、その通りなんです。ニンゲンが作る道具……自然のもので出来たそれは──容易くポケモンの身体に傷をつけることができます」

「!!」

話が繋がる。
この耳に残る傷。それは本来、技ではあり得ないものらしい。であるならば──

「私達は攻撃する時......暴力に訴えるとき……コミュニケーションをとるときは、技という手段があります。しかし人間にはそれがない。故に、”武器”を扱うのです。それが、ニンゲンが嫌われている理由の一つでもあります」

「ニンゲンが、嫌われている──」

「リアルは、知らないんだっけ、ニンゲンのこと」

ヨゾラが前かがみになってこちらの顔を覗き込んでくる。
彼らは自分が多くの常識……というより共通認識を持たないことを知ってくれている。
そう、自分はニンゲンという存在について知らない。想像すらつかない。だが、その生物はどうやら、嫌われている。

「だってほら……武器を使うのって、ポケモンからしたらだいぶ価値観、違うでしょ? 僕は正直よく分からないけど、嫌われる気持ちもわかるなあ」

「そうなのか……」

うん、自分でもその感覚はよく分からない。武器について……恐らく、皆は良く知らない。自分も熟知してるわけじゃないけれど。少なくとも忌避感はない。だからきっと、ヨゾラの言う「分からない」とは違うのだ。

「そんなニンゲンの道具は、やはり多くは残っていません。ですが、その傷の特徴を見るに、恐らくは──」

カクレオンは目を閉じる。
その先は、もう言わずもがな、だろう。
昨日のあの静寂の山での攻撃は、技ではなく、ニンゲンが生み出した道具──なのかもしれない。

空気は重かった。理由はリアルよりも、その他の顔にある。カクレオンも、ヨゾラも、デリートも、顔色は良いとは言えなかった。
ニンゲンは嫌われている。その道具は、危険だ。そんなものが、すぐ近くにあるとしたら。
リアルには分からない。分からないが、その心情は推し量れよう。
皆一様に口を結び、何も言わない。良く晴れた空だけが、馬鹿みたいに澄み渡っている。

「刃物……じゃない、よね。きっと。だって投げるとしたら速さはゴローンの石と変わらないし」

ようやくデリートが口を開き、カクレオンが肯定する。

「ええ。恐らくは……きっと、私達の知らない、そんな道具がどこかに……。──ッ、いえ。今の話はどれも証拠の無い話です。ニンゲンの存在だって詳しくはわかりませんし、本当にいたかどうかだって分かりませんから!」

カクレオン弟は暗い空気をとりなそうと、明るい声で手を横に振って笑う。
だが分かっている。ニンゲンはきっといたのだろう。でなければ道具が残っている説明がつかない。
そんな危険な生物は、存在したのだ。

「とまあ、私達がお伝えできるのはこれくらいの情報だけです。確かな話ができなくてごめんなさいねえ」

「いえ、助かりました。ありがとうございます」

そう言ってリアルは頭を下げる。これ以上は聞いても得られる情報はなさそうだ。
新たな視点を得られただけでも感謝すべきだろう。

「あれ、そういえばリアル、時間大丈夫かな」

デリートの言葉にふと忘れていた時間のことを思い出した。
空を見上げれば、太陽の位置がだいぶ変わっているような気がした。少なくとも、昼休みはもう残り猶予がないだろう。

「授業の開始は遅れるらしいけど、早く戻らなきゃだな」

三匹は顔を見合わせ、頷く。進歩はあった。早くギルドに戻るとしよう。
もう一度全員でカクレオン兄弟にお礼を言って、リアル達は歩き出した。カクレオン兄弟は笑顔で見送ってくれた。


                    *


「ああ、だいぶお腹空いたねえ」

「そうねー、食堂混んでないと良いよね」

ギルドに向かうリアル達の空気は、どことなくぎこちない。先程の話のインパクトが大きすぎた。
とはいえ本来は別に落ち込むことでもないはずなのだ。警戒こそすべきだろうが。でも何故だか今回の話は重要だった気がしてならない。
あとちなみに食堂は混んでるだろう。あれだけ沢山のギルドメンバーがいればね。

