第63話:フシギな依頼──その1

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 救助隊昇格試験に無事合格したキズナは、ハイパーランクの救助隊として活動を再開した。試験を要するランクアップをクリアしただけあって、手応えが大きい依頼に手が届くようになる。スイクンの事件による知名度の向上も手伝って、キズナのもとには難易度の高い依頼も多く届くようになった。
 忙しく依頼をこなしつつも、キズナは休養も大切にして日々を過ごす。セナが「とりあえず人間の社会を見習って、完全週休2日制でも導入してみようか」と提案し、最低でも7日に2日は依頼や戦闘から離れる決まりにした。

 そんなキズナのある休日、ポストに不思議な依頼が届いたのだった。

「“神秘の遺跡”の謎を解き明かしてください。そこで手に入れたものを、この依頼の報酬として差し上げます。引き受けてくださる場合は、明日の朝に広場の噴水の前にいらしてください。私はフシギダネの姿をしています。キズナの皆さんを見つけたらお声掛けしますので、よろしくお願いします」

 何気なくポストをみると、依頼の手紙が入っていた。セナが代表して内容を読み上げた。

「……変わった依頼だな。遺跡に欲しいものがあるのに、手に入れたらオイラたちにくれるってさ。それに、フシギダネの――」
「なんか極秘のミッションみたいで、ちょっとテンション上がるな」
「ああ、闇の組織からの指令みたいな?」
「そうそう、分かってるじゃんセナ。目的は分からないけど、こなしていることで真実が見えてくる! みたいな」
「フィクションの見すぎなんじゃないの?」
「そうそう、ホノオはもっと現実を見なヨ」
「相変わらずシアンに言われるのだけは腹立つな……」

 ワイワイと言い合う仲間たちを見て、ヴァイスは苦笑い。彼の中で引っかかっている言葉があった。それをポツリと呟くと、3人の注意を引く。

「“神秘の遺跡”って、かつてネロさんが調査していた場所だ」


「ん。これは……」

 ヴァイスの心当たりを元に、キズナはネロの家にやってきた。玄関をノックすると、ネロがスっと外に出てくる。ヴァイスが依頼の手紙を見せると、ネロが腕を組んだ。
 神秘の遺跡。セナとホノオを探す旅の途中に、ヴァイスとシアンはネロに連れられて訪れたことがある。謎の模様――遺跡の謎を“調査”しに行ったものの、思うような収穫が得られずじまいだった。ネロがヴァイスへの同行を優先したことで、遺跡の調査は中途半端に打ち切られてしまっていたが、今度こそ何かわかるかもしれない。

「ネロさんには、この依頼を見て欲しかったんだ。とっても興味がありそうだなって」

 ヴァイスが言うと、ネロは頷いて目を閉じた。おもむろに語り出す。

「この世界の謎を知りたい。レッドさんからもらった“生きる意味”はもうなくなった。新たな“生きる意味”が欲しい」

 ヴァイスは赤いバッグに手を突っ込み、一輪の花にそっと手をふれた。ネロが届けてくれた、レッドからの最後の贈り物に。
 ヴァイスがネロへの言葉を探す間に、背後から女性の声が聞こえる。

「アタイも知りたいね。なぜいとこが……サンゴが死んだのか。サンゴの父さん、ブルーさんが死んだのか。その背景には何があって、これからガイアがどうなっちまうのか」

 振り向かなくても声の主は明確にわかる。答え合わせのようにヴァイスたちが振り向くと、案の定メルがいた。ホノオとシアンは、メルの言葉が理解できずにキョトンとしている。セナとヴァイスは思い出した。豪快でサッパリとした日頃の言動に塗りつぶされてしまっていたが、メルはいとこのゼニガメを失った過去があったのだ。年下のゼニガメであるセナに、ついいとこ――ゼニガメのサンゴを重ねて可愛がってしまうのだと、セナとヴァイスは出会ったその日に聞かされていた。

「そっか……。じゃあ、明日オイラたち、この依頼主に交渉してみよっか。姉貴とネロさんを依頼に同行させてもいいかな? ってさ」
「ぜひともお願いするよ」
「ん」

 セナの提案に、メルとネロの頭が上下する。潔い即答で、この場の話はまとまった。


 その日の夕方のことだった。はるかぜ広場を歩いていると、セナはポプリに呼び止められる。桃色の葉が一年中茂る“はるかぜの樹”に向かい、樹に寄りかかって話を始めた。

「あのさ、セナく……あっ、セナ。メルさんから聞いたんだけど、神秘の遺跡に行くの?」
「うん」

 まだ呼び捨てに慣れぬポプリに癒されたのもつかの間。次の質問を聞くと、セナは少し緊張する。ぎこちない返事を返す。

「神秘の遺跡って、すごく遠いよね」
「ああ。ヴァイスやシアンは行ったことがあるらしいけどね」
「……気をつけてね」
「大丈夫だって。得意の謎解きをして、ちょちょいと帰ってくればいいんだからさ」

 罪悪感からか素っ気ないセナのそぶり。ポプリもポプリで、なかなか本題に入ることができない。 しばしの空白に耐えかねたセナが、ズバリ。

「率直に聞くけど、ついてくる気じゃないだろうな」
「てへへ、お見通しだね。村のみんなを助けるチャンスに繋がるかもって思うと、すごく気になっちゃって。だめ、かな?」
「良いとも悪いとも、オイラは言えないね。お前は救助隊グリーンのリーダーなんだし、スザクとウォータともよく話し合わなくちゃ。あと、できればなんだけど、あんまり、その、お前たちを危険な目に、巻き込みたくないっていうか。依頼主の正体がよく分からない、怪しい依頼なんだ」
「そっか……」

 前半はキズナのリーダーとして、後半はポプリが好きないちポケモンとして。毅然とした物言いに、次第に照れくささが混じってゆく。微笑ましいセナの様子に頬を揉みしだきたくなったポプリだったが、彼の切実な願いに免じて真面目に返答することにした。

「うんっ、ありがとう。じゃあ、今日スザクとウォータに相談してみるね」

 言い終わると、ポプリはそそくさとその場から立ち去っていった。

「……どうしよう」

 残されたセナがぽつりと呟くと、桃色の木の葉がざわわと風に揺れた。

 その日、セナと別れたポプリは帰宅し、夕食のきのみをウォータとスザクと共に頬張った。栄養補給を終えて身体に元気がみなぎったところで、ポプリは意気揚々とウォータとスザクに相談し始めた。セナたちキズナのもとに、不思議な依頼が届いたこと。“謎を解き明かす”という内容から、このガイアで起きている事件に関係があるかもしれないと推測したこと。そして最後に。

「グリーンビレッジのみんなが連れ去られた事件についても、何かわかる可能性があると思う。だからあたし、セナくんたちについて行って、この依頼に立ち会いたいの。もちろん、ウォータとスザクもついて来てくれるよね?」

 村のポケモンを助けたいなら、事件の謎に迫る機会には飛びつく他ない。ウォータとスザクと自分の利害が一致していることを、ポプリは一切疑わずに言い切った。

「ああ、そうだな。少しでも手掛かりになるかもしれねぇなら、オラは賛成だぁよ」

 案の定、ごくごく短い思考時間を置いてウォータが快く返事をする。ポプリとウォータはスザクに視線をかざした。純粋な眼差しに見つめられると、スザクは緩慢な所作でうつむく。言葉にできない仄暗い感情を察知して、ポプリは口角を緩やかに下げていった。

「……ポプリ、ウォータ。アンタたちは、村のポケモンたちを絶対に助けられるって、そう思っているの?」
「え? どういうこと? スザク」
「“奴ら”はもう既に殺されているかもしれない。ウチらが真実に近づいても、もう既に助からないかもしれない」
「そう、かも、しれないけど……。でも、助けられる可能性だってあると思うんだけど……」
「そうだぁよ。スザクは、村のみんなが無事でいて欲しいとは思わないだか?」