「そういえばさー」

と、何気ない風でデリートが口を開く。

「リアルとしては、情報通のカクレオンにあの攻撃の話を聞きたかったんだよね? それは分かるけど……なんでギルドの先輩に聞かなかったの? 特に師匠とか、すごい探検家なんだし……色々知ってそうじゃない?」

(……)

何故、だろうか。
リアルは自分の胸に問いかける。
この話が、なんとなくギルドメンバーたちにはあまり知られないほうが良い気がしたのだ、と思う。
嫌な予感がして、この話が不用意に広まるのを避けたかったような気がする、のだ。

「あー、でもさ、師匠、最近見てないくらい、忙しそうじゃん」

「そうだね、確かに」

デリートはリアルの説明に納得したように頷いて、また前を向いた。

……確かに、それもある。忙しそうだったから、師匠のところには行かなかった。それは間違いない。
でも本当にそれだけだろうか。
自分自身の中で、最初から師匠に話を聞きに行く、という選択肢はなかった気がする。
無意識に、それを考えていなかった。
何故か。

その結論は、出ることがなかった。
心の中に巣食う何かの疑念。それがその結論を出すのを拒んでいる気さえした。
今は、全てを見通すようなあの瞳を、覗き込みたくなかった。

そして、リアルが結論を出す前に、ギルドに辿り着く。
時間はもうしばらくで昼休みが終わろうというところ。ひとまずはロビーを目指そうと、リアル達は廊下を進んだ。
だがどうも雰囲気がおかしい。
無論、ここ最近から不満が溜まってギルドの雰囲気が悪いのは分かるのだが、今はそれだけではなく、何やらざわついているのだ。
廊下を歩くポケモンたちもチラチラと背後の廊下の先を気にしている。

「何か、変だね」

ヨゾラの言葉は、リアル達皆の心の代弁でもあった。
そしてロビーの前に着き、扉を開けると、そこには多くのポケモンたちが集まっていた。
異様なのは、その居住まいである。皆休息をとっているように見えて、ほぼ誰も口を開いていない。
黙って、どこか落ち着かない顔で座っている。その静けさには緊張感があって。ただならぬことが起きているのだと思わせるものだった。

絶句するリアル達。
と、入り口の近くに見覚えのある顔を見つけてリアルは近寄った。

「おい、タツミ!」

そのテーブルに居たのはワニノコのタツミ。そしてチームメイトのエモンガのセレスと、ヒトカゲのアドラも座っている。
タツミはリアルに気が付くと、渋い顔をしたまま手を上げて返事をする。

「よう、リアルか」

「ようじゃねえよ、どうなってんだよ、この状況」

「何だ、外に出てたのか? ……今、やばいんだよ」

「なに!?」

タツミはイスに深く座ったままその大きな顎で廊下の向こうのほうを指し示す。
そちらはさっきポケモンたちが視線を向けていたほう。そして、師匠の部屋がある方向だ。

「──今、師匠とシュン先輩が大喧嘩してんだ。何かよっぽどやばいことがあったらしいな……師匠が今ギルド全体に待機命令出してんだよ。……なあ、何が起きてるか、お前も知らないか?」

「──ッ」

それを聞いた途端、リアルは床を蹴って走り出した。
……やはり何かが動いている。ここ最近の一連の不穏な空気。それが今ピークに達していた。
立ち止まっていられるはずがなかった。目指す先は師匠の部屋。何ができるかなんて知らない。
でも、今ここで何もせずに待っているなんてできない。もしかしたら迫っている、危機のためにも。

「ちょっ、リアル!」

「待って!」

突然走り出したリアルを見て、慌ててヨゾラとデリートも後を追う。

「オイっ! お前ら、師匠の部屋に近づくなって言われてんだぞっ!! 怒られるぞ!?」

必死で止めようとするタツミの叫びも空しく、リアル達の姿はロビーの外に消えた。
そしてその一部始終はロビー中が目撃することとなり、ロビー中はざわめきだした──

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