 不安を煽るスザクの説に、ポプリは瞳が不安で揺れ、ウォータは曇りのない眼差しでスザクを咎めるように見つめる。悪意のない純情の前では、どのような正論を掲げても勝ち目がないことを、スザクは学習済みだった。嫌というほどに。
 “正しくない”感情を露わにすると、責められてしまう。村の閉鎖的な空気を思い出して、スザクは身に染みついた習慣に従った。従順に振る舞えば、面倒ごとは起こらない。脅しのような善意を死んでも悪びれることがないであろう住民を――母親を思い出してしまう。

「……冗談よ。冗談だけど。アンタたち、自分に都合の良い可能性を曇りもなく信じているものだから、先が思いやられると思ったのよ。頑張った結果、望まない結末が待ち受けているとしても……それでも進む覚悟があるのか、ちょっと試したかっただけ」
「そ、そうかぁ。オラ、そこまで考えていなかっただ。覚悟……覚悟かぁ」

 怪しまれることのないように、毒舌も交えながらの“スザクらしい”従順さ。不穏な雰囲気が軌道修正されていった。

「ふふ。ありがとう、スザク。のんきなあたしやウォータには思いつかないことを、いつも教えてくれてありがたいよ。スザクの言う通り、厳しい旅かもしれないけど、頑張ろう。ウォータ」
「お、おう。頑張るだぁよ!」

 ポプリはスザクを抱き寄せると、アチャモの柔らかい羽毛の感触を楽しみながら、愛情を込めて頭を撫でてやる。スザクの心に届く言葉を自分が扱えないことは、分かり切っていた。遅すぎることは分かり切っていながらも、スザクの率直な視点を褒めちぎる。――そう。遅すぎるのだ。

 ――私が愛するこの村を、村の子供たちにも愛して欲しい。
 それは、ポプリの父親の口癖だった。最も、ポプリは面と向かってこのような言葉を投げかけられたことは一度もない。幼少期のポプリが眠っている側で、父親が母親に語っていた言葉だ。夢と現実の境目で――言葉が神秘的な魔力のような力を帯びるそのタイミングで、ポプリは何度かその言葉を拾い上げていた。
 グリーンビレッジは、みんなが優しく温かい村。平和で穏やかな村。ふるさとが土砂崩れで失われて移住してきたウォータの一家を、村のポケモンたちは嫌な顔ひとつせず迎えたのがその証拠だ。理想郷だと、信じていた。理想的な娘を押し付けられている、スザクの事情に気が付くまでは。
 可愛い可愛い私の娘。誇らしげなのは母親だけで、スザクも父親も姉も困り果て――それでも、スザクだけは村に残ることを選んだ。それを喜んだ村長の父親を見て、ポプリは生まれて初めて“平和”な村の歪みに憤った。
 あたしは、グリーンビレッジに帰りたい。でもきっと、スザクは。スザクの幸せは――。

「――プリ。ポプリ。……ポプリ!!」
「はいっ!?」

 救助隊グリーンの家に響き渡る叫び声は、スザクがポプリを叩き起こすためのものだった。昨夜ポプリは思考と眠りの境界が曖昧になり、いつの間にか眠っていたようだ。セナたちが依頼に出発する朝にも関わらず、酷く深い眠りに沈んでしまっていた。

「やっと起きたわね」
「珍しいだよー。ポプリが寝坊するなんて」

 寝ぼけた目をこすると、ポプリの目の前には呆れ顔のスザクと、驚いた表情のウォータ。状況を理解すると、ポプリは顔を赤くした。――救助隊のリーダーなのに、村長の娘なのに、大切な日に寝坊だなんて。

「早く支度しなさいよ。奴らに置いていかれたら意味ないじゃない」

 スザクに急かされると、ポプリは出発準備を大急ぎで始めた。

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